あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ   作:白髪ロング娘スキー

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Fate/stay night [Heaven's Feel]Ⅲ.spring songを見に行った時に流れてた映画泥棒のパルクール映像。
あれ見てずっと使いたいなーと思ってたんですよね。
使えてよかったです。




act22 走れ! 映画泥棒

 

 オー君に預けられた空のペットボトルをバッグにしまい、椅子に座る。

 先ほどまでオー君が座っていたせいか、椅子のシートはほんのりと温まっていた。

 その温もりがなんだか嬉しくて、足をプラプラと揺らして遊ぶ。

 

「ふふふ」

 

 会えた会えた、ようやく会えた!

 彼が事故に遭ってからは一度も連絡出来なかったからね。

 電話をしてもメールを送っても反応の一つも無くて落ち込んじゃったっけ。

 演技にも身が入らなくて天使としての仮面を付けれなくて暫くあらゆる媒体に出演NGの自宅待機がかかった事もあったかな。

 

 そんな彼を再び見つけたのは何とか再びスターズの天使として軌道に乗り始めた頃。

 いつも通り、観客(たにん)の望む私を作るためにエゴサーチをして統計の修正をしている時だった。

 現在のTwitterのトレンドを確認していると、夜凪の夢というYouTuberが人気になっている事を知った。

 

 そして丁度、そのYouTuberがそろそろ配信を始めるとの事で、息抜きも兼ねて試しに見てみる事にしたのだ。

 何故見てみる気になったのかは自分でも分からない。

 演技の素晴らしさについて呟かれている事に興味でも引かれたのだろうか。

 兎に角、自分でもよく分からない内に私は彼らの配信を視聴する事を決めていた。

 

 そうして始まった配信は、黒髪で覆われた謎の物体が真っ白なキッチンに立っているというカオスな絵面から始まった。

 よく分からないが、視聴者たちはその物体の事をヨナキチと呼んでいるらしい。

 

 そして数分の雑談とコメント返しののち、ヨナキチの調理が始まる。

 まるで魔法の様に包丁を操り、空中すらもまな板代わりにして踊る様に材料を切っていくその姿。

 フライパンで材料を焼く際に揺れる髪の隙間から見える真剣な表情。

 宙で切った材料をボウルで受けて脇に滑らせたり、フライパンを振って空高く舞った炒飯をフライパンで受けずに皿に受けて直接盛り付ける。

 

 当然パフォーマンスも含んでいるであろうそんなスタイリッシュな調理。

 そんな技が流れる画面は、ちょくちょく揺れたりブレたりでとても見辛い。

 それでも、その撮影をしているのであろうカメラマンに対しての不満などは不思議と湧かなかった。

 

 恐らく、そのカメラマンが調理している者の魅力というものをしっかりと理解した動きで撮影をしていたからなのだろう。

 その配信は多少見辛くとも、カッコいいシーンなどはちゃんと一番綺麗に映る位置とカメラワークで撮影されていた。

 この人凄いでしょう、カッコいいでしょうと自慢したがる純粋な子供の様なカメラワーク。

 撮影の現場でやれば思わず眉を顰められるであろうそのカメラワークは、ことこの配信という場では限りなくピッタリとハマり、見ているこちらに微笑ましい気持ちを抱かせた。

 

 そして調理が終わり、試食タイム。

 二つ用意された皿がテーブルに置かれ、その片方の前に座るヨナキチ。

 髪に覆われたその顔でどうやって食事をするのだろうと考えていると、ヨナキチは作った炒飯をスプーンで掬いながら、邪魔な髪を指で掻き上げて耳に乗せた。

 

 妙にドキドキとさせるその艶めかしい動きに少し恥ずかしくなり、思わず目を逸らす。

 その視線を逸らした先にあったものを見て、私はまさかと目を見開いた。

 首元にうっすらと浮いた裂傷、見覚えのあるその形にヨナキチの顔を見る。

 髪の隙間からうっすらと見えるその紫色の瞳に、私はようやくヨナキチ=オー君である事に気が付いたのだ。

 

 とはいえ、それで特別私が何かをする事は無かった。

 正直に言えば、すぐにでも会いに行きたかった。

 でも、彼は今の環境で十分楽しく生活しているようだし、そもそも彼を裏切った私が何かを言う資格は無いと思ったからだ。

 やってもせいぜい一視聴者としてコメントをしたり、お金を投げたりゲームをしている時に参加してみたりといった程度。

 

 それが崩れたのが今回の撮影。

 別事務所の女優が急遽出られなくなり、代わりとして手の空いていた私が参加した。

 彼が出演していると知ったのは、既に受けた後のことだった。

 

 正直、会いに行こうか最後まで迷っていた。

 彼は興味がないものに対してはとことん冷たい。

 もし彼が私の事を覚えていなかったら、興味を失っていたら。

 現在の彼は夜凪景という存在に執着している事もあって不安は尽きなかった。

 

 そうして迷いに迷い、迷った末に私は送迎を断った。

 もはや後には引けない。

 前日に彼が言っていた電車に乗り込み彼を探す。

 

 そんな緊張に包まれた再会は、思ったよりもあっさりしていた。

 

 彼は私の事を覚えていた。

 なんなら子供の時に呼び合った渾名まで。

 抱き着けば鬱陶しそうにはしていたものの、強く引き剥がす様な事はしなかった。

 話しかければ昔の様にちゃんと受け答えをしてくれたし、言葉に棘が混じる事も無い。

 

 一気に肩の荷が下りた気分だった。

 喜びのままに恋人繋ぎをしたり、さりげなく間接キスを仕掛けてみたり。

 好きかどうかの話をした時に、ありえないって即答されたのは少し傷ついたけどね。

 

 そんな浮かれ切った私の耳に、監督のアクション! の掛け声が響く。

 カチンコが音を鳴らし、それと共にポップコーンを抱えたカメラ頭が走り出した。

 まだどれくらいの速さで走ればいいのかが分からないのか、追いかける赤色灯頭を少し引き離し始めている。

 そんな彼にAD(アシスタントディレクター)がカンペでもう少し遅く! と指示を出す。

 

 少し速度を調整した彼が、今度は別の赤色灯頭に追いかけられて路地裏に入っていく。

 もはや目では見えなくなってしまい、撮影中のカメラ映像を確認する。

 所々に置かれた障害物を、軽々とした身のこなしで躱しつつ走る彼。

 

 そして今度は調整し過ぎたのか、赤色灯頭に追いつかれそうになり、彼が横の壁に向かって跳躍する。

 その足が壁に着いた瞬間、彼は壁を蹴って空中で一回転しながら、手を伸ばす赤色灯頭を躱してその頭上を飛び越え、横の道へと入っていく。

 

 そのまま走り、ビルの中に入った彼が左右の階段の壁を蹴りながら勢いよく駆け上がっていく。

 もはや赤色灯頭どころかカメラマンすら付いていけず、続きは屋上に待機している者達に託された。

 物凄い勢いで階段を駆け上がり、1分もかからず5階建てのビルの最上階まで登り切り、屋上へと出た彼を待機していた者達が追いかける。

 

 屋上に設置されたパイプや換気口を躱しながら彼が進む。

 だが屋上は狭い。すぐに道は無くなり、ビルの端まで追い詰められ……彼がビルから飛び降りた。

 思わず座っていた椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、カメラを見つめる。

 

 画面の中の彼は落下しながらくるくると回転していき、そして大量に敷かれていたマットの上に三点着地を決めた。

 すぐさま彼はマットから飛び降り、頭にかぶったカメラを弄りながら不思議な踊りを踊りだす。

 そんな彼の周りに大量の赤色灯頭が群がり、逃げ道を失った彼は羽交い絞めにされて拘束され、手首に手錠を付けられて逮捕されたのだった。

 

「カット!」

 

 監督の声が大きく響き、そこでようやく自分が息を止めていた事に気付いた。

 慌てて肺に空気を取り込み、そしてある程度気持ちが落ち着いてきた頃に椅子に座り……先ほど自分で蹴り飛ばしたことに気付かず、地面に尻もちをついた。

 

「いたた……」

 

 あはは、間抜けだなぁ私。

 ……カッコよかったなぁ、さっきのオー君。

 流石にビルから飛び降りた時は心臓が止まりそうになっちゃったけど。

 

 手をついて立ち上がり、お尻に付いた埃を払う。

 そしてどこにも怪我をしていない事を確認して蹴り飛ばした椅子を戻した。

 赤色灯頭に群がられ、尊敬の目で見られている彼の横顔を見つめる。

 

 君がわざわざ私の事を覚えててくれてるって事は、チャンスはあるって期待してもいいのかな?

 だとしたら……やっぱり、諦めたくないな。

 だからさ……勝負しようよ、夜凪さん。

 

 

 

 

 


 

     

act22        

        

走った! 映画泥棒

 

 


 

 

 

 

 

「ふぅー、あっつ……」

 

 撮影用テントの中に入り、カメラ頭を外して椅子に座る。

 千世子の体温を調整する呼吸などまるで出来なかった。

 まだ慣れていない事もあり、むしろ走る邪魔になっていたため、途中からは普通に呼吸をしていた。

 

 そこで問題があるのがカメラ頭の構造、あと黒スーツ。

 このカメラ頭はカメラのレンズ部分がマジックミラーになっていて、内側からは外が見えるが外からは中が見えない作りになっている。

 だが、問題なのは呼吸をする度にこのミラー素材が曇る事だ。

 ただでさえ狭い視界の中、ミラー素材が曇って更に視界が悪くなり、ちょっとした段差などに躓きそうになる。

 ゆえに階段では転びそうだからと、壁を蹴りながらさっさと登らせてもらったのだ。

 

 更に言えば、このカメラ頭が兎に角蒸れる上に呼吸がし辛い。

 隙間など殆ど無い為、吐いた息がカメラ頭に溜まり、新鮮な空気など殆ど入ってこない為どんどん息が苦しくなっていく。

 頭に血は上り、少しずつ意識が遠くなっていく。

 なんとか意地でそれを乗り越えてやり切ったが、正直死ぬかと思った。

 

 ほんと殺しに来てんじゃねぇのかコレ?

 横の椅子に置いたカメラ頭を指でピンと弾く。

 そんな恨み節全開でカメラ頭を睨む俺の視界に、一本のペットボトルが入り込んだ。

 

「はい、喉乾いたでしょ? 飲み物だよ」

 

「ちぃか。……貰うぞ」

 

 差し出されたそれを受け取り、キャップを開けて一気に飲み干す。

 熱くなった体に、冷たい飲み物が染みていく感覚が心地よい。

 

「カッコよかったよ、さっきの」

 

「そりゃ良かった。俺は死にかけたけどな」

 

 このクソカメラヘッドのせいでな。

 

「で、何か用か」

 

「用が無きゃ来ちゃダメ?」

 

「いや、お前もこの後撮影だろ。なのに此処にいるから用でもあるのかと思ってな」

 

 その言葉ににんまりと千世子が笑う。

 

「まぁ用ならあるね。オー君ってさ、この後暇?」

 

「なんだ、ナンパか?」

 

「近いかもね。この撮影が終わった後に、アキラ君のデスアイランドの記者会見があってさ。君もどうかなって」

 

 ほーん、いいぞ。

 

「ほんと!?」

 

「おう、この後は暇だしな」

 

 ただ、一つ聞きたい事がある。

 

「なにかな?」

 

「……アキラ君って誰だ?」

 

 あとお前はいつまでその変装姿なんだ?

 

 




 
一番最初に千代子で変換してずっとそれ使ってたんですが正しくは千代子ではなく千世子でした。
何回も原作読み返してるくせに何馬鹿やらかしてんだ私。
誤字修正ありがとうございます!
いやマジで!


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