あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ   作:白髪ロング娘スキー

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act21 いたずら天使

 

 

 駅の改札から出た俺を、燦燦(さんさん)と降りしきる太陽が照らす。

 顔の前に手を(かざ)してそれを(さえぎ)れば、手の隙間から僅かに金粉の様な光が零れた。

 空に雲は無く、ガラスの様に澄み切った美しい青が何処までも広がっている。

 

 クソッタレと叫びたくなるくらい良い撮影日和だ。

 こんな素晴らしい天気の下ならば、心地よく今日の撮影を始め、そして終わらせられるだろう。

 

「どうかした?」

 

 こいつさえいなければの話だが。

 

「どうかした? じゃない。もう駅からは出たんだ、暑苦しいからその手を離せ千世子」

 

 顔の前に翳していた手を下ろし、千世子が俺の腕に絡めている手を剥がしにかかる。

 しかし、無駄に技術を駆使した無駄のない無駄な動きにより中々手は剥がれない。

 本気で剥がしにかかれば向こうから遠慮して手を離すのだろうが……

 

「夜凪景といいお前といい、最近は他人に抱き着くのがブームなのか?」

 

 夜凪景は接吻未遂事件があったからまだ分かる。

 だが千世子、お前はなんで抱き着いてくるんだ?

 お前と会うのは子供の時以来だし、そんな楽し気に抱き着くような理由も無いだろう?

 

「君の事が好きだから、って言ったらどうする?」

 

「ありえんな。俺達はそんな関係ではなかった」

 

「…………」

 

 千世子の下らない発言を一蹴する。

 その程度の挑発で俺を揺さぶれると思っているのか?

 というか、むしろお前は世間に俺と比べられて俺の事を苦手にしていただろう。

 

 そう言うと、固まっていた千世子がにっこりとほほ笑んだ。

 

「じゃあ秘密って事で」

 

 前を向き、歩き出す千世子。

 その手は変わらず人形でも抱きしめるかのようにしがみついたまま、少し背伸びをして俺の肩に頬を擦り付けている。

 かなり歩きづらいだろうに、どうしても離すつもりはないらしい。

 

 さて、どうしたものか。

 諦める事も選択肢の一つに入れ始めた時、ぐるんと勢いよく千世子の首だけがこちらを向いた。

 まるで怨霊の様な動きに思わず体が跳ねる。

 

「な、なんだ?」

 

「いや、さっき夜凪さんの事フルネームで呼んでたなって思って。配信じゃ名前呼びだからさ」

 

「あ、あぁ……その事か」

 

 疑問に思ったのなら口で聞け。

 驚くから唐突におかしな挙動をするんじゃない。

 

「で、名前呼びだったか? それに関してだが、夜凪景と呼ぶと無視されるか訂正が入るんだ。だから仕方なくそう呼んでる」

 

「ふぅーん? なるほどね」

 

 前を見た千世子が一瞬何かを考え、そして再び此方を向いた。

 マスクで隠れた顔は目だけが見えていて。

 その目はいたずらっぽく笑っていた。

 

「じゃあさ、これから私のこと、子供の時みたいに呼んでよ。そしたら手を離してあげる」

 

「子供の時? ……ああ、あれか。だがその名前で呼ぶなといったのはお前だぞ」

 

「今は呼んで欲しい気分なんだよ」

 

 どんな気分なんだそれは?

 

「いいからいいから。ほら、さんはい!」

 

「……分かったから離せ、ちぃ」

 

「んふふー、懐かしいなぁその呼び方」

 

 数年ぶりに呼ぶその名前に、千世子は満足そうに笑い俺の腕から手を離した。

 太陽の光と千世子の体温に挟まれた腕は少し汗をかいており、どうにも不快だ。

 袖を捲り、ポケットからハンカチを取り出してさっと拭く。

 

 そうして綺麗にした腕が、再び千世子に掴まれた。

 先程とは違い、今度は互いの指がきっちりと絡められており、腕を交差させるようにして組まれている。

 

 更に千世子が着ていた水色のカーディガンはいつの間にか脱がれており、繋いでいない方の腕に丸めて抱えられていた。

 それによってお互いの素肌が触れ合い、千代子の生温い体温ともっちり吸い付いてくる肌の感触が腕一杯に広がる。

 正直少し気持ち悪い。

 

「……おい」

 

「あ、今度はいじわるじゃないよ? こうしてないと君はどこで迷子になるか分からないから」

 

「俺を誰だと思ってる、そう簡単に道に迷ったりする訳ないだろう」

 

「そうかな? いちご狩りの撮影をしている最中に突然姿を消して、1kmくらい離れた場所で見つかったのは誰だったっけ?」

 

 思わず口を噤む。

 それを言われてしまえば勝てない。

 渋い顔をする俺を見て勝機と悟った彼女がにんまりと笑って言葉を続ける。

 

「他にも色々あったよね。テレビ局の中で迷子になって複雑すぎるテレビ局が悪いって言い放ったり、幼稚園児の作った迷路の中に入って1時間くらい出てこなかったり」

 

「あーはいはい俺の負けだ、好きに繋いでろ」

 

「わぁ嬉しい。でも残念だけど誰かに見られたら大変だし離すね」

 

 あれだけ執着していた癖に、突然掴んでいた手を離して距離を取る千世子。

 そんな彼女の様子に思わず首を傾げた。

 

「どうしたんだ、突然」

 

「んー? だって撮影場所に着いたし」

 

「は?」

 

 周囲を見渡し、空を見上げる。

 そこには撮影予定地として知らされていたビルの名前が書かれた看板があった。

 

 何時の間に……

 

「気付いてなかったでしょ?」

 

 得意げに出された声に彼女を見れば、彼女はマスクを下げて帽子の鍔を摘まんで持ち上げながら、いたずらが成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。

 そんな笑顔を見て嵌められた事に気付き、頬が引き攣っていく。

 

「私が付いてて良かったね?」

 

 スマホで調べながら行けば迷ったりしなかったし……

 渋面を浮かべつつそんな言い訳をする俺を見て、彼女は楽し気な笑い声を上げた。

 

 

 

 

 


 

     

act21        

        

初恋レモン水

 

 


 

 

 

 

 

 私服からピシッとした皺一つ無いスーツに着替え、ネクタイを締める。

 膝丈まである髪の毛を掻き上げて後ろに回し、簡単に団子状にして纏めて余った部分は後ろに垂らし、ポニーテールの様にすれば準備は完了。

 あとは撮影直前に見慣れた巨大カメラを頭に嵌めれば映画泥棒の完成だ。

 

 更衣室から出て撮影用テントに入り、椅子に座る。

 周囲には同じくスーツを着て赤色灯頭を抱えた共演者たちで溢れていた。

 どいつもこいつもパタパタと手を振ってスーツの中に風を送り込んだり、結露の浮いた冷たいスポーツ飲料を飲んだりして体を冷ましている。

 まぁ日陰にいるとはいえ、この雲一つない快晴の中、太陽の光を吸い込んで逃がさない黒のスーツなんぞ着ていれば当然か。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 先程千世子がさりげなく行っていた自然な呼吸で体内の熱を調整する技術。

 それを見様見真似で行い、上がりそうになる体温を下げていると突然後ろから声を掛けられた。

 振り向けばそこには飲料水が詰まったペットボトルを持ったスタッフらしき女が立っており、なにやら指と指を合わせながらモジモジと体をくねらせている。

 

 ……暑さで頭がおかしくなったか?

 目の前の女スタッフの頭を心配し始めたその時、ん! という謎の掛け声と共に女スタッフが持っていたペットボトルが目の前に突き出された。

 

「……ありがとう?」

 

 差し出されたペットボトルを受け取る。

 感謝の礼を返せば、女スタッフは無言で頷いて駆け足で去っていった。

 そして遠くにいる女スタッフ達と合流すると、なにやらきゃいきゃいと嬉しそうに小声で騒ぎだす。

 

 よく分からないが、折角の好意だしありがたく飲ませてもらおう。

 結露の浮いた冷たいペットボトルのキャップを開け、飲み口を近付ける。

 そして飲み口と俺の口が触れそうになったその時、唐突に伸びてきた白い腕がペットボトルを取り上げた。

 

「ん、んく、ん、ぷふぅ……飲んだ事なかったけど、結構美味しいねコレ」

 

 未だ変装姿のまま、マスクを下げて俺から取り上げたペットボトルに口を付け、ごきゅごきゅと飲んでいく千世子。

 全然気づかなかったな、いつの間に俺の傍まで来てたんだこいつ?

 

 疑問に思う俺を置いて千世子はぐいぐいと飲み進め、返すねと言われた時には既に満杯まで詰まっていた飲料水は半分ほどにまで減っていた。

 こいつめ……

 

「おい千世子」

 

「さっきなんて約束したっけ?」

 

「……此処に居ていいのか、ちぃ」

 

 返されたペットボトルに口を付け、中の飲料水を飲む。

 口の中に僅かに残るしゅわしゅわとした炭酸と、その中にわずかに含まれたレモンの酸っぱさが心地よい。

 喉を流れていく弾ける液体に目を細めながら、その感覚を楽しむ。

 確かに美味いな、これ。

 

「私の出番まで時間はあるからね。正直暇なんだ」

 

「そうじゃなく……まぁいいか」

 

 周りにいるのは共演者だしな、バレてもそこまで問題はないだろう。

 

「それにしても、やっぱり君ってモテるんだね」

 

「まぁ顔が顔だからな」

 

「それにそのペットボトル。多分あの子の自腹じゃないかな? ほら、他の人の飲んでるのと違うし」

 

 周りにいる共演者やスタッフを見る。

 言われてみれば、そいつらが持っているペットボトルは揃って同じメーカーのスポーツ飲料だった。

 ペットボトルの形まで同じという事を考えれば差し入れの物なのだろう。

 確かに俺の持っている炭酸レモン水とは違う。

 

「後でもう一度礼を言いに行っておくか」

 

「行かなくていいよ」

 

「む? そうか?」

 

「うん、もしその様子がこっそり撮影されてたりしたら面倒だからね。それにこういうのは顔が良い役者と仲良くなりたいアルバイト達の常套手段だし」

 

 その言葉にはやたらと実感が籠っていて、あ、こいつやられた事があるんだなとなんとなく察した。

 まぁそういう事なら行かない方が良いのだろう。

 俺が芸能界に居た頃はこんな遠回しなやり方をする奴はいなかったから勉強にはなったか。

 あの頃は直接媚び(へつら)いに来るか、陰でこっそりと賄賂を渡そうとする奴しかいなかったからな。

 

 っと、監督が大きな声を上げ、共演者たちを集め出した。

 そろそろ撮影が始まるらしい。

 

 ペットボトルの中身を全て飲み干し、キャップを締める。

 そして椅子に置こうとして、目の前に手が差し伸ばされた。

 

それ、私が捨てとくよ

 

「ん、悪いなちぃ。任せるぞ」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 千世子に見送られながら、巨大なカメラ頭を抱えてテントから飛び出す。

 笑顔で手を振る千世子は、何故か最後まで中身の無いペットボトルを大切そうに胸に抱えていた。

 

 

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