Battle of the Islands ~島の戦い~ 作:スカツド
ロリスア標準時 七月二十七日 午後二時三十二分 ロリスア南方海上
海上自衛隊汎用護衛艦『あさひ』の格納庫へ辿り着いた小林一佐と佐々参事官の目に飛び込んで来たのは糞尿と塩素の臭いを放つ汚らしい男たちだった。
ちょっと時代錯誤的な軍服を着たアラサー男が一歩近付いて来る。小林一佐は顔を顰めながら一歩遠ざかった。
「◎△$♪×¥●&%#?!、○!※□◇#△!。○▼※△☆▲※◎★●!?、○×△☆♯♭●□▲★※▲☆=¥!>♂×&◎♯£!」
わ、わけがわからないよ…… 小林一佐は慌てて自動翻訳機のスウィッチを入れる。
「申し訳ない、もういっぺん言って貰えますか?」
「私は潜水艦『ヴァレロ』艦長フェ-サロンパス中佐だ。貴公がニホン軍の指揮官なのか?」
「え、えぇ~っと…… 私は護衛艦『あさひ』艦長の小林一佐です。指揮官と言えば指揮官と言えますかな? もちろん私の上に第二護衛隊司令とか第二護衛隊群司令とか海幕長とか統幕長とか総理大臣とかいるんで私はしがない中間管理職に過ぎないんですけどね。それで? ご用件はいったい何でしょうか?」
「我々『ヴァレロ』の生き残りはひい、ふう、みい…… 四十名ほどおります。一佐には我々の生命、財産を保障するお考えはおありか? 我々は只、上からの命令に従って行動したに過ぎない。責任を追求したいなのならば我々に命令した者に言って頂きたい」
これぞ見事な責任転嫁だな。俺はこれっぽっちも悪くないってことか。もしもの時には俺もこの言い訳を使わせて貰おう。小林一佐は心の中のメモ帳に書き込んだ。
「仰っしゃりたい事は良く分かりました。私も『貴方たちを殺せ』という命令が上官から下って来ない事を願っておりますよ。まあ、海上自衛隊としては貴方たちの生命、財産になんてこれっぽっちも興味はありません。その点は大いに安心して頂いて結構ですよ。って言うか、後の事は厚労省にお任せして良いんですよねえ。佐々参事官?」
「もろちん…… じゃなかった、もちろんですよ、小林一佐。皆さんの身柄は厚労省が責任を持ってお預かり致します。困ったことがあったら何でも言って下さい。貴方たちは大事な被験体なんですから」
自然な流れで佐々参事官が話を引き継ぐと怖いくらいの作り笑顔を浮かべた。
これって北斗の拳でハート様が言ったセリフだよな。小林一佐は直ぐに気付いたが空気を読んで黙っている。
そんな事を知る由も無いサロンパス艦長は佐々参事官に向き直ると上目遣いで顔色を伺った。
「それで? 我々の身柄はどのように扱われるのでしょうか?」
「確約は出来かねますが国立感染症研究所村山庁舎、若しくは理化学研究所筑波研究所にある
「ところでニホン人って普段は何を食べてるんですか? 味付けの好みとかが合えば良いんですけど」
「さ、さあ…… 生憎とロリーダ料理には詳しくないものでして。何だったら材料は提供しますからご自分で作られては如何かな? こっちとしてもせっかく作ってやったのに文句を言われるくらいなら自分で作って貰った方がよっぽど有り難いですし。それと実験施設内の生活は基本的に放任主義です。脱走や破壊活動以外なら基本は何をしても結構ですよ。って言うかなるべく自然な生活を行って下さい。それが実験の目的にも叶いますしね」
佐々参事官が話し終わると小林一佐の顔を見て両手を差し出す。話を締め括れという合図なんだろうか。
「取り敢えず、港に付くまではこの格納庫で生活して下さい。食事は一日三回。トイレはあそこ。風呂は海水風呂が一日おきです。シャワーは使って貰って結構ですが真水は最後に体を洗い流すだけにして下さい」
「もろちん…… じゃなかった、もちろんです。我々は潜水艦乗りですからその辺の事は良く心得ております。ところで、差し支え無ければお伺いしてもよろしいか? 我々の他にも捕虜はいるのでしょうか?」
「残念ながら貴方たちの船や航空機はとっても爆発しやすいようですね。我々も懸命に捜索したんですが一人の生存者も見つけられませんでした」
小林一佐はしれっと嘘をついた。本当を言えば負傷者は沢山いたのだ。でも、被験体として使うには弱り過ぎていたので回収しなかったんだからしょうがない。
「そ、そうですか。とても残念です……」
戦争は競ってこそ華、負けて堕ちれば泥。敗軍の将ってこういう物なんだなあ。
がっくりと項垂れるサロンパス艦長の姿を見て小林一佐はちょっとだけ心が痛んだ。
日本標準時 八月二日 午前八時一七分 〒144-0041 東京都大田区羽田空港 東京国際空港
異世界への転移という珍事から早十年。東京国際空港はこの世界の空港としては上から数えた方が早いくらいの規模を持つ大空港として今日も満員御礼の大忙しだ。
そんな旅客ターミナルビルの喧騒を他所に、別棟の中に設けられた貴賓室で太田首相は田中幹事長との無駄話に興じていた。
東京国際空港こと羽田空港には一般人が立ち入ることの出来ない数々の施設が存在する。
たとえば東貨物地区横には日本は無論、世界各国の政府専用機やそれを利用する政府要人、皇族・王族、国賓等のVIPだけに使用が許された貴賓室や専用機専用の駐機スポット(V1、V2)が用意されていた。
ちなみにボーディングブリッジは無い。なので乗り降りにはタラップを利用しなければならない。
太田と田中の話題の中心はなんといっても間近に控えた夏コミのことだ。近年は国外からの参加者も増えており、今年は過去最大の規模になることが予想されている。
人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた田中が勿体ぶった顔で口を開いた。
「なあ、太田。やっぱりこのタイミングでロリーダに行くのは止めた方が良いんじゃないのかなあ?」
「別に俺は遊びに行くんじゃないぞ。これだってちゃんとした仕事なんだ。それにこれからロリーダを駆除しようっていうのにロリーダの連中を直に見た事も無いって変じゃね? 変だろ、やっぱ」
「う、うぅ~ん…… 」
田中は太田のロリーダ訪問を阻止しようとムキになって理論と言うかナニをナニする。だが、田中の意思は固い…… 硬い? 堅い? どれだ? どれなんだろう?
「硬いっていうのは石とか金属なんかに力を掛けても壊れたり変形しない事を言うな。 あと、緊張した様子を指す事もあるぞ。堅いは中身が詰まっていて頑丈な様子とかだな。そこから転じて確りしてるとか真面目、几帳面という使われ方もするぞ」
「全般的な意味での『かたい』の反対語は柔らかいや軟らかいだろ? だけど『固い』の反対は『緩い』だったり、『硬い』や『堅い』だと『脆い』になったりもするじゃん?」
「まあ意思の場合は固いを使っておくのが正しいんじゃないのかな?」
「そ、そうか。オイラ、また一つ賢くなっちゃったぞ」
太田はツーポイントのメガネのブリッジを左手中指でクイッと持ち上げた。
「とにもかくにも俺の意思は固いんだ。絶対にロリーダに行くぞ。絶対ニダ!」
「いや、あの、その…… 子供の夢を壊す様な事を言いたくないんだけどさあ。ロリーダには行けないぞ。あの飛行機が今から向かうのはノドヌールの首都チビルなんだ。それにロリーダっていう名前だけれどロリの国ってわけでもないしな。前回の代表団にいたラードナって女だって実年齢は二十台後半だったそうな」
「そ、そうなんだ…… 俺、やっぱり行くのを止めるよ。おい山口、帰るぞ。車を回してくれ」
「へい、がってん承知の介!」
こうして太田総理のロリーダ…… じゃなかった、ノドヌール訪問はドタキャンとなった。
ロリーダ標準時 八月二日 午前八時二十一分 首都ダロアスネ 第一執政官官邸
第一執政官アクリギス-ラ-メカスシの朝食会は親類縁者でごった返していた。
ダイソーで売っている様な陶器の食器にてんこ盛りになった料理はそこそこの食材を使い、そこそこの腕の料理人が作った物だ。
この世知辛いご時世、こんな贅沢な物がタダで食べられるとは全く持って有り難い話だ。とにもかくにもこの料理だけを目当てに用も無いのにメカスシ邸に集まってくる親類縁者が後を絶たないのだ。
「いやあ、タダ飯の割には相も変わらず美味しいですなあ。タダ飯の割にはですけど。お陰で食べすぎて腹がはち切れそうですぞ」
「私は昨夜の晩飯を抜いてきましたよ」
「私なんて昨日は丸一日断食しましたもん」
ロリーダに『タダより高い物は無い』などという諺なんて無い。そんなわけで食べ物を漁る勢いには遠慮会釈の欠片も無い。
だが、断食をし過ぎると胃が縮んでしまい返って食べられなくなるんだけどなあ。メカスシの妻エリンダは心の中で嘲笑うが決して顔には出さなかった。
ロリスア標準時 八月二日 午前十時九分 ベルセール捕虜収容所
『収容中のニホン人全員を処刑、処分せよ』
電話による命令を取ったノスグラ-リディ-ハレーン国防軍大尉は呆れ果てて開いた口が塞がらなかった。
「も、もう一遍言って貰えますか? 誰が誰を処刑しろですって?」
顔中に疑問符を浮かべたハレーン大尉の声音が裏返る。
『ニホン人だって言ってるだろがぁ~! 蛮族たちを一人残らず始末するんだよ!』
「待って下さいな。ニホン人捕虜なんてここには一人もいないんですけど?」
『貴様の様な下級将校が儂の命令に逆らおうとでも言うのか?』
「で、ですけど…… いない者をどうやって処刑すれば良いんでしょうか?」
『あのなあ…… ちょっとは頭を使えよ。俺は一人も残さずって言ったんだ。要は一人も残っていなければ良いんだよ』
「………… つまり、何もしないで良いってことですね? もしもし、もしもし?」
ハレーンがテレビドラマのワンシーンみたいに電話機のフックをカチャカチャと連打する。だが、電話はとっくに切られていた。
ロリスア標準時 八月二日 午後一時三十四分 ノドヌール首都チビル郊外 ロリーダ植民地空軍基地
敵国トップの訪問を控えたヨン-スレグ空軍基地はピリピリとした緊張感に支配されていた。
前回のニホン代表団は戦車や装甲車を持ち込み、完全武装した普通科二班を伴っていた。これに対応するためというわけではないが、今回はロリーダ側も完全武装の歩兵を沿道に隙間無く配備している。
「こんなんでどうでしょうか? 議員閣下」
基地司令のドール-レ-ファスラ少将は虚ろな視線でぼぉ~っと彼方を見つめているラードナに話しかけた。
「これは私の機関の仕事です。閣下は兵隊を必要な時に動かして下されば良い。もちろん私が政府の密命を受けていることもお忘れなく……」
ラードナの答えは簡潔明瞭だ。取り付く島もないとはこのことか。ファスラ少将は両の手のひらを上に向けて肩を竦めた。
「そ、そうですか。まあ、議員閣下がそう思うんならそうなんでしょう。議員閣下の中ではね」
「まあ、案ずるより生むが易しだ。なんくるないさぁ~!」
「意外と閣下も甘いようで……」
ラードナは人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた。
『こちら管制塔、ニホンの物と思しき航空機が進入路に乗りました』
「奴らの航空機は大した性能ですなあ。速度でも搭載量でも我が軍の爆撃機では逆立ちしても叶いませんぞ。航続距離も長そうですし」
「だが、奴らは戦闘機を持っておらん。前回、レーダーに映らない戦闘機の目撃情報もあったが裏付けが取れなかったしな」
口ではそんな事を言いながらもラードナは浮かぬ顔だ。ロリスア東部での医療部隊や民族防衛隊の行方不明。爆撃機や攻撃機、戦闘機の大部隊がいくつも姿を消している。南ロリスア海では巡洋艦や駆逐艦、はては潜水艦までもが立て続けに消息を断った。既に行方不明者は二千人を超えたそうな。
このペースで損害が増えたら今にロリーダ軍はすっからかんだぞ。これってもしかして天変地異の前触れじゃなかろうな。やっと落ち着いたと思ったのにまたもや転移とかだったら嫌だなあ。それだけは勘弁して欲しいぞ。何度追い払おうとしても次から次へと悪い想像が頭に浮かんでしまう。
『ニホンの航空機が着陸しました!』
「ふぅ~……」
誰にも聞こえないほど小なため息を付くとラードナは椅子からゆっくり立ち上がった。
「そんじゃあ、連中のトップとやらをお迎えに上がると致しやしょうか。張り切っていきまっしょい!」
「お、おぉ~~~!」
取り巻き連中たちはイマイチ乗り切らない顔をしながらもおざなりな返事をしてくれた。