Battle of the Islands ~島の戦い~ 作:スカツド
ロリスア標準時 七月二十七日 午後一時二十八分 ロリスア中央部 ロリーダ空軍前線航空機地 スナドロ7
ブルドーザーが突貫工事で整地したのは滑走路とは名ばかりの埃っぽい空き地だった。
乱雑に配置された対空火器は上空から丸見え。土嚢が積まれているわけではなければ偽装網が掛かっているわけでもない。緩み切った空気はここが戦場から遠く離れていることを雄弁に物語っているようだ。
それほど立派でも無い。むしろみっともないとすら言える滑走路から次々と航空機が飛び立って行く。それはロリーダ空軍の中でも旧式に属するデルネス-10爆撃機、搭載のロギ-10レシプロ攻撃機、ロギ-18ジェット戦闘機といった骨董品たちだった。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後二時四分 ロリスア南方海上
大混乱から半時間ほどの時間が過ぎる。戦闘海域には先ほどまでの喧騒を思い起こさせる物は最早何も浮いていない。ただただ静寂だけが大海原を支配していた。
海上自衛隊汎用護衛艦艦『あさひ』のCICで厚生労働省から派遣された佐々参事官は大きなモニターをぼぉ~っと眺めながら呟いた。
「あぁ~ぁ、み~んな殺しちまいやがった……」
「しょ、しょ、しょうがないじゃないですか。きゅ、急に逃げようとするから……」
「いやいや、私は別に小林一佐を責めてるんじゃないですよ。ですけど二百体の被験体を確保するって目標の達成は難しくなったと言わざるを得ませんね」
「まだだ! まだ終わらんよ! 諦めたらそこで試合終了ですからね。負けるな一茶これにあり!」
とは言ったものの、どうすれバインダ~! 小林一佐は頭を抱え込んで小さく唸る。
「ですけど佐々参事官、そもそも何で二百体もの被験体が要るんですか? もうちょっとまかりませんか?」
「んなわけがないでしょう! 二百っていうのはちゃんと統計的に根拠のある数字なんですから。とは言え、無い袖は振れませんしねえ」
「艦長、レーダーに感あり。方位2-9-5。距離九十海里。高度二万フィート。三百五十ノット。数およそ十二』
「これってもしかするともしかして…… チャンスなんじゃね?」
モニターに映る光点を小林一佐と佐々参事官は目をギラギラさせながら見つめていた。
日本標準時 七月二十七日 午後二時十九分 〒100-0014 東京都千代田区永田町2丁目3ー1 首相官邸 別館三階 情報集約センター
「あぁ~ぁ、み~んな殺しちまいやがった……」
ついさっきまで明るく点滅していた光点が次々と輝きを失う。この短時間で何人くらいの人間が…… じゃなかった、何匹くらいの有害生物が駆除されたんだろう。まあ、ロリーダ人に知り合いなんて一人としていないからどうでも良いんだけれど。
石田防衛相は壁に掛かった百インチくらいの有機ELディスプレイをぼぉ~っと眺めていた。
って言うか、これって幾らくらいするんだろうなあ。転移で中国や韓国製品が入って来なくなったせいで大型テレビが物凄く高くなった時期があったっけ。こんな物に何百万円も出すくらいならプロジェクターで十分なのに。まあ、俺の金じゃないからどうでも良いんだけれど。
「こんなのが許されても良いのかなあ……?」
囁くような呟きに振り返ると腕組みをした宮本副首相が苦虫を噛み潰していた。バッチリと目が合ってしまった石田防衛相はしょうがなしに相槌を打つ。
「許されるも何もしょうがありませんよ。有機ELなんですもん」
「だがなあ…… 新型が出れば値下がりするのが家電の定めとは言え、ちょっと酷いぞ。この値下がり具合は」
「一時期が高すぎたんですよ。あのタイミングで買った奴が馬鹿なんです」
「すまんなあ、お馬鹿さんで」
まるでお通夜の様に情報集約センターが静まり返った。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後二時二十分 ロリスア南方海上
「あぁ~ぁ、み~んな殺しちまいやがった……」
「しょ、しょ、しょうがないじゃないですか。敵機は対艦ミサイルを装備しているかも知れないんですよ。殺られる前に殺るしかないんですもん……」
「いやいや、私は別に小林一佐を責めてるんじゃないですよ。って言うか、小林一佐の学習能力の無さにもっと早く気付くべきでしたね」
「まだだ! まだ終わらんよ! 諦めたらそこで試合終了ですもん。負けるな一茶これにあり!」
馬鹿の一つ覚えの様に自分を鼓舞する小林一佐に佐々参事官は虫ケラを見るような視線を送る。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた通信士が口を開いた。
「艦長、『いせ』から通信です。潜水艦と思しき音源が本艦に向けて接近中。方位1-2-5。距離十二海里。潜望鏡深度。十二ノット」
「小林一佐、今度こそこれが最後のチャンスだと思ってやって下さいよ。絶対ですよ。絶対ですからね?」
「分かってますよ。佐々参事官、貴方は私を誰だと思ってるんですか?」
落ちこぼれの馬鹿艦長だよ! 佐々参事官は内心で思いっきり悪態を付きながらも満面の笑みを浮かべていた。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後二時三十分 ロリスア南方海上
ローリダ潜水艦『ヴァレロ』艦長ゲラディネオス-レ-フェ-サロンパス中佐は狭苦しいトイレで用を足していた。
潜水艦のトイレという物は一般的に臭くて汚いと相場が決まっている。初めて乗った艦なんて潜望鏡深度より深く潜航すると使えないタイプのトイレだった。なので潜航中はフタ付きのバケツで用を足さなきゃならないくらいだったのだ。このバケツが戦闘中にひっくり返った時なんて本当に悲惨だったなあ。艦長は遠い目をして物思いに耽る。
これを解決するために作られたのが汚水タンクに排泄物を貯める方式だ。サロンパス艦長が次に乗った艦もこのタイプだった。タンクに溜まった汚物は高圧空気を注入して海中に排出する。ただ、トイレ内の圧力が低いとタンクから逆流するのが難点だ。その惨劇は思い出すのも悍しい人生最悪の悲惨な物だった。
だが、ローリダ海軍が誇る最新鋭潜水艦キロベ級のトイレは一味違う。便器に溜まった汚物を直接水圧で艦外に排出する方式をとっているのだ。もちろん潜航中だろうと問題なく使用できることは言うまでもない。
こんな素敵なトイレを装備した潜水艦長になれた俺はラッキーだぞ。僕は幸せだなあ。そんなことをサロンパス艦長が考えているとトイレのドアがノックされた。
コン、コン、コン、コン…… 国際マナーの四回ノックだ。
「入ってますよ」
「いや、艦長。それは分かってますよ。でも、そろそろ出て貰えませんかねえ?」
「もうちょっとだけ待ってくれよ。いま中途半端な所なんだ」
「そう言われたって、そろそろ私も我慢の限界なんですよ」
副長ファディス少佐の声は苛立ちを隠そうともしていない。だけどこっちにはこっちの都合があるんですけど。こういうのを途中で止めるのは気持ち悪いんだよなあ。艦長も負けず劣らずの不機嫌そうな口調で応える。
「確かトイレって二つ無かったかなあ? そっちを使えば良いじゃんかよ」
「あっちはまだ食料庫として使ってるんですよ。知らなかったんですか、艦長?」
「そ、そうなの? 俺、いつもこっちしか使っていなかったから知らなかったよ」
「出港から暫くは生鮮食料で足の踏み場もないんですよ。こんなの潜水艦あるあるレベルの常識じゃないですか。あっちのトイレはあと一週間くらいは食料庫ですね。そんなわけなんで早く出て下さいな。ことは急を要するんです!」
副長の声音は切羽詰まった感じだ。これはもう駄目かも分からんな。しょうがない。一旦出るとしましょうか。艦長はお尻を綺麗に拭くとズボンを上げる。
まずは上のバルブを閉じてから下のバルブを開いて…… アレ? 違ったかな? 確かどこかに説明文が書いてあったような、なかったような。
「艦長! 早くして下さい! もう、限界が近いんですけど……」
「分かってるよ、急かして間違えたら大変なことに…… う、うわぁ! なんじゃこりゃあ!」
便器から海水混じりの汚物が強烈な勢いで噴出した。濁流はドアを激しく押し開き、猛烈な流れとなって廊下を満たす。あっと言う間に真下のバッテリーが冠水し、有毒な塩素ガスが狭苦しい艦内を満たした。生き延びるため、潜水艦ヴァレロは浮上せざるを得なくなった。
ロリスア標準時 七月二十七日 午後二時三十一分 ロリスア南方海上
海上自衛隊汎用護衛艦艦『あさひ』のCICは盆と正月が一遍に来た様な賑わいだった。
「いやあ、本当に良かったですねえ。万歳、万歳、万々歳ですよ」
ニコニコ顔の佐々参事官が小林一佐の背後に回って肩を軽く揉む。
だが、艦長の顔色は今ひとつ冴えない。眉間に皺を寄せたまま腕組みをしている。
「二百体には全然足りないんですけどね」
「そりゃそうですけど…… でも、ゼロとイチとの間には非常に大きな開きがあるんですよ。手ぶらで帰るよりかはよっぽどマシじゃないですか? 壁外調査団じゃあるまいし『何の成果も!! 得られませんでした!!』とか言う羽目になってもみなさいな」
「そ、そうかも知れませんな。そうじゃないかも知らんけど……」
「艦長、漂流者の収容を終わりました。指揮官とお会いになりますか?」
背後から掛けられた声に振り返ると副長が内線電話の送話口を押さえてこちらを伺っていた。
「漂流者? 指揮官? それってもしかして被験体の親玉ってことか? そんなのに会う必要があるのかな?」
「我々が駆除する対象なんですよ。そいつらがどんな顔をしているのか一度くらい直に見ておいてもバチは当たらないんじゃないですかね? まあ、単なる興味本位なんですけど」
「そうですか? 趣味が悪いですねえ。保健所で処分される動物を冷やかし半分で見に行くみたいな真似は嫌だなあ……」
「如何なさいますか、艦長? 止めておきますか?」
「じゃ、じゃあちょっくら行ってみるとしますか。少し待つように伝えてくれるかな?」
ちょっとイラっとした顔の副長に急かされた小林一佐は思わず心にも無い答えを返してしまった。