やはり俺様の青春ラブコメはまさにパーフェクトである。 作:morikuma
雪の降る2月――まだ肌寒い余寒を残していた日のことだった。
俺はいつもの通り彼女が横たわる病室のベットで隣に椅子を掛け、座っていた。
そんなときだったか、普段弱音など吐かない彼女が言った。
『私はずっとこのままなのかな?』『いつまでこんなところにいればいいのかな?』
陰鬱とした表情で、俺に縋るように。
いや縋ってる様に、俺には見えたのだ。
だが本当の彼女は俺のことなんか見てくれていなかった。
そんなことにも気づかずに俺は彼女の言葉に耳を傾ける。
そして、悪魔のささやきが俺に告げられた。
『お願い幸太、ここから連れ出して』
救いなど求めない彼女が俺に救いを求めたのだ。
いやある意味で彼女のその選択は彼女にとっての救いだったのかもしれない。
だが俺は気づかない。彼女のその言葉の裏にある真実に。その真意に。
何故なら彼女を信じ切っていたから。彼女が好きだったから。
彼女のためならなんだってできる気がしたし、なんだってしてやろうと思った。
そして俺は彼女をこの狭い病室から連れだし――。
ある男と女がいた。
二人は婚約を前提に付き合っていて、飲食店を営んでいる女の両親に挨拶をしに行く。
男は会社を経営する社長で両親の好感は良好。
二人の結婚は当然容認される。
だがそこである問題が起こる。
男の会社が突然倒産し多大な借金を背負うことになったのだ。
仕組まれたかのようにタイミングよく現れる借金取り。
そして今すぐお金を返せと迫る借金取り。
しかし男にお金を返す術はない。
そこで借金取りはある提案を持ち掛ける。
『この店の土地売ったら借金チャラにしたるでぇ』
女の両親はその提案に当然狼狽するも、娘にできた大切な婚約者、ここで見捨てるわけにはいかない。
両親は苦悩の末その提案を受け入れ店を売ることを決意する。
だがここである衝撃の真実が明かされる。
実は婚約者と借金取りはグルだったのである。
つまり娘の両親の店を売らせるために、わざと女と婚約し、この状況を作り上げたのである。
そう――すべては仕組まれたことだったのである!!
それで結局借金取りは留学生のバイトやら、顔がパンパンの人に撃退され見事にHAPPYEND。
ちなみにこれ吉本新喜劇の内容である。
全体として見れば喜劇なんだけどこれって結構に重い話じゃない?
まぁ見方次第だけどな。
そもそも喜劇を前提とした話だし。
そして世の中はそんなもんだ。
HAPYY endを目の前にして裏切られた人間を気にかけるほどこの世界の人間は優しくない。
ましてや自分のことなら尚更だ。
自分が幸せになれるなら、自分の欲望が満たされるなら他人なんて平気で裏切る。
そのくせ人は後ろめたい自分の罪には目をそらし、いつかは忘れ、悠々自適に明日を歩んでいく。
そうしないと自分自身を壊してしまうから。
そうしないと良心の呵責に苛まれ自身を保てなくなるから。
だって日常は歩みを止めず、人に前を進ませることを強要するから、壊れるわけにはいかないのである。
だが俺と彼女の場合は互いが幸せになれなかった点を除けば
結局裏切った彼女は幸せにはなれないまま、日常の歩みさえも阻む、その牢から解き放たれず、明日を歩めずにいる。
裏切られた俺は世界の程度に絶望しながらも、来る明日に無理矢理にも歩まされる。
そんな俺は『過去』に押し潰されないよう、自分を保ち続けるために『孤独』であることを選び出した。
だが俺は本当の意味で孤独に生きることができるのか――?
そんなことはできない。
数日その生き方に不便さを感じた俺はすぐに思い至った。
なぜなら人は他人と関わらねばならぬ生き物だったからだ。
本当に誰の力も借りず生きている人間なんて多分ほとんどいない。
少なくとも俺にはできなかった。
休んだ分の板書したノートを借りたりとか、体育の時間に二人組組んだりとか、こんな日常的なことでも一人では支障がでちまう。
そして何より他人から孤独に見られること、それを嘲笑されているかもしれないこと──それがちっぽけで臆病な俺には耐えられなかった。
裏切られた俺には他人の言葉が、視線が、わからないということが怖かったのだ。
だから俺はすぐ孤独であることを辞めた。
そもそもそんなたいそうな覚悟を俺が持ち合わせているはずもなかったのだ。
そんな中俺が選択したのは卑怯で、卑屈で、根性のねじ曲がったような、クズの考えだった。
それは広く浅く交友関係を築き、人との関係に線引きをしてそれ以上は踏み出させず、踏み出させないこと。
これなら他人に孤独と言う弱みを見せることもなく裏切られたときに傷付くことはない。
なぜなら俺を裏切った相手も俺にとってその程度の存在なのだから。
薄っぺらい虚構の殻に閉じこもり、自分の本心は守り抜く。
これならもし裏切られたとしても
だが時々面倒な奴が現れる。
俺の引いた線引きなんぞなんの気兼ねもなく踏み込んで来ようとする妙に我の強いやつ。
俺は怖い。
そんな奴らが俺の虚構を見透かしてしまうのが。
俺は怖い。
そんな奴らが俺の本心に触れてしまうのが。
そして何より怖いのはそんな奴らに信頼を置いてしまいそうなブレブレな俺自身。
こんなことは間違っている、違うと自覚してくすぶっている、俺の弱い心自身だ。
×××
俺がこの人に相対するのは何度目だろうか。
俺は職員室に呼び出され自身の担任である平塚先生と席を向き合わせていた。
平塚先生は澄ました表情で吸い終わった煙草を灰皿に処理する。
この一連の動作も何度見たことだろうか。
彼女と何度も談話することで教師としては些か非常識なその行動にも俺の目は容認させられていた。
それまでに彼女についての慣れという耐性が俺についてしまったのだろう。
「で?話ってのはなんだよ?平塚?」
「調子にのるな櫻木」
「いでっ!?」
俺が馴れ馴れしい調子で平塚先生にため口を聞くと軽快な拳が頭部に振り落される。
なぜだ……もう平塚先生との仲はタメ張れるまで向上していたはず…。
俺はキンキンと痛む頭部を抑えながら自身が拳を振り落された理由を模索していた。
「生徒が教師を呼び捨てとはどういう了見だ櫻木…」
「いや~もう先生の個人指導にも慣れてきたんでそろそろ呼び捨ても許される時期かと思ったんすけどね!」
「君は目上の者は敬えと教わらなかったのか…」
「俺はフランクな姿勢を重んじるたちなんで!もう世界全国俺らフレンドリーみたいな?マジ感激感謝みたいな?」
「日本人ラッパーか君は」
「いや~寧ろWe are the world!っつー感じすかね?」
「初めての生徒指導もそうだったが君と喋ると普段の3倍は精神をもっていかれる…」
平塚先生は目頭に手を当てると俯きながら首を左右に振る。
なんだ?もしかして俺の友愛主義に感動して感極まってしまったのだろうか…。
「まぁいい本題に入るぞ、櫻木」
平塚先生は一度調子を整えるため『コホン』と咳払いする。
そして神妙な顔つきで俺に問いかける。
「学校に送られたこのFAXと生徒たちに流れたメール…本当に君は心当たりがないのか?」
「ないっす」
俺はその質問に即答した。
その返答に平塚先生は相変わらず煮え切らない表情である。
「つかこの質問何回目っすか~もう飽きたっすよ~母ちゃんが一度うまいつったら買ってくるお菓子並みに飽きたっスよ~」
俺は欠伸しながら椅子から倒れないぐらいまでに寄りかかる。
そして気怠そうに悪態をついた。
「君が本当のことを言えば私は何もいわん」
「うわ~垣間見えたよ、見えちゃったよ教師が生徒に抱く信頼が…」
「そんなに信頼されたいなら普段からまっとうな行動を心がけるんだな」
「馬鹿な…この俺様は常に純然、清廉潔白、青天白日のもとに行動しているというのに…」
「そう思われたいならその胡散臭い喋り方を今すぐやめたまえ…」
先生は困窮したように表情を陰に落とす。
そして重い表情で顔を上げる。
できればその顔一生陰に落としたまま埋まってほしかったのだが、致し方ない。
「よっ!何度も這い上がり年齢も上がっていく三十路!がさつ女!周りが結婚していく荒波に負けるなよ!」
「殺されたいのか貴様は!!」
「いや~もうぶっちゃけ怠いんで!、先生には俺様の辛辣な言葉責めでこのまま沈んでもらおうかと~」
「最終的に沈むことになるのはどっちだろうなぁ…櫻木ぃ…」
先生の殺意を押し殺しながらも凝縮された言霊が俺の恐怖を煽る。
「マジですんませんでした…」
顔を真っ青にした俺は椅子の上で膝をついて頭を下げる。
言うなれば土下座である。
なんだかこの人と関わって謝罪スキルだけはだいぶ向上した気がする。
社会の嫌な一歩に足を踏み出してるな俺…。
「謝意があるなら真面目に私の質問に答えろ…」
「だからぁ~何度も言いますけど!マジで知らねぇっての!!」
俺はすぐさま体勢をを元に戻すと、抗議した。
なんか警察の不当な質問を受けている気分だぜ…更に暴力まで振るわれているんだから訴訟できるんじゃないのかマジで。
「君のことだそのよく回る口で誰かに恨みを買われたなんてことはないのか?」
「んまぁ超絶モテモテの俺様に嫉妬する男どもなら星の数いるかもしれませんけどねぇ~」
「ふむ…やはりその線が一番高いか…」
平塚先生は呆れた様な口調で呟く。
なぜだろうなんだかすごく失礼なことを言われた気がする。
「逆に女性から反感を買ったことはないのか?」
「まぁこのメール、俺が女の子を死に追いやった的な内容っすしね、その辺疑うのはわかるっすけど、俺がしたことといえば女の子をキュン死させたことぐらいっすね!!てかまじしつこすぎぃーっすよ平塚先生!!」
俺は満面の笑みで平塚先生を肘で小突いてしまった。
その瞬間に平塚先生の表情が突然訝しいものに変わる。
なんだろーもしかしてエルボー?これ平塚先生のエルボーきちゃうフラグ?
「君、今少し怒ったか?」
平塚先生は見透かしたような目つきで俺に尋ねる。
なんだよこいつはエスパー?なんでもわかっちゃうエスパー伊東?心理学者きどりかよ。たかが国語教師の分際で。
「はは!んなわけないじゃなっすか!つか知らないことこれ以上聞かれてもしゃーなしことこの上なしなんでもう帰っていいっすか?」
「知らないか…なら聞くが、このあまりに不当なメールが流されたときなぜあれほど活発だった君がだんまりを決め込み、今ではクラスどころか学校の誰とも関わろうとしない?」
「いや~だからそれは寡黙なほうがモテるから~――」
「真剣に聞いているんだ櫻木」
俺は平塚先生の責め立てるような指摘に思わず目をそらす。
だが彼女の強い双眸は俺をしっかりと見据えていた。
まっすぐすぎる眼。
ほんとうに鬱陶しい目だ。
その眼は浮足立って自分を確立できていない俺には――まさしく『毒』であった。
「すまない…君を責めているわけではないんだ…」
だが唐突に平塚先生は伏し目がちで俺に謝罪する。
彼女は優しい。本当に人が好すぎるくらいに。
それさえもさらに鬱陶しい。
彼女のその反応は俺の情緒を狂わせる。
さっきの比企谷八幡もそうだった。
こんな状況で俺を気にかけていいことなんて何もない。
こいつらに得なんて何もない。
なのにこいつらは――ほんとうにムカつく。
「だが私は許せないんだ…私の生徒がこんな根も葉もない噂で学校生活を脅かされていることが…そしてこんな状況に君を陥れた人間をね…」
あんたが俺の何を心配するというんだ?
そう思わせるまでに俺はあんたに何かしたのか?
そんなはずはないだろう?
だが俺の目に映る彼女は優しい――自身の信頼を預けてしまいそうなほどに、俺に対して彼女は無償の優しさを振りかざす。
だが俺はそんなものは求めていないし、信じてもいない。
この世にそんな都合の良いものがあってたまるか。
この世界はそんなに優しくない。
俺は知っている。
だって時間を掛けて本当に信頼していた人にさえ俺は裏切られたのだから。
お前のような薄っぺらい言葉で俺を欺けると思うなよ。
一瞬の心の安息を得るために傷ついて惨めな気持ちになるなんて俺はまっぴらごめんなんだよ――!!
「私は君を助けたいんだよ櫻木」
『助けたい』──その言葉を聞いた瞬間に俺の中の糸がピンと音を立てきれた。
俺の防衛反応はすぐさまその言葉を振り払う。
「根も葉もない噂ってなんでわかるんすか?」
俺の普段、虚言で塗り固めている声色も表情も今この瞬間は見る影もなかった。
額には汗を浮かべ口元はひきっつている。
俺の何かを見透かされ、同情され、そして彼女の優しさを突き付けられ俺は焦っていたのだ。
普段の相手をまくし立てるような剽軽な言葉もいまは頭に浮かばない。
自分の矮小な部分をさらけ出しおれは自爆していた。
「俺がほんとにこのメール通りのことしてるとは考えないわけぇ?本当のことだから学校でもだんまり決めてるとは考えねぇわけぇ?笑っちゃうよなぁ、俺のことなんて何にも知らないくせに勝手に決めっつけちゃってさぁ?熱血教師ってやつすか?うぜぇわマジ…」
もう止まらない。
ちぎれた理性の意図は暴発する。
今で抑えていた感情が平塚先生に全て掃き出される。
「で?これがほんとだとしたらさぁ?あんたどうすんの?俺のこと助けるわけ?しねぇよな?きっと恥じるよ、何にも知らずに無駄に熱くなってた自分自身をさぁー」
「櫻木…」
「簡単に俺みたないな奴信じてさぁ!!」
そうだ簡単に信じて…なんで気づかなかったんだろう…
「そんな簡単に信じて、裏切られたら」
裏切らてもしてみろ…お前は…
「裏切られたら…最後には惨めになって…」
そうだ最高に惨めだった…だってあっちも俺を信頼してると信じていたから。
「辛い思い…するだけ…なのに…」
それなのに
あの日俺を裏切っても救われなかった彼女を捨てることもできず、かといって彼女に近づくことに恐れをなして救うこともせず。
こんなつまらない人間になってまで俺は一体何を求めているんだろう…。
俺の声色は淡々と小さくなっていく。
いつの間にか平塚先生に向けた咆哮は俺に向けられ、その傷を抉り出していた。
かつて本気で好きだった人を――『彼女』に裏切られた過去の俺自身の傷を。
もう届かない警告を過去の俺へと無残に告げる。
そして今の俺に失望し、その存在に疑問を呈す。
そんな俺を知ってか知らずか、彼女からとても簡潔で、全てを救ってくるような言葉が紡がれる。
「そんなことはないさ」
「は?」
彼女から発せられる唐突な優しい声色――そしてその言葉に俺は素っ頓狂な声を上げるしかなかった。
「君は根はいいやつだ。そんなことをする生徒ではないと私は信頼しているよ」
平塚先生は柔和な微笑みで俺を見据える。
何の根拠もない言葉、見返りをも求めない優しさに一瞬混乱し、俺は不自然に頬を顰めた。
「今の言葉だってまるで私を心配してるように聞こえたぞ?」
「ちげぇよ!俺は…!」
そうだ…俺はただ怖かっただけだ、こんな状況に陥って誰かに肩を預けてしまいそうな自分が。
そしてそんな人にまた裏切られることが。
なによりそんな臆病な俺が、今度は彼女の信頼に懐疑を抱き、裏切ってしまうのが何より怖かった──。
「まっ君は精々人に鬱陶しがられる小悪党にしかなれないということさ」
片手を優しく肩に添えられる。
不思議と彼女のその行動に俺は強い安心感を感じた。
そして今気づく、俺は裏切られてしまう恐れからこの手を振り払ってしまうほどには、まだ腐りきってないことに。
「あの…すいません…した」
しばらく俺は呆然と立ち尽くしていたが、開口一番、自然とそんな言葉が漏れた。
「いいさ…初めて君の本音も聞けたことだしな」
平塚先生は微笑みながらそういうと、煙草を口にくわえ火をつけ、一服する。
「つか俺への信頼はうすいんじゃなかったんすか?」
「うん?まぁ私だって君がそれくらいの分別をわきまえてることくらいわかっているよ、普段の態度は別としてな」
「そ…っすか…」
なぜ彼女はこんな俺なんかのことを信頼してくれるんだろうか。
いつも嘘ばかりで塗り固められていた俺のことを。
そんな俺を見透かしていたというのに。
「それに私が受け持つクラスの生徒がそんなことをするはずないしな」
あぁ…そうかこの人は自分自身を一番信頼してるのか。
生徒を信じる教師としての自分自身を一番に信頼しているんだ…。
ほんとに芯の強い人間だと思わされる。
どうりで『毒』なわけだな。
裏切られるのも裏切ってしまうのも怖くて、浮足立っている。
そして本心を晒せず自分を確立できない俺とこの人は正反対なのだから。
「あの…」
「あぁ今日のところは戻っていいぞ、そろそろ休憩時間も終わりだしな」
「え…あ…はい」
俺の言葉は平塚先生にさえぎられる。
本当はお礼が言いたかったのだ。
もう一度誰かを信じる可能性を示してくれたことに。
こんな俺自身がまだ腐りきっていないことをきづかせてくれたことに。
でもこのお礼はまだ言わなくてよかったのかもしれない。
やはり他人を信じ切ることはまだ少し怖かったから。
俺はどこか悶々とした感情を抱えながら職員室を出た。