Battle of the Islands ~島の戦い~   作:スカツド

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第6話 よろしい、ならば戦争だ!

ロリスア標準時 七月二十七日 午後十二時十八分 ロリスア南方海上 ロリーダ民主主義人民共和国海軍 駆逐艦ネクロ

 

ニホン人の灰色の船と睨み合う事、十数時間。突如として無線やレーダーが使用できなくなるという異常事態の発生に艦長メスフラス-ナ-ト-ラーデ中佐は慌てていた。

 

「もしかしてこれってニホン人の仕業なのか? くぬ、ぽってかす~が!」

 

 口汚く悪態を付きながら足元の鉄板を思いっ切り蹴り上げる。思っていたより遥かに大きな音が狭い艦橋に響き渡り、みんなが迷惑そうな視線を向けて来た。

 

「艦長、落ち着いて下さい。セルフコントロールが出来ない人間だと思われちゃいますよ」

「いや、すまんすまん。みんなの気持ちを大便…… じゃなかった、代弁したんだよ。誰かが大声を出して喚き散らすと気持ちが落ち着くだろ?」

「…… ぶっちゃけ物凄い迷惑なんで止めて貰えますか? いいですね?」

「……」

「い・い・で・す・ね!!!」

 

 不貞腐れた艦長は黙って頷く事しか出来なかった。

 艦橋がお通夜の様に沈黙に包まれ、誰一人として口を開こうとしない。

 こういう雰囲気は嫌だなあ。誰か面白い事でも言えば良いのに。だが、捨てる神あれば拾う神あり。ドヤ顔を浮かべた通信士が口を開いたのだ。

 

「艦長! もしこれがニホンの通信妨害だとすれば距離を取れば通信が回復するはずです」

「ナイスアイディア! って言うか、何で誰も思いつかなかったんだろうな。よし、副長。面舵いっぱい! 直ちに現地点から移動する!」

「移動…… ですか?」

「Yes! 俺の判断だ」

 

 ラーデはグリュエトラル号から付かず離れず浮かんでいる灰色の船を睨みつけて吐き捨てる。

 

「今日の所はこれくらいで勘弁してやる。だが、これで勝ったと思うなよ」

「見事なばかりに小悪党の捨て台詞ですね、艦長」

「褒めたって何にも出ないぞ」

「別に褒めてませんから」

 

 駆逐艦ネクロは脱兎の如く逃げ出し……

 

「いやいやいや! ストップ、ストップ、ストォ~~~ップゥ! まだ、艦隊司令の許可を得ていませんから!」

「そ、そういやそうだな。だけども通信ができないんですけど……」

 

 艦長は頭を抱え込んで小さく唸った。

 

 

 

ロリスア標準時 七月二十七日 午後十二時二十七分 ノドヌール首都チビル郊外 ロリーダ植民地駐留軍司令部

 

「はぁ~っ…… これってどゆこと!?」

 

 安村事務官のため息が広くもない室内に木霊した。流石の自動翻訳機もため息は翻訳しないようで沈黙を守っている。

 

 交渉が始まって約三十分が経過した。だが、交渉は始まる前から終わっていたのかも知れない。いや、そもそも始まってすらいないのでは? だったら終わりって来るんだろうか? どっちでも良いか。安村事務官は考えるのを止めた。

 諦めたら試合終了とは言うけれど、諦めなくても時間がくれば試合は終わるのだ。明けない夜は無いし、止まない雨も無いのだ。

 

 ロリーダ側が何を言いたいのかはさぱ~り分からん。安村事務官は非情に早い段階で彼らとのコミュニケーションを諦めていた。

 

 日本側の立場や見解は伝えた。伝えたつもりだがどう考えても伝わっているとは考え難い。

 

 そこへ衛星回線によって届いたロリスア南洋のニュース。日本とロリーダ双方の艦艇が連絡を断ったという知らせが両者の疑心暗鬼を一層と煽った。

 

「日本としてはロリーダ側の意図? 真意? 何かそんなのをお聞きしたい」

 

 日本代表団の責任者、外務省ロリスア局第三ロリスア課の金田桃子課長は先ほどからスマホで猫の動画を見る作業に没頭している。

 代わってロリーダとの交渉を一手に引き受ける安村事務官のやる気は下がる一方だ。だって人は何らかのインセンティブが無ければモチベーションを維持できないんだもん。

 もう辛抱堪らん! いっそ松岡外相みたいに席を蹴って帰ろうかな。そんな考えがさっきから脳裏を支配してマトモなアイディアが湧いて来ないのだ。

 

 だが、ロリーダ代表団長ラードナも只者では無いらしい。ぐでんぐでんに酔っ払って現れて、いきなりゲロを吐く外交団なんて見たことも聞いたことも無いぞ。安村事務官は思いっ切り背伸びをすると大あくびをした。

 

 時間の無駄以外の何物でもない三十分が過ぎたころラードナが口を開いた。

 

「我々の求めるものは同意だ。ニホンがロリーダに全てを委ねるという同意なのだ。そもそもお前たちとのコミュニケーションなど端から期待はしていない。何でかっていうとコミュニケーションっていうのは同じレベルの者でしか成立しないからだ。我々の考えではニホンとロリーダでは人としてのレベルが違うのだ」

 

 仏頂面のラードナは棒読み口調で吐き捨てる。しかし話の中身は大して意味のある事ではなかった。

 安村事務官の答えも自然と適当なものになる。

 

「分かります、分かります。『ザクとは違うのだよ、ザクとは!』みたいな感じでしょう? それはともかくロリーダ側の要望は業務委託って事だったんですか。だったら最初から言ってくれれば良かったのに。日本でも最近は公共業務の民間へのアウトソーシングが進んでいるんですよ。ロリーダさんは外国企業ですけれど一定の基準さえ満たせば参入可能な業務がたくさんありますよ。後日、資料をお送りしましょう。無論、正当な入札に参加して頂く必要はありますけれど」

「なん、だと……?!」

 

 ラードナを始めとするロリーダ側代表団が揃いも揃って唖然とした顔を浮かべる。

 

「ニホン側の意向は理解した。そのまま一字一句違えずに本国へ伝えよう。だが、老婆心ながら伝えておくぞ。つい先ほど、ロリスア中央を飛行中のロリーダ空軍爆撃機が消息を立った。また、海軍の駆逐艦とも連絡が取れないでいる。もしも彼らが無事に帰って来なければ……」

 

 またその話かよ! 安村事務官はマトモに相手をするのが急に阿呆らしくなってきた。

 

「ちょっとお待ちなさいな。そんなのお宅の通信機の問題でしょう? どこかの誰かと連絡が付かなくなったら日本のせいだと? 郵便ポストや公衆電話が赤いのも日本が悪いとでも?」

「ねえねえ、ヤス君。今時の公衆電話は緑色だよ。昔は黄色いのとか青いのもあったけどね」

 

 丸っきり話を聞いていないと思っていた金田課長が急に相槌を打つ。あまりに予想外の事に安村事務官はドキッとしたが必死に平静を装った。

 

「何なら本国へ確認してみるが良いぞ? 通信機械に関してだけはニホンの方に一日の長があるらしいからな」

 

 横から茶々を入れてきたのはロス高等文官とかいう小男だ。

 ヤスとロス。良いコンビだなあ。まるでロンヤスの関係みたいだ。金田課長は吹き出しそうになったが空気を呼んで我慢した。

 その間に安村事務官はスマホを操作して公衆電話の画像を検索する。

 

「あったあった、ありましたよ。これが1969年に登場した青い公衆電話。全国にダイヤル通話できるようになったんですよ。んで、こっちが1972年に登場した黄色い公衆電話。百円玉が使えたんですね。お釣りは出ないんですけど。その後、1973年に青くて小さな公衆話。1975年に黄色いプッシュ式公衆電話が現れました。エヴァンゲリオンにも出てくる緑の公衆電話は1982年に登場ですよ。ちなみに黄色や青の公衆電話は1995年に廃止されたそうですね」

「へぇ~! へぇ~! へぇ~! へぇ~! へぇ~!」

 

 金田課長は此処ぞとばかりにへぇ~ボタンを連打する。

 一方、ナードラはまるでそれを無視するかのように言い放った。

 

「貴様らに降伏するチャンスを与えてやろうと呼び出したというのに、その裏で卑怯な騙し討を仕掛けるとは見下げ果てた連中だな。我々の忍耐力にも限度というものがあるのだぞ」

「その言葉をそっくりそのままお返ししますよ。そもそも交渉中の奇襲攻撃は日本のお家芸なんだからしょうがないんです。日清、日露に日華事変から太平洋戦争までいっつもそのパターンなんですからね。馬鹿の一つ覚えかってんだよ!」

 

 苛立ちを隠そうともしない安村事務官の発言は逆切れそのものだ。

 それを聞いた途端、ラードナも真面目に考えるのが阿呆らしくなってしまった。

 

「カネダ課長!」

 

 割れ鍋に閉じ蓋…… じゃなかった、割れ鐘の様な声でジェスゴ-ラ-ナキサス担当官が絶叫する。

 

「ロリーダはニホン軍の即時撤退を勧告する。直ちに政府と連絡を取って艦艇を撤退させろ!」

 

 だが、その声はスマホ画面を注視している金田課長の耳には届いていないらしい。

 しょうがないなあといった顔の安村事務官は小さくため息をつくと代わって答えた。

 

「何を阿呆な事を仰る。当該海域は公海上ですよ。航行の自由を制限する権利は何者にもありません。我が国の護衛艦は好きなだけあそこに留まるつもりです」

 

 人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると安村事務官は肩の高さに両手を掲げる。そして人差し指と中指を立ててクイッ、クイッと二回曲げた。

 

 だが、そのジェスチャーはロリーダ人には全く通じなかったようだ。

 さぱ~り分からんと言った顔のナキサスは小首を傾げながら両の手のひらを掲げる。

 

「お前らは事態の深刻さをこれっぽっちも理解できていないようだな? どこまで我々を愚弄すれば気が済むというのだ!」

「愚弄ではない、事実を申し上げているだけだ! 現実を直視できていないのはロリーダの方だろうが!」

 

 双方の言葉の応酬はヒートアップするばかりだ。だが、遣り取りが一段落したところでラードナが口を挟んできた。

 

「ニホンの目的は戦うことでは…… 無いと言うのだな? 言質は取ったぞ。後になって知らんとか言うなよ。絶対だぞ、絶対に言うなよ?」

 

 まるでダチョウ倶楽部みたいなラードナの口調に安村事務官は思わず吹き出してしまった。

 それを肯定と受け取ったのだろうか。ラードナは右手を上げて連絡将校を呼び付けると二言三言。いや、もっと長々と喋った。連絡将校が小走りで退室して行く。勿体ぶった顔つきのラードナが安村事務官に振り返った。

 

「だったら今から我らがその化けの皮を剥がしてやる。ニホンの神のご利益とやらがどれほどの物か見届けてやろう」

 

「どゆこと? もう帰っても良いの?」

 

 珍しい事もあるものだ。金田課長がスマホから視線を上げるとロリーダや日本側代表団の顔を見回す。だが、安村事務官が小さく首を横に振ると失望した顔で黙って視線を落とした。

 

 ナキサスがゲイバーのママみたいな気色の悪い笑みを浮べた。

 いやいや、決してLGBTを差別したわけじゃないんだぞ。安村事務次官は心の中のゲイバーのママに謝罪する。

 

「貴様ら蛮族ニホンと我らロリーダの間にはお前らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる! よろしい、ならば戦争(クリーク)だ!」

「はぁっ??」

 

 日本側代表団の顔に一斉に疑問符が浮かんだ。

 

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