あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
その日は文化祭があり、その帰りでの事だった。
「そこの女、ちょっと待ってくれ」
「……」
「お前だ、子供を二人連れてるそこのお前」
「……私?」
ルイとレイの手を引きながら、今日の夕飯の献立を考えつつ家への帰り道を歩いていた私。
そんな私の後ろから少し荒っぽい、しかしどこか嬉しそうな声が掛けられた。
何の用だろうと振り返る。
そこには腰ほどまで髪を伸ばした一人の男性……女性? どっちだろう?
髪の長さからして多分女性、かしら? 女物の服を着ているし……が立っていた。
綺麗な人ね。
「私に何か用事ですか?」
「ああ。演劇、見せて貰った。素晴らしかったよ、本当に」
「そう……ありがとう? でいいのかしら」
「それで少し話があるんだが、いいか?」
ああ、またか。
そう思い、少しだけ肩を落とす。
私の通っている中学校は、今時珍しい文化祭を開く学校だった。
学校もこの文化祭を特別だと感じているようで、一大行事の一つとして数えていた。
そんな文化祭というイベントは、兎に角規模が大きかった。
クラスごとに教室を改造して喫茶店を開くもよし、外に大きなお化け屋敷を作り上げるもよし。
なんなら段ボールで巨大なジェットコースターを校庭に作り上げ、テレビ局から取材が来た事もあるという。
そんな予算以内に金額が収まっていれば何をしてもOKという、祭りの名に偽りのないものだった。
そんな私のクラスは、演劇をすることになった。
体育館を丸ごと借りて、装飾で豪華な舞台と客席を作り上げる。
その壇上で個々、割り当てられた役割を演じる。
私は何故か、気付けばそんな演劇の主役を演じる事になっていた。
しかし、残念ながら私はバイトやルイとレイのお世話で忙しい。
折角の指名ではあるけれど、練習は参加出来そうにないし、それではクラスメイト達に悪い。
なので断ろうとしたのだけれど、それでも彼らは本番だけ出てくれればいいからと引かなくて。
私は仕方なくそれを引き受けた。
一応渡されていた台本には時間があれば常に目を通していたし、個人で練習もしていた。
演劇の内容は夫の浮気と置いていかれる妻、そんな愛憎劇。
……台本の中身に関して少し言いたい事はあったけれど、練習に参加できない私が口を出すのもおかしい。
ルイとレイも私が主役を演じる事を楽しみにしていたし、頑張って台本を読み込んだ。
そして本番。
よく分からないけれど、それなりに良い演技は出来たのだと思う。
演劇が終わったあと、皆口々に
『よく分からないけど凄かった』
『なんか鬼気迫るものを感じた』
『凄すぎてちょっと怖かった』
『なんかエロか』『はいこっち来ようねー』
と概ね好評を貰えたから。
けれど、ここからが問題だった。
『俺と、付き合って下さい!』
『ごめんなさい、子供たちのお世話で忙しいの』
何故か劇を見た人たちに告白をされるようになったのだ。
これ、あれよね? 一緒に病とか他の女の子とか世界とかの色んな障害に立ち向かって、最後は結ばれて幸せになるってやつ。
少し魅力的ではあったけれど、残念ながら私はルイとレイのお世話やバイトで忙しい。
『俺と付き合って、エロい事をして下さい!』
『ごめんなさい、バイトが忙し……えろいこと?』
なので、折角勇気を出して告白してきた人たちには悪いけれど、全て断らせてもらった。
よく分からない告白もあったけれど、多分皆私を好きになって告白してくれたのだろうに……
悪い事をしてしまったわ。
『私と、付き合って下さい!』
『え、あなた女子よね……え?』
何故か女子にまで告白されたのは本当に驚いたけれど。
兎に角、そういった告白が重なり、帰るのが遅くなってしまったのだ。
本来ならもっと早く帰って色んな事が出来た筈なのに……
いくら好意的でも、あまりに多すぎるとうんざりしてくる。
故に、今の私は少しだけ不機嫌だった。
なので、もし告白されたらちょっとガツンと言ってやろうと、そう思った。
そんな私の決意をよそに、目の前の彼女が口を開く。
「お前、どうやってあの演技をしたんだ」
「ごめんなさい、迷惑なの……演技?」
「演技」
そうよね、そうよね……今まで告白なんてされた事無かったものね。
あの告白の嵐も、所詮は文化祭による気の迷いだったんだわ……
じゃなきゃ女子まで告白してくるわけないものね……
どうやら告白のされ過ぎで自意識過剰になっていたらしい。
思わず顔を赤くしてしまった。
それを見た彼女が僅かに首を傾げる。
しまった、早く答えなきゃ。
「あの演技に関してはよく分からないわ。自分でも必死過ぎてよく覚えていないの」
「じゃあ最近悲しかったことや怒りを覚えた事は?」
「は?」
えと、どういう事かしら?
最近あった悲しい事や怒りを覚えたこと?
「……なんでそれを聞くの?」
「あの演技には負の感情が込められていた。なんで来ないの、なんで一人にするの、ってな。その割に自前の感情って感じではなく、何処か遠くから眺めてる。親にでもなんかあったか」
「あなたに言う必要なんかないわ」
一瞬で脳内が怒りに染まった。
目の前の女を荒れ狂う感情のままに睨みつける。
自分でもかなり怖い顔をしている自覚はあった。
それでも彼女は蕩けた艶っぽい表情を崩さず、此方を眺めていた。
ああ、憎い。
目の前の女も、あの男も、全てが憎い。
なんでなんでなんでッ……お母さんは……
「っいたいよ、おねーちゃん!」
「え、あっ、ごめっ」
レイに痛みを訴えられ、慌てて手を離す。
離された手を痛そうに摩りながら、レイが目の前の彼女を指差した。
「そっちのおねーちゃんも、へんなこといわないで!」
「ん、ああ、すまないね。つい感情が昂ってしまった」
ぷんすかと怒っているレイに頭を下げる彼女。
そして頭を上げ、此方を向いた彼女は再び口を開いた。
「君も、すまなかったね」
「いえ……」
「実は俺も最近、と言っても1年前か。1年前に事故で両親を亡くしてね。今は義理の姉に世話になっている」
出会い方が出会い方だっただけに、少しだけ彼女に苦手感情を抱き始めていた私。
そんな彼女がぽつりと零した言葉に、思わず彼女を見つめた。
彼女は少しだけ、本当に苦しそうな顔をして胸を抑え、更に言葉を続ける。
「今でもその時の感情が上手く整理出来なくてね。前から迫る光、横転した車。少しだけ水没した車に、水に浮かぶ桜の花びら。少しずつ浮かぶ朝日に、凍えそうな冷たい空気……あの時の事が未だに脳裏によぎる」
そこまで語ると、目を閉じた。
そして感情を整理するかのように、深呼吸をして胸から手を離し、目を開けた。
「だから演技であれだけ悪感情を出しておきながら普通にしている君に聞きたかったんだ」
「何を?」
「どうやってその感情を整理したんだ、って。それを聞けば、俺も君みたいに前に進めるんじゃないかって、そう思ってたんだ」
「……ごめんなさい」
「いや、いいさ。さっきの顔でなんとなく悟ってた。君もまだ、整理出来てはいないんだな」
そう言って、彼女は再び頭を下げた。
「本当に、すまなかった」
「いえ、いいのよ。あなたも苦労してたのね」
「親がいなくなっても、その子たちを自分の手で必死に守ろうとしてきた君よりはマシさ」
それを聞いて、少しだけ心が痛んだ。
母さんが死んで、あの男がいなくなったあと。
私はずっとこの子たちを放置していた。
映画を見て、現実から逃げて。
この子たちに気を使えるようになったのもごく最近。
それまでこの子たちは必死に現実逃避をしようとする私に話しかけて助けようとしてくれた。
だから、私はこの子たちを守ってきたわけではない。
むしろ、守られて助けられてきたのは私の方。
それなのに彼女はまっすぐな尊敬の瞳で私を見つめる。
その目に、なんだか嘘を吐いている気分になって胸が苦しくなった。
「……私は」
「でしょでしょ! おねーちゃんはすごいのよ!」
「ずっとぼくらのためにはたらいてくれてるんだぞ!」
「あっ……」
本当のことを告白しようとしたその時、ルイとレイが大きな声で私の言葉をかき消した。
「そうかそうか、お前らのおねーちゃんは凄いな!」
「でしょー?」
「じまんのおねーちゃんなのです!」
少しだけ、胸が軽くなった。
まだ気持ちは整理出来てはいない。
それでも、なんだか許されたかのような気分になって気持ちが軽くなった。
そんな心地よい感覚に浸っていると、ルイとレイと笑い合っていた彼女がこちらを向いた。
「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。ホントに、悪かったな」
「いえ、大丈夫。少しだけ、気持ちが軽くなったから」
「……そっか、それは良かった。じゃあ」
「ええ、また今度、会う時があったら話しましょう」
私のその言葉に少しだけ笑みを浮かべ、彼女は振り返る。
そしてそのまま歩き出した。
……その背中は、どこか寂しそうで…………
「ッ、待って!」
思わずその背中に駆け寄り、その手を掴んだ。
唐突に腕を掴まれた彼女は、驚いたような顔をして振り返る。
「えと、その……」
「……慌てないで良いから、ゆっくり話して」
「うん、その、えっと、今日! 一緒にお夕飯、食べないかしら?」
「えっと、それはどういう……?」
困惑しながら首を傾げる彼女。
いや、そうよね! 当然よね! 急に誘われても困るわよね!
「その、少し寂しそうだったから……少しでも一緒にと思って……迷惑よね! ごめんなさい! この話は無かったことに」
「いや」
慌てて離れようとする私の腕が優しく掴まれた。
彼女を見れば、少しだけ笑みを浮かべ、どことなく嬉しそうな顔をしていた。
「御相伴に預からせてもらうよ」
「そ、そっか! じゃあ行きましょう!」
「ああ、ありがとう」
手を繋ぎ直し、歩き出す。
私の腕にはルイが、彼女の腕にはレイが手を繋ぎ、横一文字になって並んで歩く。
会話をしながら、私の演技の感想を言い合いながら帰る。
少し軽くなった心は、そんな和気藹々とした空気を素直に取り込み。
久々に心から楽しいと思う事が出来たのだった。
「そういえばおねーちゃんってどんなおなまえ?」
「俺か? きさらぎ……いや、柊透歌だ」
「柊透歌……綺麗な名前だわ。私は夜凪景、この子たちはルイとレイ」
「……そっか、ありがとな、夜凪景」
「景でいいわ、透歌」
初めてのお友達に少し浮かれながら、名前を呼んでみる。
彼女は目をぱちくりと瞬かせてから、少しだけ笑みを浮かべた。
「そっか、よろしくな、景」
「ええ、よろしく、透歌」
「あと一つ言いたかったんだがいいか?」
「なにかしら?」
「……俺は男だぞ?」
「「「…………えぇぇえぇぇえええ!!?」」」
これが私とトーカの出会いだった。
この後、彼は私の家で私と一緒にご飯を作り、ご飯を食べ、そしてルイとレイに引き止められて一泊していった。
それから彼は、家には義姉があまり居なくて寂しいからと、ちょくちょく私の家に来るようになった。
一緒に出掛け、一緒に遊び、ルイとレイのお世話をしてもらった。
バイトをしているのは生活が苦しいからだと知れば、見た事のない大金を渡そうとされた事もある。
思わず腰を抜かして流石にそれは貰えないと断ったのだけれど……
お金を断られた彼は、その後インターネットの回線を引いてきた。
透歌が書いた設定通りに私が演技をして、その拙いところを透歌にカバーしてもらう。
そうして撮った動画をYouTubeに投稿していった。
最初はよく分からなかったけれど、少しすると人気が出て仕事が来るようになった。
そうして得た沢山のお金を私に差し出しながら、透歌は言った。
「ほら、お前の分の報酬だ。この金があればバイトせずに済むだろ」
そう言って彼は笑った。
この時、少し心がぽかぽかしていたのを覚えている。
ルイとレイがニヤニヤ笑いながらこっちを見てた事も。
あとでこの気持ちが恋だと知った時は暫くトーカの顔を見れなかったなぁ……
包丁を握り締めたまま俯く。
涙が目に浮かび、零れていくのが分かる。
ああ、トーカ。
やっぱり私にはあなたがいないと駄目だわ。
あなたがいないと、私は何も出来ないもの。
ああ、トーカ。
お願いだから姿を見せて。
あなたがいれば、私はなんにでもなれるもの。
だからトーカ。
……たすけて