なにも、見えない。口も開けない。目隠しと猿ぐつわをされているようだ。
目が覚めるとどうやら、誘拐かなにかされていたみたいです。
昨日は確か、放課後に友達と晩飯を食べに行った。卵がたっぷりとのった親子丼を食べたはずだ。そのあと友達と別れて……それより後の記憶がない。
なんでこんなことになっているのだろうか。身に覚えがなさすぎる。そんな風に考えていると、突然目隠しが外れた。そして、目に映ったのは俺の後輩だった。
「やっと気が付いたみたいですね。苦労したんですよ? 先輩をこうやって監禁するの」
「んー!! んー!!」
猿ぐつわのせいで声が出せない。けれど、俺の後輩が犯人だったことがショックだった。いつも俺の後ろについてきてくれていた後輩。俺のことを慕ってくれていたと思っていたのだが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。
「ああ、そういえば先輩に猿ぐつわ噛ませてましたね。
ほら、外しましたよ。これで満足ですか?」
「どうして、どうしてこんなことしたんだ!」
「どうして、ですか。やっぱりあなたはなんにも知らないんですね」
後輩が意味あり気に呟く。俺はこいつになにかしてしまったのだろう。だけどその原因はいくら考えても思い浮かばない。
「なあ、俺はお前になにかしてしまったのか? そうなら謝る。だからこんなことやめてくれ。お前だって、バレたらただじゃすまないだろう? だから、な? 穏便に話し合いといこうじゃないか」
そう俺が説得しようとすると後輩の顔がさらに険しくなる。
「そういうところが嫌いなんですよ。先輩の、自分は加害者ってことを自覚してないところが! そのうえで被害者ぶるところが!
僕はあんたのせいで人生めちゃくちゃだ! あんたが、あんたが僕に茶色のペンキなんてかけるから!」
なんのことを言っているのかわからない。俺にとってそれは全く身に覚えがないことだった。俺のそんな思いを後輩は感じ取り、さらに語気を強める。
「あんたは知らないでしょうよ。入学式のとき、あんたの不注意で茶色のペンキがまるごと僕の頭の上から落ちてきたんですよ! 全身ペンキまみれになった。入学式まで時間もなかったからそのまま出るしかなかったんです。
それから僕のあだ名はうんこマンだ。加えてガラの悪いやつらにも目を付けられた。あんたのせいで僕の学校生活は散々だ!」
「それは、本当にすまない。俺はそのことに気付けなかったみたいだ。でも、そんな素振り一度もなかったじゃないか! 俺に対してしっかりと話してくれればもっと的確に対処できたはずだ!」
「そうは言いますけどね。僕にはもう平穏なんてないんですよ。あなたからしたらその程度のことなんでしょうよ。だけど、僕にとってはそうじゃない。あのペンキ事件のせいで皆から避けられる。いじめられてもいるんです。入学式の出来事だったから友達なんて出来なかった。なら僕に残された道は一つしかないでしょう?
そのあと僕は先輩を慕う後輩として先輩に近づきました。先輩は人を疑うことを知らないから簡単でしたよ。普通なら何の面識もない後輩がいきなり近づいてきたら、多少なりとも警戒するはずですから」
そう言葉を続けながら、後輩は俺の拘束具を全て取り外す。
「何を、って顔してますね。なに簡単ですよ。僕は今からこの包丁であんたを殺します。そうして僕も後を追う。
僕にはもう何も残されていない。なら、僕をこんな風にしたあんたも道連れだ!」
そう叫び、今にも俺を殺そうと向かってくる。何か、何かないのか? 俺のせいで後輩が死ぬなんてあんまりだ。生きてさえいれば何度だってやり直せる。だけど死んでしまったらそれまでなんだ。今こんなことを話しても聞く耳は持ってくれないだろう。だから、後輩の動きを止められる何かが。
手に何かが当たる。これは、綿棒?
「ほら、どうしたんですか。逃げないんですか?
なら、一息で
ん、っげっほ!」
攻撃の隙間から、後輩の鼻の穴に綿棒を突っ込む。後輩は勢いよくむせ、包丁を手から放してしまった。俺はその隙に後輩を取り押さえる。
ジタバタと暴れる後輩だったが、5分ほど暴れると逃げることは出来ないと観念したのか大人しくなった。
「なあ、本当にお前死にたいのか? 俺にはそうは見えないけどな」
「そりゃあ死にたくなんかないですよ。だけど、もう僕には何もないんです。生きてたっていいことなんかない。なら、死んだほうがマシってだけです」
後輩は悲壮的に呟く。もうしっかりと言い返す気力も残っていないようだ。これなら俺の話も耳を傾けてくれるだろう。
「本当にすまなかった。俺のせいでお前がそんな思いをしているなんて考えたこともなかったよ。俺で良ければ、出来る限りの罪滅ぼしをさせてくれ」
少し油断していた。俺はまだ後輩を侮っていた。俺がしてしまったことの重さを理解出来ていなかった。だから、後輩を拘束する手を緩めてしまった。
「そう、ですか。なら死んでください」
後輩は俺の後ろにいた。心臓から血が流れてくる。どうやら俺は刺されてしまったみたいだ。
「大丈夫ですよ。僕もすぐに後を追いますから」
血の気が薄れてくる。ああ、俺はなんてことをしてしまったんだ。俺のせいで一人の人生を変えてしまった。俺がもう少し周囲に気を配れる人間だったならこんな結末にはならなかったのだろうか。