あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
時刻は朝、さんさんと降りしきる天からの呪いを受けながら通学路を歩く。
隣には同じくセーラー服を着て、何がそんなに楽しいのか、子供の様に手と足を大きく上げて歩く夜凪景がいる。
それを尻目にスマホに目を落とし、大きくため息を吐いた。
夜凪景気絶、接吻未遂事件。
あれがあった日から日は経ち、既に3日目。
未だに黒山墨字からの連絡は無く、それに加えて雪からの電話の一つも無い。
もしかして1%を引いたか……?
どれだけ技術があり、どれだけ見目麗しくとも人には好みというものがある。
万人を魅了する夜凪景の才能が、黒山墨字の好みには当てはまらなかったという可能性は十分にある。
だが、そうならそうで黒山墨字は兎も角、雪からの連絡はある筈だ。
にも拘らず、俺のスマホには仕事の依頼と夜凪景からのメールしか入ってきてはいない。
となると、黒山墨字は未だに夜凪景の才能を見極められておらず、今も吟味している最中という事になる。
「……過大評価し過ぎたか?」
雪の上司という事で少し期待していたが、それすらも過ぎた期待だったかもしれないな。
どうやら少々雪の審美眼を信用し過ぎていたらしい。
まぁそれはいい。
もし本当にそうだったとしたら、黒山墨字との契約を破棄して、そのような無能から雪を引き剥がすだけの話だ。
今の問題は其処ではない。
「……おい、景」
「なにかしら?」
「もう少し離れる気にはならないのか? 正直暑いんだが」
俺の腕に自分の腕を絡ませ、いわゆる恋人繋ぎをしている夜凪景。
鼻歌を歌い、大きく腕を振りながら歩くその姿はまるで、歩くことに楽しみを覚える幼稚園児のようだ。
そんな夜凪景に腕を離す事を提案し、腕を引き抜く事を試みる。
しかし、ぎゅっと強く握られたその手が離れる事はない。
逆に逃げようとしている事を察知され、絡んでいる腕により強く力が入る。
「嫌よ、離れたくないわ」
「なんでさ……」
「……なんでだろう?」
唇に指を当て、小首をかしげる夜凪景。
本気で不思議そうにしており、この距離間の近さの理由に自分でも見当が付いていないらしい。
まぁ確実にこの前のキス未遂の所為だろう。
当の本人である夜凪景はよく分かっていないようだが。
というかそもそもの話、夜凪景はこの間の事をよく覚えていない。
記憶にあるのは、今度こそ自分の意思で黒山墨字の話に乗る事を決めた事と、俺と絶対にキスすると決意した事だけ。
どうやら俺によるキス未遂事件に関しては、あまりの羞恥に頭がオーバーヒートして記憶が飛んでいるらしい。
恐らく、この距離感の近さに関しては、その飛んだ記憶の事を体では理解しているからだろう。
恥ずかしすぎて記憶は飛んだものの、俺に受け入れられたという事だけは感覚で理解している。
故に、こうして距離を詰めて来てはいるものの、距離を詰める理由に関しては自分でも分からないし、理由が分からないからこそ上手く距離感が掴めず、取り敢えず感情のままに抱き着いてきている。
この距離感の異常さに関してはこれで合っている筈だ。
問題は、この距離感が常時続くこと。
飯を食う時や外に出かけている時、学校の中や家の中。
なんならベッドや風呂にも付いて来ようとするし、果てにはトイレにまで付いて来ようとしてきた。
普通に気が休まらない。
男女の問題がどうとかじゃなく、単純に異物感が凄い。
流石の俺でも、種族は人間だ。
あまりにも
とはいえ、それを今の浮かれている夜凪景にぶつければ、その結果どうなるのかが分からない俺でもない。
さて、この状況をどうするか。
それが目下一番の悩みであった。
「あー、景。コンビニに寄りたいから手を離してくれないか?」
「うー……」
「戻ってきたらまた繋いでいいから、な?」
頭を撫でながら、なんとか手を離してくれるようにお願いする。
なんだか言葉の通じない子供を相手している気分になってくるな。
そして、そんな俺の頼みに渋々といった様子で絡ませていた手を解く夜凪景。
夜凪景の気が変わり、再び手を繋がれない内にそそくさとコンビニへと入る。
「さて、どうするか」
別に今欲しい物なんか無いんだよな。
食べ物だと夜凪景が作ったご飯では腹が埋まらなかった、あるいは満足出来なかったと思われかねない。
雑誌は今まで買った事が無かった為に違和感を持たれかねず、文房具や美容用品など買う必要はない。
アイスは論外だ。
となると菓子か飲み物だな。
適当に菓子とジュースを二人分手に取ってレジに向かい、金を払ってコンビニを出る。
さて、また夜凪景のコアラタイムか。
コンビニから出た俺に向かって駆け寄って来る夜凪景。
仕方ないなと思いつつ、手を差し出して迎え入れる準備をする。
そんな夜凪景の後ろに一台の車が止まり、夜凪景を車内に引きずり込んだ。
時間にして僅か5秒足らず、思わず固まった俺を置いて発車する車。
走り去る車のドアには大きくスタジオ大黒天と書かれていた。
それをゆっくりと見送った俺は、スマホを取り出して電話を掛けた。
「なに、透歌?」
「あぁ、雪? 誘拐犯に景が攫われたんだけどどうすればいい?」
「景ちゃん攫われたって、え、どこで!? 警察は!?」
耳に当てていたスマホから大きな声が響く。
キーンと痛む耳を抑えながら一旦スマホを耳から離し、静かになった所で再び耳に当てた。
「誘拐犯の事は気にしなくていい。それより雪は今どこにいるんだ?」
「なんでそんな呑気なの!? 私の場所よりも先に警察でしょ!? 早く景ちゃん助けてあげないと!」
「いや、誘拐犯の車にスタジオ大黒天の文字があってね」
「……あんのヒゲェぇぇぇッ!!!」
おおぅ凄ぇな、こんなドスの利いた雪の声初めて聞いたぞ。
「何があったんだ? 取り敢えず車追いかけてるが」
「え、もしかして何も知らないの!?」
「少なくとも俺は何も聞いちゃいないな」
「もぉーあの人は! CMの撮影だよ、CM撮影! 透歌と景ちゃんには俺が連絡するからいいとか言うから任せてたのに!」
CMの撮影か……なるほどね。
何故こんなにも時間が空いたのかと思いきやそういう事か。
時間が空いたのは、黒山墨字が夜凪景の為に撮影のスケジュールを組んでいたからだったという訳だ。
少し話は逸れるが、撮影のスケジュールというものはそう簡単に決められるものではない。
俺は個人で動いているから楽が出来ているが、スケジューリングというのは想像以上に大変だ。
CMの撮影自体は簡単。
要は何時も俺と夜凪景がやってる事と同じだ。
カメラを設置し、役者が予定通りに演技をするだけでいい。
TVのCM撮影など15秒から30秒しか尺*1を取れないため、更に楽だ。
時間など早くて1日、良ければ半日足らずで終わる事もある。
なので、CMの撮影自体は簡単に終わるのだ。
問題は撮影以外の場所にある。
まず撮影の前に撮影する内容を決める。
ターゲット層とCMに絶対に入れたい文言、そして一番大事な商品の売り出したいポイントは何なのか。
それらの要素をクライアントから聞き出し、それを元に絵コンテ*2を作り上げる。
この絵コンテを作るのが大変で、いくら上手に作ってもクライアントの希望に沿わなければ作り直しとなる。
ここで手を抜けば映像作品自体がガタガタとなり、撮影が上手く行かなくなってしまう。
故にこの絵コンテは大事にされ、作られるまでにかなりの時間が掛かる。
次に、撮影した動画の編集。
そして最後に完成した物を使えるものかどうかをテレビ局が考査する時間。
全て合わせて約1ヶ月から2ヶ月程度といったところか。
これらがちゃんと完成するのか、完成までにどれくらい時間が掛かるのか。
その期間を考えるのがスケジューリングであり、撮影する事を決めた監督である黒山墨字の仕事だ。
……が、大変なのはそれだけではない。
良いPR動画を作るのには当然大金が必要だ。
だが、TVの回線を通して全国に広がるCMはそれを超えるだけの金が要る。
役者やスタッフなどの人件費、撮影のカメラ代、撮影場所のスタジオ代。
それに加えてCGや特殊効果を使う場合もあり、値段は際限なく上がっていく。
金で言えば制作費だけで最低100万近くはかかり、その倍以上行くことも珍しくはない。
そして、金がかかるのはそれだけではない。
作ったCMがOKを貰い、実際にTVで流す時。
その時はその時で作ったCMを流すための枠*3を取る必要がある。
そしてその枠には大きく分けて2種類あり、CMによってどちらを取るかを決めねばならない。
一つはタイムCM、簡単に言えば放送している番組に合わせて流されるCMだ。
例えばウルトラ仮面の放送中にCMが入り、ウルトラ仮面の玩具やグッズが紹介されたとする。
そうした時のCMは全てタイムCMだ。
そしてもう一つはスポットCM。
こちらは完全にランダムで放送される放送中の番組に関係ないCMの事だ。
ウルトラ仮面の放送中なのに蚊取り線香のCMが流れていたりしたら、それは確実にスポットCMだ。
何時CMを流すかは完全にテレビ局の勝手なので、二連続で同じCMが流れたり、ホラー番組の放送中なのにギャグのようなCMが流れたりもする。
さて、今回はどちらだ?
「現場は何処だ? 何の撮影だ」
「場所はXOスタジオの6、撮影内容は新商品のシチューの宣伝だよ」
「あそこか、俺も使った事があるな」
安くて広いわりに小道具も結構揃ってるんだよな。
にしても新商品のシチューか、そしたら多分スポットCMだな。
大体60回から70回くらい流してもらうとして、かかる金は100万ちょいくらいか。
制作費と合わせて大体かかる金は200万から300万円。
更に言えばフリーの俺達とは違い、企業というものはスポンサーがいる。
そのスポンサーに逃げられない様に交渉し、金を払ってもらう必要がある。
このスポンサーという存在も中々に面倒だ。
200万から300万程度ならどのスポンサーも一括でポンと出せる。
だが、それをしてはいけない理由がある。
スポンサーはそいつ一人じゃないからだ。
今回のシチューで言えばレトルトシチューを作る会社、シチューを作るための調味料を作る会社、果てにはCMでシチューを作っている鍋などの小道具を作る会社から役者が着ている服を作る会社まで。
スポンサーは金を払うからこの服を着てくれ、金を払うからこの鍋を使ってくれと売り込んでくる。
それら全てから少しずつ金を貰い、商品が売れて利益が出た時に貰った額に応じた金を返さなければならない。
この計算がとてつもなく面倒で、時間が掛かる。
時間で言えば、これら全てを済ませて撮影に取り掛かるまでに最低1週間。
かかる時は1ヶ月かかる事も珍しくはない。
さて、ここで話は戻して黒山墨字。
プロ達が集まり、これだけ長期間かけてスケジューリングする所をたったの3日。
しかもこれからすぐに撮影だという。
更に言えば、この前雪は最近黒山墨字がスターズの審査員をしてイライラしていると言った。
という事は、黒山墨字はスターズの仕事も熟しながら、3日でこのスケジューリングを終わらせた事になる。
……なるほど、どうやら確かに黒山墨字は無能ではなかったらしい。
雪の審美眼は間違えてはいなかったようだ。
連絡の一つも無かったのは単純に俺に対する嫌がらせだろう。
どんな悪環境でも依頼を熟せるだろお前なら、とか言いそうだな。
追いついたら一発蹴りでもくれてやるとしよう。
配信回を後に回した方が良いかどうかのアンケ―ト。
回した方が良いが36
今のままで構わないが222
という結果になりました。
あら意外……てっきり回した方が良いの方が多いかと……
という訳で、配信回はそのまま今の位置に置いておく事にします。
アンケートに答えてくれてありがとうございました!
配信回を掲示板回の後ろに回した方が良い?
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回した方が良い
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今のままでも構わない