超能力少女は伝えたい   作:忍者小僧

2 / 2
SIDE:YUKO

 

 

 

突然、頭が痛くなった。

普通の頭痛というレベルじゃない。

私は、こめかみを抑えながらベッドの上で転げまわった。

 

「うっ、くっ、うううっ」

 

助けを呼びたい。

お母さん。

助けて。

でも、言葉が出てこない。

口をパクパクと開けると、空気が抜けるような奇妙な音が漏れるだけ。

歯を食いしばった。

脳が焼けるようだ。

脳の中の眠っていた部分が回転を始めたような感覚。

視界がゆがんだ。

振動のような耳鳴りがする。

耳鳴りはさざ波のようだった。

遠ざかっては、近づいてくる。

 

「あっ」

 

仰向けになり、深く息を吐いた瞬間。

痛みが消えた。

その代わり脳内に、見たことのない街の光景が映し出されていた。

舗装されたアスファルト、近代的なビル群。

テレビの中でしか見たことのない光景だ。

私は、福井県若狭町生まれ。

この日本海に面した漁港の町から、まだ出たことがない。

いったい、この映像は何?

さっきまでの頭痛のことも忘れてしまうぐらいのインパクトがあった。

 

「この街、見たことある」

 

私はつぶやいた。

脳内に映った光景には見覚えがあった。

 

「これ……柏だ」

 

呟いてから驚いた。

柏?

どうしてそんな街を知っているのだろう。

私はなぜかその柏という街が、千葉県にあることすら『わかって』いた。

なぜわかるの?

千葉になんて、行ったこともないのに。

千葉どころか、東京湾も見たことがないし、房総半島もよく知らない。

え?

房総半島?

なんだっけ、それ。

どうしてそんな単語を知っているの?

 

私は混乱し、汗をかいてベッドから起き上がった。

荒く息を吐く。

夢?

すごくリアルな、おかしな夢を見たの?

ううん、違う。

そういうレベルの再密度じゃなかった……。

私の脳内に描き出される映像は、あまりにも細密でリアルだった。

駅前のスタンドで飲んだジュースの味すら、はっきりと思い出せるんだもん。

こんな変な夢、見たことない。

 

私は、のそのそと起き上がった。

パジャマがぐっしょりと汗でぬれていた。

タオルで体を拭いたくて、部屋を出た。

時計を見ると、23時11分だった。

いつも21時に寝てしまうので、こんな時間に起きるのは初めてだ。

なんだか悪いことをしているような気持で、そっと廊下を歩む。

母親の寝室の前を通った時、相談しようかと迷ったけど、やめた。

どう説明したらいいのかよくわからないから。

洗面台の前で、鏡に映った自分を見るのが怖かった。

もしも鏡に映るのが自分じゃなかったらどうしよう。

奇妙な夢で見た街に住む別人と入れ替わっていたりしたら。

 

「……え、えいっ」

 

勇気を出して、目を開けた。

そこに映っていたのは、私。

 

――堀裕子、11歳。

 

いつも通りの私だった。

 

 

* * *

 

 

翌日の放課後。

私は図書室で記憶に関する本を探した。

急に見たことのない光景が蘇ってくる現象があるのか、気になったから。

子供向けの本に詳しい医学書はなかったので、しょうがないから大人向けの本を手に取る。

脳科学の本によると、記憶をつかさどるのは海馬という部分らしい。

見ていないもの、体験していないものを「思い出す」機能はないらしい。

当たり前だよね。

体験していないことは、記憶されるわけがないんだから。

そうじゃなければ、ただの妄想。

でも、どうしても私にはあの光景が妄想のようには思えなかった。

 

帰り道でも、ご飯を食べている間も、お風呂に入っているときも、柏の光景は私の頭の中に浮かび続ける。

コルクボードに止めたピンナップ写真みたいだ。

気になって仕方ない。

どうして、こんなにもその街のことが思い浮かぶのか。

それに、なぜ行ったこともない街の名前がわかってしまうのか。

確かめたい。

その街に何があるんだろう。

そのためには、柏に行ってみるのが一番だ。

行ってみたい。

なんだか、運命のようなものを感じる。

 

とはいえ、私はまだ小学生。

どうやって柏まで行くかが問題。

お母さんに連れて行ってもらう――却下。

理由が思いつかない。

うーん、と頭を悩ませながら机の上を見た。

たまたま目に留まった、貯金箱。

ピンク色の豚さんの貯金箱には、お小遣いが入っている。

大した趣味がない私は、お年玉のほとんどを使用することなく貯金箱にため込んでいた。

中を開けると、実に10万近くの貯金があった。

 

「これだけのお金があれば、一人で行って、戻ってこられるよね?」

 

ベッドの上でお札を握りしめ、つぶやいた。

 

 

* * *

 

 

ある日曜日の朝早く、私はそのお金をポシェットに入れて、家を出た。

もちろん、両親には内緒。

言ったら絶対許してくれないから。

一応、女の子らしい服装は避けたほうが良いかなと思って、バスケットシューズに白いTシャツ、黒い短パンを履いて、野球帽を深めにかぶった。

髪の毛は帽子の中に隠して、短く見えるようにする。

ぱっと見は男の子っぽいはずだ。

 

東舞鶴から特急に乗って京都へ。

そこから新幹線に乗り換えた。

柏までは、5時間半に及ぶ旅程だったが、不思議なほどに遠いとも怖いとも思わなかった。

「行く」というより「帰る」という気分がした。

新幹線の窓際の席に座り、ぼんやりと窓の外の景色を眺めていると、隣の席に座ってきたおばあさんに声をかけられた。

 

「一人なの?」

 

私は少し戸惑い、あいまいにほほ笑んだ。

どう答えればよいのかわからなかった。

おばあさんは、しばらく私をじっと見ていたが、それ以上は何も言わなかった。

少し怪しまれたかもしれない。

胸がドキドキした。

そんな風にしているうちに東京につき、上野東京ラインに乗り換えて、柏に到着した。

 

「私、ここ、知ってる」

 

駅のホームに降りた途端、思わずつぶやいた。

既視感があった。

それどころか、やがて郷愁のような心地がやってきた。

郷愁?

そんなのは初めての感情だった。

生まれ育った若狭から出たことがなかったのだから当然だ。

なので、その胸を締め付けるような心地よさが、郷愁であると認識するまで、少し時間を要した。

私は駅のホームに立ち、深呼吸した。

空気の味に、懐かしさがあった。

 

改札を抜けると、空腹を感じたので、駅前のビルで昼食をとった。

そして、一目散に大通りをかけた。

商店街を要する大通りを抜けると、ちょっとした起伏のある道に出る。

低い丘をそのまま道路にしたような道。

なんだろう、すごく不思議だけど、この道をまっすぐに行くべきだと思った。

確信みたいなの。

その先に、私の目的地がある。

理由も何もない、ただの確信。

でも、今は、勘に従うしかない。

自分を鼓舞するように、私はぎゅっと握りこぶしを作った。

緩やかな坂を上っていく。

途中でカーブしていて、先に何かがあるような気がした。

この先。

カーブの先に、きっと。

私を呼んでいる何かが――

 

――なかった。

 

私は、呆然として、情けない表情で立ちつくした。

私がたどり着いたのは、ただの交差点。

ありふれた坂道の交差点だった。

本当に、何もない。

黒いアスファルトと、古びたカーブミラー、少しゆがんだフェンスがあるだけ。

いったい、どういうこと?

ぶんぶんと首を振った。

こんなはずない。

だって、運命に導かれるようだったんだもの。

なのに、どうして?

この時になって、やっと不安感が私を襲った。

時計を見ると、13時過ぎ。。

あまり遅くなると、家に帰るのが夜中になってしまう。

お母さんもお父さんも心配するだろう。

すごく怒られるかもしれない。

「どこに行っていたの」と怒鳴られたら、言い訳や説明ができない。

それは避けたかった。

深くため息をついた。

私、お小遣いを使い果たしてこんなところまで来て、いったい何をしているんだろう……。

夏の終わりの季節だった。

唐突に、底冷えのような風が吹いた。

……帰ろうかな。

そう思った時、背の高い男性のシルエットが視界に入った。

紺色のスーツに身を包んだその男性を見た瞬間。

頬をつぅーっと、水滴が伝った。

雨が降ったの?

驚いて見上げても、空は晴れていた。

首をかしげて頬に触れる。

指先が濡れた。

それは涙だった。

無意識の落涙。

 

「ど、どういうこと?」

 

訳が分からなくて、私は戸惑いながらなおも頬に触れる。

瞳から柔らかい筆先をなぞったように、涙の跡があった。

私は男性から目を離すことができなかった。

にじんでぼんやりとした視界の中で、スーツ姿の男性を見つめ続けた。

その人は坂道をゆっくりと歩いてきて、カーブミラーのあたりで止まった。

ちょっとゆがんだフェンスの前。

何かを考えるように、じっとそこに立ち尽くしている。

20代の後半ぐらいに見えた。

少し不健康そうな、ほの暗い瞳。

その瞳が濡れていた。

え?

私は、深く息を吸った。

その人も泣いていたのだ。

何もない、ただの坂道で。

 

「あの」

 

声をかけたい衝動に駆られて、しかしやめた。

男性の手に持っているものが花だと分かったからだ。

薄紫色のカワラナデシコ。

それは私が大好きな花だった。

――私、堀裕子であり、星崎透子が、大好きな花。

 

 

* * *

 

 

星崎透子は、生まれた時から由比真一といっしょだった。

透子と真一は、千葉県柏市の郊外の小さなアパートの302号室と303号室で育った。

一歳しか歳の変わらない透子は、真一によく懐いていた。

ほとんど兄妹といっていいような懐き方だった。

幼いころから片時も離れずともにいたので、両親を含め周囲の友人たちも、二人を兄妹のように扱った。

母親など、「透子は大きくなったら真一君のお嫁さんになるのよね」と冗談とも本気ともつかぬことをいう始末。

はっきりと口にこそ出さなかったが、透子自身、そうなれば良いなと思っていた。

理由は、はっきりとはわからない。

物心ついた時から最も近しい存在であったし、それ以上に、真一を見ていると胸が痛むのだ。

それは、理由などを必要としない本能的な憧憬だった。

真一の顔立ち、しぐさ、声、匂い、すべてが透子にとっては魅力的なものに見えた。

が、積極的な告白はしなかった。

真一が、奥手にしてあまのじゃくな性格であることをよく知っていたからである。

幼い頃は、好きだといっても本気にしようとしなかっただろうし、思春期に入ってからははっきりと好きだというと逃げてしまうように感じられた。

周囲の友人にはやされるだけでも怒って、距離を取ろうとするような男の子なのだ。

もどかしいが、それはそれで楽しいと思っていた透子は、ゆっくりと時期を見図ることに決めていた。

真一にほかの少女が寄り付かぬように目を配らせつつ、妹のようなポジションを維持する。

そして、高校を卒業するときに告白するのだ。

 

 

* * *

 

 

心に秘めた恋の計画とは別に、もう一つ、透子には秘密があった。

それは彼女が、エスパーであることだ。

能力に気が付いたのは、幼稚園児の時だった。

いじめっ子に奪われたキャンディーが、自然に地面に落ちたのだ。

 

「え、あれ?」

 

いじめっ子は驚き、さっきまで手にしていたキャンディーが今は土だらけになっている事実に、見る見るうちに泣き出してしまった。

一方透子は、口をあんぐりと開けていた。

『私から奪ったキャンディー、食べられなくなったらいいのに』

そう強く念じた瞬間、それが地面に引き寄せられるようにぐぃと落ちていったからだ。

重力の仕業ではなかった。

しかし一方で『私のところに戻ってきてくれたらよかったのに』とも思った。

超能力は、どうにも望み通りの力を発動しないのである。

それからも。

明日の遠足は嫌だなと思ったら次の日に雨が降ったり、ケーキが食べたいと思ったら母親が買ってきてくれたり、真一の手に触れたいと思ったら彼がつまずいて自分に倒れこんできたり。

強く望んだことが、時折かなうことがあった。

ただし。

雨が強く降りすぎて大切に育てていた花が枯れてしまったり、ケーキは願ったはずのイチゴのショートではなくモンブランだったり、真一の手にそっと触れたかっただけなのに倒れこんできたせいで胸を触られてしまったり。

望んだものと若干違う形になってしまう。

 

「使えない能力……」

 

透子は黄昏れて独り言ちた。

あまり使えない能力だったので、おおっぴらに自慢はしなかった。

そもそも、超能力なのだ。

ESPでサイキックなのだ。

そんなものを持つ美少女がいることが世間に知れ渡ったら、お茶の間のアイドル……いや、研究機関の実験体にされてしまう。

しかし、真一にだけは教えてあげてもいいかな。

透子は、こっそりと真一を呼び出して、自分の能力を教えてあげることにした。

小学2年生の時である。

いつも真一が隠れ家にしている学校裏の森のテント(たぶん誰かが捨てていったのだろう)に、二人きりで座って、「大事な話があるの」と言った。

ちょ、ちょっと恋の告白みたいだな。

ませている透子は、そんなことを考えて頬を赤らめた。

真一は……スカートで三角座りしているから見えちゃってる下着に目が釘付けだけど、ま、まぁ、許しておいてあげるか。

 

「あ、あのね」

 

さすがに恥ずかしくなって足を閉じて、透子は真一に耳打ちした。

 

「私……エスパーなんだ」

 

驚く真一に「すごいでしょー!」と胸を張るつもりだったのだが、真一の反応は微妙だった。

 

「は? 透子、何言ってんの?」

「いやいやいや、本当なんだって」

「じゃ証拠見せろよ」

「もう、しょうがないなぁ。む、むむむむーん!」

 

はらり。

森の大きな木の葉っぱが一枚落ちた。

 

「どーだ!」

 

エッヘンと胸をはる透子。

 

「はっ」

 

真一は鼻で笑った。

 

「あー、いま! 馬鹿にしたでしょ!」

「だってあんなの偶然落ちただけだろ」

「ち、違うもん! 念じたから落ちたんだもん!」

「もっとでかいの落としてみろよ」

「い、今はまだ修行中だから、葉っぱぐらいしか……」

「はっ」

「もー! また鼻で笑ったぁ!」

 

すっくと立ちあがる。

 

「こうなったら、エスパー透子の本気を見せてあげるんだから! むむむむむむーん!!」

 

目を閉じて、必死に念じる。

 

「枝ごと、落ちろぉぉぉ!!!」

 

はらり。

枝ではなく、自分のスカートが落ちた。

 

「ひゃっ」

 

慌てておしりを隠そうとするが、パンツが丸見えだ。

 

「お、おぉぉぉ」

 

感嘆の声を出している真一にパンチを入れた。

 

結局この件も、「スカートのホックが壊れてたんだろ」と一蹴されてしまい。

以来透子は、エスパーであることを説明することをやめた。

真一君にだけ教えてあげようと思ったのに!

いいもん!

もっとすごい力を発揮できるようになってから目にものを見せてやるもん!

そう、車を宙に上げちゃうとか!!

 

心の中で、そう誓うのだった。

 

 

* * *

 

 

それからもオカルトの本を読み漁ったり、腕立て伏せをしてみたりするのだが、皆目超能力は強化されない。

だってそもそも、どうすれば超能力が強化されるのかがわからないのだ。

どうしようもない。

まぁ、以前よりは多少は狙い通りに動くようにはなってきたんだけど。

『時折、念じたものが多少動く』程度の力は、到底真一に自慢できるものではない。

そんなこんなしているうちに、高校生になってしまった。

高校生になったことをきっかけに親にギターを買ってもらった真一は、毎日練習をして、そこそこ弾けるようになっていた。

自慢したいのか、時々部屋に呼んで、ギターソロを披露してくれる。

そのこと自体はうれしいし、部屋に二人きりなんてドキドキするけど、簡単に部屋に呼んでくれるあたり、女の子として意識されていないような気もする。

真一君のギターと違って私の超能力はからっきしだし……。

 

「う~ん、このままでいいのかなぁ」

 

超能力も恋も、どうにも膠着状態だ。

真一と並んで下校しながら、一人ため息をついた。

 

「ん? どうした?」

 

真一が問いかけてきた。

 

「ないでもないよぉーだ」

 

舌を出す。

わかってないなぁ。

君のことで悩んでるんだぞ?

 

「ま、なんか嫌なことがあったりしたら俺に言えよ?」

 

そう言って、頭をポン、と触ってくれた。

正直、すごくうれしい。

今すぐ「好き」とか「超能力、少しは成長したんだよ」とか言いたくなる。

しかし。

 

「俺とお前、兄妹みたいなもんなんだからさ」

 

真一の言葉に、もう一度盛大にため息をついた。

 

「もぉっ、ぜんぜんわかってない」

 

やっぱ、にぶちんだ。

ちょっと怒ってるそぶりを見せちゃおうかな。

そう思って、真一を追い抜いてすたすたと早歩き。

 

「お、おい、ちょっと待てよ」

「しーらない」

 

そんなやり取りをしていた矢先のことだ。

耳をつんざくような、激しいタイヤ音が聞こえた。

アスファルトを削り取るような激しい軋みの音。

目を向けると、白い自家用車が信号を無視して突っ込んでくる映像が瞳に写った。

まるで現実感がない、映画のような映像。

でも現実だった。

それは、私ではなく、少し後ろにいる真一にまっすぐ向かっている。

時が止まったような感覚。

 

『ずれて!!!』

 

私は願った。

強く強く願った。

その次の瞬間。

私は空中にいた。

一瞬、何が起こったかわからなかった。

体が裂けるみたいに痛む。

そして理解した。

私は、跳ね飛ばされたのだと。

車の軌道がわずかに変わり、私へと突っ込んだのだ。

高く空を飛び、意識が回転し、走馬灯が走った。

電気がチカチカと点滅するような感覚。

体中の血液が爆発し、吹き上がる。

視界の片隅が、真一の姿をとらえた。

彼は茫然としていた。

だが、しっかりと二つの足で、立っていた。

たぶん無傷だ。

 

――よかった。

 

途切れそうになる意識の中、私は思った。

この瞬間のために、私の超能力はあったのかもしれない。

 

だけどさ。

できれば、自分も助かるようにしてほしいよね。

告白、できなかったじゃん……。

 

 

* * *

 

 

一度に大量の情報が流れ込み、脳がショートしそうになる。

私は、ガタガタと震えながら、自分の体を抱きしめた。

めまいがする。

死んだ瞬間の痛みや恐怖がフィードバック。

違う違う違う。

ここは、私の世界。

星崎透子ではなく――堀裕子の世界だ。

必死になって足を踏ん張っていると、人影が私に近づいてきた。

 

「大丈夫ですか?」

 

気が狂うほどに懐かしい声。

少し大人びて、トーンが低くなっているが、真一君の声だ。

私は、涙ぐんで顔を上げた。

声を聴くだけで、体のこわばりや痛みが消えていく。

 

「あ、あの」

 

なおも心配そうに問いかける真一君に、私は言った。

 

「だ、大丈夫です」

 

ちゃんと笑えただろうか。

可愛く笑えただろうか。

泣きはらした変な顔だとやだな。

もう、星崎透子ではないのに、そんなことを考える。

精一杯の笑顔をつくって、私は言った。

 

「ここに来ると、悲しくなって。私、星崎透子さんの遠い親戚なんです」

 

それはとっさに出てきた嘘だった。

しかし、悪くない嘘だとも思った。

無関係な他人で済ませてしまえば、私と真一君はこれっきりになってしまう。

繋がりの糸が欲しかった。

たとえどんなに細い、途切れそうな糸でもいい。

 

「私、生まれたばかりの赤ちゃんの頃に、透子お姉ちゃんに抱いてもらったことがあるんです。うっそらと記憶が残っていて。……事故で亡くなった聞いて、悲しかったけど、いつかお参りに行きたいなって。家が遠いから、ずっとできなかったけど……」

 

よくもまぁ、すらすらと出てきたものだと自分でも感心する。

それだけ私は必死だったのだ。

作り話を紡ぎながら、続きを頭の中で組み立てる。

 

「私、バスケやってるんです。小学校の女バス。その遠征で柏に来ていて。どうしても、お姉ちゃんが事故にあった場所を見ておきたくて、練習が終わった後に来ちゃいました」

 

信じてもらえるだろうか?

小さな女の子が一人で来たことや、お供えの花束も持っていないこと。

それらを、何とかごまかしたつもりだ。

恐るおそる、真一君を見ると。

彼は感極まったような表情をしていた。

 

「そ、そっか、よ、よかった」

 

えづくような、声。

 

「……ありがとう。きっと、透子、喜んでいるよ」

 

胸が痛くなった。

こんなにも純粋に私の死を悼み続けている人を、騙してしまっている。

しかし真実は告げられない。

転生した?

記憶がよみがえった?

そんな荒唐無稽な話、だれが信じるというの?

いや、正確には、本音を言うと。

私は、信じてほしかった、真一君に。

だけど、真実を告げようとすると、体がこわばった。

恐怖。

もしも私を真一君が狂人扱いしたら?

気持ち悪がられて、拒絶するような目で見られたら?

大好きな人に、そのような態度を取られたらと思うと、口が開かなかった。

これは私の心の弱さ。

なぜ彼を信じきれないの?

自分で自分の弱さが憎いほどだ。

でも、本当にそれは、凍り付くほどの恐怖だったのだ。

 

私は、生まれたころに透子に抱いてもらったことのある遠い親戚の少女として、真一君とその場で会話をした。

実際には私は11歳で、11年前に死んだ透子が私に触れることは不可能なのだが、12歳であると偽った。

 

「……そうですか。お兄さんは、透子お姉ちゃんの幼馴染だったんですね」

 

知っている事実を、初めて聞いたことのように反応するのは、正直つらい。

 

「今は、何をなさっているんですか?」

 

私は、問いかけた。

できるだけ不自然でないように、平常のトーンを保ちながら。

この言葉が、一番聞きたかったことだった。

今、真一君がどこで何をしているのか。

 

「あぁ、今、俺は……」

 

少し逡巡して、真一君がスーツの胸ポケットを探った。

名刺を手渡してきた。

そこにはこう書かれていた。

 

『346プロダクション 広報宣伝部 由比真一』

 

346プロ。

聞いたことがある。

誰でも知っているレベルの大手の芸能事務所だ。

私が名刺をじっと見つめていることを、怪しんでいると受け取ったのだろうか。

彼は弁解するように言った。

 

「あの、俺さ、音楽が好きで。ギターとかやってたんだけど、でもまぁ、芽が出なくて。諦めきれなくて芸能事務所に就職したんだ。広報だけど……」

 

私の頭の中で、高校生の時の真一君の姿が浮かんだ。

覚えたてのギターを、嬉しそうに披露してくれたっけ。

また、涙がこぼれそうになった。

 

「真一君、11年ずっと、頑張ってたんだね」

「え?」

「あっ」

 

しまった。

今の私は裕子なんだった。

私はごまかすように笑って頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい。名刺を見て、名前で呼んじゃいました。お兄さん、親しみやすいから。つい、その、〝君〟なんて言っちゃった」

 

子供らしく舌を出す。

『11年ずっと』という言葉の不自然さを真一がどうとらえたかわからない。

疑問が深くならないうちに離脱すべきだと思った。

名残惜しい。

もっと話したい。

しかし、これ以上は危険だ。

今の状況を知るという目標は達成できた。

 

「あ、そろそろホテルに戻らなきゃ」

 

私は腕時計を見た。

わざとらしかったが、もう帰らないと家族が怪しむのは事実だった。

福井まで5時間半。

14時に電車に乗っても19時半になってしまう。

 

 

* * *

 

 

帰りの新幹線の中で、真一君の名刺を何度も見つめた。

これから、どうするべきかな……。

もっと会いたい。

そばにいたい。

もしできることなら、透子として成就できなかった恋を成就させたい。

だけど、〝今の私〟としてもう一度接触するのはリスキーだと感じた。

嘘をつきすぎたからだ。

透子の遠い親戚だということや、バスケをやっているということなど、すぐに嘘だとばれてしまうだろう。

せめて名前を名乗らなかったのは幸いだ。

堀裕子として、認識されていない。

私は、帽子を目深にかぶった11歳の名前もないバスケ少女だった。

幸い、今は成長期。

成長すれば、顔立ちや雰囲気も今とは変わる。

私は、数年後、今日とは別人のように成長して真一君に再会する計画を練り始めた。

まず、髪はもっと伸ばそう。

それから……ど、どうせなら、可愛くなりたいな。

真一君がドキドキするぐらい可愛くなって、再会したい。

ぎゅっと、彼の名刺を胸に抱いた。

芸能事務所かぁ。

ど、どうせなら、アイドルとしてお近づきになるのがいいかも。

可愛いアイドルになって真一君を振り向かせるんだ。

 

「それはそれとして」

 

私は、すさまじい高揚感を感じていた。

何にって、サイキックに。

死ぬ瞬間、とうとう使えたサイキック。

トラックを瞬間移動させて、しかも転生だなんて!

すごい!

やっぱり、奇跡に超能力は実在したんだ!

しゅばっとポーズをとった。

こう、腕をクロスさせて片目をきらーんと光らせる感じのポーズ。

私は……ユッコ。

奇跡の超能力者、エスパー・ユッコ!

うわぁぁぁぁ、なんだかテンションが上がってきた!

めそめそなんかしてられない。

一度起こせた奇跡、二度でも三度でも起こしてやるんだ!

待ってろよ、真一君!

可愛いエスパーアイドルになって、悩殺しちゃうから!

 

「ふふふ」

 

私は、肩を震わせた。

 

「はぁーはっはっはぁ!」

 

高笑い。

 

「奇跡の超能力者、エスパーユッコの誕生だぁぁ!」

「おい、ガキンチョうるさいぞ!!」

「はぅっ」

 

隣の席のおじさんに怒られてしまった……。

 

 

* * *

 

 

と、まぁそんな感じで若狭に戻った私は。

まず、親に頼み込んで携帯電話を手に入れた。

土下座しまくったけど。

匿名でSNSのアカウントを作り、真一君の動向を逐一チェックする。

芸能関係で仕事をしているという理由もあるだろう。

真一君のアカウントは探しやすかった。

今度こそ、彼を見失ったりしない。

遠い若狭から真一君の動向を追うには、この方法しかなかった。

 

私は並行して、自分を鍛えることにした。

適度な運動をこなし、スタイルを整える。

ダンス教室に通い、ストリートダンスを覚える。

歌の練習も始めた。

美容やファッションのことを研究する。

これらはすべて、アイドルへと自らを仕立て上げるため。

奇跡のエスパーアイドルユッコへと変身するため。

ところが……。

 

 

* * *

 

 

「なんで!? どうして!!」

 

缶ジュースを目の前にして、私は叫ぶ。

いくら念じても、缶は動きもしない。

サイダーの缶に描かれた変なキャラクターの笑顔がまるであざ笑っているかのよう。

何十回と念じて、やっと数ミリだけ動いた。

汗だくになって私はベッドにへたり込んだ。

 

「もーっ、前よりもサイキックパワー、弱くなってるよー!」

 

うがーっと両腕を振る。

普通こういうのって、転生を機に覚醒とかしてるんじゃないの!?

 

「ま、負けないっ!」

 

すぐに立ち上がって、ガッツポーズ。

超能力は、私にとって、すごく大切なもの。

過去の私と今の私、そして真一君を繋ぐ絆。

絶対にもっとパワーアップしてやる!

 

「……とはいえ、相変わらずどうやったらパワーアップできるのか、よくわからないんだけど」

 

はぁ、っとため息をついた。

うぅぅぅ、ゲームとかなら、チュートリアルが出てくるはずなのに。

レベル上げの方法がわかんないんじゃどうしようもないよぉ。

 

とりあえず、当たって砕けろだ。

時間が許す限り、日々練習するしかない。

私はスプーンをポケットに入れて毎日持ち歩くことにした。

登校中も下校中も「まがれぇぇぇぇ、ぐぬぬぬぬ」と念じながら歩く。

昼休みは一番に給食を完食して、特訓の日々。

 

「バカゆっこ、そんなの曲がるわけないじゃん」

 

隣の席の男子がバカにしてきた。

 

「できるもん」

「絶対できねーよ。超能力なんて現実にねーし」

「あ、あるよ!」

「じゃ証明してみろよ」

 

腹が立ったので、男子の前にスプーンをかざす。

指をあてて……力を込めて……

 

「むんっ!」

 

ぐにゃっとスプーンが曲がった。

 

「どう?」

 

にっこりと笑うと、男子はひいていた。

 

「ご、ゴリラ女」

 

うっさいわ。

これが今の私にできる唯一のサイキック。

いや、ただの力技だけど。

はぁ……エスパーユッコには程遠いなぁ。

いやいや、あきらめちゃダメ、努力努力。

 

 

* * *

 

 

一方、ダンスとか歌とかファッションとか、アイドル修行のほうは順調で。

中学2年生の夏休みには地元のストリートダンスの大会で優勝しちゃった。

使用楽曲は、11年前に流行っていた曲。

「古い曲知ってるねー」と司会者のおじさんに言われたけど、リアルタイムで聴いてましたから。

真一君が好きだったんだよね、この曲。

超能力のほうはいまいちだけど、地元では評判の歌って踊れる女の子に。

時折、スカウトも来るようになった。

だが全部お断り。

真一君の事務所じゃないと意味ないから。

この頃、真一君はというと、大手芸能事務所を退所していた。

京急線沿線の小さな芸能事務所に移籍していた。

大手事務所でポカをやらかしたってわけではなく、肌が合わなかったみたい。

もともと、広報よりも実務がやりたかったわけだし。

新しい事務所では、事務作業から、広報、音作りまで、幅広くプロデュース業を請け負っているみたいだ。

SNSで動向はずっと追っていたから、彼がどこでどうしているということはわかる。

しかし、新しい事務所の名前はわからなかった。

もどかしかった。

中学を卒業したら、東京の高校に入学して、オーディションを受けようと思っている。

真一君が務めている事務所を正確に知りたかった。

何か情報がないかと、彼のツィートに目を通していると。

スタジオに入って久しぶりにギターを弾いたというツィートがあった。

私はゾクゾクした。

彼のギターが、久しぶりに聴きたくなった。

私たちが高校生だった時、部屋で聴かせてくれた時のあの音色。

あまり上手に弾けてはいなかったけど、その優しい音色は私の記憶に刻み込まれている。

彼のギターは今もあの時と同じ優しい音色をしているかな?

 

 

* * *

 

 

中学卒業を機に、いよいよ上京した。

下宿はもちろん、京急沿線。

少しでも真一君の周辺にいられるほうがいい。

 

 

* * *

 

 

あっという間に数か月が過ぎた。

7月。

夏がやってきていた。

人いきれでむわっとするような品川駅で、京急線に乗り換えた。

アパートがある駅まで30分ぐらい。

東京はやはり、人が多い。

人ごみの流れの中にいると、途方もない恐怖に襲われることがあった。

こんなにたくさんの人々の中から、いったいどうやって、真一君を見つければいいんだろう。

本当に会えるだろうか?

会いたい、会いたい、会いたい。

早く真一君に会いたい。

だけど、不可能かもしれない。

早鐘のように、心臓が脈打つ。

私は、いくつかの芸能事務所の扉をたたき、オーディションを受けていたが、真一君には出会えていなかった。

業界に知り合いやつながりを作り、彼を探し当てたかった。

電車が、海岸に沿った大きなカーブを曲がり、駅に着いた。

改札をくぐると、夏の空気が肌に触れた。

空は青く晴れていて、入道雲さえあった。

絵葉書のような一日。

アパートまでは、緩やかな長い坂が一つ。

暑い。

坂を上りきる途中に自販機がある。

私は耐えきれず、サイダー水を買った。

ペットボトルを手に取り、そのひんやりとした感触に微笑んだ瞬間。

まるで重力に逆らうように。

私の手を離れ、宙に浮かんだ。

 

「あ」

 

と思ったのもつかの間。

サイダー水のボトルが、地面を転がっていく。

その先に、男性のシルエットが見えた。

懐かしい、ずっと会いたかった人が、私の手を離れたサイダー水を拾った。

 

「~~~!!」

 

私の心臓の鼓動が、跳ね上がるように鳴りだした。

やっぱり、ある。

奇跡も超能力もきっと、あるんだ。

私を見上げて、ゆっくりと歩いてくる真一君に、飛び切りの笑顔を作らなきゃ。

真一君が、ペットボトルを渡してくれる。

私は、抱きつきたくなった。

でもぐっと我慢。

私たちは、今が初対面なんだから。

どうやって、ここから関係を再び作ろうと思案していると、真一君が言った。

 

「あ、あのさ、急にごめん。ど、どうしても、君を一目見てピンと来たんだ」

 

慌てるように、名刺を取り出す。

 

「怪しいものじゃないんだ。芸能プロダクションで働いていて。その……あ、アイドルに興味ないかな?」

 

私は飛び上がりそうになった。

奇跡に次ぐ奇跡。

あふれそうになる喜びをぐっとこらる。

 

「ふっ」

 

自然に、笑みがこぼれた。

 

「はぁーっ、はっはっはっ!!」

「へ?」

 

口をあんぐりと開けた真一君に、私はとっておきのポーズを決めて、言い放った!

 

「見る目がありますね! 私の名前はユッコ!! 史上最強のサイキッカーです!」

 

キラーン、と眼光を光らせる。

 

「あなたがプロデュースしてくれるなら、アイドルだってドーンと来いです!!」

 

さぁ、エスパーユッコ伝説の幕開けだよ、真一君!

 

 

 

 

 

 

 

(完)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。