「……さて、今度こそ、今度こそ自己紹介と行こう!私はスナッチャー。ドッペルゲンガーとは不明瞭で、姿を持たぬ、永遠に知られぬ影法師。だから、私と契約した。契約し、その望みを叶えた。私がチカラを与えてやった」
「あ、えーっと……辻優里です。よろしくお願いします」
「朝比奈葵だ、よろしく頼む」
「私、葉月…」
「嗚呼、貴様らの自己紹介は結構だ。存じているからな」
スナッチャーの発言に戸惑いつつも、すぐに気を取り直した優里に続き、葵も答える。瑠花が続こうとした時、スナッチャーはその発言を遮った。
「知ってる……?」
瑠花が、訝しげに呟いた。スナッチャーは、その様子を見て、淡々と言葉を紡ぎ出す。
「嗚呼、知っているとも」
そう言うと、スナッチャーは瑠花と瑞輝に視線を向けた。
「既に名乗った2人は除くが……ハヅキ ルカ、そしてクロノ ミズキだろう?違うか?」
「…合ってる、よ」
「…さて、ヒューとヴィッキー……は放っておいても大丈夫か」
チラ、と店員夫婦の方を見れば、それぞれ職務に戻っている。話を聞かれることは無いだろう。そう判断し、先程まで完全な無表情だった悪魔は、その口角を吊り上げた。
「お前達……まだ生きているだろう?」
「……え」
その瞬間、その場の空気が凍りついた。呼吸すらままならないような、そんな感覚に陥る。瑠花、瑞輝、葵は勿論として、いつも元気な優里でさえも恐怖で言葉を失った。
当然だ。
怪異になるか。
天に昇るか。
地に堕ちるか。
いずれにせよ、死は確実だと聞いているのだから。
「俺はスナッチャー。強奪者にして契約者。願いを叶える大悪魔。俺は全てを知っている。貴様らがどのようにしてこの世界に来たのかも」
「……何が、目的なんだ」
先程までとは打って変わって、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、淡々と続けるスナッチャーに、葵が尋ねた。その声は震えていて、恐怖を隠し切れていない。
「目的?そんな物は無い。強いて言うなら、貴様ら全員と契約を結びたい」
「目的あるやないか〜い!」
思わず突っ込んでしまった優里を他所に、瑞輝がおずおずと口を開く。
「サーセン……契約って、具体的にはどんな……」
「おいおいおいおい瑞輝正気か!?」
「良いですか葵氏!悪魔との契約って言ったら!小生のようなオタクの!憧れなの!!」
「おっ前お前お前だからって乗り気な奴があるか!」
早口で止めた葵に対し、普段の数倍は大きな声で返す瑞輝。そうして、瑞輝と葵は軽い口論を始めてしまった。瑞輝の言葉を聞いた優里は、「それ、マジでそれ」と激しく同意を示すばかりで、ろくに話を聞いていない。そんな3人の様子に瑠花は頭を抱えた。
「はぁ……それで、具体的にはどんな契約なんですか?」
全てを諦めたように溜息を吐きながら、瑠花はスナッチャーに尋ねた。彼は不敵な笑みを携えたまま答える。
「それを決めるのは貴様ら自身だ。無論、望むのならば元の世界に帰してやる事も出来る」
「でも、その対価って絶対大きいでしょ」
「当然だ。元の世界に帰しはするが、すぐに…或いは死後に魂を頂く」
「だよね、却下」
瑠花は盛大な溜息を吐いた。そもそも、彼女はスナッチャーの「自分は悪魔である」と言う話を信じていない。アンサーの時もそうだったように、自分の目で見ない限りは、信用しないのだ。
「契約の内容を決めるのは私達なんでしょ?でも、元の世界に帰して貰ったところで……あ、待って?」
ブツブツと呟きながら考えをまとめようとする瑠花。そして、気が付いた。
「…元の世界に帰るための手助けをして欲しい、って言う願いに対する対価は?」
「嗚呼、それなら……追加で怪人アンサーから借りたチカラの強化もしてやろう。それで無双でも何でもするが良い。対価は…そうだな、貴様らの感情でどうだろうか」
「…対価を払ったら、何も感じない、つまんない人間になるの?」
「……少し待て。今用意してやろう」
「ん?待ってこれどういう状況?」
スナッチャーが、色とりどりの淡い光を発する小瓶を、魔法のように空中から出現させる。同時に、優里が漸く我に返ったようで、瑠花の肩を軽く叩いた。
「契約するか、契約しないのか、決めるの。多分、私達がここで生きていく上で一番大事な選択がここだと思う」
「成程、ここ間違えたらほぼ詰みなのね、OK」
「…やけに軽い言葉で済ませるな……まぁ、俺は構わんが……アオイ、ミズキ。貴様らもいい加減に話を聞け。何度も同じ説明をするのは億劫だ」
スナッチャーが指を鳴らすと、瑞輝と葵は途端に口論をやめ、背筋を伸ばしてスナッチャーの方を向く。彼は、少し冷めてしまったコーヒーを一口飲んで、口を開いた。
「…ルカから、元の世界に帰るための手伝いをして欲しい、と言う願いを聞いた。オプションで怪人アンサーから借り受けたチカラの強化もしてやる」
「対価は貴様らの感情だ。と言っても、感情を奪う訳ではない。この瓶の中に、1日ごとに感情を吐き出せば良い」
「嬉しかったこと、辛かったこと、悔しかったこと……何でも良い。こんな出来事があって、こう感じた。そうだな、一言日記のようなものだと思ってくれれば良い。説明するより見聞きしてもらった方が早いな」
淡々と説明すると、スナッチャーは紫色の光が入った瓶を手に取り、蓋を開けた。
すると、突然周囲が闇に包まれ、大小様々な大きさの、紫の光が浮かんで来る。その美しい幻想的な光景を、4人はただ呆然と眺めていた。
「……綺麗」
「…この光に込められた感情は美しくないがな。見ろ」
スナッチャーが、一際大きな光を指差した。見てみると、青年が何やら頭を抱えている。
『僕だって、頑張ってるのに……』
『なんで父さんも母さんも褒めてくれないんだよ……!!』
『██のことはすぐに褒めるのに、なんで…なんで……!!』
ダン、と青年が壁に拳を叩き付けると、光はふっ……と消えてしまった。
「…これって……嫉妬?」
「良く分かったな?その通り、この紫色の感情は嫉妬、或いは羨望だ」
スナッチャーがパン、と手を叩くと、今度は赤色の光が浮かび上がる。
『嗚呼、クソッ!クソッ……!』
『彼奴ら、絶対にぶっ潰してやる……!!』
『絶対許さねぇ……絶対、絶対に……』
先程の青年が、血走った目で叫んでいる。それを見て、葵はスナッチャーに問い掛けた。
「…同じ奴なのはなんでなんだ?」
「単に強い感情を見た方が分かりやすいと思ったからだな。故意はない……見て分かる通り、これは怒りの感情だ。これは極端な例だが、小さな物なら、車が水溜まりを通った所為で、買ったばかりの服が汚れた、とか、そんな物もある」
スナッチャーが再び手を叩くと、光も真っ暗な空間も消え、元の喫茶店内へと戻っている。
「とまぁ、あんな感じで、一日の終わりに、この瓶に向かって吐き出すだけだ。それを、元の世界に戻る日まで続けるだけ。どうだ?」
「