あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
「それじゃあ、そろそろ行くね」
「おう、気をつけてな。あとこれ持ってけ」
「これは?」
黒山墨字が転がしてきたハイエース*1。
大きくスタジオ大黒天と書かれたそれに乗り込み、窓から顔を出した雪に紙袋を渡す。
「オクラの肉巻きだ。それとイチゴとミカンのゼリーが入ってる。食ってくれ」
「何時の間に作ったの? これ」
「水炊きを準備する途中でついでに準備して、皆が寝た後に作った」
専用の半ドーナツ型の容器に4つに切り分けた大粒のイチゴを大量に並べ、間にミカンを敷き詰める。
そこに溶かしたゼラチンを流し込み、冷蔵庫で一晩冷やした簡単お手製ゼリーだ。
ゼラチンがちゃんと固まるか不安だったが、ちゃんと固まってくれたようだ。
少しでも揺らせばプルプルと柔らかく震える半ドーナツ型のゼリー。
半透明なそこからは、中に敷き詰められたイチゴとミカンが見えている。
テラテラと艶めかしく光る赤とオレンジのコントラストは、それがただのデザートではなく、ひとつの芸術作品であると主張していた。
ちょこんと置かれた桜も可愛らしい。
そんなゼリーだが、見た目を重視して作ったものだから当然美しい仕上がりにはなっている。
だが味の方はどうなのかと聞かれると首を傾げざるを得ない。
ゼリーを味見する訳にもいかないし、ちゃんと雪に出してもいいものなのかどうか。
しばしそれに悩まされたものだ。
「いや、大きいね……ホールケーキくらいあるんじゃない? これ」
「ちょっと張り切りすぎてな。味が少し不安なんだが……」
「ううん、透歌が作ったなら大丈夫だよ。ありがとね」
後部座席に袋を置くため、ダッシュボード*2に体を伏せて手を伸ばす雪。
その背中に肘を置き、運転席から黒山墨字が顔を出した。
「よぉ、俺の分は無いのか?」
「図々しいなオッサン。焼き鳥と水炊きの残り汁で作ったおでんを入れといたよ。昨日の飯の食い方からして好きだろアンタ」
「よく分かったな。サンキュー」
「ま、景の礼も兼ねてな」
持ちつ持たれつの関係ではあるが、夜凪景を紹介したのは俺からだ。
それに値する礼くらいはしないとな。
最初は鯛の腹に米を入れて焼いた物や、刺身盛りでも作ろうかと考えていた。
途中で雪のためのゼリーを作ったらめんどくさくなったから簡単に済ませたが。
まぁそこまで味にこだわるタイプには見えないし、これでも十分満足出来るだろう。
そんな事を考えていると、黒山墨字の肘置きになっている雪の体がぷるぷると震え出した。
そして勢いよくガバッと体を起こすと、何処からか取り出したハリセンを黒山墨字の頭に向かってスパーンと振りぬいた。
「もぉー重いですよ!」
「悪いな。じゃあ如月、最後の確証が取れたら迎えに行くぜ」
「……え、今如月って」
「おう、何時でも来い。なんなら今日中に来ても良いぞ」
そろそろ出発するつもりなのか、少しずつ閉まっていく窓。
その隙間から黒山墨字のニヤついた笑いが見えた。
「ハッ、大人は忙しいんだよ小僧」
「仕事してから抜かせ、ロクデナシ」
挑発を含んだそれに舌を出しながら中指を立てて返し、動き始める車を見送った。
せいぜい雪に問い詰められて狼狽えるんだな、黒山墨字。
「では、第76回夜凪家家族会議を始めます」
「「はーい」」
夜凪景の宣言と共に夜凪姉弟が元気よく返事を返す。
ところで毎回思うんだが。
「この会議に俺がいてもいいのか?」
「トーカは特別よ! もう夜凪家の一員みたいなものだもの!」
「……まぁいいけどね」
正直よく分からないが、気を許して貰えてるのだから問題は無いだろう。
問題はここから、これがなんの会議かという事だ。
まぁ凡その見当は付くが。
「で、今回は何の会議なんだ?」
「今回は黒山さんに関しての会議よ」
だろうね。
けど、今更何の問題があるんだ?
黒山墨字に付いていく決心は付いた筈だろう?
「さっきのご飯中に私、黒山さんに付いていくって言ったわよね」
「言っていたな。なんなら一生ついていくって握手までしてたな」
「その時の会話を振り返って思ったの。あれ、これ私上手く口車に乗せられてるだけなんじゃ? って」
うん、そうだね。
なんならその時一緒に口車に乗せてた共犯者が此処に居るね。
わざわざ名乗り出たりはしないけどさ。
だからその白い目でこっちを見るのをやめろ夜凪姉弟。
「で、それの何が問題なんだ? 口車に乗せられたとはいえ、一度はそれに納得したんだろ?」
「ええ、正直あの条件はとても魅力的だったわ。気付いたら頷いていたもの」
嫌な相手とキスしないで済む事がか。
まぁ俺も、才能の欠片も感じられない奴とこれから一生過ごしてもらうなどと言われたら、躊躇なく即座に首を括るからなんとなくその気持ちは分かるが。
それで?
「うん、それで思ったの。それって今の状況とそんなに変わらないんじゃないの? って」
……確かに変わらないな。
一つ違いがあるとすれば、俺はキスなどの肉体価値を消費する行為を台本に入れないくらいか。
男ならまだしも、見目麗しい女は処女性が求められる。
それを損なうような事を映像に残せる筈が無い。
まぁそれはさておき、これをどうやって崩すか。
頭を回し始めた俺をよそに、夜凪妹が口を開いた。
「でもさ、おねーちゃんって今までにキスした事あるの?」
唐突に身内から放たれた一発の弾丸。
それをモロに食らった夜凪景がずぅーんと重い空気を放ちながら落ち込む。
そして体育座りに移行した夜凪景が、顔の下半分を隠したままこちらを見つめた。
その視線は俺の唇へと真っ直ぐ向かっている。
「……無いわ」
「だったら良いじゃん。クロちゃんおにーちゃんとキスさせるって事でしょ?」
「……それもそうね!」
途端にぱぁっと顔を輝かせた夜凪景。
そしてその笑顔のまま、こちらへと近づいてくた。
「トーカ! 私、やるわ! 絶対にキスしてみせるんだから!」
「誰と?」
「トーカと! ……あっ、いや、ちがっ」
……なるほどね?
なるほどなるほど……
どうやら俺は一つ勘違いをしていたらしい。
俺はてっきり、夜凪景が嫌な相手とキスをしたくないが為に、黒山墨字に付いていくと言い出したのかと思っていた。
だからこそ、今の俺と二人の状況なら別にキスする事も無いし、特に今の状況と与えられた条件が変わらない事に気付いて渋り始めたのかと、そう思っていた。
そうじゃなく逆だったんだな。
嫌な相手とキスをしたくないのではなく、キスするなら俺が良いと、そういう事だったのか。
だからこそ、俺とキスできる可能性が高まる黒山墨字に付いていこうとしたと。
なるほどなるほどなるほどねぇ……?
……使えるな。
「したいならしてもいいぞ」
「えっ」
「キスだよ、キス」
胡坐を崩して立ち上がる。
そして一歩一歩歩き、夜凪景の顔の位置に俺の顔が来るように膝を立ててしゃがんだ。
「したいんだろ? いいぞ、ここにはカメラは無い」
好きなだけ付き合うよ。
なに、時間なら沢山あるさ。
飽きるまで交じり合おうじゃないか。
夜凪景の顎を人差し指と親指で掴み、背中に手を回して抱き寄せる。
そうして逃げられなくなった夜凪景の顔に、少しずつ顔を近付けていく。
「えっ、あっ、あう……」
顔を真っ赤にして狼狽えている夜凪景。
体は緊張で強張り、目は一度も止まることなくグルグルと忙しなく動き回っている。
しかし決して目は閉じず、少しずつ近付く俺の顔を常に捉えていた。
距離は縮まり、唇が触れ合うまであともう少し。
夜凪景のぷっくりと膨らんだ艶のある瑞々しい唇に、俺の少しガサ付いた唇が止まることなく近付いていく。
そして、遂に唇同士が触れ合い、お互いの唇を貪り合う……!
ことは無く、夜凪景の頭がこてんと後ろに倒れた。
「あら?」
顎を掴んでいる手を後頭部に回し、倒れた頭を持ち上げる。
夜凪景の顔を見れば、リンゴの様に顔を真っ赤にしたまま、口を開いて白目を剥いていた。
取り敢えず手のひらで優しく
気絶してしまった夜凪景を床に寝かせ、ゆっくりと振り向く。
そして赤く頬を染めて目を見開き、見てはいけないものを見てしまったという反応をしている双子に向けて、少しだけ頭を下げた。
「残念ながら……ご臨終です……」
「キスで気絶……しかもまだしてないのに……」
「先が思いやられるね……」
下げた顔を上げる。
そこには姉の無様な姿に頭を抱えた夜凪姉弟がいた。
配信回が浮いてるという意見を貰いました。
以前にも似たような指摘があって、自分でも配信回が唐突すぎたかなぁとは思ってたんですよねぇ…
配信回のactナンバーを11と12にして掲示板回の後ろに回した方が良いですかね?
ほぼ独立してる話なんで、後ろに回しても問題は特に無いんですが。
ちょいとアンケートしてみます。
配信回を掲示板回の後ろに回した方が良い?
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回した方が良い
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今のままでも構わない