蒸気の世界の写真屋さん。
石炭燃料による産業革命から早20年。子供の頃は田舎町だったここも、今では排煙によって黒く染まった空とそこを目指すかのように伸びる建築群によって憧れの都会になった。
そんな急速な発展を遂げた街、スールー。
大通りから少し裏へ入ったところに、私の経営する写真館があります。
・・・・・
「はぁ~。暇、暇、暇ーっ!」
朝に扉の立て札をひっくり返し客を待つも、数時間は誰も来ない。
こんなに客が来ないことは初めてだ。普段ならふらりと寄った旅の人やら親子やらが来るのに、ここまで来ないのはおかしい。
「かといって、路上は面倒だしなー」
写真機と三脚担いで、道行く人道行く人に声をかけるのだ。
客は確かに獲得できるけど、そこまでする気もない。
どうせ来ない客を待つのなら、店を閉めよう閑古鳥。
てなわけで、
「クローズ!」
お買い物……は昨日済ませたし、ぶらぶら散歩?
いやぁ、することなんもねっスな。
帽子と、ゴーグルと、マスクは必需品。これがなければ表通りも歩けない。
一応写真機も持ってこうか。
「しっかし、なんで客いないんだろうなー」
路地ではあるけど、そこまで人がいない訳ではない。
外へ出ても誰もいないのはおかしいなぁ。
……なんか表通りの方が騒がしいけど。とりあえず行ってみようか。
「おー。おー。すげ、デモだー」
大通りは文字通りのでっかい道で、ちょっとやそっと人や車があふれた程度じゃ埋まらないけど、今はえらい人ごみでもうえらいことになってる。
「おっちゃん、なにこれ」
「んあ? おお、写真館の嬢ちゃんか。……新聞取ってねぇのか」
「ま、そゆこと」
常連、というか近所のおっちゃんがいたから話しかけて見たら、新聞に答えがあるらしい。
「公害」の文字が躍る見出しに目を通すと、どうやら蒸気機関の排煙が体に悪いという話だ。
燃えカスが空を覆ってるし、今更感あるけど確かにこれはねぇ。
「で、朝からずっと抗議?」
「そうだ。今まで散々助けられてたのに、自分の身一つ可愛くて手のひらくるりさ」
「客来なくなるからやめてほしいねぇ」
「全くだ。しばらくは嬢ちゃんも休みにした方がいい。一緒に旅行でもどうだ?」
「ざーんねん」
おっちゃんと一緒に旅行なんて行ったら、写真を撮る暇なくなっちゃう。
「しかし、旅行ねぇ」
偶にはいいかも。
汽車に乗って久しぶりに隣町にでも行こうかな。
一旦写真館へ戻って着替えと財布を用意してトランクに詰め込んで、人波かき分け駅の方へ。
どこ行こうかなんて考えちゃいないけど。
「えぇ~~~! 3日待ちぃ!?」
「申し訳ありません……」
駅もごった返してるかと思ったら、どうやらスールーから出ようという人でごった返してるらしい。
旅行も行かせてくれないのかよう!
「仕方ない」
もう一度写真館に戻って、トランクを置いて代わりに三脚を持つ。
暇すぎるからめんどくさい路上撮影やっちゃうか。
「さーよってらっしゃい見てらっしゃい! 格安で写真撮るよー!」
表通りは相変わらずデモで騒がしいけど、裏通りは少しいつもと比べて人が少ないかなって程度でそこそこだ。
暇つぶし兼仕事。
さってと、声掛けますか。
「ちょいとそこのお兄さん」
「ん、はい、俺?」
気の良さそうなお兄さんに話しかけてみる。
「写真、どう?」
「いや、別に……」
普通に断られちった。
まぁ暇つぶしだし仕方ない。むしろこうやって断ってくれた方が仕事増えなくてよくない?
だって撮った後に支払いだとか受け取りだとかの上に、店に戻った後も現像しなきゃいけない。
あれ、そもそも何もせずに本読んどきゃよくね?
帰ろうかな……。
「あの、すいません。やっぱり写真お願いします」
「えっ? ……あ、はーい」
仕事を頼まれちゃあ仕方ない。
めんどくさいけど、仕事は仕事できっちりこなすのが私流。
「んじゃ、そこに立ってねー」
「おねがいしまーす」
むむ、青年よ、動くでない。
真ん中にピントを合わせようにも、お兄さんはちょこちょこ横へ横へと動いてしまう。
……ん?
……んんん?
「ああ、彼女さんかぁ」
ファインダー越しでちょっと見えにくかったけど、彼女が引っ付いていた。
なるほど、それでずれてたのか。こりゃ失礼。
んじゃ、撮りますよー。
「はい、ちぃーず」
「い、いぇー」
むう。ノリが悪いな青年よ。
「お代はこれくらい。写真は郵送? 取りに来る?」
「じゃあ取りに来ます」
あれ。いつの間にか彼女さんが消えてる。
どこ行っちゃったんだろ。神出鬼没やな。周りを見ても影すらない。
ん? 影すら?
……いや、そういうこともあるか。
いわゆる、ユーレイってやつ?
「彼女とは長いの?」
「へっ」
なんでそんな素っ頓狂な声出すさ。
写真を撮る際の動きを見るに、認識してないということはないっしょ。
「ファインダー越しに世界を見てるとね、色々なモノが見えるの。そう、例えばユーレイとかね」
「参ったな……」
写真機を構え、覗き込むとやはり彼女はすぐそこにいた。
「幽霊とはちょっと違うんだけど、まぁ似たようなものっていうか……」
「そう? まぁいいんだけどね。私は写真屋の娘で、あなたはお客さん。深入り詮索ナッシーン」
なんだか聞かれたくなさそうな雰囲気だったので、引く。
正直な話、写真館での撮影でもユーレイが写りこむのはよくある。
そのたびにいつもは言い訳をしなければならなかったのが、今回はない。それだけだ。
青年曰く、ユーレイとはちょっと違うらしいけど。
次の日も、朝から表通りは騒がしかった。
家に戻りラジオを点けると、そこでも公害の話で持ちきりだ。
「今更騒ぎ立てたところで意味ないっちゅーに」
表通りへ行くとき、この街じゃゴーグルとマスクをつけるのは常識だ。
だから排煙が体に悪いことは誰もが知るというのに今更。まー、大方デモに参加してるのは昔っから住んでる人じゃなくて都会だからって理由で引っ越してきた連中だろうけど。
自分から越してきて文句を言うってどうなのさ。
「あ、そだ。写真まとめておこう」
昨日の青年の写真。
現像しても彼女が横にいることに変わりなくて、知らない人に見せたらカップルの写真で間違いなく通るだろう。
片やユーレイなんて言っても信じないなー。
「すいませーん、開いてますかー?」
……おや、今日は朝から客が来た。
来たのはボーイッシュな少女だ。短髪が良く似合う。
「はいはーい」
ただ私の顔を見ると、途端に頭の上に「?」を浮かべ首をかしげてしまった。
私がまだ若いから店主じゃないと思われたかな。
「あれ、ここってカスタマイズショップじゃなかったでしたっけ」
「うんにゃ? 今も昔も写真館よ」
「あれ、おっかしいな……」
地図を間違えたんかな。
ご近所で見かけたこともないし、旅行かなんかで来た感じかね。
というか、マスクもゴーグルも持ってなさそうだ。
「すいません、失礼しました」
「いやいや。写真撮りたくなったらまたどうぞー」
ふむ。してカスタマイズショップってなんだ?
「やっぱり違うってー」
「どういうこと?」
……遠ざかった短髪少女ともう一人の少女がなんか会話をしている。
旅客人で間違いなしね。こんな時期に旅行かー。騒がしい時に来ちゃったねぇ。
「あ、写真屋さん。もう開いてます?」
「昨日の青年! 写真もできてるしどうぞ上がって。どうぞどうぞ」
依頼の写真は数枚。数枚されど、仕事の写真。
仕上がりを依頼人と確認し、封筒に仕舞う。
「ありがとう。……こいつが写ってるのは変な感じだけど、面白い体験だ」
「ここまで受け入れてる人も珍しいね。普通、気味悪がったりするのに」
「ちょっと、特殊というか」
そういうと青年は懐から一冊の本を取り出した。
本……と言っても紐で括って本の形にしてある、自作した物だ。
どうぞと示されたので開いてみると、どうやら小説らしい。
「自分で書いたやつなんだ。学業の傍ら、小遣い稼ぎにコンテストに応募したりしててね」
「へー、作家さん。すごいじゃん」
「いやいや、選考されたこともない。……原稿も捨てきれないし、自分で本にしてみたんだ」
器用だねぇ。
でも、なんでこれを今?
「その物語の中で死亡したのが、写ってる彼女なんだ」
「ほえっ」
写真を取り出して見る。
そこからそう見ても、普通の人間だ。
「正直な話、俺にしか見えてないし、幻覚とかそういう精神病かなんかだと思ってたんだ」
「それで写真に写って、本当に存在していると確信した?」
「ああ。少し気が楽になったよ。だが、おかげで恐ろしくもなった」
恐ろしい?
「俺は作者だ。俺に決められた死の運命を抜け、現実に出た彼女がどうしたいか、本心が分からない。いくら話しかけたって、紙とペンを渡そうとしたって、彼女は何も伝えてくれない。俺の傍にいつの間にかいて、好きにしている」
写真機を青年に向ける。
ファインダー越しには、やはり彼女がいた。レンズを向けていることに気が付くと、青年を抱き寄せピースをする。
「彼女だけじゃない。俺の生み出したキャラクター達が他にも出てきているかもしれない。俺の“こうしたら盛り上がる”と身勝手で生み出され人生を翻弄された命が、どこかに潜んでいるかもしれない。そしてそれらが、俺の書いた運命を離れた存在がいつ牙を向くか、それが怖いんだ……」
そう言えば先ほどこの店へ来た少女二人。
この店を何か別の店と勘違いしていたし、よく考えればこの町へ入るにはゴーグルとマスクは必ず渡されるはずだ。
もしかしたらこの町で生まれた、この青年の生み出した人たち?
だとしたら、私はこう思う。
「兄さん、もしかして神様かい?」
世界を想像して創造する。
りっぱな神様だ。
例えその神様に作られた道筋を辿る運命だとしても、そこで生きる人にとっちゃそれが自分の人生だ。
まー、必死に生きた自分の人生が茶番だと言われたらなんだとーってなりそうだけど。
「神様か……そうかも知れないね。だからこそ、神様でいられない現実が恐ろしい」
「現実ねぇ」
青年は写真を仕舞うと、立ち上がる。
もう行くらしい。
「すまない。変な話をしたね」
「いや、暇だったし面白い……あー……興味深い話を聞けたよ」
「ありがとう。そうだ、名前を聞いてもいいかな」
「いいよ。私の名前は――」
――名前を告げると青年はとても驚いた顔をして、何度も謝りながらそそくさと早歩きで去って行ってしまった。
「またきてねー!」
なんであんなビックリしちゃったのかは謎だけど、名前を聞いてくれたくらいだしまた来てくれるか、あるいは手紙くらいくれるっしょ。
「あ、本忘れてってる」
あの青年が自分で書いて、自分で本にしたたぶん世界に唯一の本。
取りに来るかな。
「しっかし、創作物が世に出るねぇ」
仮に私が同じように物語を紡いだとして、中の人達が世に放たれようとも気にしないけどなぁ。
まぁ青年の場合は作中で殺した人間がいつの間にかそばにいるっていう、言ってしまえば殺害相手が枕元に立つみたいなところあるけど。
ぱらぱらと本を読み進める。
「お、私と同じく写真屋さんじゃん」
読み進めていた手が止まった。
「あー、なぁるほど。青年が逃げたのはこういう理由か」
作中に登場する写真屋を営む少女の名前。
「私と一緒じゃん」
スチームパンク、軽いホラーを書きたいとして2018/11/25頃に執筆。
今の所キャラクターの再利用は無し。