三単語小説   作:薫。

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お題:「絵具」「扇風機」「メル友」

 すごく暑い。天気予報によると今日の最高気温は36度らしい。クーラーも扇風機もない寂れたアパートにいるのは些か無理がある。だが、外はもっと暑いのだ。どこか店に入ろうにもまず外に出なければならないという事実に二の足を踏んでいた。また、何もすることが思いつかず、無気力になっている俺は何かをして気を紛らすことさえ出来なかった。

 そういえば、母親が一人暮らし祝いだかなんだかで置いていった形見の古い扇風機があったな。古いものだから、たいして動かないだろうが、それでも無いよりはマシだろう。

 押入れから扇風機を持ってきてコンセントを挿す。おっ、動いたな。

 

 ってんんんんんんん???????? 

 

 なんだ、この動き!? 右向きに動いたかと思えば左向きに勢いよく回りだす。少し経てばまた右向きに回る。そんな変則的な動きをする扇風機。なにかおかしいというのは機械に疎い俺の目にも明らかだった。

 はあ……。せっかく扇風機があると思ったのになあ。次の廃品回収はいつだったかな、と扇風機を止めようとする。

 すると、なんだか意識が薄れてくる。

 なん、だ? 暑さで頭がやられたのか……? 意識が扇風機に吸い込まれてしまうような感覚に陥りながら俺は意識を手放してしまった。

 

 

 

 目が覚めると見知った家にいた。だが、俺が今住んでいる賃貸ではない。俺が目にしているのは子供の頃に住んでいた家だった。俺が高校生の頃にはこの家では生活していなかった。なのになぜこの家にいるんだ? 

 それにしても視線が低いような気がする。そう思い自分の身体を見てみると、なぜか身体が縮んでしまっているではないか。な、な、なんだこれ!! もしかしてAPTX4869でも飲まされたのか? いやいや、流石にあれはフィクションだしありえないだろ。だけど、何度見ても俺の身体は縮んでいる。念のため鏡でも確認しておこう。身体が縮んでしまうという非常事態なのだが、不幸中の幸いと言ったところか、今俺がいるのは昔住んでいた家だ。鏡の位置くらい覚えている。

 

「あら、慌ててどうしたの?」

 

 見知った女性の声だ。何か聞けるかもしれないと後ろを振り返る。

 ……母親が若い。俺がこの前会った母親と比べて肌のつやとかがずいぶんと違う。まてまてまてまて、ということはだ。もしかしてこれ子供時代に戻っている感じのやつですか。

 

「な、なんでもないよ。ちょっと気になる言葉があったから辞書で調べようかなって」

 

「あら、そうなの。けどあなた、辞書とか読むタイプだったのね。お母さん驚いたわ」

 

 まずい。これはボロが出る。そう考えた俺は急いで自室に駆け込む。

 どうぞ見て下さいと言わんばかりにランドセルの上に新聞が置いてあった。見開きは「出会い目的のメル友の恐怖」とある。と、日付は……。その日付を見て驚く。2008年の6月だった。は? 12年前??? ギラティナの映画の年じゃないか。この当時は毎日新聞を取っていたはずだからこのくらいの年月であっているだろう。念のため、カレンダーも確認する。うん、確かに2008年6月で合っている。この年だと、俺は小学5年生だ。

 なんでこんなことになっているんだ。戻り方は? 原因としてはやはりあの扇風機だろう。あれをつけてから意識が遠のいたのだ。元々の時間軸に戻るために調べたいところだが、あの扇風機は確かこの家には無かったはずだ。このときは少し離れたところに住んでいる祖父母の家にあったと記憶している。祖父母の家までは車で3時間くらいだった。今からなんて到底いけないし、両親も突然行きたいだなんて俺が言い出したら怪しむことこの上ないだろう。そうすれば、俺が時間逆行してしまっているのにも気づかれてしまうかもしれない。そして、人体実験コースに……。駄目だ。このままじゃバッドエンドしか見えてこないぞ。もしもこの状態が続いてしまうのなら、盆に祖父母の家に行くまでのしばらくは12年前の俺として過ごすしかないのか……。絶対にボロが出る自信がある。いつ戻れるか分からない以上細心の注意を払って行動しなければ。

 そう考えながら、何か手掛かりはないのかと辺りを見渡すと図工かなにかで使ったのであろう絵具や彫刻刀が散乱している。懐かしいな……。絵具を見たのなんていつぶりだろうか。普遍的な大学に行っていた僕にとっては明確な懐古の対象だった。思えば、この頃は画家を目指していた。もっとも中学生の頃には才能のなさを痛感して諦めていたのだが。こんなことを考えるなんて、俺も少しは未練があるのかもしれないな。手掛かりを探すべきなのだろうが、無性に絵が描きたくなる。少しくらいなら良いだろう。

 とは言っても、絵具を使っての絵は時間がかかってしまう。時間をかけすぎるのも良くない。少し残念ではあるが、鉛筆で描くだけに留めておこう。

 絵のテーマは何にしようか……。この頃の俺はどんなことを描いていたっけな。なんて、考えてみたけど思い出せない。特にこれと言ってテーマを決めていなかったようにも感じる。好きなことを好きなように描いていた。なら、今回もそうやって好きなように描いてみよう。

 鉛筆をとる。こうやって絵を描くのも久しぶりだ。戸惑う部分もあったが、紙に思い浮かんだ景色を描いていく。思い浮かんでいるのは俺の一番の思い出。今、この時のように気の赴くままに絵を描いている自分。才能や体裁みたいな何にも捕らわれずに好きなように絵を描いている自分。こんな風に絵を描いているときは辛いことがあってもすぐに消化出来ていた。中学に上がってからは絵を描くことを辞めたからどんどんと落ちぶれていった。それが今の俺だ。無気力で何をするのにも理由がいる。なんでこんなにも楽しいことを忘れていたのだろうか。理由なんていらない。才能なんて関係ない。俺が楽しむために何かをする。そんな当たり前のことが抜け落ちていた。ああ、本当に楽しい。

 

 

 

 

 っは!! 突然の浮遊感。辺りを見渡すと見慣れたボロアパートの景色だ。どうやら戻ってこられたらしい。扇風機に目をやると、奇妙な動きは止まっており、いたって普通に動いていた。あの不思議体験は夢だったのだろうか。だけど、あの絵を描くことの楽しさは確かに心のなかに残っている。ちょっと画材でも買ってくるかな。

 

 

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