あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ   作:白髪ロング娘スキー

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評価感想、そして誤字修正ありがとうございます。



act27 オーディション 1-2

 

 通路を歩いた先には先ほど役者たちが集められていた空間と同程度の広さがある空間があり、その真ん中には無人島を模した10メートル四方の撮影セットがでんっと置かれていた。

 左右と奥にはセットを囲う様に置かれた壁が設置されており、壁にはどこまでも奥に続いていく見ていて引き込まれそうな森の絵が描かれている。

 

 壁に囲まれたセットの床には砂浜の様に見える床板が置かれ、端の方には角ばった岩や無数のマングローブ。

 そこら中に元は船か何かの部品であろう壊れた木の破片が不規則に散らばっており、マングローブの隙間を縫うように高く生い茂る草花がここは人の手の入っていない自然の島であると全力で主張していた。

 

 そんな無人島に行って、その一部をそのまま持って帰ってきましたよと言われても信じてしまいそうな程に完成度の高い撮影用セットを、景がキラキラとした視線で見上げた。

 

「凄い……無人島だわ」

 

「まぁここまでの完成度を誇るセットは滅多に使われないけどな。それをオーディションの為だけに……流石スターズだよ。それよりも、そのスカウトで受かったとかいうトーカの事だが」

 

「ねぇ、このプレートってどうやって付けるの?」

 

「マイペース!!」

 

 ったく貸せ! と真咲が景の手から42と書かれたナンバープレートを奪い取り、景の胸に付けようと手を近付けていく。

 そのナンバープレートを持った真咲の手を、景はさりげなくスッと躱した。

 

「おい」

 

「だって胸を触られそうになったら避けるでしょう?」

 

「ナンバープレート付けるだけだ! 触りゃしねぇよ!」

 

 あらぬ誤解を植え付けられそうになり、真咲の額に青筋が浮かぶ。

 その真咲の手から茜がプレートを抜き取り、景の胸にぺたりと貼り付けた。

 

「はい、これでええやろ」

 

「わ、ありがとう茜ちゃん」

 

「ええって事よ」

 

 そう言ってウィンクを一つして、茜は歩いていく。

 その背中をカッコいい……! と思いながら、景もそれに続く。

 

 そんな女子組を真咲がげっそりとした顔で眺め、それを慰めるように武光がその背中を優しく叩いていた。

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「さて、まだ460人も控えてるし、テキパキ行こうか」

 

「では私の方から演技審査について説明しますね」

 

 目の前に立つ4人の前にマイクを持ったスターズ俳優の一人、町田リカが現れ説明を始める。

 既に10回は聞き、これからあと114回聞くことになるそれを聞き流しながら、手塚由紀治は目の前に立つ一人の少女を見つめた。

 

 夜凪景。

 正直に言えば、手塚は彼女に全く興味を抱いていなかった。

 精々そこら辺にあふれている顔だけの役者見習いといったところ。

 

 備考にはYouTubeで配信者をやっていると書かれてはいたが、今の時代そのくらい珍しい事でもない。

 事実この審査に残った者だけでも、似たような事をしている者は何人かいた。

 故に、手塚はこの夜凪景という役者に何の期待もしてはいなかった。

 顔は良いし、配信者をやっているのならある程度の実力はあるだろうと、その程度。

 

 その認識が変わったのは、とある情報を手に入れた後のこと。

 デスアイランド撮影の打ち合わせの途中、電話越しに星アリサが何でもないかのようにさらりと言った。

 

『ああ、そういえば如月逢魔がスカウトに応えたわ。だから採用枠を11に減らしておいて頂戴』

 

 正直に言えば聞き間違いだと思った。

 如月逢魔、人類の最終到達点とまで言われた1000年に一人の天災。

 そして一つの事故と共に世間からその姿を消した少年。

 

 一度だけ、彼に使われて(・・・・・)撮影をしたことがある。

 予算3000万。カメラの質は低く、追加の人員も雇えない。

 めぼしい役者は主演の如月逢魔ただ一人、他の役者は全員無名のオーディション組。

 正直に言って、撮影する前から売れる映画ではないと確信していた。 

 

 そんな彼はまず、撮影に入る前に絵コンテを見せろと要求してきた。

 撮影前に、彼に言われた事にはなるべく従ってくれと言われていた事もあり、僕は特に何も考えず彼の手に絵コンテの束を載せた。

 彼はその分厚い絵コンテの束に一度目を通し、二度見て、そしてたった3日で自分の出るシーンの撮影の全てを終わらせた。

 

 その時の彼との契約は1日200万。

 正直これもあり、そもそも映画は完成しないだろうと思っていた。

 だが、その彼は自らのシーンを3日で終わらせ、早々にクランクアップ*1した。

 残るのはオーディション組による細々とした撮影のみ。

 1ヶ月かかると予測していた撮影はまさかの1週間足らずで終わりを告げ、全くもって足りないと思っていた予算は1000万も余り、税金として消えるのは勿体ないからと広告やグッズに回した。

 

 そうして出来上がった映画は、正直言って駄作。

 如月逢魔の演技の上手さだけが印象に残る何の意味も訴えかける物も無い作品。

 にも拘らず、その映画の興行収入は10億に届いた。

 

 何故か。

 如月逢魔の演技が上手かったからだ。

 絵コンテに書いてある描写をその通りに、そして期待以上に彼は上手く役を演じた。

 

 何の才能も持たず不貞腐れて道化の様に生きる彼の情けなさ。闇の組織に追われるヒロインと出会い彼女を守ろうと決める彼の変化。

 嫌いだった才能に溢れる友を頼り、共に戦う事を決めた彼の決意。しかし彼女を守り切れずに攫われ、慟哭を上げる彼の悲しみ。

 悲しみに堕ち、再び道化として生き始める彼の堕落。そんな彼に活を入れて勇気づける友との友情。

 そうして立ち上がった彼の再誕。傷だらけになりつつも友と共に闇の組織と戦い、ヒロインを取り戻した彼の雄姿。

 

 その全てが上手かった。

 正直に言って、これだと思った。

 彼とならば撮れる。撮りたかった作品、妥協せざるを得なかった詰まらない作品ではなく、僕が映画監督として本当に撮りたかった作品が。

 そんな僕からのラブコールを彼はあっさりと拒否した。

 

『せめてその鎖(スターズ)外してから来い。今のアンタに興味はない』

 

 まぁそれを聞いて、残る仕事を片付けたらスターズを辞めようと思っていた矢先に彼は消えてしまったのだが……

 そのスカウトに成功した? そもそもどこで見つけたのか、どうやってスカウトしたのか。

 というか僕なんにも聞いてないんですけどどういう事なんですかね?

 

「皆さんにはこの撮影セットの上で演技をしてもらいます。設定は原作と同じで、墜落した飛行機に乗っていたクラスメイト4人が無人島に漂着して、砂浜で目を覚ますところからスタートです。演技の内容は各々状況に応じた自然な芝居をして下さって結構です」

 

「つまりは即興劇(エチュード)だね」

 

 まぁそれはいいとして……いや、良くはないけども。

 そんな彼は才能至上主義者であり、一つ悪癖があった。

 そしてどうやら今もその悪癖は治っていないらしく、この夜凪景という少女に目をつけているらしい。

 かつて、百城千世子に対して執着していた頃の様に。

 となれば、必然的に夜凪景という少女はかなりの才能を秘めている事になる。

 

 だから……見せてもらうよ、夜凪景。

 彼に期待されている君の、その内に秘めた才能を。

 

 町田リカの説明に合いの手を入れ、見られている事に気付いて見返してきた夜凪景から視線を逸らす。

 そんな手塚の反応に、景は不思議そうに首を傾げた。

 

「あぁそれと、制限時間は5分! この5分以内に殺し合いを始めるように演じてください!」

 

 付け加えるように放たれた町田リカの台詞に、景を除く3人が目を見開いた。

 冗談であってほしいと願いながら、恐る恐る茜が町田リカに尋ねる。

 

「5分で……ですか」

 

「はい!」

 

「……設定が厳し過ぎねぇか?」

 

 顔を顰め、小声で真咲が呟く。

 そんな彼の呟きを聞かなかったことにして手塚が続ける。

 

「ああそれと、実力無しと判断したら5分待たずに終了させるからね。頑張ってね」

 

「「!?」」

 

「道理でうちらの番まで早かったはずや……」

 

 正直に言えばお題を変えて欲しい気持ちで一杯ではあれど、受ける側に選択の余地はない。

 大人しく勧められるがままに4人はセットに上がり横になる。

 

「準備はいいですかぁ? 私がカチンコを打ったらスタートですよー」

 

 これじゃ恐らく一組も演じ切れてはいないんじゃないか? 設定が難しすぎる。

 

 5分以内に殺し合い……設定が不自然だ、芝居まで不自然になるに決まってるだろ。

 

 真面目に審査するつもりあるんかこの人達? 演技力見せる前に設定に振り回されるわ。

 

 ……まぁ、兎も角。

 やるしかない!

 

 覚悟を決め、3人は目を瞑る。

 同じく景も目を瞑りながら、ひたすらにどう演技をすればいいかを考えていた。

 

 殺し合い……

 

 5分で殺し合い……

 

 殺し合い……

 

 ……殺し合い!

 

 

 そして、カチンコの音が鳴る。

 

 

 

 

 


 

     

act27        

        

オーディション 1-2

 

 


 

 

 

 

 

「ここは、どこだ……!?」

 

 武光が起き上がり、周囲を見渡しながら状況を確認する。

 その声に真咲も起き、軽く頭を振って顔を顰めた。

 

「他のクラスの皆は……?」

 

「分からない……まさか俺達だけか!?」

 

「クソッ」

 

「おい、みんな起きろ!」

 

 未だに横になって目を瞑っている二人を武光が起こしにかかり、真咲が周囲の確認をするために岩の上に登り辺りを見回す。

 

「他のみんなの姿は見当たらない……まさか俺達だけが漂着したのか……?」

 

「なっ、嘘だろ!?」

 

 よし、彼が状況を明確にしてくれた! 問題はその次、どう殺し合いに繋げるか!

 必死に頭を回す武光の襟が必死の形相の茜に掴まれ、ガクガクと前後に揺さぶられる。

 

「あ、あんたのせいよ! あんたがあの時非常口を開けたから一気に海水が流れ込んできたのよ! そのせいで私たちは!」

 

「なんだと!? どっちにしろ機内は浸水してた! 今更なんだよ!」

 

「いや! 確かにアンタは早計だった!」

 

「お前まで何を!?」

 

 茜と真咲の二人で武光を囲み、お前のせいだと追い詰める。

 二人から同時に責められ、武光の顔色が少しずつ悪くなっていく。

 そんな3人の演技を見て手塚が腕を組み、椅子の背もたれに身を預けた。

 

 43番(真咲)が即座に状況を明確化、44番()が設定を追加して41番(武光)に突っかかり、そして43番がそれに対応して殺し合いへの流れを作った。

 皆上手だね、器用だ。

 普通のオーディションなら確実に合格組だろうね。

 

 でも、悪いけれど芝居はスポーツじゃあない。

 

 確かに彼らは上手い。

 努力で培った技術があり、容姿も申し分ない。

 各々キャラも立っていて、しかしスターズ組を食う程のカリスマ性は無い。

 

 正直かなり良い、スターズの求めるオーディション組として彼らは申し分ないだろう。

 ……だが、それではつまらない。

 つまらない役者は要らない。

 

 だからこそ、君に期待してるんだよ?

 百城千世子(天使)2号、夜凪景。

 

 

 燦燦と太陽が降りしきり、体を照らす。

 暖かい太陽の光をたっぷりと吸い込んだ服が、まるで干したばかりの布団の様に体を包み込んでいる。

 

「このままじゃ皆飢え死によ! 全部アンタの所為よ!」

 

 瞼の裏に光が差し込み、遠くで鳴くカモメの声がまるでモーニングコールの様だ。

 頭を支配する眠気を我慢しながら体を起こし、周囲を見渡す。

 そうして目の前に広がる一面の海と砂浜に、自身の乗っていた飛行機が墜落した事を思い出した。

 

……生きてる

 

「こんな無人島でどうやって生きていけばいいのよ!」

 

 ……無人島?

 近くで何やら騒いでいるクラスメイトの声に、思わず首を傾げた。

 

ねぇ

 

「なによ!?」

 

なんで歩いても無いのに無人島って決めつけてるの? 奥、人里あるかもしれないでしょ?

 

「あ、あるわけないでしょ人里なんて……」

 

なんで? 勝手に決めつけて喧嘩して。貴方達……どうしたの?

 

「な、なんでって……そんなの」

 

 ……町田さんが無人島に漂着、と設定を言ったからだ。

 あとこの無人島を模した無駄に雰囲気を煽るリアルな撮影セット。

 

 自分たちの演技の根幹にあった無人島という設定。

 それを前提に置いて演技をしていた理由に、真咲が即座に思い至った。

 

 ”そんなものを読んだら演技が引っ張られるぞ!”

 ……チッ、武光の言う通りになるとはな。

 

 ともかく、夜凪の言う事は正しい。

 だからこそ無視すれば演技が崩壊してしまう。

 かといって、それを聞けば設定を変えて一からやり直しになる。

 それでは圧倒的に時間が足りない。

 

 となると……戻すか。

 

目的地(グアム)までの航路をフライト時間から逆算すれば、恐らくここは北マリアナ諸島の更に北、終戦後多くの無人島が点在するエリアだ。この島も無人島とみてまず間違いないだろう」

 

 デスアイランドの原作にいる、とある秀才キャラの台詞。

 それを真咲は一字一句そのまま口にする。

 それを聞き、その場にいた者達は即座にその意図に気が付いた。

 

 なるほど、42番()の疑問を知識で潰して無かった事にし、元の流れに戻す気だなと。

 

「わ、私も見たわ! 飛行機からこの島が見えたの。見渡す限りの森だったわ、ここは無人島よ!」

 

 頼む、これで納得して合わせてくれ!

 そう願いながら、景を見つめる。

 

 クラスメイトに見つめられ、困惑する。

 なんで皆、こんなに無人島である事に拘るの?

 まるで……

 

皆で口裏を合わせているみたいだわ。何が目的なの……?

 

 

 困惑したように呟かれた景の言葉。

 それを聞き、手塚は席に座ったまま少しだけ身を乗り出した。

 そしてよく目を凝らし、景の演技を観察する。

 

 ふむ……何が狙いなのかは分からないが、見た限りふざけているようには見えない。

 むしろ、彼女の演技は3人が必死に作り上げた演技よりも遥かに説得力がある。

 下手な企てで一人の少女を惑わそうとする3人とそれに勘づき怯える少女、といった所か。

 なるほど、上手いね。

 

皆……どうしちゃったの……?

 

 だがそれだけかい? 夜凪景。

 だとしたら……少し期待外れだが。

 

「どうしたって、俺達はただ……」

 

あんたッ、いい加減にしいや! さっきから訳分からんことばっか何のつもりやねん!

 

!?

 

 突然の大声にびくりと景が肩を震わせる。

 その仕草すらまるで本当に怯えている少女を見ているかのような気分にさせられる。

 ……やっぱりふざけているようには見えない、何が狙いなんだ夜凪?

 

 いまいち夜凪の目的は読みとれていないものの、ふざけている訳ではないと察した真咲が茜の肩をさりげなく叩く。

 その衝撃に茜が正気に戻り、視線で感謝を送った。

 それを軽く流し、真咲は少し落ち着いてくださいと視線を送り返す。

 

「その通りだ! お前さっきから変だぞ! どうしたんだ!?」

 

 

 完全に1対3の流れになった演技。

 それを手塚が冷めた目で見つめていた。

 

 素が出たと言えど44番()のあの怒声、そしてカメラに映らないようにしながら即座にそれをフォローする43番(真咲)

 夜凪景のおかげで大分ポテンシャルが見えてきたね。

 ……けど、つまらない。

 

 悪いね、夜凪景。

 多分君は受かるよ。

 君には確かに才能がある、もの凄くね。

 でも、今の君は面白いとは思えないんだ。

 

 手塚が手を上げる。

 

「はい、終わ……」

 

ねぇ

 

 そこまで言って、手塚は思わず上げていた手を止めた。

 

 ……夜凪景の雰囲気が変わった?

 何故? どうして今になって?

 

 そう思い夜凪景を見れば、彼女は3人ではなく何処か明後日を向いていた。

 その視線を追ってそちら側を見る。

 

「おいちぃ、時間間違えてんじゃねぇのか? もう始まってるぞ」

 

「あれー? おかしいなぁ……」

 

貴方達……誰なの?

 

 控え室の通路とこの空間を繋ぐ出口。

 そこに、謎の毛玉と百城千世子が立っていた。

 

 

*1
昔の撮影は手回し式カメラのハンドルを回して撮影していた。このハンドルはクランクとも呼ばれ、そしてアップは英語で上がるという意味がある。その二つを合わせてクランクアップ(撮影から上がる)、撮影が終わるという用語になった。逆に役者が撮影に入る事をクランクインと呼ぶ


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