Battle of the Islands ~島の戦い~ 作:スカツド
ロリスア標準時 七月二十七日 午前十一時四十二分
ノドヌール首都チビル郊外 ロリーダ植民地駐留軍司令部 将官用大食堂
本来なら二十人くらいで交渉すると思っていた部屋は狭すぎた。何故ならば日本側が護衛の普通科隊員二個分隊の同席に頑として拘ったからだ。必然的にロリーダ側も対抗措置として同数の護衛を入れることになった。双方合わせて三十二人の兵士が自動小銃を抱えて壁際に相対する。
「どうしてこうなった?」
「聞きたいのはこっちですよ!」
安村事務官は小声で絶叫する。
一方、金田課長は天井からぶら下がっている金ピカのシャンデリアをぼぉ~っと見詰めながら考えていた。
「ねえねえ、ヤス君。このシャンデリアっていくらくらいするのかなあ?」
「金ピカがメッキなのか金無垢なのかによりますね。まあ、流石に金無垢ってことは無いでしょうけれど」
「ですよねぇ~! だって金無垢だったら物凄い重さになりそうなんだもん。地震で落ちてきたりしたら怖いでしょう? 六本木ディスコ照明落下事故みたいになったら大変だよ」
「それって昭和の終わりごろに高級ディスコ『トゥーリア』で発生した照明装置落下事故ですよね? 死者三人、負傷者十四人。そんな話をされたらここに座ってるのが怖くなってくるじゃないですか」
「その負傷者の中に年金非加入の二十一歳学生がいたって知っていた? 障害が残ったにも関わらず無年金障害者になっちゃったから国民年金未加入を理由に障害基礎年金が支給されなかったんですって。そんなの憲法違反だろって国家賠償訴訟を起こしたんだってさ。それで……」
そんな阿呆な話をすること約十分。ようやく待ちに待ったロリーダ側が入室してきた。
「お前らは佐々木小次郎かよ!」
「金田課長。待たせたのは宮本武蔵の方ですよ」
ロリーダ代表団の真ん中に足取りの覚束ない女が立っている。支えるように左右から抱えられた格好はまるでエリア51で捕まった宇宙人みたいだ。金田課長と安村事務官は吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢した。
女は二十代後半? 三十台前半? いや三十台後半か? 化粧が濃いので年齢の見当が付かない。やっぱり女性に年齢を聞くのは失礼なんだろうか。失礼なんだろうなあ。安村事務官は考えるのを止めた。
原始人が着ているような貫頭衣を羽織り、ひらひらしたマント? みたいな物を背中に垂らしている。
これ、流行ってんのかなあ? すっごく変なんですけど。金田課長は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。
化粧が濃すぎて良く分からないんだけれど一応は美人の範疇に入るんだろうか? とは言え、すっぴんを見てみないことには何とも言い難いな。
だが、良く観察すると目が据わっていることに気付く。もしかして怒ってるんだろうか? でも、待たせたのはそっちなんですけど。この辺りで面倒臭くなってきたので金田課長も考えるのを止めた。
「日本国外務省ロリスア局ロリスア第三課課長の金田桃子、十七歳です!」
「おいおい!」
阿吽の呼吸で安村事務官が合いの手を入れた。
一呼吸だけ遅れてロリーダ語に変換された言葉が自動翻訳機のスピーカーから流れ出す。
狭苦しい部屋の空気が一瞬にして氷点下にまで下がった。
だが、その時歴史が動いた!
「うぇ、おぇ、げろげろげろ……」
ラードナがC-17ですら叶わないほどの見事なリバースモードに入る。
またたく間に狭苦しい室内に悪臭が充満して行く。金田課長と安村事務官は脱兎の如く部屋を後にした。
数十分後、先ほどの部屋よりも少しだけ広い部屋に場所を移して会談は再開された。
ラードナの顔色も心持ち良くなったような、なっていないような。念の為にビニール袋と洗面器を用意しているらしい。
とにもかくにも、会談はリスタートだ。とは言え、一度使ったネタを二回使うのは避けたい。金田課長は無い知恵を絞る。
「日本国外務省ロリスア局ロリスア第三課課長の金田桃子、五歳です!」
「おいおい!」
だが、金田課長渾身のギャグはロリーダ人にはこれっぽっちも通じなかった。
「私はラードナ元老議員だ。緊急事態につき私が臨時に指揮をとる。事態は急を要するのだ…… つまらないネタにうつつを抜かしておる余裕が諸君らにあるとは驚きだな」
「……?!」
う、受けなかった…… 余りの反応の薄さに日本側の一同は失望する。
一方、ラードナは酷い頭痛に悩まされながらもニホン代表の服装を観察していた。
薄っぺらく通気性の良さそうな生地を使った簡素な服。丸首には襟が無く、袖も肘にすら届いていない。胸には何やら意味は分からないが大きな文字が書いてある。
下半身はといえば帆布のように分厚い生地を紺色に染めた長いズボンを履いている。
野蛮人にお似合いの何とも安っぽい服装だ。いや、よく見て見れば膝や裾がボロボロだぞ。所々には穴まで開いている始末だ。
ラードナの推測は見事に当たっていた。二人が着ていたのはアメ横で買った『Fuck you!』と書かれたTシャツとダメージ加工されたジーンズだったのだ。
どうせどんなに立派な格好をして行ったって異世界人には変な格好と思われるのが関の山だろう。だったら何を着て行っても同じじゃん。そうやって開き直った結果なのだ。
「……?」
どちらも声を発しないまま室内に沈黙の時間だけが流れて行く。
時おり襲ってくる吐き気や頭痛と戦いながらもラードナはニホン代表の観察を続ける。こっちは世界に冠たるロリーダの名誉ある元老議員なんだぞ。普通だったらこうして同じ席に座るだけで五千デュールや一万デュール貰ってもおかしくないところなのだ。それをこいつら感謝の欠片すら感じていないんじゃなかろうか。イラっときたラードナは不意に帰りたくなってきた。
とは言え、出張費を貰っているんだ。給料分の仕事はしなければならん。ん~? 何から話を切り出そうかなあ。ラードナは頭をフル回転させるがアルコールで満たされた脳からは何のアイディアも湧いてこない。
そんなラードナを見るに見かねたんだろうか。外交部ロリスア担当官ジェゴス-ラ-ナキサスが助け舟を出した。
「六日前っていうから七月二十一日? ひい、ふう、みい…… ですよね? 間違っていないよな? うん、その七月二十一日に西ロリスアのロリーダ保護領にニホン人が不法侵入。宗教の勧誘を行っていた司教を殺害。多数の現地人を誘拐した。その三日後、七月二十四日にはロリスア南方海上においてロリーダ籍商船リュグエラルト号に一方的に停船を命じて拿捕。今現在まで千四百五十一人もの乗員の拘束を続けている……」
そこで一旦言葉を区切ってナキサスは水差しから水を飲む。
「そして同日の午前。ロリーダ軍の医療部隊がロリスア中央部において卑怯にもニホン兵の奇襲攻撃を受けて全員が死亡した。更には彼らの捜索を行っていた民族防衛隊の一隊、及び正規軍の捜索機が二機も行方不明となっている。かかる状況を招いた意図、そして目的を明らかにするよう我らは要求する!」
自動翻訳機のスピーカーから流れる言葉を金田課長は興味なさげに聞いていた。聞いていたのだが…… さぱ~り頭に入ってこないんですけど。
助けを求めるように安村事務官に視線を向ける。彼は深いため息をつくと一瞬だけ首をかしげた。
「えぇ~っと、個別の事案についてはお答えを差し控えます。 法と証拠に基づいて適切にやっております。ただ、一般論として言えることは『死んだのは弱いから』じゃないですかね?」
「死んだのは弱いからだと? もしや行方不明の民族防衛隊を殺したと言うのか? それがもし事実ならばロリーダは決して貴様らを許さんぞ」
吐き気と頭痛を必死に我慢したままラードナは感情を押し殺した声で囁くように呟く。
だが、自動翻訳機のスピーカーから流れる音声は全く抑揚の無い合成音声だ。情緒もへったくれもあった物じゃないな。安村事務官は薄ら笑いを浮かべて目線で続きを促した。
しょうがないといった顔のラードナは続けて話す。
「我らロリーダは非文明圏に知恵と文化を与える為、身を粉にして支援活動に勤しんでいるのだ。そんな戦う術を知らぬ平和なキサラズ教徒を弱いなどと良くも言えた物だな。それが貴様らのやり口なのか?」
だが、先ほどから金田課長は退屈そうにスマホを弄っているばかりだ。こりゃ駄目かも分からんな。自暴自棄な気分の安村事務官は吐き捨てる様に毒突いた。
「結論から申し上げれば、日本の考え方はロリーダの方々とは違う。フィリップ・マーロウは申されました。『タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない』と。『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』とも申されておられます。亡くなった方にはお気の毒ですが、その方々に取っては『今日は死ぬにはもってこいの日』だったんじゃないですかね? 今はただ、亡くなった方のご冥福をお祈りいたしましょう。ア~メン……」
その途端、ラードナの隣に座ったチビ・デブ・メガネの三重苦男が脳天から飛び出すようなキンキン声で絶叫した。殖民省からの随員、高等文官スオル-ディーガ-ロスだ。
「高度に発達した文明は魔法と区別が付かない! その逆も真なり! 発達が遅れた野蛮な文明は魔法と区別が付く。当然のことだろう? 貴様らニホン人には文明と魔法の区別が付くらしいな」
「ロリーダさんでは文明の優劣を魔法との区別が付くか付かぬかで判断するのですか?
「そ、そうなのか? へぇ~! へぇ~! へぇ~! へぇ~! オイラ、一つ賢くなっちまったよ!」
チビ・デブ・メガネの三重苦は声を荒げる。もしかして、もしかすると何を考えているのかさぱ~り分からんニホンの考えをほんのちょっとでも聞き出すことができるかも知れん。できないかも知らんけど。
だが、言葉を発しようとした安村事務官を金田課長が遮った。スマホから視線を上げることもなく気の抜けた声を漏らす。
「それって今、話さなきゃならないようなことなの? いい加減に本題に入らないと夕飯までに終わらないわよ」
「で、ですよねえ。ちょっと脱線転覆が過ぎたかも知れませんな。んじゃ、そろそろ本題に戻るといたしましょうか。ところで皆さんはカルダシェフ・スケールっていう言葉をご存じですかな? 1964年に旧ソ連の天文学者ニコライ・カルダシェフが考案した宇宙文明の発展度を示す三段階のスケールなんですけどね。タイプIの文明っていうのは惑星文明とも言うんですよ。惑星の利用可能なエネルギーを全部使うことができるんです。つまり我々日本やロリーダさんはこのタイプI文明の仲間ってことです」
「へぇ~! へぇ~! へぇ~! へぇ~! オイラ、また一つ賢くなっちまったよ!」
「タイプII文明は恒星文明って言って恒星系のエネルギーを全て使用できるような奴のことです。ダイソン球殻とかが出てくる奴ですね。そんでもって真打ち登場。タイプIII文明って言うのは銀河文明とも言いまして銀河系のエネルギーを全部使うことができるような奴なんですよ」
「す、凄いですねえ!」
「だけどそれで終わりじゃないんです。理論物理学者ミチオ・カクは申されました。もしもダークエネルギーみたいな銀河系外のエネルギーまで使うことができればタイプⅣ文明と言えるかも知れないと。このレベルにまで達すれば人工的にワームホールを作って他の宇宙へ移動できるようになるかも知れませぞ。夢が広がリングですなあ。あは、あはははは!」
この会議の行方はいったいぜんたい何処へ向かっているんだろう。室内に集う人々は揃って死んだ魚のような虚ろな目をしている。
「あぁ~あぁ、早く帰りたいなぁ……」
金田課長がわざと皆に聞こえる程度の声で囁き、自動翻訳機は律儀にそれを翻訳する。
室内に集う全員が全員、内心で『俺も同じ気持ちだよ!』と絶叫していた。