よろしくお願いいたします。
まるで、夢を見ているみたいだった。
各々が思いを乗せた
胸の奥から留まることなく湧き上がってくるこの感情を、どうしても沈められないこのもどかしさ。
学園祭でのライブの後の、有咲の蔵で打ち上げをしていた最中。香澄は、そんな熱を持った心を抑えるべく、持ってきていたきゅうりをポリポリと一心不乱に齧っていた。
「うむ、やはりきゅうりには味噌が合う」
りみは、自前の白味噌の封を開けて、きゅうりを味噌の海へと沈めた。それを肴にするように、たえの実家(東久留米)で取れたきゅうりの浅漬けを続けて食べて、幸せそうな表情を浮かべる。
「……って、またきゅうりばっかりじゃない!」
半分ほど齧りながらも、有咲は声を上げた。
「だ、だって……。安売りで沢山買っちゃったって言うし……」
指と指をピトッとくっつけながら、香澄は言う。
「それにしても限度があるでしょ」
と言いつつも、たえが器用に剥いたきゅうりを齧る有咲だった。
そのまま1本丸々食べ終えた有咲は、前の反省会の時にはなかったパンを取る。
「にしても、バンドリキュウリパンだなんて……。なんてものがあるのよ」
前回も、きゅうり尽くしであったこの反省会。2回目もまさかきゅうり尽くしになるとは、香澄も思っていなかった。
少々呆れたような表情を見せた有咲が、マジマジとバンドリキュウリパンを見る。
ホットドックのようで、ややモチモチしたパン生地包まれた1本のきゅうり。濃いめのマヨネーズが、きゅうりの間にこれでもかと挟まれたパンだった。
真剣な表情でパンを見つめる有咲に微笑みながら、パンの作者である沙綾は口を開く。
「いやー、香澄ちゃんに前回きゅうり尽くしだったんだよ! ……って聞いたから、つい」
「……かすみんのせいじゃない!」
有咲が、批判の声を上げた。
「ま、まぁ。きゅうりばっかりっていうのもポピパらしくていいと思うっす!」
それって、私達カッパか何かじゃないだろうか……?
香澄は、メンバーの頭に水の入った皿を幻視していた。
「それにしても、すごい反響だったよね。私、あんなの初めてだったよ」
思い出すようにして、沙綾は語る。あの楽しくて、嬉しくて、ジャンプして、弾けちゃうようなライブは、香澄達の胸に十分すぎるほど残っていた。
「うむ。うちも、低音の神様が微笑んでいた。ベースの刻みもバッチリだった」
「それにしては、最後の"イエバン"の時かなり走ってたっす」
「知ってた!」
「あはは……。でも、りみりんのベースやりやすかったよ」
「う、うむ。……そんなに褒めてもー、うちから出るのは米だけやで」
りみがよく分からない関西弁を披露する。
そんな彼女達の様子を見て、有咲は誇らしげに胸を張った。
「ふふん。これで晴れて"
「チェイス……え?」
沙綾が首を傾げる。
「最後の1人ってこと。Poppin’Partyは、"沙綾"っていうドラムがいてこそ完成するのよ!」
ビシッと、沙綾を指さす有咲。
みんなの視線が有咲の指先から、沙綾へと向かっていく。
「……えへへ。なんだか照れるなぁ」
恥ずかしそうに、頬を掻く沙綾なのであった。
その後、仲睦まじい談笑が続いていき、きゅうりも段々と無くなっていく。
おにぎりも、きゅうりもあと1個……と言ったタイミングで、香澄は思い出したように言った。
「有咲ちゃん、私クエストの報酬貰ってない!」
「クエスト? ……ああ、渡してなかったわね、そういえば」
"成り上がりノート"を、ペラペラとめくりながら言う。
たえとりみ、沙綾が重なるようにしてそのノートを覗き込んだ。
「文化祭のライブが気になりすぎて、忘れちゃってたわ」
ノートをたえに渡し、ガサゴソと壁に掛けてあったバックを探る有咲。
少しすると、何かチケットのようなものを人数分取り出した。
「報酬は……これよ!」
5枚、扇状にして見せつけてくる。「LIVE HOUSE CiRCLE」と書かれたそれは、何やら時間と金額が記載されていた。
「むむ、それは噂に聞く福引券か。何円以上買うと、貰えるとかいう……」
「違うっす。ライブハウスのチケットっす」
コントを繰り広げる2人へ先に、チケットを渡す有咲。1人1枚を手に取ったのを確認し、有咲は言った。
「おたえの言う通り、これはライブチケットよ。ちょっとしたコネで、何とか手に入れたの」
ペラペラと、見せびらかすようにチケットを揺らす。いつの間にか近づいてきていたザンジが、獲物を見る目をしてシッポを揺らしていた。
「チケットってことは……生のライブが見れるの?」
「ええそうよ。蔵のアンプなんか比にならないくらいの、ロックなものをね」
ギュイーンと、音を轟かせるギタリストが頭に浮かぶ。ドンドンと響いてくる重低音の中、切り裂くようなギター音に香澄は鳥肌が立っていた。
「なるほど、殴り込みというワケだな。私達ポピパによる、初めての道場破りと言う事か」
「んなわけないでしょ。ただのライブ観賞よ。今後の参考の為のね」
自分のスマートフォンで地図を開く。拡大し、近づけた先には「LIVE HOUSE CiRCLE」と書かれていた。この蔵から、あまり遠くないところにあるようだ。
「確かに、他の人のライブを直接見た事って、私無いかも」
なんだかドキドキしてきた。
自分が演奏するのとまた違う鼓動が感じられるような気がして、香澄は期待を込めながらチケットを見つめる。
「ふむ。新曲のアイデアを思いつくには、良さそうではある」
「そうっすね! ライブするだけじゃ分からないこととか、分かるかもしれないっす!」
「どんなロックな人が出るんだろうなぁ」
りみ、たえ、沙綾もかなり乗り気のようだ。
全員がノリノリでやいのやいのと話している中、有咲は立ち上がる。
「さて! それじゃあ行くわよ」
「行くって……何処にっすか?」
たえが、残ったきゅうりを齧りながら聞く。
その様子を見た有咲は、不思議そうに片眉だけを上げた。
「何処って、ライブハウス、CiRCLEよ。このチケット、今日のライブの分よ?」
「「ええっ!?」」
急に声を上げたことにより、ポカンとする有咲。
「なによ、そんな大声出して。チケットに今日の日付書いてあるじゃない。……行くわよ!」
「え、いや、その、有咲ちゃん! 待ってー!」
Poppin’Partyは、ドタバタと蔵のの階段を駆け下りて行った。