Battle of the Islands ~島の戦い~   作:スカツド

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第5話 転べ!達磨さん

ロリスア標準時 七月二十七日 午前十一時四十七分 ロリスア中央部

 

「えぇ~っと…… テス、テス、マイクテスト。フライト・リーダーより各機へ。只今より爆撃航程が始まりまぁ~す』

 

 四発エンジンの重爆撃機デルネス-10が仲良く四機で一糸纏わぬ…… じゃなかった、一糸乱れずフィンガー・フォー編隊を組んで飛んで行く。

 今を去ること十数年前、デルネス-10は空軍の主力爆撃機だった。だったのだが…… 時代の流れとは残酷な物だ。今や空飛ぶ骨董品などと陰口を叩かれながらも空の片隅でひっそりと余生を送るその姿は定年間際のサラリーマンを彷彿させる。

 

 数少ない噂話と楽観主義者の希望的観測によりニホンには空軍力など…… って言うか、空を飛ぶ物は何一つとして存在しないという念願というか悲願に司令部は縋り付いていた。

 だって、長距離爆撃に随伴できる護衛戦闘機が無いんだもん。もしも迎撃機とかが出てきたら困る。死ぬほど困る。だから出てこない。三段論法!

 小さな窓の下に広がる雲の絨毯をぼぉ~っと見詰めながら売れない映画監督のアナケティス-ラサ-カールスは取り留めの無いことを考えていた。

 

「栄光あるロリーダ空軍の圧倒的な力を見せつければ如何に無知蒙昧なニホンの奴らだって己の無力さを自覚するだろう。自覚してくれたら良いなあ。って言うか、自覚してくれないと困っちゃうぞ。主にロリーダが」

「ニホンの連中なんかに比べたらヴィディアギンの方がナンボかマシでしたよねえ、監督」

「そんなものかなあ。ヴィディアギンはね、誰にも邪魔されず。自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」

 

 言語明瞭意味不明瞭。歳のせいなのだろうか。近頃若干ボケの入り始めたカールス監督の言動は例に寄ってわけが分からない。

 

「爆弾倉扉、開けぇ~! 針路そのまま…… ちょい右…… ちょい右…… はい、ストップ! 投…… うわぁ!」

 

 カールス監督の乗っていた二番機の機体尾部を後続する一番機のプロペラが突如として粉砕した。

 バランスを崩した機体は左へ急旋回して三番機を巻き込む。必死に回避しようとした四番機は失速からフラットスピンに陥り、そのまま落下して行く。

 与圧されたキャビンの空気が一瞬にして外に吹き出す。カールス監督は何かに掴まる事も出来ずに放り出された。だけどもパラシュートなんて付けていないんですけど……

 たちまちのうちにカールス監督の体は重力と空気抵抗が釣り合う時速二百キロにまで加速する。

 

「まさか人生の最後でパラシュート無しのスカイダイビングができるとは思いもしなかったぞ。うぅ~ん、それにしてもとっても良い景色だなあ。カメラが無いのが残念だ。きっと物凄く良い画が撮れただろうに」

 

 二分後、自由落下を終えたカールス監督は車に轢かれたカエルみたいにぺっちゃんこになった。

 

 

 

ロリスア標準時 七月二十七日 午前十二時十二分 ロリスア南方海上

 

 海上自衛隊汎用護衛艦『あさひ』艦長の小林一等海佐はトイレで用を足していた。

 出す物を出し終わった小林がバルブを操作すると海の上では貴重な真水が出てきて汚物を押し流して行く。

 こういった新幹線みたいに一次タンクまで真水で流してから負圧で吸い込むタイプのトイレが海自の船に装備されたのは掃海艦『あわじ』からだ。そして護衛艦としては『あさひ』が初めてなのだ。

 

 それ以前のトイレは所謂、汲み取り便所だった。だが、2010年6月にソマリア海賊対策に派遣されていた護衛艦『ゆうぎり』において悲劇が発生する。屎尿処理中に発生した硫化水素が艦内に逆流して一名の殉職者を出してしまったのだ。

 

「こんなに綺麗で素敵なトイレのある護衛艦の艦長になれたのは本当にラッキーだったなあ。うぅ~ん、僕は幸せ者だなあ!」

 

 そんなことを考えながら狭い廊下を歩いて薄暗いCICへと戻る。

 大きなモニターには相も変わらずグリュエトラル号とロリーダ艦艇が意味不明な駆け引きを繰り広げていた。

 ちょっと近付いては戻り、ちょっと近付いては戻りを繰り返す様はまるで『達磨さんが転んだ』のようだ。

 

「小林一佐、私は何だか退屈になってきましたよ。もう、面倒臭いからぱぱっと沈めちゃいませんか?」

 

 微糖の缶コーヒーを片手に艦長の隣に立っていた男が話し掛けてきた。

 

「すみませんがその呼び方は止めて貰えませんか? 佐々参事官」

「いやいや、小林一佐こそ、その佐々参事官っていう呼び方を止めて下さいよ。頼みますから」

「それじゃあ同時に止めませんか、せぇ~のでね?」

 

 真面目に相手をするのが阿呆らしくなってきた小林一佐は適当に茶化して話を終わらせた。

 今現在、護衛艦『あさひ』はロリーダ艦艇から約一海里の距離を維持し続けながら適当に海域を彷徨い続けている。こんなんで給料を貰えるんだから楽な仕事だなあ。海自に就職して本当に良かった良かった。このまま定年まで何事もなく過ごせれば良いなあ。

 そんなことを考えている間にもロリーダ艦艇がまたもやリュグエラルトに急接近を試みた。

『あさひ』の五インチ砲は律儀にその姿を追っかけ回し続ける。

 

 薄汚い難民を山ほど過積載したボロ船リュグエラルトから一キロほど離れたところでは相変わらず二隻のロリーダ軍艦が行ったり来たりを馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。

 本当に佐々参事官の言うようにちゃちゃっと沈めてしまえれば苦労は無いんだけどなあ。小林一佐は心の中でボヤくと苦虫を噛み潰したような顔でモニターを睨みつけた。

 

 その『あさひ』から更に数海里ほど東に離れた所では三隻の僚艦が適当な距離を取ってぷかぷかと浮いている。イージス艦『あしがら』に汎用護衛艦『はるさめ』とヘリコプター搭載護衛艦『いせ』の仲良し四隻だ。

 

「ねえねえ、小林一佐。私たちはいつまでこんなことを続けなきゃならんのでしょうねえ?」

「それは連中に聞いて下さいな。とにもかくにも先にロリーダに手を出させろっていうのが上からのオーダーなんですもん。こっちからは絶対、先に手を出しちゃいけないんですからね」

「とは言え、これじゃあ埒が明きませんよ。何とか挑発できないんですか?」

「うぅ~ん…… レーザーポインター攻撃や照準レーダー照射は散々やったけど何の反応も無かったですしねえ」

「海賊退治の時みたいに巨大スピーカーがあったら悪口合戦とかできたんですけど」

 

 腕組みをした二人が揃って同じ方向に首を傾げる。だが、下手な考え休むに似たり。何一つとしてマトモなアイディアが湧いて来ない。

 しかし思わぬ方向から援護射撃が届く。勿体ぶった顔つきの副長が口を挟んできたのだ。

 

「無線を妨害してみては如何でしょうか? 司令部や僚艦との連絡を遮断されれば焦って奴らも過激な行動に出るやも知れません。出ないかも知れませんけど」

「ナイスアイディア! 素晴らしい、副長! 君は英雄だ! 大変な功績だ! バンバンバン、カチカチ あらら?」

「艦長のアホ面には心底うんざりさせられますよ。そんじゃあ、やってくれ」

「了解!」

 

 通信士がコンソールを操作する。たちどころにNOLQ-3D-2の変テコな形をしたESMアンテナから強力な妨害電波が出力された。

 だが、見た目には何一つとして変わったことはない。

 絵面的には凄っごい地味だよなあ。小林一佐は死んだ魚の様な目でぼぉ~っとモニターを眺めていた。

 

 

 

日本標準時 七月二十七日 午後十二時十四分 千葉県茂原市 茂原のとあるカントリー倶楽部 八番ホール

 

 内閣総理大臣の太田は今まさに大きく振りかぶったドライバーを振り下ろそうとしていた。

 

「総理、統幕長からお電話です!」

 

 突如として総理秘書の山口が大声を発する。僅かにスライスしたボールはフェアウェイから外れて転がって行ったが……

 

「うわぁ! あぁ~あ、バンカーかよ…… あのなあ、山口。スイング中に大声を出すなよ! んで、何だって?」

「先ほどから護衛艦『あさひ』が音信不通だそうです。何度呼びかけても返事が無いんだそうな」

「どゆこと?」

「さぱ~り分かりません。もしかして沈められちゃったんじゃないですかねえ?」

 

 太田総理は山口の手からスマホを受け取ると代わりにドライバーを手渡す。

 

「おお、儂や儂や。どないした?」

「総理、先ほどから護衛艦『あさひ』と通信が出来ません」

「いやいや、それはたったいま聞いたよ。それより原因とかは分からんのかな?」

「それが分かっていたらこうして電話していませんよ! これは作戦行動中の護衛艦が行方不明という一大珍事なんです! 総理のご決断をお願い致します!」

「あの、その、いや…… そういった些事に関しては統幕長に任せるよ。君の好きにしてくれて良いから。もろちん…… じゃなかった、もちろん自己責任で頼むよ。んじゃ、忙しいから切るね」

 

 返事も待たずに電話を切ると山口秘書に突き返す。既にカートは随分と先に行ってしまったようだ。太田総理は護衛艦『あさひ』の件を心の中のシュレッダーに放り込むと小走りに駆け出した。

 

 

 

同時刻 〒162-8805 東京都新宿区市谷本村町五番一号 防衛省庁舎A棟 地下三階 中央指揮所 統合幕僚監部

 

 守屋統幕長は憮然とした表情で受話器を置くとゆっくり振り返って口を開いた。

 

「海幕長、この件は君に一任するよ。好きなようにして良いから。もろちん…… じゃなかった、もちろん自己責任で頼むよ。んじゃ、私は忙しいから」

「え、えぇ~っ! これは私の……」

「君も男なら聞き分けたまえ! これは僅かだが心ばかりのお礼だ、とっておきたまえ」

 

 守屋統幕長は人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると退室してしまった。

 

「って、何にも貰っていないんですけど…… まあ、良いか。おい、第二護衛隊群司令に繋いでくれ」

 

 副官から渡された受話器を受け取った海幕長は統幕長から言われた事をそのまま第二護衛隊群司令にスルーパスした。

 

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