今回は残り二人のアイドルと、羽丘零斗の始まりについて。
それではお付き合いください。
埼玉方面へクルマを走らせながら、ぼくは先ほどのことに思いを巡らせる。たかがソフビ人形を見たぐらいであそこまで動揺するとは、自分でも思っていなかった。自覚している以上に、ぼくは『ウルトラマン』が好きで好きでたまらないらしい。
ぼくの両親はそろって特撮好きだったらしく、実家には放送当時の映像を収めたVHSが大量にあった。らしく、というのはぼくの両親はぼくが生まれてすぐに事故で亡くなってしまったので、二人の趣味嗜好を正確には知らないからだ。ぼくを育ててくれたのは母方の祖父母だった。祖父母は特撮に理解のある人たちで、「いつかこの子が見るかもしれないから」と処分される予定だったVHSを引き取ってくれていた。あれらがなければぼくがこの業界に入ることはなかっただろう。両親と祖父母には感謝してもしきれない。子どもだったぼくは「パパ」「ママ」という言葉の意味も知らなかったが、知らないなりに「自分にはパパもママもいないのだ」ということを分かっていたように思う。友人と遊んでいるとき、祖父母と食卓を囲んでいるとき、いつも線香の煙が絶えない仏壇の前を通り過ぎるとき、ぼくは得体の知れない疎外感や孤独をずっと感じていた。ひとりではないはずなのに、そばに誰もいないような、この宇宙にたったひとり取り残されているような気がしていた。
だからなのだろうか。祖父にVHSの存在を知らされたぼくが導かれるように手に取ったのは、『ひとりぼっちの地球人』とラベルの貼られたテープだった。
このエピソードの主役であるイチノミヤ青年は、素晴らしい天才の持ち主であったにも関わらず、その才能を誰にも認められなかったことで人間、ひいては地球不信に陥ってしまっていた。そこを狡猾な宇宙スパイ・プロテ星人につけこまれ、地球侵略の片棒を担いでしまう。やがて本性を現したプロテ星人はイチノミヤ青年を裏切る。星人は幻覚を操り、セブンすらも翻弄するが、イチノミヤ青年の決死の行動で命を落とす。地球を守り若い命を散らしたイチノミヤ青年はしかし、最後までひとりぼっちのままだった。誰にも知られることなく、誰にも顧みられることなく。彼はひとりぼっちのまま戦い続けたのだ。そしてそれは、正体を隠し戦うモロボシ・ダンにも当てはまる。ラストシーンでイチノミヤ青年に思いを馳せるダン。地球を守る無敵のヒーローは、故郷から与えられた任務から離れ戦う孤独な戦士だった。ぼくにはそれがとても悲しく、しかし美しく思えた。背負った意味や物は違えど、セブンもイチノミヤ青年もひとりだった。イチノミヤ青年の勇気とウルトラセブンの言葉が、ぼくを救ってくれたのだ。そして同時に、『ぼくの周りには、ぼくを認め愛してくれる人たちがいる。だからぼくはひとりではないのだ』と心で理解できた。それが何よりもうれしかった。
それから夢中になって『セブン』を見続けて、気が付けばすっかり夜中になっていたが、不思議と眠気は起きなかった。眠気など銀河の彼方に吹き飛ばすほどに、熱く燃えるものが心の中に滾っていたから。居間でひとり詰め将棋をしていた――今にして思えば、なかなか眠ろうとしないぼくを待っていてくれたのだろう――祖父のもとに駆け寄って、ぼくは今しがた味わった感動をひとしきりぶちまけた。セブンの雄姿。ウルトラ警備隊の勇気。敵宇宙人たちが持つある種の美学。画面の向こうから伝わってくる怪獣たちの脅威。そしてそれらを作り上げた円矢プロダクションの情熱。『セブン』がどれほどに素晴らしいヒーローだったかをまるまる一時間はかけて語り続けた。祖父はそんなぼくを咎めることも遮ることもなく、ただ静かに微笑みながら嬉しそうに「そうか、そうか。それはよかったなぁ」と呟いた。興奮冷めやらぬぼくに祖父は冷たい麦茶を差し出して、
「零斗。そんなに特撮を好きになったのなら、どうだ、お前自身が特撮に関わってみないか」
祖父のこの言葉で、ぼくは自分が進むべき道を定めた。今から二〇年前、七歳の夜。ぼくは「ヒーローになる」と決意した。ヒーローになるにはどうすればいいのか。幼いぼくが思いついたのは、俳優になることだった。決めたのなら後は進むだけだ。どのみち俳優になるためには東京に出る必要がある。それまでは大人しく勉学に励みながら、いざという時のために体を鍛えておこう。そうして日々祖父母の手伝いや勉強などに精を出し、十五歳になると同時に上京した。「せめて高校までは出ておきなさい」という祖父の言葉に従い、東京の高校に入学。高校生でも受けられるオーディションやエキストラ募集などを貪欲に探し、片っ端から受けていった。演技のことなどなにひとつわからない、素人以前の状態。回数を重ねるごとに上達していったとはいえ、周りの役者志望の青年たちとは比べるべくもない。それでも、夢への情熱だけは誰にも負けない自信があった。諦めるつもりなどない。必ず、あの日ぼくを救ってくれた『セブン』のように、誰かの未来を照らせるヒーローになる。
「そうだ、その通りだ。きっと、私たちは君をずっと待っていたんだ」
二〇〇九年。ぼくにとっての人生の分岐点。オーディションからの帰り道、ぼくは自分を呼び止める声に振り向いた。息せき切って駆け寄ってくる中年の男性。彼はぼくの右腕をむんずとつかむと、「やっと見つけた」と呟いた。
「羽丘零斗くん、だったね」
「・・・はい、そうですが」
「ああよかった、間違っていたらどうしようかと・・・いや、失敬、私はこういうものです」
差し出された名刺に記載されていた文字に、心臓が跳ねる。『円矢プロダクション 代表取締役 岡島隆一』。ずっと憧れ続けた夢のヒーロー、その総本山。あまりの事態に固まるぼくに、岡島さんはこう続けた。
「君の演技を見ていた。荒削りで拙い、でも心惹かれる演技だった。・・・そうだ、その通りだ。きっと、私たちは君をずっと待っていたんだ」
「羽丘零斗くん。君をわが社にスカウトしたい。私たちが作る新しいヒーローを・・・『ウルトラマンゼロ』を、演じてくれないか」
その後のことは、よく覚えていない。気が付いたら自宅にいた。手に契約書や事務書類などを握りしめていたから、多分、スカウトを受けてすぐに岡島さんと一緒に円矢プロ本社に向かい、諸々の契約を交わしたのだと思う。ずっと追いかけ続けていた夢のほうからこちらに向かってきたというのは、それほどの衝撃だった。覚えているのは、別れ際に岡島さんに言われたこと。
「夢を諦めずにいてくれてありがとう」
翌日から、ぼくは円矢プロの一員になった。
「・・・お、着いたか」
気付けば愛依の通う高校に到着していた。ずいぶん懐かしいことまで思い出してしまった。あれから十年近く経ったとはいまだに信じられない。つい昨日のことのように感じる。
守衛から許可証をもらい、駐車場へと乗り入れる。迎えに行く旨は伝えてあるので、もう間もなく姿を見せるはずだ。・・・見慣れない男が車を乗り入れて誰かを待っている、という状況は学生たちにとって珍しいことに違いない。ひっきりなしに視線を感じるが、今更視線程度では動じることはない。しかしやや手持ち無沙汰なのは事実。ちょっとからかってやるか、などと考えていると、こちらに駆け寄ってくる金髪が見えた。
「プロデューサー!」
「おーう、お疲れさん、愛依。悪いな、急に迎えに行くとか言って」
「んーん、全然! うち、今日は事務所に直行するつもりだったし、マジ助かる的な!」
朗らかに笑う愛依に、ややセンチになった心が癒されていく。やはり笑顔とはいいものだ。武内先輩の言うことは間違っていなかったわけだ。そういえば先輩、今十人近いアイドルをプロデュースしているとかなんとか。どんな処理能力をしているのだろう。今度事務処理やスケジュール調整のコツを教えてもらおうか。久しぶりに先輩と喋りたいし。
「ならよかった。今日はこのまま灯織を迎えに行くからちょっと時間かかるが、いいか?」
「もち!」元気のいい返答にこちらも笑みがこぼれる。
「そいじゃ行くぞー、車乗れー」
「おっけー! そんじゃみんな、またねー!」
ばいばーい、頑張ってねー、という愛依の友人たちの声を背に車を発進させる。移動中愛依がずっと話し相手になってくれていたので、先ほどのように回想にふけるようなことはせずに済んだ。会話が途切れないというのはいいことだ。
灯織の姿はすぐに見つかった。彼女が通う高校、その正門前でそわそわしていた。落ち着かない様子でスマホをのぞき込んだり、車道に目をやったり、かと思えばカバンに付けているお守りを握りしめたり。きっと「そろそろ着く」と連絡する以前からあそこで待っていたのだろう。相変わらずわかりやすい子だ。小動物を見ているようで微笑ましいが、いつまでもほっておくわけにもいかない。
「灯織、待たせたなー」
「灯織ちゃーん! お疲れー!」
「! プロデューサー、愛依さん・・・お疲れ様です」
ぱっと顔を輝かせてこちらに駆け寄ってくる姿は大変かわいらしい。ドアを開け、彼女を車内に誘導する。少しだけ顔が赤らんでいる灯織を愛依が気さくに出迎えていた。灯織はコミュニケーションにやや難がある子だが、愛依相手にはそこまでやりにくそうな気配は感じさせない。それは愛依が灯織を気遣い、彼女が話しやすい雰囲気で接しているからだ。やはり彼女のコミュ力には目を見張るものがある。あるいは、日ごろから弟や妹たちの面倒を見ているために、年下の扱いはお手の物なのかもしれない。ぼくも見習わなければ。
「よーし、車出すぞ。冬優子とあさひはもうレッスン始めてっから、事務所着いたらすぐ着替えて合流すること。いいな」
「はーい!」
「わかりました」
二人に声をかけ、車を出した。目指すは愛しきぼくらの事務所だ。
ぼくにとっての「原点」であるウルトラマンはコスモスです。ちょうど世代だった。各エピソードの詳しい内容まではちゃんと覚えてはいませんが、彼がとても優しく、だからこそ強いヒーローだったことは胸に焼き付いています。
皆さんの「原点」のヒーローは誰でしょうか?