スノードロップ   作:何かと影響されやすい作者

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誘蛾灯

「鈴の様子は?」

 

ラウラの言葉に、シャルロットは黙って首を横に振るう。

 

「鈴さん…」

 

鈴音の状態が芳しくないことを理解し、セシリアは心配するように言葉を漏らした。

 

燃え上がる篠ノ之神社へと侵入した全員を待っていた者は、首を切られた篠ノ之箒と山田真耶だった。二人とも自分の首を抱えて正座していたのだ。

 

二人の体は青痣や斬り傷などが見えるほどにボロボロで、ひどく痛め付けられたことを嫌でも理解させられる。そして一際目立ったのが、抱えられていた首だ。死んだことを理解してないような呆け顔の山田真耶とは違い、篠ノ之箒の顔は何か恐ろしいものをみたような、鼻水や涙などでぐしゃぐしゃの表情で固まっていた。奇しくも心臓発作で死んだ織斑千冬と同じような表情で。

 

その場で吐しゃ物をぶちまけた鈴音を引き摺りながら、彼女らはすぐさま隠れ家に舞い戻ったのである。その後、鈴音はずっと部屋に閉じこもったまま、かれこれ数日は経っている。食事の時間に戸を叩くものの返事は来ない。まだ救いだったのは、扉の前に食事を置いておくと食器が空になっているので、ちゃんと食べてはいることだろうか。

 

新聞やニュースを見れば、篠ノ之箒と山田真耶の死亡について色々と議論が飛び交っている。

病院に搬送された篠ノ之雪子は、煙を吸ったせいか意識不明の危険な状態だったものの、その数日後に無事目を覚ました。体に切り傷などのけがをしたものの、警察の事情聴取にはっきりと応じられるほど回復しているようだ。

 

篠ノ之雪子の証言によると、篠ノ之神社に火をつけたのは山田真耶だということが分かった。

曰く「元担任ということで、箒ちゃんについて話を聞きにきました。それで私も箒ちゃんが心配なあまり…話を聞こう戸を開けましたら、突然斬りつけられて…」云々。

その後、篠ノ之箒が死んだことにただただ涙を流す映像が取り上げられた。

 

自殺した織斑一夏に虐めに関わっていた元副担任による篠ノ之神社放火。その虐めの主犯の一人であり、雲隠れをして未だ詳細がつかめなくなっていた篠ノ之箒。織斑一夏を自殺に追い込んだ犯罪者同士の殺しあいの果ての惨殺死体。

 

司会やコメンテイターらが好き勝手に言っている。ネットを見れば「自業自得」「ざまぁみろ」「犯罪者同士が勝手に殺しあってる」「責任の擦り付けあい」という心の無いコメント。一方で「さすがにこれは酷い」「ここまですることなの?」などと、同情を寄せる意見も出てはいる。だが、散々自分たちを追い詰めておいて、今さら憐みを寄せてくて善人ぶる厚顔無恥の印象しかなかった。

 

 

 

 

 

篠ノ之箒と山田真耶が惨殺された姿を見たことで、凰鈴音の精神は崩れたと言っていいだろう。凰鈴音は彼女達の中では特に感情に素直で、もの応じせずに自分の気持ちをはっきりと伝える性格だ。

 

つまり、凰鈴音は感受性豊かであるが、一方で心が敏感とも言えた。

 

織斑一夏へのいじめに対する周りからのバッシング、織斑千冬が去らした醜悪な死体、回りの目から逃れるために隠者のように暮らす缶詰め生活、そして英雄に惚れた者同士である篠ノ之箒と、山田真耶の惨殺死体。

 

感情的になりやすい彼女にとって、これまで立て続けに起きたことを受け止めるにはあまりに酷と言ってもいいだろう。

 

鈴音を除いた全員がリビングルームに集まる。全員、死んだ織斑千冬と篠ノ之箒の姿を思いだし、表情が暗くなる。未だに連絡がつかない英雄と刀奈のことが、更に彼女らを不安にさせる。

こういうときは、いつだって英雄が叱咤激励をしてくれた。彼の言葉でみんなが一つになり、不安や葛藤などをたちまち吹き飛ばしてくれた。

だからこそ、自分達は英雄に頼りきっていたことを改めて自覚してしまう。彼がいないだけで、自分達はこんなにも弱いのだと。

 

「紅椿に残ってたデータの復元、終わったよ」

 

部屋に満ちていた不安を無視するかのように、一人の女性が入ってきた。白衣を着たその女性は、右手に持っていたタブレット端末を部屋の中心にあるテーブルの上に置く。

 

「ありがとう、簪」

 

「別に、お礼なんていいです」

 

シャルロットの言葉に、簪はふいっと顔を逸らした。

 

更識簪。名字で分かるように、更識楯無…刀奈の妹だ。姉と同じ水色の髪を、団子のように纏めてヘアピンで留めている。丸い縁の眼鏡をかけ、何事も自信家な姉とは違い、怯えたような表情からは不安気な印象を与える。

 

「すまないな簪。英雄と楯無がいない今、紅椿を調べるために私たちが頼れるのはお前だけしかいなくてな」

 

今の彼女は、自力でISを創りあげた経歴を買われ、IS研究者として働いている。だからこそ、篠ノ乃箒の死体に残された紅椿を調べるために、秘密裏にラウラたちは簪を呼んだのだ。

 

ちなみ簪も、英雄とは姉や他と同じように学園内で肉体関係を結んでいた。ようは二人とも英雄の竿姉妹。経緯は、既に英雄と肉体関係だった姉の刀奈に誘われてのことだ。

その後、度々英雄の寮室や学校内でまぐわっていたが、織斑一夏の自殺以降、自分達と距離をとるようになった。英雄や姉からの誘いも断るようになる。

寮室でアニメ観賞、ルームメイトやクラスメイト等との時間やIS研究を優先し、結局はそのまま卒業して今に至る。

 

英雄と同棲している姉と違い、彼女は一人暮らし。勤めている研究所近くにあるマンションに住んでいる。

多忙と刀奈の結婚を機に、姉妹との関係は学園時とは変わった。英雄のお陰で姉妹の溝がなくなり仲良しだった学園の時とは違い、互いに一定の距離をとるようになった。

刀奈曰く「互いにもう大人だしね。そろそろ妹離れしないと。それに、私は英雄の方が優先だもの」とのこと。

 

簪がタブレットを操作し、紅椿からのデータを見せようとして……勢いよく部屋の扉が開いた。

 

「私にも見せなさいよ」

 

全員が扉の方を見れば、そこにいたのは自室に引きこもっていた凰鈴音。ずっと見なかった彼女の姿に、簪を除いた三人は安堵する反面、その姿に戸惑いを隠せない。

 

ボサボサで枝毛混じりの髪に、くっきりと見える目の下の隈。食事はしていたので体型はそのままなのが救いだろうか。だが目の下の隈もだが、彼女の目の回りは泣き張らしたかのように赤く、一方でその瞳は血走っている。明らかに異様な様子の鈴音。彼女はそのまま部屋に入ると、ドカリとソファに座った。

 

「鈴…さん?その、お体の方は……ヒィ!?」

 

ギロリと見つめられたセシリアは、背筋に氷を入れられたような寒気を感じた。他二人も、鈴音の異質さに戸惑いを隠せない。

 

「あの、映像を流してもいいですか?」

 

そんな緊迫した空気に気づいていなかったのか、はたまた関心がなかったのか、簪は一人、タブレットと映写機を回線で繋ぎ終えていた。

 

「あ、あぁ」

 

ラウラの言葉を受け、簪は手元のタブレットを動かす。

 

映し出されたのは燃え上がる炎に包まれた剣道場。所々画面が乱れて場面が飛んだり、ノイズが入って音が聞き取れなかったが、殺される前の篠ノ之箒が見ていた光景だろう。

 

ケガをしたまま倒れている篠ノ之雪子と自分が神社に火を放った証言する山田真耶。自分は悪くないという狂人の現実逃避のせいで、自分が育った場所を燃やされ、身内まで傷つけられたことに怒る篠ノ之箒の言葉。そして紅椿を纏った箒と白いISを纏った山田真耶による戦闘。だが山田真耶のISはちらりと映っただけで、解るのは白色をしていたこと、何やら身を守る盾のようなものがあった、それくらいだった。

そして胸に穴を開け、その穴から血を流して床に倒れる山田真耶の姿。雪子を背負い、ゆっくりと歩いているのか床が映り、外の光景が映り、光の無い山田真耶の瞳が映り、そして

 

「うぞだぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああぁぁああぁぁ!!」

 

けたたましい叫び声の後、ぶつりと映像は途切れるのだった。

 

 

 

「………」

 

予想していなかった映像を見せられたせいか、その場にいた彼女たちはしばし無言だった。ようやく言葉を出したのは誰だったろうか。

 

「もう一度見る?」

 

「いや……今はいい。英雄が帰ってきたときに見させて貰う」

 

「そう。じゃあ映像データを渡しておくね」

 

簪はタブレットからデータディスクを取り出すと、部屋の真ん中にあるテーブルの上に置く。そして用が済んだとでもいうようにそそくさと持ってきた資材を鞄に詰めだす。

 

「なにをしているのですか?」

 

「家に帰るんだけど」

 

「えっ!?」

 

簪の言葉が意外だったのか、セシリアやシャルロットが戸惑いの声を上げる。一方、簪は我関せずとでもいうように機材をしまった鞄を手に持った。

 

「ま、待ってよ!もう少しここにいた方がいいよ!」

 

「なんでですか?」

 

簪の言葉にラウラが腕を組んだまま答える。

 

「この映像を見るに、山田真耶は篠ノ之箒が殺したと考えられる。だがその後、死んだはずの山田真耶が箒を襲っている姿とその後の『嘘だ』という台詞。そして現場に残っていたのは()()()()()()()()()()()()。仮に山田真耶がまだ生きていて、最後の力で箒を殺したとしても、その後に箒と自分の首を切り落とすなんてことは不可能だ。その上、二人は正座をしていた。まるで日本の時代劇で言う打ち首のようにな。ともすれば、それを行った奴が最低でも一人はいたということだ」

 

「だからなんですか?」

 

「篠ノ之箒と山田真耶をあんな姿にした犯人がまだいるということだ。おそらくだがそいつは教官を殺し、私たちをこんな目に合わせた犯人の可能性がある」

 

「そうですか」

 

簪は関心もなく部屋の扉へと向かうが、彼女の前にセシリアが立ちふさがる。

 

「どいてくれませんか」

 

「簪さんも命を狙われてるってことですのよ!?もしかしたら、今度は簪さんが狙われてるかもしれませんわ!」

 

「さっき電話があってね。英雄と君のお姉さんも帰ってくる。彼が言うには何か分かったみたいでさ。だから君の安全のためにも、二人が帰ってくるまでここにいる方が安全だよ」

 

引き留めようとシャルロットが後ろから簪の両肩を持った。

 

「それに僕たちもだけど、英雄や君のお姉さんも心配してたんだよ。織斑一夏が自殺した後、めっきり会わないまま卒業しちゃったわけだし。君のお姉さん、口では心配してないっていってるけど、いつも君のことを気にかけてたし。だから仲直りもかねて、二人が帰ってきたら僕らと一緒に英雄と…」

 

「帰ります」

 

「え、ちょっと……!」

 

何か気に障ったのか、セシリアを押しのけて簪は部屋を出ていく。

 

「ほっときなさいよ」

 

慌てて追いかけようとしたセシリアとシャルロットを鈴音が止める。

 

「あいつがそうしたいんだったらそうさせればいいわよ。それで殺されたってあいつの自業自得よ」

 

「何を言ってるの鈴!?」

 

「そうですわ、それはあまりにも薄情ですわよ!」

 

責め立てるような二人の視線をうけながらも、鈴音はそれを小ばかにするのように鼻をならす。セシリアとシャルロットは鈴音を睨むも、慌てて更識簪の後を追っていった。

 

「何をそうイラついているんだ」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

「いや、ある」

 

ラウラの言葉に鈴音は目を細めた。

 

「少くとも私たちは家族だ。私に親はいないが、教官やクラリッサたち、そして嫁や鈴音たちがいる。血は繋がっていないが私にはみんな家族だ。家族の悩みは全員の悩みだと…ワタシは思う」

 

「家族……ねぇ……」

 

「そうだ」

 

ラウラの頷きに、鈴音の口許が歪む。

 

「分かったわよ。取り敢えずあとで話すことにするわ。今は簪に謝ってくる」

 

「急いだ方がいい。まだ二人が彼女を説得してるかもしれん」

 

頷く鈴音にラウラも頷き返す。

 

二人が三人を追いかけると、玄関先に三人がいた。ばれないように車を使っている全員とは違い、一応は家の敷地内にも駐車スペースはある。そこに簪がのって来たであろうクルマが駐車されていた。

 

「ですから簪さん、英雄さんが来るまで私たちといるべきですわ」

 

「ありがとうございます。でも結構です」

 

「簪、僕たちも君のためを思って言ってるだけで」

 

「あなた達と一緒にいる方が危険だと思いますので」

 

「なっ…!」

 

思いのよらない言葉に、シャルロットとセシリアは閉口してしまう。そんな二人を横目に車に向かう簪。鈴音とラウラは駆け足で彼女に追い付いた。

 

「さっきのことはごめんなさい」

 

「なんのことですか?」

 

「私、さっき簪に酷いことを言って…」

 

「別に気にしてません」

 

「あ…」

 

用件はそれだけかとでもいうように、簪は鈴音の謝罪を聞き終わると直ぐに車に向かった。

 

「どうしちゃったんだろう」

 

「そう、ですわね。学園の時の簪さんなら、お姉さんや英雄さんといることを選んでましたのに」

 

「まぁ気に病むな鈴音。二人が帰ってくれば説得に協力してくれるさ。そうなれば簪だって考えを変えてくれるに違いない」

 

「そうね」

 

車のエンジン音が響き、暗闇にヘッドライトの明かりが灯る。そして車が門へと動きだし、四人の目の前を横切って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車に一筋の光が射した。

爆音が鳴り響き、閃光が溢れ、暴風が四人を襲った。突然のことに彼女たちはただ地面に倒れ伏す。

車を見れば、もはや原形はフレームのみしか残らず赤い炎に巻かれている。そして車のそばに倒れている人影が見えた。

 

「簪!」

 

軍属だったラウラは直ぐ様駆け寄る。それに促されるように他の三人も追随する。

倒れている更識簪は、身体中に火傷を負い、頭から血を流している。呼吸はしているが呼び掛けに反応がない。明らかに重体だ。

 

「は、早く救急車を呼ばなきゃ!」

 

慌てながらもシャルロットが携帯電話から119番を押す。

 

「一体何が起きましたの!?」

 

「わからない!急にそれから光が差したみたいだが、簪の命が狙われたことは確かだ!」

 

「そ、それって…」

 

ラウラの言葉を察し、鈴音が何かを言おうとした。だがその前に、先ほどと同じように今度は隠れ家に一筋の光が指す。そして爆音と共に燃え上がる。

 

「うそ…」

 

「い、家が…」

 

燃え上がる隠れ家に呆然とする三人。だがラウラだけは光が射してきた方を見上げる。そして……『それ』を見つけた。

 

「あれは……!?」

 

ラウラの視線の先には丸い月を背景に、その中心に一体の白いISが浮かんでいるのだった。

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