あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ   作:白髪ロング娘スキー

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act16 ナイトカームオブリビオン

 

 どうも、スタジオ大黒天所属の制作、柊雪です。

 先程透歌から届いた、景ちゃんが攫われたという衝撃的な電話。

 しかもよく聞けば、その犯人はどう考えても透歌たちを迎えに行った筈の墨字さんで。

 

 今までの経験上、透歌は事実しか語らない事は知っている。

 そんな透歌が自分だけ置いて行かれたとかじゃなく、単純に攫われたと口にした。

 という事は、墨字さんは誰がどう見ても誘拐にしか見えない方法を使って景ちゃんを連れ去ったという事で……

 

 送迎に行ってくるって言ってたのに何してんだあのヒゲは、と怒りが込み上げていたのが少し前のこと。

 そろそろ追いつくから一旦切ると言われ、電話が切れてからはや10分。

 時間と共に段々と冷静になってきた今では、逆に墨字さんの事が心配になってきています。

 

 だって、私以外の誰にも心を開こうとしなかった透歌が、唯一気を許した相手である景ちゃん。

 そんな景ちゃんがもし透歌の目の前で攫われたら、果たしてその時透歌が一体何をしでかすのか、まるで予想が付かないからです。

 墨字さんと面識はあるし、割と仲が良さそうだったから大丈夫だとは思うけど……

 一応消毒液と絆創膏くらいは用意しとこうかな。

 

 それにしても、まさか墨字さんが透歌たちに何も伝えていなかったとは思わなかった。

 笑いながら、俺が連絡しとくからお前は撮影の準備を進めとけ、とか言うから何か企んでるとは思ってたけど。

 しかも景ちゃん誘拐しちゃってるし。

 

 墨字さんが突然何も言わずに行動を起こすのはいつもの事だが、今回は何時もよりもかなり酷い。

 いつも苦労させられてる恨みも兼ねて、到着したらほうれんそう(報告・連絡・相談)の大切さを説いてやらなければ。

 まぁあの気まま自由人が聞いてくれるとは思わないけど……

 

 墨字さんに手渡された、シャーペンで描かれた絵コンテ。

 その通りにスタジオが完成するようにスタッフに指示を出しながら、腕時計を確認する。

 少し遅いな……やっぱり応急セットの方が良かったかな?

 

「あ、やっと来た」

 

 墨字さんが運転する車が入口から入ってくる。

 駐車所へと案内するため、警棒を持って車へと向かう。

 そして、その途中でとある事に気付いた。

 

 何故か車の上には透歌が座っており、車の中では景ちゃんと墨字さんが取っ組み合いの喧嘩をしている事に!

 

「……は?」

 

 全くもって意味が分からない状況に思わず足が止まり、そんな私の横を透歌たちを乗せた車が通り過ぎる。

 そして一切速度を緩めないまま、車はそのまま撮影用に積まれていた木の台を粉砕し、壁に激突して止まった。

 うわぁ、あれは修理代が高くつくぞ……

 

 目の前で唐突に起きた交通事故。

 意味が分からな過ぎて現実逃避を始めた私を置いて展開はどんどん進む。

 車から景ちゃんを抱えた墨字さんが飛び出してきて、いつの間にか車の上から居なくなっていた透歌が、三点着地をしながら私の横に降り立った。

 

 パッと見3人の服に汚れは無く、怪我もしていない。

 あれだけ勢いよく頭から突っ込んでったのにタフだなお前ら。

 

「ねぇ、透歌。これどういう状況?」

 

「……本当に聞きたいのか?」

 

 何処か呆れながら三点着地の体勢を崩し、膝を庇いながら座り込む透歌。

 あぁ、痛かったのねとその膝を摩ってやりながら、車から飛び出してきた墨字さんたちを見る。

 

「ほらぁ! 事故ったじゃねぇか! お前が暴れるから!」

 

「暴れて当然でしょ! この犯罪者!」

 

「誰が犯罪者だ! 芝居を教えてやるって言ったろ!? 親切だろうが!」

 

「連れ込まれた車の中でね! トーカが教えてくれるからそんなの要らないわよ! それにどう見ても誘拐でしょこれ!?」

 

「違いますぅ! 送迎ですぅ!」

 

 取っ組み合いの喧嘩をしながら声を張り合う景ちゃんと墨字さん。

 その様はまるで、自分の意見が通らなくて怒っている子供同士の喧嘩のようだ。

 そんな二人の会話を聞いているだけで、なんだか頭痛がしてきて空を見上げる。

 

「もう一度聞くぞ。本当に聞きたいのか?」

 

「ごめん、頭痛いからやっぱいいや」

 

 あぁ、今日も良い天気だなぁ……

 

 

 

 

 


 

     

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ナイトカームオブリビオン

 

 


 

 

 

 

 

 夜凪景と取っ組み合う黒山墨字を予定通り一発蹴り飛ばし、さっさと本題に入らせる。

 

 おら、シチューのCM撮影なんだろ、さっさと絵コンテ見せろ。

 俺は一回見ればそれで済むが、夜凪景にはちゃんと覚えさせないといけないからな。

 

「ねぇよ」

 

「あ? ねぇわけねぇだろうが」

 

 阿保な事を抜かす黒山墨字を睨みつける。

 あれがなきゃ演じるものも演じれねぇだろ。

 絵コンテが無くてどうやって撮影するってんだ。

 あれか? 言葉で伝えるのか? お前感覚派の映画監督なのか?

 

 思わず疑問を覚える俺の袖がクイッと引かれる。

 そちらを見れば、雪が一枚の紙を持ってこちらに見せていた。

 絵コンテか? なんだ、ちゃんとあるじゃないか。

 何が無いだ、焦らせやがって。

 

 差し出されたそれを受け取り、軽く目を通す。

 そして一番下まで全て読み終えた時、ようやく絵コンテが無いという言葉に納得がいった。

 その絵コンテには、ひたすら一人の少女がキッチンに立って料理しているシーンしか書かれておらず、俺の登場するシーンは一つとして無かった。

 

「なるほど、俺を使わないのか」

 

「設定が初めて一人でキッチンに立った女の子だからな。仕事で疲れて帰って来る父親の為にたどたどしい手つきでシチューを作る。そんで最後に味見をしながら笑顔を浮かべて終わり。男のお前が出るシーンがねぇんだよ」

 

「父親役も出来るが?」

 

「それも考えたが今回のCMは15秒だ。あまり視点の焦点を分散させて、コンセプトである初めてキッチンに立ったシチューを作ってる少女ってのをブレさせたくはない。となると必然的にお前は使えない」

 

 ふむ、まぁ理屈にはかなっているか。

 一応、そこら辺も考慮に入れた上で父親役も出来ると言ったのだが、無駄に博打をする必要も無いしな。

 そういう事なら仕方がないだろう。

 

 ただ、問題なのは夜凪景だ。

 ちらっと振り返り、スタジオを作る為に奔走しているスタッフたちを興味津々に見ている夜凪景を横目に眺める。

 

「夜凪景は一人で演技をした事があまりない。常に俺と一緒だったからな。その点が少し不安ではあるか」

 

「問題ないだろ。夜凪に父親は?」

 

「いないな。少なくとも俺は顔を合わせた事は無い。必然的に父親に飯を作った経験も無いだろう」

 

「……そうだな、なら夜凪に飯を作って貰った事は?」

 

「それなら結構あるが……父への愛とはまた少し違った演技になるんじゃないのか?」

 

 何処まで行ってもメソッド演技は思い出す演技だ。

 俺の為に飯を作った経験を使えば、当然素晴らしい演技は出来るだろう。

 だが、あくまでそれは俺の為の演技であり、父親の為の演技ではない。

 何時もなら俺がフォローに回る事でカバー出来ているが、今回は夜凪景ただ一人。

 

 経験も無く、カバーも無い。

 そんな状態で演じたメソッド演技がどんなものになるかはお察しだ。

 

「凡人なら騙されてくれるだろうが、勘が良い奴には違和感を持たれる可能性があるぞ」

 

「問題ない。ターゲットはあくまでお前の言う凡人たちだ。それに、それならそれでやりようはある」

 

 よく分からないが、黒山墨字の有能さは既に知っている。

 だから、出来るというのなら出来るのだろう。

 多分。

 

「それじゃあ、生で見せて貰うぞ。お前の育ててきた金の卵を」

 

 

 

 

「父の日にシチューを。新発売のシチューのウェブCMだ」

 

 舞台の上に上がり、制服の上から手渡されたエプロンを身に付ける。

 髪が落ちない様にゴムで縛り、ポニーテールを作って身支度は完了だ。

 

「お前は初めてキッチンに立った少女だ。仕事から帰ってくる父親の為に慣れない手つきで手料理を作ってる。喜ぶ父親の笑顔を思い浮かべながら味見して終わりだ」

 

「……要するに、このスタジオの上でシチュー作ればいいのよね?」

 

「そうだ!」

 

「じゃそう言いなさいよ。話が長いのよ」

 

「あぁ!? やんのか!?」

 

 やらないわ、ただの感想よ。

 トーカなら多分『俺の為にシチューを作れ、後は俺がフォローする』で終わるもの。

 

「喧嘩すんな! ったく。それじゃ景ちゃん。このカチンコを鳴らしたら演じてね」

 

「分かったわ」

 

「それじゃいくよ? テスト! テスト、よーい!」

 

 カチンッ、と音が鳴る。

 演技開始だ。

 

 まずはピーラーを手に取り、ニンジンの皮を剥いて包丁でいちょう切りにする。

 切り終わったニンジンをまな板からボウルに移し、次は玉ねぎの皮を手で剥いていく。

 剥き終えた玉ねぎをまな板に乗せ、手で押さえながら包丁を添えて手前に引くように刃を入れていき……あれ?

 

 ……私、なんで普通に料理しようとしてるんだろう?

 一旦考え出したら止まらず、完全に演技が止まった。

 ……どうしよう、トーカは何処にいるの?

 

 つい癖で周囲を見回し、近くにトーカがいないかを確かめる。

 いつもフォローしてくれていたトーカは今、何処にもいない。

 

 そう、よね。

 今回は私一人の演技だって言ってたものね。

 トーカは何処にもいないんだもの、なら私一人で頑張らなくちゃ。

 

 切っている途中の玉ねぎを今度こそ半分に切り分ける為、包丁に力を入れる。

 そして包丁を前に押し出すように玉ねぎを切って……切って…………そこからどうするの?

 

 ……あれ、一人で演技するのって、どうやるんだっけ?

 

 気付けば玉ねぎに包丁を入れたまま、私は完全に動きを止めていた。

 

 

 

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