Battle of the Islands ~島の戦い~ 作:スカツド
ロリスア標準時 七月二十七日 午後十二時四十八分 ロリスア南方海上
ローリダ民主主義人民共和国海軍の巡洋艦ルク-ラディは転移の四十年以上も昔に建造が開始された骨董品というか産業廃棄物一歩手前というか…… ポンコツ&ガラクタの廃艦寸前の老朽艦だった。
流石にこんな前世紀の遺物はそのままでは使えない。仕方が無いから近代化改修と称してミサイルやレーダーのポン付けを行っている。せめて見た目だけでも現代っぽくしようという涙ぐましい努力なのだ。
そんな巡洋艦ルク-ラディが随伴の駆逐艦ネクロや本国との通信が一切取れなくなってから小一時間が過ぎようとしていた。
もしかしてニホン艦から離れれば通信が回復するかも知れない。僚艦から何の根拠も無い希望というか願望というか…… そんな内容の通信が発光信号によってもたらされる。
そんな事ってあるんだろうか? とは言え、このままじゃ埒が開かないし。まあ、駄目で元々。上手く行けばラッキー。とにもかくにも一縷の望みを頼りに当海域を離脱する事が決定した。
巡洋艦ルク-ラディの狭っ苦しい艦橋内に設けられた司令部で植民地艦隊司令官ストルル-エ-レ-ヴェン中将はぼぉ~っと大海原を眺めていた。
だが、やたらと高さのある司令官席にちょこんと座ったヴェン中将からは灰色のニホン艦は背景の海や空に溶け込んでしまってはっきりとは見えない。
「何だか薄汚い船だなあ」
「ですけどレーダーが使えない現時点ではアレは実に理に叶った物ですよ。これじゃあ砲の照準を付けるだけでも一苦労することでしょう」
「だ、だよなぁ~!」
傍に控える副官ドスナイ-ガ-ディロス大佐の鋭い突っ込みに辟易としながらヴェン中将は際どい所で誤魔化しを図る。
そんな気持ちを知ってか知らずかドスナイ大佐はさり気なく話題を転換してくれた。
「ニホン艦の武装は驚くほど少ない。あんな豆鉄砲一門でいったい何をしようというのか理解に苦しみますな」
「それはどうだろな、ドスナイ大佐。ああ見えて阿呆みたいに強力かも知れんぞ。あるいはマシンガンみたいに連射が効くとかさ」
「そんなことになったら困っちゃいますよ。主に我々が。だってレーダが妨害されているからこちらのミサイルは使えないでしょう? 我が艦も僚艦もミサイル戦に重きを置いているため、砲戦の準備は全く持って足りませんし。一方的にボコられるのが関の山でしょうね」
卑屈な笑みを浮かべたドスナイ大佐の顔を見ているだけでヴェン中将のやる気はモリモリ下がるばかりだ。
「そういう意味でも撤退は良い策かも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」
「確かに…… ヴェン中将がそう思われるんならそうなんでしょう。ヴェン中将の中ではね」
ドスナイ大佐は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべると鼻を鳴らした。
こいつ一発ぶん殴ってやろうかな? ヴェン中将は心の中でドスナイ大佐を睨みつける。だけども反撃されたら怖いなあ。仕方がないので強靭な精神力を持って我慢する。
「提督閣下。各艦、離脱の準備が完了致しました!」
通信士から手渡された紙切れに目を落とす。だが、ミミズが這った様な文字は何が書いてあるのかさぱ~り見当も付かない。まあ、準備完了って言ってるんだからそう書いてあるんだろう。
「お遊びの時間はもうお終いだ。我々に楯突いた報いを奴らに思い知らせてやるぞ。全艦撤退! 急げ、急げ、急げ!」
ヴェン中将の命令と同時に巡洋艦ルク-ラディは脱兎の如く逃げ出した。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後十二時五十分 ロリスア南方海上
海上自衛隊汎用護衛艦艦『あさひ』のCICで艦長の小林一等海佐は死んだ魚の様な目をしてぼぉ~っとモニターを見詰めていた。
電波妨害を実施してから数十分、ロリーダ艦には全く動きが無い。もしかしてこれっぽっちも妨害が効いていないのか? あるいは旧日本海軍みたいにレーダーは自分の位置を暴露するとか思って使っていないのかも知れん。
もしそうだったら今やっていることは全く持って意味が無いってことになるぞ。そんなんだったら困っちゃうなあ。小林一佐は頭を抱え込んで小さく唸る。
だが、その時歴史が動いた!
「艦長、敵艦が動きだしました!」
「うわらば! びっくりしたなあ、もう…… あのなあ、急に大きな声を出すなよ!」
自分の世界に没頭していた小林一佐はドキっとして思わず椅子から飛び上がった。
「すみません。でも、敵艦が動いたんですよ。やっぱ電波妨害は効いてたんですね。連中ったら尻尾を巻いて逃げて行きますよ」
「に、逃げて行くだとぉ~? あかんがなぁ~! 追え、追いかけろ、地の果て…… じゃなかった海の果まで追い掛け…… いや、逃がすな。停船を命じるんだ。敵艦の艦首ギリギリに威嚇射撃だ。撃て! 撃て! 撃てぇ~!」
艦長小林一佐の命令は直ちに実行に移される、移されたのだが…… よりにもよって敵艦にクリティカルヒットしてしまった!
「何を本当に当ててるんだよ! 俺、威嚇射撃って言ったよな? 言わなかったっけ? 言ったような気がするんだけどなあ?」
「艦長は艦首ギリギリに撃てって言ったんですよ。でも敵艦は全速前進していました。だから当たっちゃったんでしょうね。何でこんな簡単な事に誰も気付かなかったんでしょう。不思議ですねえ」
「この際、原因究明は後回しだ。それよりも『先に敵に手を出させろ』って命令を破っちまったぞ。どうすれバインダ~! いやいやいや、そんな事はどうでも良い。とにもかくにもカメラを止めろ! 記録映像を全て破棄するんだ。お前ら分かってるよな? 敵の攻撃でレコーダーが止まったって口裏を合わせるんだぞ。そうだ! もう一隻を生かして帰すな。死人に口なしだ」
モニターに五インチ砲弾を前方甲板に食らったロリーダ巡洋艦が大写しになった。どうやらミサイルを収納している細長い円筒に直撃したようで激しい炎が吹き出している。暫しの後、目も眩む様な激しい大爆発が船全体を包む。どす黒い煙と真っ赤な炎が消え去った時には巡洋艦の赤い船底が僅かに波間から姿を覗かせているのみだった。
「な、なんちゅう脆い船じゃ!」
小林一佐は震える声でそう呟くのが精一杯だった。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後十二時五十一分 ロリスア南方海上
ローリダ民主主義人民共和国海軍の巡洋艦ルク-ラディはたった一発の五インチ砲弾で沈んだ。運悪くミサイルのロケット燃料に命中。その爆発が周辺のミサイルを巻き込むという不運が重なった一瞬の出来事だった。
強いて言えばダメージコントロールが駄目駄目だったのかも知れない。それに昔の駆逐艦なんかは魚雷や爆雷みたいな爆発物を満載しているから運が悪いと機銃弾一発で轟沈する危険すらあったそうだ。結局のところ世の中は運なんだろう。
突如として起こった僚艦の悲劇を駆逐艦ネクロは呆然として眺めていた。いやいやいや、ぼぉ~っとしている暇は無いぞ。このままでは危険が危ないじゃんかよ。
「は、反撃だ! 撃て! 撃て! 撃て!」
「し、しかし照準が付けられません! ニホン艦からの妨害光線照射で敵艦の視認すら困難な状況です」
「だったら離脱を優先しろ! 煙幕を焚きながらジグザグに逃げるんだ。早く! 早く! 早……」
だが、艦長は全てを言い終わる事すらできない。艦橋を直撃した五インチ砲弾は中にいた全員の命を一瞬で奪い去った。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後一時九分 ノドヌール首都チビル郊外 ロリーダ植民地駐留軍司令部
千キロも離れた海の果てで起こっている出来事なんて知る由も無い日本の代表団は帰り支度を始めていた。
シャム猫みたいに変テコな色の目玉をしたラードナは黙ってその様子を観察する。していたのだが…… 突如として口を開いた。
「ニホン人よ…… 世の中には二種類の人間しかいない。支配する側とされる側だ。もし支配される側ならば……」
だが、安村事務官には最早マジメに話を聞く気がとうに失せていた。右手を上げてラードナの言葉を制すると強引に割り込んだ。
「世の中には二種類の人間がいる。なんでも二分したがる奴とそうでない奴だ。あんたは前者らしいな。お前らは我々日本人を野蛮人だと侮っているようだが、我々はお前らロリーダを人間とすら認めていない。駆除対象の有害危険生物としか見ていないんだ。従って降伏も服従も認めない。お前らは一匹残らず駆逐される運命だぞ。運が良ければ何体かは剥製にして博物館で飾って貰えるかも知れんがな」
「貴様らの態度は分からん。さぱ~り分からんぞ。無抵抗の宗教勧誘や医療班を襲撃したかと思えばこうやって代表団を差し向ける。かと思えば乗ってきたのは戦車と装甲車。あげくにロリーダを駆除するだと? お前らの真意は何なのだ? 私には理解できん。理解できるように話してはくれんか?」
「質問したら当たり前に答えが返ってくると思っているのか? どうしたらそんな考えに至るんだ? お前は阿呆かっ? 凄っごい勘違いだぞ! 質問に答える大人なんていない。基本中の基本だ。そりゃあ答える奴もいるだろうさ。だけどもそれって答えた方が得だから答えてるだけだ。それを無邪気に信じる奴はまんまと騙されてるってことだろ? どうしてそんな事に気付かないんだ?」
ドヤ顔の安村事務官は滔々と話し続ける。普段はちょっと頼りない安村だが、一旦こうなると無敵だ。一時間でも二時間でも話し続ける事が出来るだろう。
「私、先に帰ってるわね。後はよろしく」
安村事務官が振り返ると金田課長がゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「いやいや、ちょっと待って下さいよ。んじゃ、ラードナさん。今回の交渉は大変に実り多き物でした。次回の交渉を楽しみにしております。アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー!」
言い終わるや否や日本側代表団は風の様に消え去った。
ラードナに並んで座るロス高等文官が頭の天辺から響くような甲高い声で口を開く。
「遺憾ですが再度、ロリスア海上で武力を使わねばならんようですな」
「ちょっくら油断していたかも知れんな。異文化コミュニケーションがここまで難しいとは思いもしなかったぞ」
ずるりと椅子から転げ落ちそうなラードナは天井を見上げながら呟いた。
卑屈な笑みを浮かべたナキサスが上目遣いで顔色を伺ってくる。
何か気の利いた事を言わんと阿呆だと思われるな。ラードナは無い知恵を絞った。
「確かロリスア南洋には潜水艦も出撃していましたな。それは使えんのだろうか?」
「いや、それはどうでしょう? 水上艦と潜水艦は指揮系統が別だと聞いた事があるような、ないような」
「まあ、戦争は我々の仕事ではないか。後の事は海軍さんにお任せするとしよう」
ラードナは考えるのを止めると懐からスキットルを取り出して度数の高い酒を一息に飲み干した。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後一時二十七分 ロリスア南方海上 石油プラットフォーム「りゅうてん」
「見ろ、人がゴミのようだ!」
現場監督の斎藤は双眼鏡を覗きながらこの場にピッタリの名セリフを披露した。
視線の先には紅蓮の炎からどす黒い煙が吹き上がり、周辺にはジタバタと動いている虫ケラみたいな物が見える。
「誰か動画を取ってネットに上げろよ」
「俺、カメラ取ってきますね」
「小賢しい虫ケラが人間に逆らうからこうなるんだ」
呆れる者、感心する者、楽しそうにしている者、退屈そうにしている者。みんな違ってみんないい!
「他所は他所、うちはうち、さあ、仕事に戻るぞ」
自分が真っ先に仕事をサボり始めた事を棚に上げ、現場監督が偉そうに顎をしゃくる。
「はいはい、言われなくても分かってますよ」
「ちょっと休憩してただけでしょうに」
「今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~!」
作業員たちは口々に文句をブータれながらノロノロと作業に戻って行く。
だが、相変わらず水面を見詰めていた一人の男が海面を指差しながら大声を上げた。
「ア、ア、アッ~~~!」
場に集う男たちの視線が一斉に大海原の一点に集中した。
水中には中途半端なスピードでスルスルと近付いてくる二本の筋が見える。
「あれってもしかするともしかして…… 魚雷?!」
その途端、石油プラットフォームの足場に設置された円筒から泡と共に細長い物体が素早く飛び出す。その名も『海蜘蛛』という。
転移前にドイツ企業アトラスエレクトロニーク(ATLAS ELEKTRONIK)社が開発を進めていた
石油の一滴は血の一滴。今の日本国に取って生命線とも言える石油採掘施設には非常に高度な自動防御システムが導入されていたのだ。
海蜘蛛はスクリューではなく固体燃料ロケットモーターで推進する。お陰で浅い海でも運用可能。おまけに低価格ときている。
「安いと言っても俺たちの年収の何倍もするんだぞ。もうちょっと安くならん物かなあ……」
斎藤は小さなため息を付く。直後、海面に二本の巨大な水柱が立ち上がった。