スノードロップ   作:何かと影響されやすい作者

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Show must go on.

心臓が痛い。呼吸をしているのに苦しい。篠ノ之箒に渦巻くのは焦りだった。自身のIS、紅椿で飛んでいるのに、やけに時間が遅く感じた。

 

篠ノ之箒にとって、篠ノ之神社は唯一の場所だった。父親がいて、母親がいて、姉がいた。そして境内にある剣道場で、千冬さんや一夏が来ていて……。

 

あれ?

 

箒はふと違和感を感じた。あれ?一夏って誰だっけ?今でも家族や千冬さんの顔は思い出せるのに、一夏だけが分からない。まるで空洞のような印象しかなく、声も壊れたラジオのように、雑音混じりで聞こえない。

 

一夏「去年、剣道大会で優勝したってな。おめでとう」

 

一夏「久しぶり。六年ぶりだけど、箒ってすぐわかったぞ」

 

一夏「そりゃ気付くだろ、毎日箒を見ているんだからな」

 

一体誰が言っていたっけ?箒がその問いの答えを探す前に、夜空を染めるように湧き出る黒い雲と、逆に暗い夜を照らすような赤々と燃える炎が見えた。

 

「無事でいてくれ!」

 

居場所を知ってる唯一の家族である、雪子おばさんの安否を気にかけながら、箒は燃えている実家、篠ノ之神社に降り立った。燃え盛る実家を前に箒が感じたのは吐き気。神社の周りを囲む塀の壁に書かれている文字。

 

『人殺し』『ビッ〇』『人殺し一家』『しね』『殺してやる』『夫を返せ』『パパを返して』『ヤリ〇ん売〇』『消えてしまえ』『人殺し学園の日本代表』『どうしてあなたたちは生きているんですか?』エトセトラエトセトラと、あまりに酷い罵詈雑言と憎しみの籠った言葉。

 

「酷すぎる…!なんで…?なんで…!」

 

なぜ私たちがこんな目に合わなければいけないんだ……!あまりに悍ましい人間の姿に、箒は右手の拳に力を籠める。こうなったのは全て、『ワンサマー』という卑怯者だ。なのになぜ、無知蒙昧な馬鹿たちは私たちを責める……!こんな時に英雄がいないことに、箒はなぜか安心してもいた。仮にこのことを知ったら、英雄は絶対に許さない。それこそ会長……楯無さんの力を使ってでも、喧嘩を売ってきた奴らにやり返すに決まっている。もちろん、そんな英雄を自分は好いているのだが。

 

「そんなことよりも、今は雪子おばさんの安否だ!」

 

箒は紅椿(IS)の機能を使い、生存者の確認をする。レーダーに映るのは2つの存在、場所は剣道場。おそらく一人は雪子おばさんに違いないが、だとすればもう一人は誰だ?

 

「だがまずはこの場所から連れ出さなければ…」

 

そんな疑問を抱くも、目の前で燃えている炎を見るとすぐに頭の片隅に追いやる。まずは二人の命が最優先なのだから。急いで向かった剣道場は奇跡的に火の回りは遅かった。おそらくだが、風があまりなかったこともあって、燃え移りも遅いのだろう。あとは中の二人を安全な場所まで避難させ、消火活動を行えばいい。自分が住んでいた実家が灰になることに思うところはあった。家族が一緒に過ごした場所がなくなる。箒にとっては辛いことだ。だが、今の箒には新しい家族がいる。心を許せる仲間、そして愛している夫(真乃英雄)がいる。たとえ今が苦しくとも、みんながいれば私は大丈夫。雪子おばさんも一緒に住むように説得してもいいかもしれない。

 

そんなことを考えながら、箒は剣道場の扉を開いた。

 

『待ってましたよ。篠ノ之箒さん』

 

そこにいたのは、畳の上に倒れている雪子おばさんだった。その衣服は所々赤く染まっていた。おそらくケガをしてしまったのだろう。だがまだ息をしているが安心はできない。すぐに病院に連れて行かなければならない。

 

だがその隣にいた人物は、箒からすればあまりに予期せぬことだった。

 

「どうして…?」

 

篠ノ之箒はその人を知っている。

 

「どうしてあなたがいるんですか?」

 

かつてIS学園で初めて出会った日のことを覚えている。

 

『私の名前なのですが、上から読んでも下から読んでも同じなんですよー!』

 

自己紹介の際に、自身の名前を使ったギャグ。しかし、生徒の無反応さに焦る姿が可愛らかった。一方で、その実力は千冬さんと競い合った元日本代表候補に恥じず、鈴とセシリアを相手に勝利した実力者。朗らかで、優しく、少し頼りない先生だったが、それでも箒たちにとっては尊敬できる人だった。

 

『私がここにいることがそんなに不思議ですか?』

 

そこにいたのは、かつての恩師(山田真耶)だった。

 

 

「山田先生!なぜ貴女がここにいるのですか!?」

 

混乱する箒は、目の前のことに信じられなかった。どうして山田先生がここにいるのか?そもそも今まで何処にいたのだろうか?

ニュースで放送されていたが、山田真耶先生を含めた、織斑一夏の自殺の時期に勤めていたIS学園の教師は、全員が懲戒処分を受け免職になってしまった。もちろん、そこに織斑千冬の名前も載っていた。特に担任と副担任であった二人は、それこそ吊し上げるかのように批難が集中した。その後、山田先生は音信不通となり、どこにいってしまったのかも分からずじまいだった。

 

ゆえに、山田先生がここにいることを予期できなかった。それこそ生徒だった箒は、彼女のことをすっかり忘れているくらいだ。おそらく英雄を含め、誰も山田真耶のことなど、もはや気にも留めていなかったのだろうが。

 

だが目の前にいる山田真耶の出で立ちは、かつて箒が知っている姿とはまるで別人だった。ぼさぼさに伸びた髪は腰までかかり、ふっくらとした丸みのある体型は逆に痩せ細っている。そして優しい目元には隈が出来、ぎらぎらとした威圧感を放つ。なぜ山田先生と分かったのか?ただ単に、その顔にかけられている眼鏡と、教鞭を振るっていた時に聞いた声が記憶と結び付き、山田先生と判断しただけの話だ。

 

箒の問いに、山田真耶は定まらない視線を泳がせた後、ため息を吐いた。まるで要領の悪い生徒に対する失望を示すかのように。

 

『私、先生じゃなくなってしまったんですよぉ。酷いと思いませんか?今まで頑張ってきたのに。急に解雇ですよ、クビですよ。だから私、実家に帰ろうとしたんですねぇ。なぜか私、周りから酷い扱いを受けるようになりましたし。でもですね、実家から離縁……されちゃったんです。酷いと思いませんか?もう私なんか娘じゃない!って』

 

山田真耶の言葉に、箒はただただ黙るしかない。IS学園内の虐めと千冬先生の告白映像がもたらした影響が、あまりに大きかったことに。

 

『仕事をしようにも誰も雇ってくれませんし、もう先生にはなれません。そしてどうしてか、周りからは理不尽な扱いを受ける毎日。しかも私、生徒に股を開いた淫乱教師なんて噂まで広がってます。風評被害ですよ。もう!私がいったい何をしたというんですか?』

 

「山田先生、それ『まだ私の話は終わってませんよ!先生の話は最後まで聞くと教えてもらわなかったのですか!』

 

怒声。

 

山田先生の一喝に箒は言葉を失った。

 

『あ、大声で怒鳴ってごめんなさいね。えっと、それでですね。私、自分が悪くないことを証明するためにどうすればいいのか悩みました。そして気付きました。これはもう、英雄くんや篠ノ之さんたちに説明してもらおうと。私は悪くない、全部皆さんが悪いと説明してくれれば、私はもう大丈夫かな……と』

 

もはや思考が追い付かない。山田先生が言っていることが理解できない。

 

『そのためにも、卑怯にもずっと隠れている皆さんに出てきてもらわないといけませんでした。だからですね、()()日本にあった箒さんの実家である、篠ノ之神社を燃やすことにしたんです。そうすれば絶対に来てくれると信じていましたから。家族の危機ですからね。現に箒さんはやってきてくれました。あとから皆さんも来るでしょうし、そこで改めて、私の無実を証明してほしいんです』

 

壊れている。

 

篠ノ之箒が抱いたのは、目の前にいる山田先生の形をした()()()に対する恐怖。どういう経緯で、あの優しかった山田先生がここまで狂ったのか分からない。でも、だからと言って許されることじゃない。

 

「ふざけるな!」

 

箒は目の前の犯罪者に吠える。

 

「こんなことをして私は悪くないだと?ふざけるな!私はもう、貴女を先生などと呼ばない!今すぐ貴女を叩きのめし、警察に突き出してやる!」

 

展開していた紅椿のまま、箒は武器である空裂(からわれ)の峰を山田真耶に叩きつける。もはや狂人の戯言に付き合うつもりはなかった。今すぐにけがをしている雪子おばさんを助けることが先だった。大太刀の峰を叩きこまれれば骨折は免れない。

 

『ですから箒さん』

 

『先生の話は最後まで聞きなさいと言いましたよね』

 

響く打撃音。だが、箒が感じたのは人を殴ったという感触ではなく、まるで硬い岩を叩いたような感触。そしてすぐに体中に走る、小さな球を何十にも打ち込まれた激痛と腹部に走る衝撃。そのまま箒は剣道場の壁に激突した。

 

『いくら私でも怒りますよ箒さん!それじゃあ今から、教師に暴力を振るったことによるお仕置きの時間です!』

 

そこいたのは、白い鎧に四枚の羽根のような盾を展開したISを纏う山田真耶だった。

 

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