あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
そういう作品じゃないので当たり前なんですが、殴ったりノリと勢いだったりで問題を解決出来たりはしないので、中々書くのが難しいですね。
まぁそれを考えるのが楽しいから別にいいんですが。
雪がカチンコを鳴らすと共に、黒山墨字に手を引かれた。
その手を解くことも出来たが、何か考えでもあるのだろうと考え、抗う事をせず素直に連行される。
そしてスタジオの外まで俺を連れてくると、黒山墨字は手を離して座り込み、壁に手を掛けて覗き見るように夜凪景の演技を観察しだした。
正直黒山墨字が何を考えているかは全く分からない。
分からないが、この男が何を見せてくれるのか、それに興味が出てきた。
故に、俺も壁に手を掛け、黒山墨字の下からちらりと顔を出して覗き見をする事にした。
そして夜凪景の演技が始まる。
……けどあれ演技じゃねぇな、ただ料理してるだけだ。
手際こそ良いものの、今回のコンセプトは初めてキッチンに立った少女。
パパっと手際よく料理をする事はそのコンセプトに逆らっている。
更に言えば、あれ自分が今何をしてるのか理解してないな。
どんなふうに演技をすればいいのか分からないから、取り敢えず手を動かしているといった風だ。
なんで黒山墨字はこれを見て夜凪景の演技を止めない?
何か考えはあるんだろうが……いまいちその考えが読めない。
演技ですらないただの調理は進んでいき、玉ねぎに包丁が添えられた。
腕に力が入り、玉ねぎに包丁が入れられ……夜凪景の動きがそこでピタリと止まった。
つい先ほどまで魔法でも掛かったかのように忙しなく動いていた体はピクリとも動かず、まるで石になったかのように立ち止まっている。
そして棒立ちのまま、辺りをきょろきょろと見回し、不安げな顔を浮かべた。
その顔はまるで……
「迷子の子供みたいだ、か?」
上から出された茶々に顔を顰める。
ニヤニヤと笑う黒山墨字にひらひらと手を振り、話を促した。
「動画、見てきたぞ」
「感想は」
「経験上見れば分かる。確かにあいつは歴史に名を残す役者、その原石だ。ただお前以上かって言われると微妙なところだが」
それに関しては仕方ない。
俺が投稿している動画には、あの時の夜凪景の片鱗は微塵もない。
言ってしまえば牙の抜けた猟犬だ。
今の夜凪景は所詮ただの餌を待つ飼い犬でしかない。
「ふぅん? そしてそんな腑抜けにしていた事に今気付いたってところか」
「いや、気付いてはいた。少しずつだが夜凪景から牙が抜けている事はな。だが演技の技術自体は体が覚えている。そしてメソッド演技は体さえ動けば演技が成立する演技法だ。それが俺がいないだけであそこまで崩れるとは思わんだろう」
「そうかぁ? 俺はなんとなくこうなるだろうと思ってたけどな」
「……どういう事だ?」
俺の頭に顎を乗せている黒山墨字を見上げる。
あとこの体勢で喋られると頭に衝撃が響いて痛いからやめろ。
「つまりだな。お前、あいつに依存されてんだよ」
「依存されるような心当たりは無いが」
「ほーん? じゃあちょっとお前今まで夜凪にしてやった事言ってみろ」
今まで夜凪景にしてやった事? 飯を作る、とかそういう事じゃないよな。
ふむ……
「怨霊のようだった頃の夜凪景に共感を与えたとかか?」
「その話すげぇ気になるけど今はいいか。まぁそういうのだ」
こういうのか。こういうのだったら山ほどあるぞ。
そうだな……
「バイト三昧だった夜凪景に演技の仕事をさせてバイトを辞めさせたな。あとは暇さえあればどっか遊びに連れて行ったし、何か困った事があればすぐに対応してやったか」
「ほーん、他には」
「飯の作り方や家事の仕方を教えたりしたな。双子の面倒を見たりもしたし、割と寂しがり屋な夜凪景を一人にしない様になるべく傍にいてやったりもした」
そうして共に過ごしていくたび、少しずつ夜凪景から牙が抜け、夜凪景は腑抜けになっていった。
その様は見ているだけで腸が煮えくり返りそうな程に心の底から不愉快であった。
これならば関わらずにいた方が良かったかと、今からでも距離を取ろうかと頭を悩まされた。
ただ、夜凪景の演技自体は研ぎ澄まされていった。
牙が抜け、腑抜けになり、されど夜凪景のメソッド演技は次々と色を付けていった。
憎悪に塗り潰された感情に笑顔が加わり、陰鬱な性格に社交性が生まれた。
不毛の大地に生えた感情は、確かに夜凪景の演技を磨き上げていた。
いつからか、これはこれでいいかと思い始めていた自分がいた。
メソッド演技で壊れないのなら、地道にでも夜凪景の才能が磨かれていくのなら。
少し惜しくはあるが、それもいいかと。
次第に夜凪景は自分から俺に近づき始めた。
自分から遊びに誘う様になり、俺にあまり家事をさせなくなった。
家にも入り浸る様になって雪と顔を合わせ、意気投合して合鍵を託された。
最近は行き過ぎていたが、別に引っ付かれるのも珍しい事ではなかった。
俺と共にいるだけで感情を溢れさせ、いつしか双子よりも俺を優先するようになった。
双子もそれを止めるどころか後押しし、その結果暇さえあれば俺の傍にいるようになった。
まるで、俺と共にある事だけが幸福であるかのように。
……そこで思考を断ち、上を見上げた。
相も変わらず、黒山墨字はムカつくにやけ面でこちらを見下ろしている。
そして黒山墨字は、もう一度確認かのするように、ぽつりと零した。
「で、どうよ」
「依存だな、これ」
夜凪景は俺に依存していた。
俺がその事を理解したと見るや、黒山墨字は立ち上がってスタジオに戻った。
俺もそれに付いていき、スタジオの中へと入る。
「あ、今までどこ行ってたんですか墨字さん! もう演技始まってますよ! ……今はちょっと、止まっちゃってますけど」
「あー、カットだカット。一旦役者を休ませる」
雪の持っているカチンコを奪い、適当にカチンカチンと鳴らす黒山墨字。
その音に気付いて夜凪景が顔を上げた。
そして俺を見つけると、握り締めていた包丁を放り出し、真っ直ぐこちらに走って来て飛びついてきた。
その勢いをくるりと回転して受け流し、足から地面に下ろして立たせる。
俺の肩に顔を埋め、静かに嗚咽を漏らし始める夜凪景。
慰めるために髪でも梳いてやろうと手を頭に持っていく。
そしてポンッと頭に乗せた手が、黒山墨字によって即座に叩き落とされた。
何の用だ? と黒山墨字を見れば、奴は何処か呆れたような顔をしてこちらを見ている。
「おいおい、さっきその話をしたばかりだろうが」
「……なるほど、気付かなかったな」
こうやって夜凪景は俺に依存していったのか。
ようやく理解したとうんうん頷いていると、黒山墨字が更に顔を呆れさせる。
「お前もうちょっと感情の機微ってのを知ったらどうだ?」
「幾つかそういった物は見たぞ? だがいまいち自分の物に出来なくてな」
俺の才能はあくまで目の前にある全てを自分の物にする才能だからな。
目に見えないものはどうしようもない。
例えばだが、この間の黒山墨字の酒の飲み方から好みを察するといったような事は出来る。
事実としてそこに存在する要素を組み立てて、恐らくはこうだろうという答えを出してるだけだからな。
だが、その時々で何が要因となって何故コロコロと変わるのかも分からないものに答えなど出しようもない。
だからこそ、俺は感情の機微というものを察する事が出来ない。
映像や漫画などの媒体で、実際に流れの一部として感情が描かれていれば理解は出来るし、美しいとも思うんだが。
「柊め……これに気付かなかったのか……?」
「雪は別に悪くないさ、特に言った事も無いし、察知される様な事もしていない。それにこれはあくまで俺の問題だ。別に治す気も無いがな」
別にこれがなにか問題となっている訳でもないしな。
……いや、夜凪景に依存されているな。
問題が起こっているじゃないか!
「これは……至急感情に関しての理解を深めないといけなそうだな」
「その時点で遠ざかってる気がするが……まぁいい、今は夜凪だ」
びくりと夜凪景が体を揺らす。
そして俺の肩でぐりぐりと目を擦り、顔を上げた。
その目は赤く充血しており、少し目も腫れている。
「なにかしら」
「お前、役者になる気あるか?」
先の演技の失敗を責められていると思ったのか、再び俯きだす夜凪景。
「安心しろ、別に責めようって訳じゃない」
「……そうなの?」
「ああ。ただ言いたいのはな、役者になるなら小僧とずっといる事は出来ねぇって事だ」
首を傾げる夜凪景。
俺はなんとなく黒山墨字が言いたい事は察したが、教えずに黙っておくことにする。
というか、黒山墨字が視線で教えんなと言ってきているしな。
「役者になるなら当然一人で演技をする事も、小僧と同じ現場に入れない事だって珍しくはない。お前、それ嫌だろ?」
「……そうね」
「だからお前に2つの選択肢をやるよ。好きな方を選べ」
「選択肢?」
「ああ、まずは役者になって独り立ちする道だ。一人で演じる事が多い代わりにお前の成長も早い。お前の成長を期待する小僧からしたらこっちの方が嬉しいだろうぜ」
指を一本立て、選択肢の説明を始める黒山墨字。
一つ目は役者になる道。
1から10に、10から100になれる道だ。
ただし、当然道は険しく、躓くことは1度や2度では済まないだろう。
「次に、永遠に小僧に引っ付いてく道だ。いつでもどこでも好きに小僧と演技が出来るぞ。ただ、お前の成長は遅い。まぁ今までと同じことを続けてくって事だな」
二本目の指を立て、説明を続ける黒山墨字。
2つめは俺とYouTuberを続けていく道だ。
1から2へ、2から3へと、少しづつ進んでいく道だ。
今までと同じく、ぬるま湯に浸かり、苦労などせず楽しく過ごせるだろう。
「さあ、選びな」
「そんな急に言われても困るのだけれど……」
「どっちを選んでもお前は得しかしねぇから安心しろ。なんなら後で変える事だって出来る。そう気負わずに気楽に選べ」
「…………」
ぎゅっと手を握り締め、胸に当てて俯く夜凪景。
そうして暫くの間、静かに立っていた夜凪景が顔を上げ……目を開いた。
黒山墨字を見つめるその目には迷いはなく、強い意志が込められていた。
何かを決め、覚悟した者の目だった。
「決めたわ」
「そうか。で、どうする?」
「私は……」