隻腕の狼、ヤーナムの地に潜む   作:澱粉麺

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存在しなかった世界:修羅の末路【下】

 

悪夢の霧を、手で拭う。

その姿は、正しく夢の狩人。

 

だが装束が、最初のものとは違う。

その身を纏う狩装束は、普通の装束よりも、ずっと煤けているものに変わっていた。

 

これは、焼けた姿をそのままにしているのではない。既に焼けていた装束。火に炙られ、それでも尚燃え尽きなかった装束を、煤けた狩装束を彼は纏って来たのだ。

 

 

そして、鋸鉈に、ヤスリを立てる。

…瞬間、武器に青白い雷光が走る。

それを見て修羅の目が驚愕か、はたまた懐かしさな歪む。雷に、思い出があるように。

 

 

何十。否、何百と繰り返しただろう。

このヤスリの反応も、修羅との戦いも。幾度もなりとも炙られ、裂かれ、そして死んだ。

 

だが狩人は心折れぬ。崇高な使命でも、剣聖を導いた聖剣があるわけでもない。

ただ、『斃せるから』。

それだけの理由が彼を動かしている。

 

 

獣血の丸薬をごくりと飲み込む。

些かこの風味にも飽きてくるようだった。

 

 

 

…とん。

一呼吸から、飛び込み鋸の一撃。

赤太刀が受け止め弾く。

 

崩した体勢をそのままの勢いに、振るう。

しかしそれを、修羅は今度は弾かずに避ける。

 

狩人が死んだ時の記憶を、彼も多少は覚えているのだ。だから、これにはもう掛からない。

だがそれはつまり、修羅もまた、一度回生を用い、もう使えないと言うことでもある。

 

 

 

互いに距離を取る。

その距離を咎めるように、剣閃が飛んでくる。剣圧など、元来飛ぶものではない。だが、飛ばして来たのだ。骨をも焦がす炎を纏う剣閃を。

 

 

それを鏡の盾で凌げば、修羅本体が飛んでくる。そして半ば溶けた鉄を駆動させ、義手から武器が飛んでくる。今度は何か。

 

これは、斧だ。盾を打ち壊し、そのまま頭までかち割るつもりか。

そうはさせず。盾を仕舞い、距離を取る。斧の射程範囲外にて、狩人は新たな左腕に付ける武器を披露する。

 

 

それは、巨躯が用いる事を想定した武器。だが狩人は片手でそれを扱う。

大砲。灰をまぶしたそれの1発目。

その、仕込み斧を壊す。

 

胴体に向け、2発目。

刀で防ぐが、その衝撃までは弾き切れない。

吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

それを見て、右手武器を換装。細身の直剣。だがそれを装備する先は、重厚な鞘ではなく、巨大な石槌である。

 

 

教会の石槌で、倒れた頭部を潰そうと振りかぶる。だがそれは避けられ、代わりに太刀の数振りを喰らう。失血が激しい。

 

輸血液を、身体に打ち込む。

 

そこに手裏剣。

前に踏み込み避け、持ち替えた鋸を振るう。

避け、太刀。避けた先に更に太刀。

だがそれを読み、短銃の銃撃。修羅は咄嗟にそれを弾く。弾いたその隙に、狩人が鋸で敵の腕を切り裂く。

 

 

再び、距離を取る。

狩人がまた輸血液を身体に打ち込む。

今度は、修羅は襲い掛かって来ない。

代わりに何かを、溜めて待っている。

 

 

(……)

 

 

 

…二本目の輸血液を打ち込む。

先程の咬合で、想像よりもよほど血を失っていた。血とは命の活力。それを失えば人は死ぬ。

 

 

さあ。

その二本目の隙に、修羅は構えを完了する。

狩人はそれを見て、満足そうに武器を構える。

 

 

そうだ。それを見たかった。

修羅の持つ、力の全てを。

 

 

先程までは背中に背負っていた黒の不死切りを、再びもう片方の手に持つ。

 

両腕を交差するように鞘に仕舞い、

そして踏み込む。

 

 

瞬間、地面のあちこちからは赤黒い焔が噴き出る。炎に耐性のある服でなければ、この時点で狩人は焼け死んでいただろう。

 

その焔より、よほどぎらぎらとした、恐ろしい光を放つのは、その焔の先に居る修羅の双眸であった。赤き光が身体を焦がすように。

 

 

 

ばちん。

 

納刀の音が、一対。響いた。

瞬間。

 

狩人の周囲を、朱墨じみた剣閃、そして黒墨じみた斬撃が共に襲う。

 

 

秘伝一心。

技の名前は即ち、無双であり神速であった。

 

 

だが、その無双をも討つ忍びの成れの果てが放つその技は、更にその先の段階へ進む。

 

不死をも切り刻む斬撃の驟雨を凌ぐ狩人の首筋に、ぞっとするような殺気を感じる。

 

身を引いた。

 

刹那。

頸動脈の薄皮が切れ、血が流れた。

身を引かねば、そのまま落ちていた。

首が落ちた事にも気づかなかったやもしれない。そのようなまでの、居合であった。

 

 

まだだ。

まだこの技は完全ではない。

 

 

居合に振り抜かれ、開いた状態の両腕の不死切りに、再び奔流が纏わる。先ほどよりも強大な。

 

 

狩人は短銃を放とうと、左腕を見る。

肘から先が無かった。

先程の居合で、落とされていた。

 

 

 

豪。

豪。

 

 

秘伝、不死斬り。秘伝、一心。

深化する前のそれらの技の名はそうだった。

 

だがこの二つの秘伝を掛け合わせ、そして1つの技とした狂気の絶乱はなんであろうか。

 

これは技術でありながら、技では無い。

力でありながら、剛でもない。

名も無い。

 

 

故にただ、修羅そのものであった。

 

 

 

修羅が、振り下ろされる。

絶望的な死そのものとなって。

 

 

……狩人の左腕の断面が、神秘の光に蠢いた。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

修羅が、膝をついた。

その振り下ろされた不死斬りの奔流が、技の力が、全て自分に逆流してきたのだ。

銃声はなかった。撃てる筈もない。何故。

 

 

それは、狩人の左腕から発せられた上位者の先触れ。触手じみた神秘が銃弾よりも鋭く、修羅の身体を穿ったのだ。

 

エーブリエタースの先触れは、修羅の死の先触れとも相成った。

 

 

触手が刺し穿った穴に、狩人は這うように、近寄っていく。血が流れる。輸血液も最早残りは無い。

 

血を。生きる実感を。血の意志を。

 

 

ずぐ。

 

 

狩人が、腕を捩じ込む。

その、肘から先が無い左腕を。

ゆっくりと、内臓が捻れ裂けていく音。

 

 

ぐしゃん。

 

 

一種、滑稽な音と共に、修羅が吹き飛ぶ。

放水器のように飛んだ血は、彼自身の身体に燃える炎にじゅうと音を立てて消していった。

 

 

内臓、攻撃。

 

 

もう、修羅が立ち上がる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

ぐしゃ、ぐしゃ。

精肉機じみた音である。

 

その音は、夢の狩人が、修羅の肢体を、その足先から石鎚でぐちゃぐちゃにミンチにしていっているそれであった。

 

 

狩人は果たして正気であるのか。

斃れた相手に吐き気を催すようなこの執念。

 

こうでもせねば、これはまた立ち上がる。

それをわかっている。だが、潰して潰して、ピンク色の肉塊にするその行為に、全くの愉しさが無かったとは言い切れるだろうか?

 

答えは、誰も知り得ない。

知るはずも無い。ただ、彼以外は。

 

 

 

(……)

 

 

 

ある程度、それが終わる。ふと彼は御子の事を思い出し、赤い大太刀を手に取り、天守閣を降りていく。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

先ほどの場では、炎の中に御子が佇んでいた。

その身体は燃えず、移らず、そして勇壮。

 

 

 

「……!その太刀は!

…其方、本当にやってくれたのだな」

 

 

 

御子は、感嘆したように、そして何より嬉しさを隠す事無く、狩人に駆け寄る。

 

狩人は無言のままに大太刀を。

赤の不死斬りを渡す。

 

 

 

「…おお、感謝する。

これで、私も…」

 

 

 

がこん。

 

背後から物音がした。

誰かが動く音。何かの音。

 

 

「!」

 

 

そこには、修羅が居た。

再びに立ち上がり、肉塊からその身を蘇らせ。

 

不死身とは、回生の力のみでない。

幾らでも幾らでも、蘇るその力。

 

これで、幾らでも戦おうと云うのだろう。狩人が何百も死して、ようやく1度勝利を拾ったように。一度の負けを、もう一度の繰り返しで裏返してしまおうと。

彼らには、それが出来る。

夢の狩人と、龍の呪いを受けし修羅には。

 

幾度も幾度も繰り返す。

死闘を、死合いを。その為に、彼は此処に来たのだ。

 

 

それを見て、御子が哀しげに微笑む。

 

そして、自身の胸を不死切りで貫いた。

 

 

 

「……ぐうっ……」

 

 

 

…不死を真に断ち、龍に返し、無くす為には。

仙境へと赴き、拝涙する必要がある。

 

だが、不死そのものを殺すだけならば、ただこれでいい。葦名の誰かに、また不死の役目が降りかかるやもしれぬ。だが葦名にある生き物の全ては、修羅が殺し尽くしてしまったのだ。

 

 

 

「……これで、私も……

………お主も、ようやく死ねるぞ…狼よ…」

 

 

 

竜の加護が切れたように、彼の身を焔が包む。肉が焦げ付く苦しみは地獄であろうに、少年は静かに微笑んでいた。

 

 

龍胤の者が死ねば、その呪いを受けていたものも、そのくびきから解放される。不死の、定めから。

 

御子は、永劫に続く灼熱地獄の中。ただ、彼の忍びを不死に巻き込んだ己を、ずっと責め続けていたのだ。

 

 

 

ごう。修羅の身体も、呼応するように炎に燃え始める。修羅が持つ赤黒い焔ではなく、ただ燃える橙の炎に。

 

御子が、修羅に近付いて行く。

修羅のその手には黒太刀が握られていたが、それが振われる事は無く、ただからりと取り落とされる。

 

 

そっと、手を取る。

幼き主のその姿は、慈しみだけがあった。

不甲斐なき主を詫びるような、小さな礼と共に。

 

 

 

 

「………申し訳、ありませぬ…」

 

 

 

修羅。

否。彼は、その末期の瞬間。

漸く、御子の忍びに戻る事が出来たのだ。

 

 

御子が首を横に振る。

隻狼が、にわかに膝をつこうとする。

 

共に、身体が灰に化していく。

ぼろぼろと、風に攫われていく姿。

 

みるみると、炎が消えて行く。

もう、何も燃やせるものなどないという無慈悲に。

 

 

…終いには、まるで幻影でもあったかのように、二人の姿は目の前から消えて行ってしまった。

 

もう二度と、甦る事はないのだろう。

狩人は、そう確信した。

 

 

 

 

…狩人は、静かに膝をつく。

手を合わせ、鎮魂の為に祈りを捧げた。

 

 

 

 YOU HUNTED.

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

…夢の中の工房へと、狩人が戻る。

今の光景は、死闘は?いつもの如く、夢の如く全ては無になる。その傷も、何もかもが。壊れた武器も、無かったかのように戻っている。ただ武器の耐久の削れだけは不思議と残っている、

 

 

今の場所にもう一度行こうとしたが、二度とそれは叶わなかった。あの葦名は、最早夢の中にも存在しないと言わんばかりに。

 

 

あれは、悪い夢であったのだろうか。

存在しなかった場に行っただけなのか。

存在しない未来が悪夢の如く揺蕩い、ただ己はそれに迷い込んでしまったというだけなのかもしれない。そしてそれは、晴れた霧のように消えてしまったのかとも。 

 

 

だが、それは、どうでもよかった。

狩人は、ただ知らぬ強敵と戦うことが出来た。

獣を、狩る事が出来たのだと。

 

そう思いながら、武器を修理する。

特に鋸鉈の損傷が酷い。

しっかりと、直しておく。

 

そうしてまた、碑文の前に跪く。

使者が彼をヤーナムの地獄へ導く。

 

 

 

夢の狩人は、今日もまた獣を狩る。

ただ、狩りを全うするためだけに。

 

 

 

 

 






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