あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ   作:白髪ロング娘スキー

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act23 スターズの天使

 

「御来場の皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。俳優の星アキラです」

 

 場所はTOKYO DOMINATION HALL(東京ドミネーションホール)、本日行われるスターズの記者会見会場。

 その会場の中にある楽屋控え室。

 小さなその控え室で、一人の男が鏡の前に立っていた。

 

「此度スターズ主催で撮影する事になりました、映画『デスアイランド』! この作品は集A社の出版する『デスアイランド』という人気コミックを原作とした作品となっております」

 

 光を受けて煌めく金髪に、透けるような碧い瞳。

 女性を魅了してやまない太陽の様な顔をしたその男の名は星アキラ。

 大手芸能事務所スターズ社長星アリサ、その息子である。

 

「現在のキャストに加え、残り12名は一般オーディションから募り、計24名の若手俳優が……」

 

 そんな彼は今、この後行われる舞台挨拶の予行練習をしていた。

 左手を胸に当て、マダムキラーなその綺麗な顔にうっすらと笑みを浮かべ、鏡に映った自分を確認しつつ練習を続ける。

 そうして予行練習を続ける事しばし、星アキラが言葉を止めた。

 

「少し固いな……もう少しここは軽い口調と台詞で……」

 

「アキラ」

 

「母さん? どうしたんだい?」

 

 顎に手を当て、台詞の修正を始めたアキラの耳に控え室の扉が開く音が聞こえた。

 アキラがそちらに顔を向ければ、そこには一人の女性が立っていた。

 

 少しくすんだ金髪に冷たい印象を与える鋭い瞳。

 彫りの深い顔に浮かんだ皺がその女性の年齢を感じさせる。

 しかし、そんな皺があろうとも世の男性を魅了するであろう素晴らしいプロポーションをしたその女性は、まさに美魔女と呼ぶに相応しい美しさを誇っていた。

 

 彼女の名前は星アリサ。

 俳優星アキラの実の母親である。

 

 彼女は腰に手を当て、何か用なのかと首を傾げるアキラを見据えた。

 

「予定が変わったわ。記者会見の挨拶、あなたの出番は無くなった。『あの子』が来たから」

 

 それを伝える彼女の顔からは何も感情が読めない。

 アキラはそんな母親を見て、心の整理に一拍置いてから口を開いた。

 

「確か彼女は今日撮影だったはず。この記者会見に出る余裕は」

 

アキラ君、撮影なんてNGを出すから時間が掛かるんだよ

 

 リンとした鈴の様な声が響く。

 スリットの入ったドレスの様な白いワンピースに、足を隠すような薄手の白タイツ。

 ホワイトアッシュのセミショートに、水色のカーディガンを羽織り黒キャップを手に持った人物が開いた楽屋のドアに背中を預けて立っていた。

 

私はリテイクさせないからね。私のシーンはすぐ終わるんだよ。知ってるでしょ?

 

「千世子君……しかし、メディアには既に僕が出ると」

 

そうだよね、私もそう言ったんだけど

 

「より数字を取れる方を使う。当たり前でしょう?」

 

 アリサのその言葉にアキラが俯く。

 

「ああ……そうだね」

 

“俳優は大衆の為にあれ”それがスターズだもんね

 

 楽屋から出ようとするアリサに従い、アキラに背を向ける千世子。

 黒キャップを被り、歩き出した彼女は、アキラに一度も顔を見せない。

 

……ごめんね

 

「……いや、力不足ですまない。頼んだ」

 

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

 

 会場の中、客席はマスコミや運よくチケットを手に入れられた来場客で埋まっていた。

 舞台上には映画「デスアイランド」試作発表記者会見と書かれた看板が吊り下げられており、何時でも記者会見を始められる準備が整っていた。

 そんな舞台の上には誰もおらず、時計の針は予定時間よりも少し先に進んでいた。

 

「センパーイ、もう時間過ぎてますよ。トラブルですかね?」

 

「ああ、星アキラに代わって天使が来るんだと」

 

「ははっ、天使スか」

 

 馬鹿にしたような笑い声を上げ、青年が頭の後ろで手を組んだ。

 

「ゴリ押し俳優に代わってゴリ押し女優ですか。ま、天使顔は超可愛いからラッキーかな」

 

 ファンに聞かれたら殴られそうな事を平然と(のたま)う青年。

 そんな青年を、先輩と呼ばれた男が冷や汗を流しながら慌てて止める。

 

「おいっ、滅多な事を言うな新入り! どこで誰が聞いているか……!」

 

「はいはい、スターズ敵に回したらヤバいんでしょ? 大丈夫スよ。ちゃんとカメラマンとしての仕事はこなし」

 

 そんな世の中を舐め腐ったような台詞を吐く青年を、パシャリと響いたシャッター音が止めた。

 なんだなんだと振り返れば、そこにはカメラを手に持った黒キャップを被ったワンピース姿の女性がいた。

 その隣には謎の黒い毛の物体が腕を組んで座っており、青年はそちらから目を逸らして女性に視線を向けた。

 

超可愛い、って私の事ですか? 嬉しいなぁ。じゃあ、私の事も撮っていいですよ

 

 被っていた帽子が隣の毛の塊に被せられ、カーディガンが脱ぎ捨てられる。

 そうしてその女性は、ふわりと物音も無く跳躍し、つるつると滑りそうな白タイツを履いたまま座席の背もたれの上に立つ。

 唐突に顔を見せた天使に、場内が騒めいた。

 

……撮ってくれないんですか?

 

 ボケっと見上げていた青年に上から声が掛けられる。

 鈴の様な耳当たりの良い声に一瞬青年が聞き惚れ、そして自分の仕事を思い出し慌ててカメラを取り出した。

 パシャリとシャッターが切られる。

 そこに写っているのは身を翻した彼女のはためいた白いワンピースだけ。

 

あれ? 撮ってくれないの?

 

 

 

 彼女は自分の”商品価値”を知っている

 

 

 

「おお!? 客席から登場かよ!?」

 

「パフォーマンスか!」

 

 彼女の存在に気が付いた者達が次々にカメラを取り出し、シャッターを切る。

 しかし彼女はそれら全てを一瞬で把握し、座席の背もたれを跳んでそれらのフレームから飛び出す。

 残ったカメラに写るのは彼女がいなくなった空間のみ。

 

 

 

 彼女は”観客”を知っている

 

 

 

「あれ……?」

 

「ちゃんと撮れ勿体ねぇ!」

 

「フレームに全然収まらなっ!?」

 

 子供のように無邪気に笑いながら、ふわふわと浮かぶように跳ねていく彼女。

 全くカメラに残ってくれない彼女にカメラマン達は焦り、カメラのレンズで追いかける。

 しかし、そうして力を入れて彼女を撮ろうとすればするほど彼女はそれを察知し、そこから跳んで行く。

 

 それを見て彼女は、まるで子供を道に迷わせる妖精の様に悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 幼く、無邪気で、悪戯で。

 だからこそ手に届かない美しさを纏った彼女に、観客()は魅了されるのだ。

 

 

 

 だから彼女は”自分の役割”を演じる

 

 

 

 もはやシャッター音は響かない。

 最後の座席を跳んだ彼女が舞台に上がり、笑顔で振り返る。

 

あはは、意地悪してごめんなさい。もう撮ってもいいですよ、好きなだけ

 

 

 研鑽された技術と戦略で作り上げられた女優

 ”スターズの天使”百城千世子

 

 

 そんな彼女を見て、被せられた帽子を取り、毛の塊がぽつりと一つ呟いた。

 

「……下らない」

 

 

 

 

 


 

     

act23        

        

”スターズの天使”

 

 


 

 

 

 

 

 被せられた黒キャップを取り、先ほどまで千世子が座っていた席に置いたカメラに被せた。

 カメラマン達に囲まれている彼女は、全てのカメラから一番綺麗に見えるであろう位置で笑顔を浮かべている。

 そんな彼女をぼんやりと眺めていると、隣の席に誰かが座った。

 ちらりと横目で見れば、小皺の浮いた妙齢の女性が座っている。

 

「下らないとは随分な言い草ね、如月逢魔」

 

「……星アリサか」

 

「今一瞬名前忘れてたでしょう?」

 

「どーだかな」

 

 ため息を一つ吐き、星アリサが千世子を見つめたまま話しかけてくる。

 

「それで? 下らないとはどういう意味かしら?」

 

「分からないのか? 星アリサ。俺が何故そう思うのか」

 

「……天使だから、ね」

 

 正解。

 

「スターズはスターを作る。志は良いが、あれは駄目だ」

 

「悪いけど、私は幸せになれる役者しか育てないのよ」

 

「ハッ、幸せときたか。あれが幸せに見えるのか?」

 

 群がるカメラマンを止め、ピンマイクを付けて舞台挨拶を始めた千世子。

 仮面を付けたかのようにどこからどう見ても美しい笑顔を浮かべる彼女に、会場に集まった人間たちが一様に見惚れている。

 

「少なくとも、あなたの掲げる幸せな役者よりはね。貴方の言う駄目じゃない役者は幸せになれるのかしら?」

 

「少なくとも、アンタの掲げる幸せな役者よりはな」

 

 横目でこちらを睨む星アリサに笑みを返す。

 どことなくイライラした様子の星アリサが、此方を睨みながら会話を続ける。

 

「私はあなたが嫌いよ。あなたの前では天使はただの一人の女の子になってしまう」

 

「奇遇だな、俺もアンタが嫌いだよ星アリサ。女神になりえたあいつを天使にしたアンタがな」

 

「あなたの言う女神は人として壊れかねないわ。そんな不安定なものに幸せなど無い。分かるのよ、私には」

 

「ハッ、幸せ? アンタの言う幸せは人間としての幸せだろう」

 

 顔を見れば名前が分かりサインを求められる程度の人気、人生一回を丸ごと遊んで過ごし切れるだけの大金。

 ごく普通の人間としてならば、これ以上無い程の幸せ。

 

 そんなものクソくらえだ

 

「あいつは役者だぞ、人間としての幸せなんぞ与えてどうする」

 

「彼女は常に天使よ。でも一人の人間でもあるの。それも分からないのかしら、人間の王」

 

「悪いが感情というものはあまり理解出来ないんだ。ただそこにある事実を俺は言う」

 

 あれは、駄目だ。

 

「……平行線ね。ケリがつかないわ」

 

 ため息を一つ吐き、星アリサが立ち上がる。

 そして懐から一つ封筒を取り出し、此方に差し出した。

 それを受け取り、書かれている文字を見る。

 

「デスアイランド出演スカウト?」

 

「正直渡したくはないけれど、千世子がね」

 

 ほう? あいつは俺をナメてるのか?

 この俺がオーディションに落ちるとでも?

 

「そうしなきゃあなた、そもそもオーディションにすら出ないでしょう? それを使うか、オーディションを受けるか、参加を固辞するか。好きにすればいいわ」

 

「……まぁありがたく受け取っておこう」

 

 これで夜凪景を煽れるかもしれん。

 デスアイランドに出演し、実際に映画撮影を体験すれば夜凪景は一気に次、そのまた次のステップに駆け上がれるだろう。

 

 もう用事は無いとばかりに星アリサは立ち去った。

 手に持った封筒を懐に入れ、再び千世子を眺める。

 目が合った千世子は、封筒の入った俺の胸元を見ながら、どこか(いや)らしい笑みを浮かべていた。

 

 




 
『前の席から3番目のチェック柄シャツの男と左から5番目の太った男、それから右から2番目の虎柄シャツの女。スカートの中撮ってるぞ、礼代わりだ』

「タイツを履いているとはいえ不味いわね。これで確認をしながら千世子のスカートの中を撮ったカメラマンを調べ上げて処分しておきなさい、スミス」

「清水です。カメラの処分ですか? それともカメラマンをですか?」

「データをでしょ……」

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