二ヵ月半でこの程度しか書けなかった無力な私を許してくれ……。
それでは少しの間お付き合いください。
むくり、と体を起こしてみれば見慣れた天井だった。
ぐっ、と伸びをしてから出社の準備に取り掛かる。現在時刻は午前五時。出社時間にはまだ二時間ほど余裕があった。ぼくが眠りについたのは確か二時過ぎだったはずなので、少し早起きしすぎかもしれない。スマホを見てみると社長からメッセージ。曰く謝花さんに改めて仕事の説明をするので、出社時間が少し遅くなるとのことだった。であれば早めに出社して、諸々の作業を終えておくのがいいだろう。朝から事務作業というのはやや気が重くなるが。脳を起こすためには食事をするのが一番だ。最近朝は簡単なものしか口にしていなかったので、久しぶりにきちんとした朝食を作ろうと思い、ぼくは台所に立った。
朝食を作っている間、ぼくは昨晩のことを思い出していた。昨日は岡島さんから頂いたメールに記載されていた刻限の日。もともと連絡自体は遅くならないうちにする予定だったのだが、謝花さんの登場で深夜にまでもつれ込んでしまった。いや、彼女は全く悪くない。ぼくがもっと余裕をもって行動していれば済む話だったのだから。それにそもそも、彼女が現れようが現れまいが、ぼくはもう一度ゼロになると答えるつもりだった。
『もう一度ゼロになる』。そこに至るまでの険しい道筋が少しばかり舗装されたというだけのことではあるが、謝花さんが入社してくれたことは今のぼくには十分すぎる援護射撃だった。今まで抱いていた不安はすっかり消え、一度手放した夢にもう一度手が届くことへの希望が満ちる。昨夜、ぼくは明日以降の予定を決定すると同時に取るものも取りあえず事務所を飛び出した。正直な話、日付が変わるまでに円矢プロ本社に辿り着けるかはわからなかったが、行かない選択肢は最初からなかった。
結論から言えば、岡島さんはずっと待ってくれていた。曰く、ぼくは必ず来るだろうから、遅くとも明け方までは待っているつもりだったとのことだ。その信頼に目頭が熱くなったことを覚えている。
岡島さんとの会話自体はそう長いものではなかった。芸能界に復帰すること、新しく迎え入れるアイドルたちの活動が安定するまではそちらを優先することを伝え、あとは軽く雑談を交わしただけ。深夜であったこと、互いに翌日の予定が午前中から埋まっていたことが原因だった。「仕事が絶えないというのも考え物だね」と岡島さんは笑った。全くその通りだ。TDG三部作直後の経営危機に比すれば今の円矢は順調そのものと言っていい。2010年以降に展開されたいわゆるニュージェネレーションヒーローズは日本国内のみならず世界でも人気を博した。ぼくもゼロとして出演した『ウルトラギャラクシーファイト』に加え、漫画・アニメという媒体を用いて展開された『ULTRAMAN』に『SSSS.GRIDMAN』も大きな反響を呼んだ。変則的なところだと『怪獣娘』なども記憶に新しい。更には初代ウルトラマンがアメコミというコンテンツにもなるというのだから驚くほかない。『シン・ウルトラマン』についても、着々と準備が進んでいるようだし。最新のコンテンツのみを考えても一体どれほどの仕事量になるのか。間違いなく馬車馬という言葉すら生ぬるいだろう。だが岡島さんの笑顔は疲れの色も見えたが、むしろ輝いて見えた。
「ええ、まったくですね。有難いことではありますが」
「違いない。……今日のところはこの辺で切り上げよう。今度ゆっくり腰を据えて話をしようじゃないか。アイドルのプロデューサーとしての話も聞きたいしね」
「私の話などでよければいくらでも。来月のどこかを空けておくことにします」
「ありがとう。――ああ、それと」
別れ際に、岡島さんはぼくの目をまっすぐに見つめて、
「おかえり」
「……ただいま、戻りました」
こみ上げる涙を、ぼくはとうとう抑えることができなかった。
しかし今は手元のだし巻き卵に集中しなければならない。卵料理というのはすべての基本だが、だからこそ難しい。特に形を綺麗に整えようと思うと猶更だ。うまいことやろうとすると却って失敗する確率が上がる(気がする)ので、失敗しちゃってもいいさ……とジョースター卿になりきってみる。そもそも人に振舞うものではないのだから見た目を気にする必要はないのだけれど。菜箸でひっくり返してやると、卵焼きは少しだけ焦げていた。不覚である。
というわけで朝食が完成する。白米と卵焼きとみそ汁、それから冷凍庫の隅にひっかかっていた紅鮭の塩焼き。ベーコンエッグじゃないしみそ汁もワカメではなくナメコを使っているが、まさしくゴキゲンな朝飯だ……と思わず刃牙になったのも仕方ないだろう。しかし何かが物足りないと見直してみると山盛りのキャベツが足りなかったので急いで刻んで付け合わせた。これで完璧だ。いただきます。
朝食はとてもうまかった。我ながらいい出来だったと自賛してみる。料理は久しくしていなかったので手際よくできるか不安だったが、何の心配もいらなかった。やはり体に染みついた動作というのはそうそう失わないものであるようだ。腹も満ちたし時間もいい頃合いだ。出社するとしよう。ぼくはジャケットを手に取った。
出社してみると、既に七草がいた。相変わらず早い……というよりも、ソファに置きっぱなしの毛布を見る限り単に帰っていないだけかもしれないが。彼女の仕事ぶりには素直に感心するが、体を壊してしまってはことだ。きちんと休息をとるように言い含めておかなければならない、とぼくは密かに決意する。そのためにもさっさと仕事を終わらせてしまおう。
「おはよう、七草」
「あ、羽丘さん。おはようございます~。早いですね~」
「お前ほどじゃないさ。今日の作業、どこまで進んだんだ?」
聞いてみたところ、社員であるぼくや社長の押印や検閲が必要な各種書類の作成以外の作業は大まかに終わったとのことだった。各種発注手続きなどすべて終わっているあたりはさすがというほかない。ぐるりと事務所内を見回してみれば、『ようこそ謝花プロデューサー』の横断幕がその存在感を主張している。なるほど、新プロデューサー歓迎会の準備も終わっているようだ。書類等がどれほどの量あるのかは未知数だったが、ざっと確認してみた限りそこまで多くはなかった。
アルバイト一人では手のかかる量だろうが、二人掛かりならばどうという事はない。事前準備を終え、資料を纏め、今後の予定を印刷した。昼頃には冬優子たちが到着する。時間的にはまだまだ余裕がある。今のうちに事務所内で済ませられる作業は早めに片付け、七草が休む時間を作ってやらねば。
「人数分の資料と予定表、纏め終わりました」
「ありがとう。こっちも各スポンサーや支援者への連絡と報告が終わった。予定表見せてくれ、定例会議の日程をそれとすり合わせるから」
「はい、ただいま」
打てば響くとはこのことだ。本当にアルバイトにしておくには惜しい。そういえば社長とは旧知の仲のようだが、そこに彼女をアルバイトにとどめておく理由があるのだろうか。まあ考えても仕方のないことだ。それよりも、作業が終わった今だからこそすべきことがある。大変眠そうな様子で欠伸をかみ殺している七草を寝かしつけることだ。ソファや床などではなく、きちんとしたベッドで。幸いにして、仮眠室に彼女を向かわせるに足る理由をこじつける材料は揃っていた。
「サンキューな。ああ、そういえば」
「はい、何ですか~?」
「社長と相談して仮眠室に備え付けるアロマキャンドルを買ってあるんだよ。冬優子たちが来るまで時間あるし、今のうちにいくつか試してもらってもいいか?」
七草はきょとんとしていたが、やがて合点がいったようににっこり笑った。
「はい、分かりました~。それじゃあ、『備品整理』してきますね~」
「おう、頼んだぞ。時間かかっても構わないからなー」
社長と謝花さんが事務所に現れたのは、それからほどなく後だった。時刻は午前十一時。七草はまだ戻ってきていないが、冬優子たちからの連絡を待って起こしてやればよいだろう。
「羽丘、遅くなってすまなかったな」
「いえ、好きでやっていることですから。こちら、定例会議の日程と使用する資料を纏めたものです。七草と確認はしておきましたが、後ほど目を通しておいて頂けますか」
「確かに受け取った、ありがとう。お前もはづきも、仕事が迅速で助かるよ。ところではづきの姿が見えないが……」
「彼女には仮眠室の備品整理をお願いしています」
「なるほど。ならもう少し時間がかかるな」
「ええっと……?」
男二人で勝手に分かりあっている中、間に挟まれた謝花さんはひたすら困惑している。彼女は今日の主役と言ってもいい存在だ、いつまでもほったらかしにしておくのは良くない。挨拶は実際大事だ。ぼくは謝花さんの前まで移動し、右手を差し出す。
「二度目になりますが……改めまして、283プロ社員の羽丘零斗です。これからよろしくお願いしますね」
「っ……はい、改めまして、283プロに入社しました謝花仁奈です。至らない点がたくさんあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
謝花さんはしっかりと手を握り返してくれた。こうして、283プロは新たな一歩を踏み出したのだ。
短いうえに話が進んでいない。いつになったらアイドルが出るのか。次からです。
プロット書くのはいいけどそれを遵守しないのならプロットを作る意味はないのでは? と思い始めている今日この頃です。
とはいえいろいろケッチャコ……がついたので投稿ペースを上げられると思います。がんばる。