敗因は舞台を新潟にした事、ストーリーが複雑になり過ぎて取り扱い不可と察した為。
深夜の3時半くらい。
冬も終わりなもんで凍える夜の寒さもマシになって、ようやく趣味だった女装しつつのお散歩ができると思ったのに──
「なんで、なんで!?」
──私は、深夜の住宅街を駆けていた。
変質者にでも追われてるのかって? それだったらこんなに焦ることもない。万が一を考えて24時間営業のコンビニから離れないお散歩コースを考えているからだ。いざという時はそこに逃げ込めば助かると。
だけどアレは、今私を追ってるアレは普通なんかじゃない。
月明かりに照らされた暗闇に浮かぶ異形の化け物。
現実離れしたアレが私の幻覚なら良いのに、どうしたってそんな雰囲気じゃない。
逃げないと殺される。視界に入った瞬間本能的にすぐ悟って走り出して、そしたらコンクリートに何本の細い足を突き立てながらわさわさと化け物は追ってきた。
近くには海上自衛隊のなんらかの施設もあった気がするけどあいつから逃げ出してつい反対方向に来ちゃったし、このまま先には行けば交番があるにはあるけど、お巡りさんだってこんな化け物見てどうすることもできないだろう。私のせいで巻き込まれたら可哀想だ。
じゃあどうするかって焦る頭で何とか答えを出して、交差点に差し掛かった所でそうだと閃く。
──私だって命が掛かってるんだし、巻き込みはするけど住宅破壊だの人死にだのになんなきゃいいっしょ!
唸れ私の大健脚。走るんだ鋼のサイボーグのように!
ご近所フェリーターミナル……の、横にあるコンテナ置き場。障害物が多くて隠れられそうと踏んで飛び込み角を幾度も曲がって相手が見失ってくれるまで走る!
生まれも育ちもこの街暮らし! あんまし来たこと無いけど近所なら負けないぜ!
「──い、行き止まり……?」
嘘でしょ、詰むの早くない?
入り組んだ地形は確かにそこにあった。
あったけど化け物がコンテナを軽々蹴飛ばして迷路を作って、そんでまんまと綺麗に作られた袋小路へ追い詰められてしまった。誰だコの字型に配置したの。
勝利を確信した化け物が笑ってるみたいな音を出しながら迫る。
振り向いて、ようやくというかついに見せられた化け物の姿は巨大な蜘蛛みたいな下半身に、人っぽいだけの上半身をしていた。妖怪というか、こうもなるともはや特撮の怪人だ。それも予算がある時に頑張ってCG使っちゃう感じの。
だけど化け物はCGなんかじゃなくて確かにそこにいて、こんなやつ相手によくここまで粘ったな私。
ハハハと乾いた笑いが出る。頑張って動いてくれた膝くんも笑ってごまかしてくれた。つまり地面にぺたんと崩れる。
『キシャァッ!』
「ひっ」
威嚇のような声を出した化物は怯えた私を見て高笑いしたように見えた。
この化け物の大きさと脚ならここまで追わずともいつでも私を殺せたなんてこと、容易に想像がつく。
……すぐには襲ってこない。遊んでいるだけ?
犬や猫のかわいらしい遊ぶって意味じゃない、不良がやる感じの遊ぶだ。いたぶるというか、ともかく馴れ合いとかじゃない。
私を追ってきたのももしかして、からかいがいがある相手を見つけたとかそんな?
で、煽って遊んで最後は殺してむしゃむしゃ。
からん、とへたりこんでいた右手に鉄パイプが触れる。
『キシッ、キシキシッ』
相手は大きい化物だ。
私なんかが太刀打ちできない……。
『シー?』
……だけど……。
どうせ、どうせ死ぬなら一太刀浴びせちゃる。
やけくそになった頭が一般鉄パイプくんに多大な信頼を寄越し、もしかしたら勝てると脳内DJが脳内スクラッチを鳴らし脳内ブースを盛り上げた。
やーってやるぜと立ち上がり、震える手で冷たい鉄を握り締める。
今のこの鉄パイプは謂わばドラゴンスレイヤーだ。
そして相手は魔王四天王が一人、半人半虫のムッチャキモイヤンケ。相手に不足なし(?)
勝てる、勝てるぞ。脳内麻薬のライブ感が半端ない。この気持ちがあれば勝てる!
何でドラゴンスレイヤーなのかとかさっきから頭の中がおかしいとか関係ない!
「やぇえええええええ!」
『キシャァッ!』
──ぱきーん。
「折れたぁー!?」
一般鉄パイプくんは蜘蛛の前足で払われて、憐れにも折れたというか千切れたというか上半分が消しとんでなくなった。
じんじんと痛む私の手から残パイプが落ちてからんと音を立てる。
やっぱり無理やんけ。
熱狂の冷めたライブハウスからぞろぞろと人が消えるように、顔から血の気が引く。きっと顧客を失ったお店の経営者と同じくらい真っ青だ。
化け物は溜め息みたいに空気を漏らして鋭い脚を振り上げた。
もうダメだ。死ぬ。
鉄パイプを握ったときのようなヤケクソももうなくて、背中にあるコンテナ達とこんな行き止まりを作るようにそれを配置した作業員のおっさんを全力で恨む。私の怨念はこの海岸沿いを包み今日以降事故が絶えないだろう。
お母さん、お父さん、ごめんなさい。
私はここで糸に巻かれて死にます。
恨むなら作業員のおっさんを恨んでください。というか私も恨みますんで便乗してください。一緒に地獄を作りましょう。
『キシャァーーーッ!』
やられる!
死ぬーーーっ!
『──シャ?』
いつまでたっても痛みは来ない。
固く瞑った目蓋を恐る恐る開けると、実は幻覚だった化け物がいなくなったとかではなくちゃんとそこにキモいのがいる。
襲ってこない?
なんて一瞬疑問に思って、化物が光に照らされていることにようやく気が付いた。
警備員の人が異常に気が付いてライトを向けたにしてはやけに物静かで、そしてこの化物も光を当てられた程度でどうして動きが止まったのか分からない。
「誰……?」
無意識に呟いた声に反応するように、光がゆらりと動いた。こつ、こつ、と足音を鳴らしながらこちらへ歩いてくる。
何も喋ってくれないので誰なのかも何者なのも分からない。
どうして化物を見て騒ぐでもなく普通に歩いてくるんだとか、というかそのその凄い光は何なのかとか。LEDって凄いんだなとか、混乱が後からきて段々疑問がずれてきた。
一周回って冷静になって、ようやくもしかして化け物と戦うヒーローなのかなって思ったその瞬間、化物が今までの緩慢な動きから一転してその人物へ飛び掛かった!
「はぁっ!」
しかしその人は怪物の動きを見切って、上体を反らして蜘蛛脚をいなし、重心のぶれないしっかりとした足取りで体勢を整えると一撃二擊と空いていた蜘蛛部分の腹に拳を叩き込む。
流れるような、力強く美しい戦い。
格闘家とかとは別のかっこよさがある。
立ち位置が反転し暗闇で造形のはっきりしていなかった化物が照らされて細部まで見えて、代わりに背を向けた人物は逆光でさらによく分からなくなった。
でもシルエットはハッキリしたのでそこから見るに、大人ではないけど、だからといって子供とくくってもいいのかよく分からない年代。言うなれば青年くらい。
少なくても若いその人は、武を極めた達人のように化物相手に素手で立ち向かい圧倒している。
凄い、すごい!
『キシャァーーーッ!』
「くっ!」
だけど、優位に立ち回れていたのは最初だけだった。
力負けして、段々劣勢になっていってる。心なしか光も弱くなってる気がする。
非科学的だとは言いたいけど、もしかしてあの光がこの人のパワーの源? それがなくなったら、もしかしてただ普通の人になっちゃう……?
ヒーローが負けたら、そしたら……!
でも私には何も──
「き、君!」
「私!? はいっ!」
振り向いた青年が急に声をかけてきたけど、助けてくれって無理だよ!?
私はただの一般女装ピーポーで、格闘なんかも分からないし!
「今のこの時、一瞬だけでいい! 僕を……」
隙を突かれて殴り飛ばされ私の所へ転がってきた青年と目が合う。
胸元の宝石みたいなアクセサリーから発せられてた光量が丁度よくなって、ようやく見えたその顔はとても良く整っていた。
端正な顔立ち、イケボと合わせてもしかしてどこぞの俳優なんじゃないかっていう位の美──
「──僕を、美少女だと思ってくれ!」
……はい?
・以下二話目・
『キシャッ!』
「うわぁ!」「くっ」
思考がフリーズしてる間に青年に連れられて角を曲がって、ひとまず一難去って。
とりあえず隠れられた程度のこっからどうするのって感じだけど、この青年は何を言うてるのか。
「君も男なら分かるだろう?」
何が!?
「自分の事を可愛いと言って貰いたいって」
真面目な顔で何言ってんだ!
「あいつらに対抗するには、男の持つ女子
フェイスは整ってるし角度によっては女性らしくもあるし女装が似合わないって訳はないんだけど、まぁ声はばりばりイケボですし。
というかこの人、真面目な顔で男の娘が云々ってシュール過ぎる。
でもさっきの戦ってた時の光、もしかして私が男だって確信しちゃったから弱まったのかな。
例の女子
「だから頼む! 今だけでいい、美少女でなくたっていい!
せめて、少なくても……
僕を女の子として見てくれ! 」
真面目な顔でナニイッテンダ(二回目)
私達を見つけた化け物へ向かって、少し光の戻った青年……私も命が掛かってるんだし彼女と呼ぼう。
彼女が引き付けて、私から少しでも遠ざけようとしてくれている。
たぶんだけど、あれは倒せなかった場合に私が逃げる時間を……いや、今もう既に逃がしてくれようとしてるんだ。
戦う人としての力がもうなけなしで、それくらいの事しかできなくなってるから。
「……」
逃げようとした足が止まる。
彼女は私を逃がし、人を助けるという使命を果たすには果たせるだろう。
だけど、その後は?
「が……」
振り向いて、見据える。
あの人に、戦う力を与えるために。
「がんばれー!」
──つか、普通に考えてスゴいよ!
詳しい歳は知らないけどさ、男の骨格を上手いこと隠してるしそもそも顔が中性的な時点でやべーもん!
中学生っていう年齢に物言わせた私ですらなかなか誤魔化しきれない所が多くてこんな深夜にしか外出られないのにさ、たぶん昼の街中で見かけても違和感ないもん!
男だって理解できても女の子として見れる可愛さ美しさを併せ持つ、それが男の娘って奴じゃねぇのかい旦那!?
よくよく考えれば彼女って言い方もおかしい!
彼は彼女だけど彼だから男の娘として存在し得るの!
『キ、キシャッ!』
「! この力は!」
──男の娘について語り錯乱したその時、不思議な事が起こった。
一度は失われた宝石の輝きが光を取り戻し、なんか凄い輝いて光ったのである!
えと、つまりまた化け物を押し返した!
こんなん? こんなんでいいの?
こんな感じでパワーに変換されんの!?
女子
「これなら、変身できる!」
これでいいんだ。
いいならいいや(ヤケクソ)
「すぅー……」
雰囲気が変わり、化け物も遠巻きにその様子を眺めるしかなくなった。
「……」
腕を伸ばして独特な構えを取る。
どこからか舞い散る薄紫色をした薔薇の花弁と、同じくどこからか鳴り響くパイプオルガンの音色が周囲を包む。
変身中は攻撃しない、とはいうけどこんなに神秘的であれば誰も手出しできやしないだろう。
「──変身っ!」
手のひらを胸元の宝石へかざす。
その瞬間、視界がなくなるほどの光が!
「……すごい……」
お姫様としか言い様のない姿。
白を基調にしたシック調のドレスを身に纏った、美しい姿になった青年が目を開ければそこにいた。
手にした細剣と合わせてどこかのおとぎ話から抜け出てきたような感じの、普通に見ればコスプレって言うんだろうけどそうも言わせない雰囲気がある。
「とうっ!」
跳んだ。軽く数十メートルは跳んで、近くの数段重ねになってるコンテナの上に着地して化け物を見下ろしながら剣を掲げてポーズを取る。
凄いヒーローっぽい。それこそ昔の特撮で見たような。
「人々の平穏を乱す悪はこの私が許さないッ!
トラップホワイト、ディオス! 」
ニチアサ女児向けのプリプリ的な感じの容姿に昭和ライダー的な名乗り。
かっこいいとかわいいがちぐはぐな、だからこそ男の娘だと納得できる存在感。
「行くよ!」
『キシャッ!』
飛び降りた青年──ディオスさんが舞うような美しい動きで化け物を翻弄し、細剣らしく強烈な突きを披露した。
ひるんだ化け物に容赦する事無く、距離を詰めて沢山ある相手の蜘蛛足を一つ一つ斬り伏せていく。
さっきまでの苦戦が嘘のように化け物はもう一気に瀕死にまで追いやられていた。
変身しなくてもある程度戦えるけど、ちゃんと変身できれば何倍にも戦闘能力が上がるんだ……。
武器の攻撃力がどれくらいかは分からないけれど、少なくても魔法チックなパワーごり押しファイトじゃなくて基本はしっかりどっしり構えてる。
ディオスさんは強い。
他の男の娘は見たことないけど、絶対にこの人は同業者の中でも強いってハッキリわかる説得力がある。
『グ、キ、キシャ……!』
「トドメだ!」
跳躍。今度はさっきのコンテナどころじゃなくて、夜空に浮かぶ月を背負うほどの大跳躍。
ま、まさか、まさかこれってライダーキック的なヒサツワザ……!?
「ぷりてぃミサイルキック!」
『キシャァアア!』
ドロップキックじゃねぇか!
プロレス技やんけ!
化け物の方もそれでやられてええんかい! もっとこう、きらきらしたビームにやられたいとかないの!?
爆発を背景に構えを解かないディオスさんの宝石が一瞬光ったかと思えば、もう普通の青年に戻っていた。
ディオスさんの戦いは終わった。本人の言う事が本当なら、これがたぶん最後の戦いになるんだろう。
今日は特別なんとかなったけどあの調子ならもう変身すら難しいって感じだし……。
「あの、ありがとうございました!」
「……良いんだ。君が無事で良かった」
気が抜けたのかこちらへ歩いてくるその姿は、歩き方とかもう男モーションになってる。
本当にただ女装というか女の子の恰好をした男の人になっちゃってる。
「君になら、頼めるかも知れない」
「私に……?」
何をって、まさか私が戦うって事!?
「それでもいいし、そうでなくてもいい。無理に戦う必要はない。──ただ、後継者を探す手伝いはして欲しいかな」
「後継者……。そっか、ディオスさんは……」
「残念ながら引退だ」
ここで私に戦う役目をバトンタッチって訳でもなくてよかった……。
いや、平和とか云々はともかくとして化け物がいる以上戦わざる得ない時もあるだろうしその時に抵抗できればいいとは思ったけど。
け、決して堂々女装できる口実ができそうだなんて思ってないよ!?
「このカードを君に。サポートキャラ……分かりやすく言うとマスコットだ」
一枚のトランプみたいな絵と数字の入ったカードを渡された。ふちにバーコードついてる。
マスコットて。あれか、魔法少女的なのに良くいる使い魔的なやつ。
「それと、この住所にあるお屋敷へ寄るといい。僕らトラッパーはここを拠点にしてる」
とんとん拍子で話進むけど、私は返事してないんですが。
というか、僕ら? って事は他に誰かいるの?
聞いてみるとディオスさんは首を横に振ってしまった。
「僕で最後だ。……大人が小中学生に“女装してみないか? ”って声をかける訳にもいかないだろう?」
それだと私も同級生とか年下に女装を迫る人間になる訳ですが。
「うん、それが原因で後継者を探す事もせずにこれだよ」
もっといい方法なかったんすかね……。
「そのカードに封じられてるマスコットが戦士にふさわしいかの測定を、お屋敷には説明上手なお手伝いの人形もいる。“こいつなら行けるな”ってなったらお屋敷へ連れこめば大丈夫だと思うよ」
「あのー……。それができるなら後継者なんてすぐ見つかったんじゃ……」
「運がなかった。他の学校に行くわけにもいかなかったし」
ああ、そう。
でも、ちょっとは付き合ってみますか……。
べ、別に女装仲間を探す口実になるなんて考えてないからね!?
2020年12月20日にふたつとも執筆(所説あり)