マキオン……楽しくて……
プロデューサーの様子がおかしい。私――風野灯織がそのことに気が付いたのはつい一週間ほど前のことだった。めったにつかないため息を何度となくついているかと思えば窓の外をぼうっと眺めていたり。かと思えばいつにも増して口数が多くなったりとどうにも落ち着きがない。普段から底抜けにポジティブでにこやかでおしゃべり好きな彼の姿を見ている私からすれば、天変地異にも等しい状況だ。悩むことは悪いことではないけれど、あまり長く続くと生活に支障が出るかもしれない。自分に出来る事なら解消してあげたいが、どうしたらいいのだろうか。そもそも、彼は何に悩んでいるのだろうか。それがわからない。
一時から始まる仕事の打ち合わせのために事務所に来ていた私は、あさひがプロデューサーのデスクに飾っていた「ティガ」という名前らしいウルトラマンのソフビ人形を見ながら思い悩んでいた。先日からあさひはウルトラシリーズにお熱らしく、ソフビや変身アイテムを集め始めていた。彼女にしては珍しく興味が長く続いているようで、私も量販店遠征に誘われたりした。子ども向けのおもちゃだと思っていたけれど、なかなかどうして完成度が高くて感心したことを覚えている。
私が283プロの書類選考を見事通過し、アイドルになったのはおよそ一月前。283プロは灯織を含めて所属アイドル4名と規模の小さな事務所ではあるが、黛冬優子、芹沢あさひ、和泉愛依――ストレイライトを輩出したその実力は765、346といった大手事務所にも引けを取らない。「輝くアイドルになりたい」という目標を持つ私にとって、これ以上ない環境であるといえた。
私は自分のことが嫌いだった。誰かを傷つける意図などないのに、言葉を選ぶのが苦手なばかりに本心とはかけ離れた言い方をしてしまう。何度も矯正しようとしたけどうまくいかなかった。できない自分が憎いから、できるまで努力を重ね続ける。それでも自分を好きになれなかった。だから、ほかの何かを本気で好きになることもできない。私が占いやジンクスを重視するのは、「自分以外の超常的な何かの力ならば私を変えてくれるのではないか」という心の現れなのではないか、とプロデューサーは言っていた。
そんな私がアイドルを志したきっかけは中学生の頃、学園祭のゲストとして学校に訪れていたアイドルを見たことだった。ステージの上で輝く彼女たちを見て、「自分もあんな風になれれば何かを好きになれるのではないか」と思ったのだ。目標が定まれば行動するのみだ。きっと一五年の人生の中で一番死に物狂いで頑張ったのがあの時期だと思う。書類選考が通ったと連絡があったとき、思わず涙を流してしまうほど嬉しかったのを覚えている。
そうして初めて事務所に出社した日。プロデューサーと名乗った男性を、私は何度も目にしたことがあった。ドラマで、バラエティで、銀幕で。名前だけであればアニメでも。私はあまりサブカルチャーに詳しくはなかったけれど、アイドル研究の一環として『機動戦士ガンダム00』は動画配信サービスで見ていた。とある同年代のアイドルが「刹那は永遠の推し」「声優アイドルを目指すうえでの指標の一つ」と絶賛していたのが気になったからだった。主人公である刹那・F・セイエイの声優を務めていたのが、目の前のプロデューサー。見上げるほどの長身と、精悍な顔立ち。画面越しでも美形の人は生だともっとキレイだ、と母が言っていたけれど、まさにその通りだ。羽丘零斗はテレビで見る以上にめちゃくちゃかっこよかった。
アニメを通して聴くのとは全く違う美声で、彼は私に言葉をかけた。
「風野灯織さんだね。はじめまして、今日から君のプロデューサーを務める羽丘零斗だ」
よろしくな、と差し出された手は、父のそれよりも大きくてごつごつしていた。
とはいえ、勘違いである可能性も否定できない。私はプロデューサーとの付き合いが長いほうではない。彼と行動を共にするようになってまだ一月しか経っていないのだ。283プロ初のアイドルである冬優子さんは二年間、彼女の後に入所したあさひと愛依さんも一年を共にしている。そんな彼女たちストレイライトが自分たちのプロデューサーの変化に気が付かないはずがない。にも関わらず、レッスン中も雑談中も、彼女たちからそういった話が出たことはなかった。
(……もしかしたら私はみんなに、そういった話をされるほどに信頼されていないのかも……)
(き、聞くべきなのかな……でも、私なんかが聞いてもいいのかな……どうしよう……)
「灯織ー」
(いや、勇気を出すのよ風野灯織! プロデューサーのコンディションは私の仕事にも影響するはず。だとしたら放っておくのは悪手……)
「おーい、灯織?」
(どうやって切り出そう……ええと、ええと……これから仕事だというのに気が緩んで……私の馬鹿! こんなの絶対にダメ……!)
「なあ、大丈夫か?」
「わひゃあっ!?」
肩を揺らされ我に返る。突然の事態に驚いて振り返ってみれば、何やら困惑した様子のプロデューサーがいた。手に企画書を持っている。そういえばラジオ出演の話があるって言っていたような。時計に目をやってみれば一時をとっくに回っていた。
「仕事の話しようと思ってたんだが……なんか悩みでもあるのか? えらい深刻な顔してたぞ」
企画書をデスクに置き、私を悩ませている原因たるプロデューサーは私の向かいに腰かけた。
「ほれ、話してみな。なんか力になれるかもしれないし、な」
そう言って笑うプロデューサーに、私はどう切り出せばいいものかわからなかった。悩みの原因は間違いなく彼なのだが、それを真正面から伝えてしまってもいいものか。気を悪くしないだろうかとか、不躾じゃないかとか余計なことを考えてしまって言葉が出ない。肝心なところで私には勇気が足りなかった。どうしよう、と視線を彷徨わせていると、デスク上のティガと目が合った。ただの玩具のはずなのに、彼を見ているとなぜだか勇気が湧いてくる気がする。そうだ、ここでためらっちゃいけない。意を決して、私は切り出した。
「あの、プロデューサー。何か、悩んでいることでもあるんですか?」
「ん……?」
「その……最近、いつものプロデューサーじゃないなって、そう思うんです。普段よりもっと口数が多かったり、急にぼーっとしたり……私、心配で……だから、あの、私に何か出来る事があるなら、言ってほしいって、そう思ったんです」
言えた。内心ほっとしている私に対し、プロデューサーはしばらく固まっていた。その表情は複雑で、いろいろな感情がない交ぜになったものだった。何度か口を開きかけては閉じてを繰り返し、やがて彼は観念したように息を吐く。
「……まいったな、そこまで表に出てたのかよ。こりゃ七草とか冬優子にも筒抜けだな。……わかった、話すよ。お前たちは大事な担当だからな」
ちょっと待ってろ、と言い残し、プロデューサーは給湯室に向かった。きっと長い話になるのだろう。知らず知らずのうちに、私はこぶしを握っていた。
「単刀直入に言うとな。もう一度ゼロになろうと思ってるんだ。そのことでちょっと悩んでてな」
二人分の湯呑をテーブルに置いたプロデューサーは腰を下ろすなりそう告げた。私は仰天する。プロデューサーの負傷はむこう五年は完治の見込みがないと聞いていたからだ。ゼロというのは彼の持ち役であるウルトラマンゼロのことだろう。もう一度ゼロになるというのはつまり、スーツに身を包み激しいアクションをこなすということを意味していた。
「え……ケガはもう大丈夫なんですか?」
「おう、そいつは心配ない。医者からも大丈夫だってお墨付きもらったしな。回復が早すぎるって首傾げてたけど」
心配なのは体がきちんとついてくるかだな、というプロデューサーを前に、私は「はあ」と返すことしかできない。人の身体とは神秘に満ち溢れているんだと何かで読んだ気がするが、いくらなんでも神秘すぎやしないだろうか。だが彼の芸能界復帰、それそのものは喜ばしいことだ。私自身も彼のファンの一人。ドラマで、アニメで、特撮で、再び彼の姿が見られる。なんと素晴らしいことだろうか。ファン歴の浅い自分でもそう思うのだから、長年のファンの喜びはいかほどのものか想像もつかない。
だが彼はそのことで悩んでいるという。つまりいいことばかりではない、ということなのだろう。私がそのことを聞くと、プロデューサーはその通りだと首肯する。曰く、いつ戻るかが問題なのだという。
「俺はお前たちのプロデューサーだ。途中で投げ出すつもりなんて毛頭ない。でも途中、っていったいどの時点のことだ? お前たちが名実ともにトップアイドルになった時か? お前たちが大人になって、一人でも十分にやっていけるほどに成長した時か? たぶんそうじゃない。プロデュースに途中なんてない。あるのは始まりと終わりだけだ」
「お前たちがアイドルの世界にお別れを告げる時、それが俺のプロデュースが終わる時だ。引退か、結婚か、それは分からない。でも少なくとも、俺はお前たち四人のアイドル人生をきっちり見届けるつもりでいる。投げ出すことは絶対にしない」
「……ただそうすると、俺が役者に戻ったとして、いったいどのくらい演技に時間が取れる? 中途半端は一番やっちゃいけないことだ、何に対してもな。だが今のままじゃ、プロデュースも演技も、どっちも中途半端になっちまう。それは駄目だ」
だからどうしたもんかと悩んでるわけだ、とプロデューサーは苦笑する。私は己の迂闊を呪った。どうやっても私のようないちアイドルの手に負える問題ではない。私の動揺をよそに、プロデューサーは続けた。
「一人では無理でも、二人ならどうか。俺はお世辞にもプロデューサーとして優秀とは言えないが、もう一人プロデューサーがいれば幾分やりやすくなるんじゃないかと思ってな。今社長と協力して新しく社員になってくれる奴を捜しているところなんだ」
少し短いですが、灯織と零斗の会話はもうしばらく続きます。会話文書くのって難しいや……
補足として、今後零斗以外の人物の一人称を用いる場合はタイトルの前に☆マークを付けます。