スノードロップ 作:何かと影響されやすい作者
「もすもすひねもす~?」
ガラス越しから見える女性が英雄と刀奈に手を振る。紫色の髪を腰にかかるまで伸ばした女性は、車椅子に座っていた。ちょうど何かしていたのか、彼女の目の前にある机の上には、バラバラになった機械が転がっている。
英雄と刀奈は、部屋を隔てるガラスに近づき、向こう側から手を振るう女性に話しかけた。
「久しぶりですね、束博士」
刀奈の言葉に、束と呼ばれた女性は振っていた手を止めた。
篠ノ之束。世界を今の姿に変えた先導者にして救世主、そして世界を混乱させた扇動者に犯罪者。そう、彼女こそが
天才にして性格破綻者、世界的な頭脳を携えた幼児、そういった彼女を表す言葉は数知れない。親友であった織斑千冬ですらも扱いに困ったといえば、彼女の厄介さは分かるだろうか。
ISを作り上げた後に失踪した当初は、保護という名の争奪戦のために、彼女は世界中から捜索されていた。しかし昨今のISにまつわる事件、特に、数年前に起きた世界中を巻き込んだIS暴走事件の主犯者として判明した際には、彼女は世界の敵として指名手配された。その時には、彼女は大胆不敵に挑発行為を繰り返したのは誰の記憶にも残っている。とくに有名なのは、世界中のテレビをジャックをした上で「遊んであげるわよ。おいで、世界中の無能ども」と言ったことだろうか。
なおその結末は、つまらない上にありきたりすぎるほどのありふれた終りだ。結局は英雄らによって居場所を突き止められ、果てに逮捕されただけの話だ。その後、世界中が知るところにおいては、彼女はすぐに処刑されてこの世からとっくの昔にいなくなっているはずだった。
だが事実は違う。
彼女はこうして生きているのが現実なのだ。
結局のところ、唯一ISコアを作り出せる篠ノ之束を殺す選択など、世界中が選ぶはずがなかったのだ。もはや世界の一部となってしまったIS。たった一機で現代兵器の大隊と拮抗できる存在。
その作り方を知っているのは、創作者である篠ノ之束ただ一人。ISコアだけでなく、紅椿といった第四世代機を作りだせるのは今のところ彼女しかいない。凡人たちが出来るのは、唯一外装や装甲を弄繰り回せるだけで、IS根幹であるブラックボックスを解明しようするなど今のところいない。もっとも、失敗の危険性と損失を考えたら、どんな馬鹿でもやらないことを選ぶだろう。
そんな、唯一ISを作り出せる彼女を殺すということは、今後一切のISが作られなくなることと同義。そうなれば世界中で、今存在しているISの取り合いが激化し、結局はISを多く所持している大国が大きな発言権を持つことになるだけだ。ISが少ない、または持っていない国からすれば、そんな大国への対抗手段をうしなうということ。一方でISを多く所持する大国からすれば、より多くの数を配備し、また紅椿のような第四世代のISを手にすることができれば、より自分たちの力が盤石になるだけの話。
金の卵を産むガチョウを殺すか殺さないかを問われたとしたら、アナタはどうするだろうか?
結局のところ世界は、篠ノ之束の危険性よりも、その後作られるだろうISの重要性を選んだということだ。それに肝心の篠ノ之束は、英雄らと激戦を繰り広げた際の事故で両足を負傷し、生涯にわたって車椅子生活を強いられる状態になってしまった。
この、目に見えてか弱き存在となった篠ノ之束の姿も、あれだけ危険視していた世界の国々があっさりと彼女に向けていた警戒を緩めた理由であると言える。
『結局はただの小娘でしかなかったと』
結果として篠ノ之束は、秘密裏に日本政府によって世界から隔離され、暗部である更識家の管理の下でこうして生かされてる。地下深くに作られた、彼女のために作られた隔離施設。鋼鉄の壁によって遮られ、透明なガラスの部屋でカメラによる四六時中監視される生活を、彼女は逮捕後以降ずっと過ごしている。ご丁寧に彼女の首には監視用の首輪まではめられている。
「何年ぶりかなぁ?前に会った時はいつだったけ?どのくらいここにいるのかもう忘れちゃったし。ところでさぁ……?一体全体、私に気安く話しかけてくるお前は誰だっけ?」
表情を無くした能面のような顔で、束は刀奈に対して言葉吐く。
「更識楯無。貴女を保護している組織の長よ」
「あー?あー、あー!私をここに押し込めた糞ゴミ共のリーダーなんだ。なら、おまえは糞女で十分だよね。はじめまして糞女」
「っ!」
身体を強張らせた刀奈だったが、隣にいた英雄に肩を叩かれて気を落ち着かせる。そんな彼女に変わり、英雄が束に話しかける。
「お久しぶりです、束さん」
「その声は……まーくんかぁ。久しぶりだねぇ。なぁんだ、マー君も一緒なんだ。だったら先にそう言ってよね」
「相も変わらないですね」
心を許した人でなければ辛辣な態度の彼女に、英雄は苦笑する。その後も一通りたわいもない会話をした後、英雄はここに来た目的を話す。
「束さん、今日ここに来たのは束さんに聞きたいことがあったからなんです」
「ふーん、まぁ話をするなら対談室でしようよ。そこでのほうが話易いし。ガラス越しでの会話だなんて味気ないしさ。あ、くーちゃん?私にココア持ってきてくれない?バーホーテンのよく練ったやつ。ミルクと砂糖ありありで」
いつの間にそこにいたのか、くーちゃんと呼ばれた女性は、ただ無言のまま頭を下げた。
篠ノ之束が保護されている部屋と、英雄等が入ってきた入り口との境に、談話室が設けられている。もっとも、世紀の狂人と面と向かって話す人間など、ほとんどいないだろう。ちなみに、束が英雄らが入ってきた入り口から向こうへ出た場合、その瞬間に彼女に付けられた首輪が爆発し、彼女の頭は黒ひげゲームのように首から射出される。
「それで束さん、聞きたいことっていうのは…」
「まぁまぁちょっと待ってよ~。私今さっきまで仕事してたからのど渇いちゃってさ~。あ、くーちゃんありがと」
湯気の立ったココアをちびちびと飲む篠ノ之束。机を挟んで対面するなか、ただ無言の静寂空間。「あちち」と呻き、ふーふーとココアを冷ましながら飲む束の呑気な姿に更識刀奈は苛立ちを覚えて仕方がない。今、自分たちが立たされている現状は一刻の猶予もないというのに、目の前の女はそれを無視するかのようにココアを飲んでいるのだ。腕を組んだ彼女の右手に力が籠る。
「で、話って何だっけ?」
ようやくココアを飲み終えた束は、空のコップを机に置いた。くーちゃんがそのカップを取り下げて後ろの壁まで下がる。
「聞きたいことというのは白騎士のコアのことです。今どこにあるのですか?」
世間話などする気もないとでもいうように、用件だけを伝える英雄。彼の言葉を受けた束は、うーん、と左右に首をかしげるようなしぐさを数回繰り返した後、にこりと笑った。
「知らない」
静寂。
「そんなわけないじゃない!」
苛立ちを抑えられなくなった刀奈が、両手で机を叩いた。バァンとした音が部屋に響く。
「白騎士のコアの行方を知らない?まったくもって馬鹿げているわ。千冬さんが言っていたのよ。白騎士を解体したのちに、あなたがそのコアを持っていることをね。なのに知らない?私たちを馬鹿にするのも大概しなさいよ?」
睨み付けながら束を問いただす刀奈の姿を、肝心の篠ノ之束はただ視線を動かすだけで何も言わず、いささか興味関心すら抱かずに無視をする。もっとも、彼女に後ろに控えたいたくーちゃんは、刀奈に対して警戒心を露にするように、両目を閉じた顔の表情が少し険しくなった。
「ところでさ、なんで今さら白騎士のコアについて聞くの?」
口許に笑みを浮かべたまま、逆に質問をする篠ノ之束。英雄はちらりと刀奈に振り向き、「いいか?」と尋ね、刀奈は首を縦に振る。
「実は…」
英雄はこれまでの経緯を語った。
ネットで挙げられた自分等を貶めるための映像、自分の伴侶の一人であり、束の親友である織斑千冬が亡くなった(殺された)こと、その際に白騎士らしき存在が目撃されたことなど含め、資料を交えながら全部だ。
それに対しての束の反応は些か冷めており、「へー、ちーちゃん死んじゃったんだぁ?」というだけだ。
「いっ君が自殺して、ちーちゃんも死んで、失敗作?は脳死状態。最高を目指して作られた『織斑』がみーんな再起不能とか、馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうなぁ」
「束さん、大切な親友である千冬さんを殺した犯人を捕まえるためにも、白騎士のコアがどこにあるか教えてくれませんか?」
「だからさ、白騎士のコアが今どこにあるかなんて知らないってば。まーくんは話も分からない馬鹿なの?大丈夫?日本語通じてる?」
うんざりするような顔をする篠ノ之束。その瞬間、篠ノ之束は机に叩きつけられた。
「!?」
「さっさと教えろって言ってるんですよ。開発者のあんたが知らないはずないだろうがよ」
束の顔を机に押し付けながら尋ねる英雄の顔は、感情を無くしたかのように真顔だ。
「束様!」
「じっとしてなさいよ」
「お前!」
駆け寄ろうとするくーちゃん。その道を刀奈が遮る。ちなみに、この部屋の監視カメラは英雄によって止まっている。
「あのさー、まー君?口を割らせるのにいきなり相手の頭を叩くのはだめだよ。衝撃で余計に記憶が混濁しちゃうからむしろ悪手」
その言葉に、今度は束を持ち上げて背中から机に叩きつける。
「おっとこれもダメ。今度は痛みで呻いちゃうから喋らせるのに時間がかかっちゃう。どうしたのまー君?冷静で優しい君がこんなに乱暴になるなんてさ」
「こっちは顔も知らない奴に勝手に恨まれて貶められて、挙げ句に家族を殺されてるんだよ。そんな危険な奴を野放しにしたら、また家族が殺されるかもしれないんだ。ならさっさと捕まえなきゃいけないだろ。もちろん、きっちりとそいつには罪を償わせるけどな」
無表情でギリギリと束の胸元を締め上げる英雄。
「その犯人の手がかりが、あんたの造った白騎士かもしれないんだ。だから束さんいい加減話してくれないか?俺だって、大好きな束さんを疑いたくはないんだ。俺はただ、大切なみんなを守りたいだけなんだ。お願いだよ束さん、俺にこんなことをさせないでくれよ……」
無表情な顔が崩れ、泣きそうな顔に変わる。言葉の最後には声がかすれて聞き取り辛いほどに小さく吐き出された。束は懐から一枚の銀貨を取り出し、それを放った。チャリンと音を立て、地面に落ちる。
「表」
束が答えた。
「裏」
英雄が答える。
何かを察したのか、くーちゃんが落ちた銀貨の下へと行き、そして答える。
「裏……です」
その言葉に篠ノ之束は笑う。
「白騎士のコアは知らないけど、白騎士のコアを使ったISは知ってるよ」
「それはいったいなんですか」
「行方不明になってるいっ君の使ってた白式。あれのコアはもともとは白騎士だよ。もっとも、いっ君の白式になった時点で白騎士のままとは言えないけどね。だから言ったんだよ、白騎士のコアなんて知らないってね。あ、そうそう肝心の白式についても私は知らないよ?どっかの誰かに拾われたか、それとも勝手に動き回ってるんじゃないかな」
「束さん……」
車椅子に下ろされた束は、くーちゃんを呼びつける。
「まぁ、素直に答えず意地悪した私が悪いから、まー君のしたことにとやかく言うつもりはないよ。というか、もう答えたんだからいいよね?」
英雄らに手を向けてシッシッと手を動かす篠ノ之束。くーちゃんは、束の乗っている車椅子を動かし、ガラスの住処へと戻ろうとする。
「あ、そうだ」
背中を見せたまま振り返らず、束は帰ろうとする二人に声に尋ねた。
「まー君はさ、ISをどう思っているの?」
「俺にとってISは……皆を引き合わせてれたきっかけで…大切な人を守るための力です」
「そ」
振り返らず、束は談話室から去っていくのだった。
▶
「正直、肝が冷えたんだけど」
来た道を戻っていくさなか、先ほどの行動について刀奈は英雄を咎める。
「すまない。君を止めておいて、俺の方がかっとなってしまった」
彼の申し訳の無い顔と態度に、ため息を吐きながら、睨みつけていた顔を苦笑させる。
「まぁいいわ。それに、改めて君が私たちを大切にしてるって気持ちを知ることができたし。さっきの君の言葉、録音でもしとけばよかったかな?」
「刀奈さん、今後も絶対にやらないでくださいね」
意地悪な顔をする刀奈に、気恥ずかしそうな顔で文句を言う英雄。そんな空気を変えるためか、咳払いをする英雄。刀奈の表情も、暗部組織当主としての顔へと変わる。
「それにしても、まさか織斑一夏のISに白騎士のコアが使われていただなんてね」
「まったくもって予想外でした。くそ!あんな危険な奴のISに、白騎士が使われていただなんて!」
仮に白騎士のコアについて知っていたとしたら、彼らはどうにかして白式を一夏から取り上げていただろう。世界を変えた力を持つには、織斑一夏はそれほど危険すぎたのだ。
「ですが、そんなことは今はどうでもいいんです。問題は犯人と疑わしい白騎士擬きが、白式の可能性がでてきたってことです」
「つまり犯人は、織斑一夏の死体から白式を奪った人物ってこと?」
「それは分かりませんが、おそらくは…。それならそいつが俺たちを苦しめる理由はなんだんだ?」
苛立ちに頭を掻きむしりだす英雄の右手を取り、刀奈は両手で優しく包む。
「どうしてなのかの理由はわからない。でも、これで対策のしようは出来るわ。早くみんなの所に戻りましょう」
「ああ、既に犠牲者が出てしまったが、みんなで力を合わせれば犯人を捕まえられる」
そうして二人は、朗報と共に来た道を走っていった。
▶
「みんなを守る!ねぇ……?」
部屋に戻った束は、くーちゃんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら嗤う。彼女の前にある机の上には、送られてきた新聞が置かれている。その見出しには『篠ノ之神社全焼』の文字。その記事の中には、全焼した神社の境内で、篠ノ之箒と山田真耶の死体が発見されたことが書かれている。
「束様?」
そして束は、先ほど投げた銀貨をポケットから取り出し、その表面を光に映した。