あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
知識文才経験時間の全てが足りな過ぎる……
腰を落とし、足を肩幅に開いて手に持った刀を構える。
顔の横で水平に構えられた刀はチャキリと音を鳴らし、光を反射して鏡のように私の顔を映した。
目の前には同じく刀を腰に差した男が立っており、じっと何も言わずにこちらを眺めている。
「名は」
男が問うた。
それに応え名乗りを上げる。
「姓は夜凪、名は景。そちは」
「名は無い。拙者、ただぬしの首を斬るものなり。……行くぞ」
そう言い、男はゆっくりとこちらに歩を進める。
ゆっくりと歩を進め、私の目の前で止まるとそのまま無言で刀を構える私を見下ろした。
「構えられよ、首狩り殿」
「問題ない、既に構えている」
「……後悔しても遅いぞ」
男に構えさせるのを早々に諦め、全意識を刀に集中する。
女の身には少し重い刀がずっしりとその存在を主張する。
これから始まるのは殺し合い。
情け容赦のない命の奪い合いだ。
腰を落とし、中段に構える私とそれを見下ろす男。
どちらも筋一本瞬き一つせず、相手の細かな動き一つ見逃さぬように見つめ続ける。
そんな二人の間に風が流れ、一枚の木の葉が二人の視線が交わる直線状を通った。
ガァン!
途端、金属同士がぶつかり合い高い音を鳴らす。
構えていた刀は振り抜かれ、しかしその刀は男が半分ほど抜刀した刀によって防がれていた。
間に挟まれた木の葉は二つに分かたれ、ひらひらと地に落ちていく。
「……やるか」
防いだ刀が密着しているのも構わず、半分ほど引き抜いていた刀をさらに抜いていく男。
ギャリギャリと金属同士が擦れる耳障りな音が辺りに響き渡り、思わず顔を顰めた。
それから目を離さぬよう、じっと瞬き一つせずに引き抜かれていく刀を見届ける。
途端、注意を向け続けていた筈の刀が幻影の様に視界からフッと消えた。
直後死の気配が横、視界の外から迫り、濃厚な死の気配に肌が粟立つ。
全てを投げ出し首ごと体を後ろに引けば、すぐ目の前を空気を切り裂き刃が通っていった。
速いッ! 目で追いきれなかった!
目で追えないなら防ぐことなど出来ない、となると防戦は不利! こちらから攻めるしかない!
刀を振り抜いた体勢ならば防ぐことは出来ない、攻めるならば今!
「ハァッ!」
後ろに引いた体を前に倒し、勢いよく地を蹴り前に出る。
女の身は軽く力が無い。それゆえ体重を乗せた力強い一閃など出来ない。
ならば体重と腕力以外の所から引っ張って来てそれに乗せればいい。
前へと進む推進力を全て一刀に乗せ、肩から刀ごとぶつかる様に体重をかけて全力をもって振り抜いた。
そうして放たれた鋭い一閃が、しかし腰から引き上げられた相手の鞘によって防がれた。
木製の鞘に振り抜かれた刀が半分まで食い込み、しかし鞘を断つ事無くそこで止まる。
「くっ」
「甘い」
相手の振り抜かれた刀が戻ってくる。
力は相手の方が強い、このまま押し切ることは出来ない。
ならば引いて凌ぎ、相手が体勢を崩したところを狙う!
鞘に食い込んでいた刀を引き抜き、頭の上で横にして構えれば、私の首を刎ねにかかる刃がギャリィィィっと火花を立てながらその上を滑っていく。
滑れば滑る程、男の力によって私の構えた刀が斜めに傾いていき、その傾きに沿って相手の刀が更に滑り落ちていく。
そして振り抜かれた刃は地に刺さり、体勢を崩した男は隙だらけの首を見せる。
「獲った、覚悟ッ!」
刀を握り直し、ガラ空きの首へと刃を振り下ろす。
確実に獲った。
この一刀は私の全身全霊を込めた一撃だ。
それが体勢を崩した敵の隙だらけの首に放たれた。
体勢は崩され、刀は地面に刺さり鞘は半分まで断たれている為に盾にもできない。
故に、獲った。
そう思った。
ぬるん、と水を斬ったかのような感触と共に、自身の握る刀が宙を切るまでは。
「なっ!?」
男は回転していた。
まるでコマのように、体勢を崩した前傾姿勢のまま刀の軌道に沿ってくるりと回転し、振り下ろされる刀に掛けられた全ての力を受け流し切ったのだ!
は? ふざけ、人間業じゃなっ!? 化け物!? なにその気持ち悪い避け方っ、貞子ね貞子ッ!!
思わず心の中でそんな悪態を吐いた。一呼吸。
そんな私の目の前には、回転している男の長い髪で丸い盾が形作られていた。
渾身の一撃がよく分からない動きで躱されたショックから立ち直れていない私に、髪で作られた盾から突き出された突きが迫る。
身を後ろに引いて躱そうとし、ガクンと足が引っ張られて後ろに傾いていた体が止められた。
首を動かし、迫る突きを紙一重で躱しながら引っ張られた感覚のした足を見下ろせば、そこには杭を打ち付けるかのように私の足の甲に乗せられた男の足があった。
男が体を引き絞る。
横薙ぎが来る。
先程の突きは鞘によるもの、という事は刀が来る。
それは分かる。
だが避けられない。
要の足は抑えられ、身動きは取れない。
だが防げない。
余りにも距離が近すぎて刀を持ち上げるスペースが無い。
私の首を刈りに外から刀が振るわれる。
その刀には全身の肌が粟立つほどの殺意が込められていた。
死の恐怖に身が竦み、ただでさえ足りないのに、全ての動きが更にワンテンポ遅れる。
躱せない、防げない、動けない。ならば残るのは?
「あ、亜阿唖呼嗚嗚嗚嗚ァァアッッ!!!」
「切捨御免」
どちゃり、と。
暗くなった視界の中。
重量を持った湿っぽいものが、どこか遠くで落ちた音がした。
ポタリと、頬から垂れ、顎を伝い、雫が床に落ちた。
男が首に当てた刀を引き、半分ほどまで断たれた鞘にしまう。
その鞘と刀の鍔が当たるカチンッという音が聞こえた瞬間、夜凪景は膝から崩れ落ちた。
それを男……柊透歌が体で受け止める。
「はっ、はっ、ひゅっ、げほっごほっ」
「落ち着け、落ち着いて深呼吸しろ。そうすれば楽になる」
出されたアドバイス通りに息を深く吸い、そして吐く。
透歌に抱きしめられ、背中を擦られながら透歌の肩口に顔を押し付けて深呼吸を繰り返す。
安心する香りに包まれながら深呼吸をすること暫し、だんだんと景の呼吸が落ち着いてくる。
それを見て透歌は背中を擦っていた手を離し、夜凪景から距離を取った。
場所は柊宅、透歌が夜凪景の為に自費で作り上げたレッスンルーム。
ワックスでピカピカに磨き上げられたそこで、二人は模擬刀を使った殺陣を演じていた。
「落ち着いたか?」
「ええ、だいぶね。ホントに殺されたかと思ったわ。……どうだったかしら?」
「いい顔だったぞ。これから死ぬ者の絶望が前面に出ていた。あれを見て所詮は演技と思う奴はいない」
むしろ嘗て見た父と母の顔よりもずっと仄暗く、そして美しく見えたぞ。
そんな事を思いながら透歌がカメラの確認に走る。
そして一通り撮影したものを確認すると一つ頷いた。
「うん、いいね。まず間違いなく映像審査は通るだろう。むしろこれで最終審査パス出来るんじゃないか?」
「ホント!?」
「最後に決めるのは俺じゃないから何とも言えんが、まぁ映像審査を通る事だけはほぼ確実だな」
透歌の言葉に、景はヨシッ! とガッツポーズを取った。
二人が今撮影していた物は、スターズのデスアイランドオーディションの二次審査、映像審査に提出するための映像サンプルだった。
極当たり前かのように一次審査である書類審査を突破した景に提出された課題は「死の瞬間」
つまりは、自分が死ぬ瞬間を演技してそれを撮影、未編集のものをサンプルとして送れということだった。
「にしても、死んだ瞬間を送れ、ね。面白い課題を出すもんだ」
「なんで?」
「だって、オーディションで死の顔の審査をするって事は「お前ら殺すからそれ演じられるか見るよ」って事だろ?」
そもそも映画デスアイランドの元ネタである漫画のデスアイランド自体未完結であり、現在連載中の漫画だ。
そしてデスアイランドはその名の通り命を懸けたサバイバルものであり、登場人物はあっさりと死んでいく。
となると、おそらく今回の映画において、最後に生き残る者は一人、もしくは全滅。そのどちらか。
そしてオーディションでこんな課題を出すという事は、まず間違いなくオーディション組は全員死亡するという事だろう。
「それでやる気を無くす奴に用は無いという事だろう。まぁ殺し合いもので生き残る演技をするためにオーディションに来る奴なんていないだろうがな」
「へぇ~、そういう事だったのね。てっきりただの演技審査かと」
「まぁそっちが本命ではあるだろうけどな」
声が棒読みになっていないか、演技をする時に体が硬くなってはいないか。
そしてその演技のレベルが高いかどうか。
恐らく、この映像審査を通った後にも演技審査はあるだろう。
そしてそちらはきっと、本格的にどれだけ演技が出来るのかを見て、そして採用するかどうかを決める最終審査の筈だ。
それに対し、今回のこれはまず役者としての基本が出来ているかどうか、それを判断するための審査だろう。
ここでまず顔だけの役者は落とされる。
多分三次審査に残るのは4~500人くらいだろうな。
役者見習いにとって、スターズという大御所が主催で撮影する映画に出れる事は役者として登竜門を一つくぐった事を意味する。
当然くぐった先で結果を出せるかどうかはそいつ次第だが、ともあれそういう理由もあって参加者はかなり多いだろう。
多分5~6万人くらいはオーディションに参加すると見ていい。
採用枠たったの12……いや、俺がスカウトだから11か。
採用枠たったの11人のオーディションに、5~6万人。
それが一気に4~500人まで落とされる。
「一気に落ちるのね……」
「まぁそれくらいバッサリ行かないと何時まで経っても終わらないからな」
名が売れていなければ、どれだけ実力があろうとここで落とされる可能性はある。
なんたって、俺すらも最初の頃は何度かオーディションに落ちた事があるからな。
まぁその辺は大人の事情という奴だ、どうしようもない。
そんな事を考えながら、透歌は腕を組んでうんうんと頷いた。
「よし、完了だ。後は送るだけだな」
「あ、見せて見せて」
「ああ、いいぞ」
透歌の背中に飛び掛かり、その体に抱き着きながら頭の上からパソコンに流れる動画を眺める景。
そんな景が見やすい様に透歌は少ししゃがみ、パソコンと景の距離を近付けた。
後日、夜凪景の元に三次審査会場の住所と日付の書かれた一通のメールが届いた。