あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
サブタイが思い浮かばない……
銀行のATM、そこで夜凪景は通帳を見下ろしながらその場に立ち尽くしていた。
「大金が……振り込まれている……」
0が5桁、それを飾る先頭の数字は6。
正直に言ってしまえば、普段使いの通帳にはこれの倍以上の金は入っている。
それでも、夜凪景が一度にこれほどの大金を手に入れたのは柊透歌と出会い、金を渡そうとされた時以来だ。
あの時はなんとか拒否する事が出来たものの、今回は既に自分の通帳に入ってしまっている。
コツコツと貯めてきたお金とは違う纏まった大量のお金に、景は金銭感覚が狂いそうな恐怖を味わっていた。
首を振り、腰が抜けそうなのを我慢して指を折って計算をする。
「家族4人、食費が2日で1700円。だから……」
2、3、4……5!? 食費約二年分……!?
トーカとの仕事は大抵報酬を半分にするから大体12万円として、約四ヶ月半の食費だ。
たった一回の仕事でトーカとする仕事の約5倍もの報酬……
役者って凄い……
思わず宇宙の真理を垣間見た猫のような顔をして、景は暫く呆然と立ち尽くすのであった。
………………
…………
……
場所はスタジオ大黒天事務所一階。
大家がそこで運営している銭湯、黒の湯
あの後ATMでもう一度確認し、振り込まれている金額が見間違いではない事を再認識した景は、柊透歌を連れてスタジオ大黒天まで相談をしに来ていた。
時刻は夕方、普通の家庭ならば風呂に入ったり、夕ご飯の準備を始める頃。
黒山墨字と柊雪もそれに違わず、景たちがスタジオ大黒天に着いた時、二人は風呂に入ろうと準備をしていたのだ。
そこで、相談があるならば風呂のついでにという事で風呂に誘われ、景たちは二人と共に銭湯に入り込んだのだった。
そんな銭湯の湯に胸元まで浸かりながら、雪が首を傾げた。
「CMのギャラが多過ぎる?」
少な過ぎるというのならまだ相談しに来る理由も分かる。
だが、多過ぎるとは一体どういう事か。
「ええ、一回の報酬にしては多すぎるのよ。普段トーカとやっている時の約5倍よ? 明らかに多すぎるわ」
妹であるレイの髪をシャンプーで泡立てながら、夜凪景が眉を顰める。
最初の内はなんだかんだで役者となった自分の演技が認められたのだと素直に嬉しかった。
だが時間が経つにつれ、だんだんと上がっていた気分も落ち着いてくると、今度は不安になってきたのだ。
果たしてこのお金は、本当に私に振り込まれたものなのか? と。
「いや、景ちゃんに振り込まれたものに決まってるでしょ……」
ジャグジー*1に寄りかかり、呆れた顔で景を見る雪。
そんな雪に、不安で一杯だと一目で分かる顔で募る景。
「分からないわ、もしかしたら相手が金額を間違えてるかもしれない。トーカに振り込まれたものが私の方に来ている可能性もあるわ」
「いや無いよネガティブだなぁ……無いよね透歌!」
景のあまりにも酷過ぎるネガティブ思考に釣られ、なんだか心配になってきた雪が隣の男湯に向けて声をかけた。
この銭湯黒の湯は男女の湯を分ける壁が全体の下半分しかなく、上半分は何もない吹き抜けになっている。
なので軽く声を掛ければ隣の男湯にいる人間とも会話が出来たり、洗剤を分け合ったり出来る構造になっているのだ。
そんな女湯から届いた雪の声に、透歌は髪を洗いながら答えた。
「俺の方にはちゃんと金が入ってるよ、5万くらいだったな」
「やっぱり! ほらね雪ちゃん、トーカに行くはずだった分が私の方に来てるのよ!」
いや、それは無いと思うが。
髪の毛全体に付いたシャンプーの泡を洗い流しながら、透歌が突っ込む。
そもそも本来あの撮影の場において、透歌は撮影に参加する予定の無い部外者だった。
それが唐突に現れ、助演として主演の女優と演技をし始めた。
今回は透歌の演技が素晴らしく、共に演じれば主演の演技も磨かれる為に許されただけで、本来ならばすぐさま撮影現場から摘まみ出されて然るべき存在だったのだ。
むしろ今回はタダ働き上等でやっていたので、報酬として金が支払われた事の方が透歌としては意外であった。
「それに比べて景は主演だ、しかも5本のCMのな。当然報酬は高くなるだろう」
そう、この前の撮影で撮った3つのシチュエーション。
その全てがCMとして使われる事になったのだ。
編集され、短くなった3つのシチュエーションCMに、調理時間だけ編集された2つのおてんば娘シリーズがそのままの長さでCMとして使われる事となった。
計5本のCM、その主演となった景に大量の報酬が行く事は当然のことなのだ。
一本に付き12万、5本合わせて60万。
別に何もおかしい所など無い。
「そう、なのかしら……」
「それよりそっちの撮影はどうだったんだ? エキストラの。追い出されたって聞いたが」
髪にリンスを塗り、ハーフアップにして纏めてタオルで包む。
そうして髪がお湯に浸からないようにしてから、銭湯の湯にすらりとした足を沈めていく透歌。
「それよ! エキストラの撮影! たとえ台詞が無くてその他大勢の一人でも役者の仕事でしょう!? だから私真面目に立ってたの! そしたら何故か撮影にならないって私追い出されたのよ!」
酷いと思わないかしら!? と叫ぶ景の声を聞き、透歌は同じく湯に浸かっている黒山を見る。
どうなんだ? という透歌の視線に黒山はタオルで顔を拭きながら答えた。
「ま、簡単に言えば夜凪以外はお前の言う凡人だったって事さ」
「なるほどね、全て理解したよ」
つまり夜凪景の才能に誰も付いて来れず、ただ何もせず立っているだけの夜凪景によって撮影が崩壊しかけたと。
「とはいえ、夜凪がいわゆる迫真の演技しか出来ないのは問題だがな。お前、自由に演技をさせ過ぎだ」
「育て方はよく分からないからな、取り敢えずのびのびとやらせてみた。駄目だったか?」
「駄目ってこたあねぇさ。ただ強すぎる。今のままだと主演しか出来ねぇし、半端な役者どもだと一緒に演技をした瞬間心が折れかねん」
隣の女湯に聞こえない様に声を少し潜める黒山に合わせて透歌も少し声量を落とす。
「なら問題はないな、夜凪景の助演は俺がやる。夜凪景の才能を一番近くで見るのは俺だ。まぁ最低限のフォローはするさ。それでも折れるならそいつは役者に向いていない、大人しく就職先を探した方がいい」
そんな透歌の言葉に、呆れたように黒山がため息を吐いた。
「ま、お前に何言ったって無駄か。夜凪ー!」
「なにー? 黒山さん」
「多分その内エキストラの分の金も来るから後で通帳の番号教えろー!」
「はぁ!?」
バシャン! という音と共に、景の素っ頓狂な声が上がる。
「私あの仕事で何もしてないでしょう!? なんでお金が払われるのよ!?」
「ばーか、あれはあっちの都合でお前を外したんだ。違約金が発生すんのは当然だろーが!」
「絶対に受け取らないわ! 仕事もしてないのにお金だけ受け取ってたまるもんですか!」
そんなの役者の稼ぎ方じゃないわ!
そう叫ぶ景に黒山は笑い、すぅーっと息を吸った。
それを見て透歌は手で耳を塞ぐ。
「夜凪ー!! これも仕事の内だ! たとえお前がちゃんと演技出来なくとも払われた報酬は受け取らなきゃならねぇんだよ! お前があの演技しか出来なくて追い出されたのは小僧と監督の俺の責任だぞコラ! 嫌でも受け取れ! そんで悔しい悔しいって歯食いしばって使いな! それがプロってもんだ、分かったかなド素人さん!!」
「ッ~~~!」
男湯と女湯を分ける壁から怒った様子の景が顔を出し、黒山に向かって叫ぶ。
その体はタオルで包まれてはいるものの、上半身のほとんどが男湯に晒されていた。
「トーカは悪くないわ! なんで追い出されたのかはまだよく分からないけれど、きっと私の演技が悪かったんでしょう!? 次からは気を付けるわよ! だから早く次の仕事をさせてよ!」
「ハハッ、そろそろ自分の仕事は自分で持ってこい!」
自分で持って来いってどうすればいいのよ!?
そう叫びかけた景の視界に、こちらを見ている透歌が映る。
目が合い、そして自分の恰好を思い出し、景は慌てて身を隠した。
その丁度身を隠し終わったタイミングで、男湯の浴場と脱衣所を繋ぐ扉が勢いよく開かれる。
そこには額に青筋を立てた大家が立っており、その手に握り締められた箒がミシミシと悲鳴を上げていた。
「オーディション?」
銭湯から上がり、スタジオ大黒天事務所。
黒山のおごりで番台からフルーツ牛乳を貰った景が首を傾げる。
その隣には透歌が座っており、同じく貰ったイチゴ牛乳をくぴくぴと少しずつ味わいながら飲んでいた。
既に牛乳を飲み干した夜凪姉弟と黒山はカチンコを剣に見立ててチャンバラごっこをしている。
「そう、オーディション。役者の基本はオーディションだからね。他の役者たちと競って、役を勝ち取って仕事をするんだよ」
そう説明する雪の手には真っ白な牛乳が握られており、その唇の周りには可愛らしい牛乳ひげが出来ている。
透歌は既に飲み始めてから5分は経つというのに、その手に持ったイチゴ牛乳は未だ半分も減っていない。
黒山たちのチャンバラごっこは、油断した黒山が延長コードで足を縛られて決着し、敗者である黒山がマイクスタンドでガシガシとド突かれていた
「オーディション……受けたいわね。
「うん、そうだね……コラそこ! 仕事道具で遊ばない!」
雪に叱られ、夜凪姉弟が大人しく使った道具を元の場所に戻し始める。
そのついでに縛られていた足を解放された黒山が時計を確認し、ミニプロジェクターを用意し始めた。
「……? 何してるの、黒山さん?」
「テレビの準備だ。お前に見せたい奴がいる」
「?」
黙々とプロジェクターを設置する黒山。
そうして暫く、垂らされた白い幕にプロジェクターの映像が照射された。
『スターズ主催、映画「デスアイランド」は若手俳優24名を起用する予定です。その内12名は私をはじめとしたスターズの俳優が務めさせて頂きます』
そこに映ったのは舞台の上に立つ一人の少女。
『残り12名は一般オーディションから募ります! 私たちと一緒に映画を作りませんか?』
真っ白な髪に真っ白な肌をした少女は笑う。
儚くも美しいその笑みはまさしく天使のようだった。
『スターズはまだ見ぬ才能を探しています。私達はあなたとの共演を楽しみにしています!』
「女優百城千世子、今一番売れてる若手女優だな。お前達の世代の代表格だ。こいつをどう思う?」
映像を流しながら、黒山が景に尋ねる。
それを受けて、楽しそうに景は笑った。
「綺麗な人ね、一瞬で夢中にさせられたわ。……なのに、顔が見えない」
幕に近づき、投影された百城千世子の顔を撫でる。
「私、この人に会ってみたいわ。トーカ、一緒に受けましょう!」
「ん? あー、悪いが俺はオーディションには出ないぞ」
楽しそうに笑いながら振り返る景に、イチゴ牛乳を飲みながら透歌が答える。
てっきり何時もの様に、よし、じゃあ行くか! と言ってくれると信じていた景が固まった。
それを横目に見ながら、雪が代わりに透歌に聞く。
「えっと、なんで出ないの? 贔屓目無しに見ても二人なら受かるだろうし、現場の撮影は景ちゃんの勉強になるよ?」
不思議そうな顔をする雪に、透歌は懐をまさぐり、一つの封筒を取り出した。
それを見て、雪が首を傾げる。
「それなに?」
「デスアイランドの出演スカウト券」
「「「…………はああああああ!?!?!?」」」
夜の街に三つの叫び声が木霊し、黒山は家賃を上げられた。
主人公の容姿についてですがダンガンロンパのカムクライズルか貞子でもイメージしてください。
大体それで合ってます。