Cheers   作:冴月

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 朝5時。まだ、活動している人も少ない時間に、香澄はベットから這い出てきた。

 布団に恋する乙女だった香澄だが、早朝となると一層強いものになる。そんな愛しの布団を起きた勢いだけで引き剥がし、香澄はまだ鳴っていない目覚ましを止めた。

 探るようにしてメガネを探し、装着。大きくあくびをしながら、香澄は立てかけてあったランダムスターを装備した。

 

 最近の習慣にした、ギター教本による勉強とその実技練習。学校がある日もない日も関係なしに、毎朝行っていた。

 ちょっと辛いけど、大丈夫。これも上手くなるためだと思い、香澄は奮起しながらコードを押さえていく。

 

 G、G、G、G、A、A、A、A、G、G、G、G……。

 D、A、G、D、G、D、A、D、A、G、D、A……。

 

 循環する三つの協和音(スリーコード)と、パワーコードの弾きなれたフレーズを指慣らしとして奏でていく。

 ギターを始めた頃、まともに音が出たのはパワーコードの"E"だけだった。

 ハンドグリップを数週間ばかり続けたおかげか、GでもAでもDでもBでもなんでもコードチェンジできるようになっていた。

 

「……前よりは成長してるのかな」

 

 今では、"イエバン"や"はしきみ"などといった曲を丸ごと弾けるようになっている。数ヶ月間とはいえ、かなりのハイペースのような気がしていた。

 もう少しだけ指鳴らしをしてから、今練習中のを1000回潤んだ空"を弾き始める。

 冒頭こそ、ピアノソロから始まる曲ではあるが、1番は丸ごと有咲とのマンツーマンで弾くことになっているちょっと変わった曲であり。冒頭少し経ってから、中盤くらいまでに全員が合流していき、最後は皆で息を合わせるような曲になっていた。

 難しいフレーズは無いものの、ほぼソロのようなもののため余計に緊張する。香澄は、冒頭の部分を念入りに反復していった。

 

 1時間ほど練習したら、朝ごはんを食べに台所へ降りた。お姉ちゃん2人が眠そうな顔をしている(片方に至っては机に突っ伏して二度寝している。)中、ギター練習のおかげでバッチリと目が覚めている香澄は、朝ごはんのトーストをハムハムと食べる。

 

「香澄。ここずっと朝早くから起きてるみたいだけど、何してるの?」

 

 暖かいカフェオレを入れた母親が、ふと思い出したように尋ねる。その表情は、単純な疑問と少しの心配する感情が読み取れた。

 

「ギターの練習してるんだ。バンドも組んでるし、もっと上手くなりたくって」

 

 赤色のコップを受け取りながら、香澄は答える。香澄が食べ終えた皿を回収しながら、母親は言った。

 

「そう。……頑張るのもいいけど、あんまり無理はしないようにね。最近の香澄、なんだか疲れているように見えるし」

 

 それだけ言って、母親は台所へと消えていった。香澄は、少ししか減っていないカフェオレをぼんやりと眺める。

 確かに、香澄は母親の言う通り、少しばかり身体に怠さを感じるようになってはいた。けど、それもじきに慣れるだろうと楽観視も同時にしていた。

 夏から秋に変わろうという、気温差。時期的なもので、身体が適応していないのだろうと自分の中では納得するようにしていた。

 

「……それでも、頑張らないと」

 

 そろそろ登校の時間だ。残ったカフェオレを一気に飲み干して、香澄は学校へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、珍しくバンドの練習がない日だった。

 普段なら、学校で皆と別れた後すぐに家に帰ったり、図書館で本を読んでいた香澄だったが、最近は違う。

 電車に乗ることなく、学校帰りのその足でCiRCLEに向かっていた。

 

「……」

 

 人通りも少なく、ちょっと細い道を通るのがCiRCLEへの近道だった。するすると猫のように細道を抜けていく中で、香澄はふと、若干の視線を感じた。

 バッと、勢いよく後ろを振り返る。上下左右と視線を動かし索敵していく中、古い張り紙がされている換気扇に違和感を感じた。

 ーーあのちょこんと出てる髪の毛って、りみりんのだよね……?

 

 なんとか通信と書かれた張り紙の上から、ちょこんと生えている黒髪。ピンク色のさくらんぼのような髪留めが、半分だけ顔を出している。

 

「……りみりん、何してるの?」

 

 呼ばれた途端、ぴくっと震える。

 りみは、ふっふっふと怪しげに笑いながら換気扇裏から出てきた。

 

「流石だな師匠。修行途中の身とはいえ、私の"ナ・ニモ"を見抜くとは」

 

 そう言って、香澄の後ろにピタリと張り付いた。

 肩に両手を置き、りみが後ろから香澄を覗き込む。

 

「師匠、ギターを持っているがもしかして修行か?」

「うん。ちょっとでも触っておこうと思って」

 

 通学カバンに着いている星が揺れる。りみは、香澄の方から手を外して、腕を組んだ。

 

「ふむ。そう言うことなら、六弦だけでは足りないだろう」

 

 りみが背負っていたベースを見せてくる。

 

「リズム隊である私がいれば、その修行は何倍にも為になるぞ」

 

 今にも弾き出しそうな勢いで、りみはネックレスに着いていたピックをかちりと外した。

 

「……本当?」

「うむ。ちょうど、私のベースも弾いてほしそうだったしな」

 

 香澄は、素直にそれを喜んだ。

 バンドを組んでいるのだから、当然一人一人の音は合わせなければならない。

 一人よりは二人。二人よりは三人。三人よりは五人と、バンド練習の相場は決まっている。

 香澄とりみは、取り留めのない話を続けながらCiRCLEへと向かった。

 

 

 

 

 


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