あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
評価感想誤字報告ありがとうございます。
辺り一面からじゅうじゅうと肉の焼ける音が響く。
火に当てられて熱がこもり、真っ赤に色付いた炭が肉の内部まで一つ余さず肉汁を閉じ込めて焼き上げる。
肉に纏わり付いた余分な脂は炭の放つ光に焼かれ*1、水蒸気となって辺りを覆い、くるくると回る空調ファンに吸い込まれていった。
「「「「カンパーイ!!」」」」
「「乾杯」」
そんな肉を焼いている金網の上、6つの方向からグラスが突き出され、打ち付けられた6つのグラスがカチンッ! と子気味の良い音を響かせた。
場所は近所にある少し豪華な焼き肉屋。
夜凪景のオーディション合格おめでとうパーティーの真っ最中である。
「ぷっはー! いやぁ、合格してくるとは思ってたけど、まさか即日合格してくるとはね!」
琥珀色の冷たく冷えたビールが、シャワシャワときめ細かく泡立ちながら楽し気なハーモニーを奏でる。
それに口を付ければ、舌を冷やし、頬を冷やし、歯ぐきを冷やし、のどを冷やして通過していき、芳醇な香りと爽快感のある独特の苦みが口いっぱいに広がってゆく。
500ml近くもビールの入ったジョッキを一口で半分まで減らし、機嫌良さ気に雪が笑顔を浮かべた。
「トーカも驚いていたけれど、そんなに凄いのかしら? 即日合格って」
「凄いなんてもんじゃないよ! いい? 景ちゃん。オーディションの結果っていうのはね、基本時間を掛けて選ぶんだよ!」
一気に大量に飲んだが故か、ただ単に酒に弱いだけなのか。
早くも酔いが回って来たらしい雪が頬を染め、目を潤ませながら興奮気味に語る。
「なにせ役者は映画の主役だからね! ここでもし下手な役者を捕まえて撮りたいシーンが撮れなかったら大赤字なの。だから普通はもっと慎重に選ぶんだよ。500人だったんでしょ? オーディション」
「ええ、沢山居て驚いたわ。役者ってあんなに沢山いるのね」
「でしょ? で、他に499人も候補がいたのに、オーディション当日にもう合格通知が来た。って事は、景ちゃんはその500人の中から選ぶ必要が無い程に良い演技をしたって事なんだよ! だから、誇っていいんだよ景ちゃん。貴女はその499人の……ううん。今回のオーディションに参加した5万は超えるであろう役者たちの頂点に選ばれたんだから」
そう言って雪は指を一本立て、白菜のキムチを一口頬張る。
口を閉じていてもカリッ、コリッという小気味の良い咀嚼音が雪の口内から漏れ、美味しそうなその音に夜凪姉弟がごくりと喉を鳴らした。
二人が雪の食べていたキムチの入った皿に恐る恐る箸を伸ばし、しかしその手が透歌によって止められる。
手を抑えている透歌を見れば透歌はふるふると首を横に振り、そして夜凪姉弟の皿に、本来なら真ん中に詰められている千切りされた大根とニンジンが抜かれたオイキムチ*2を載せた。
肉が焼け、トングを持った透歌がそれぞれの皿に肉を分けていく。
そして均等に分け終えると、ほんの少しの隙間を空けて綺麗に肉を金網に並べ始める。
もはや一種の芸術性すら感じさせるその美しい配置に、満足そうに透歌が笑みを浮かべた。
そうして並べ終えたあと、透歌は自身の皿に載った肉をほんの少しレモン果汁の垂らされた辛口のたれに浸けて白米の上に載せ、肉で白米を包み、口に放り込む。
「頂点……それってやっぱり凄いのよね」
「当然!」
「はッ、どうだかな。他の奴らのレベルが低すぎただけの可能性もあるぜ」
「もー、またそうやって墨字さんは意地悪言う!」
「はいはい悪かったから叩くなって」
ぽかぽかと肩を殴る雪をスルーしながら、黒山は透歌の分けた肉を辛口のたれに浸け、コチュジャンを付けたサンチュで包んで噛り付く。
そして数回噛んで肉の味を味わうと、口の中にそれらを残したままビールに口を付け、全てを喉の奥へと流し込んだ。
「それでそれで? どんな演技をしたの?」
「無人島っていう設定だったわね。4人の即席チームを組まされて、その4人で5分以内に漂着した無人島で殺し合えって」
「うわぁ……これまたシビアな……どうやって乗り切ったのそれ?」
「私もそう思って他の人の演技に身を任せながら少しずつ主張していこうと思ってたのよ。でもトーカが見に来てる事に気付いたの。だからちょっとやる気出てきちゃって」
「……へぇ~?」
にやりと厭らしい笑みを浮かべて透歌と景を交互に見る雪。
そんな雪の顔に景は、近所で井戸端会議してるおばあちゃん達みたいだわ、という感想を抱いた。
……あくまで心の中で。
流石に言っていい言葉と悪い言葉くらいは景にも分かるのだ。
即座にその思考を頭の中から放り捨て、涼しい顔をする景。
そもそも肉を焼いたり夜凪姉弟の面倒を見たりで忙しい透歌。
そんなからかい甲斐が無い二人につまんないなぁーと思いつつ、ビールをゴクリ。
「すみませぇーん! 生……墨字さんどうします?」
「ああ、俺も生で。あとホルモンだ」
「生2つ! それとホルモン3人前! ……で? どんな演技をしたの?」
生2つとホルモン3人前入りましたー! という店員の声が響き、注文を入れた雪が景に向き直る。
雪の視線を浴びた景が小首を傾げ、ゆっくりと記憶を漁り始めた。
「うーん。さっきも言ったけど、最初は他のメンバーの演技に身を任せようと思ってたのよ。でもなんだか違和感が強くて……」
「違和感?」
「ええ。トーカと演じてた時には一度も感じなかったのに、何故か演技をしていて何かおかしいなって感じたの」
そらそうだ。
雪と黒山が同時に言葉にせず突っ込む。
そもそもの話、透歌は過去に人類の最終到達点、人間の王とまで呼ばれていた存在だ。
そんな彼の演技に慣れた人間が、才能のごった煮である一般オーディションに参加すれば、当然違和感を覚えるだろう。
地平線の先まで広がる広大な海とコップに入った水道水を、どうせ同じ水だからと一括りにするようなものだ。
故に、違和感を覚えたと言われてもそりゃそうだとしか返せないのである。
「……それで?」
「ええ、それでその違和感に引き摺られて私の演技までなんだか変になっちゃって。どうしようかなって思ってたらトーカが見に来たの」
「ん? 透歌途中から来たの? 最初からじゃなくて?」
「みんな無人島で5分以内に殺し合いっていう設定に引き摺られたみたいね。私の番までかなり早く回ってきたの」
「あー、それで遅れたんだ。あ、遮ってごめんね。続けて続けて」
雪の催促を受けながら景が透歌に分けてもらった肉を中辛のたれに浸けて口の中に放り込む。
数回噛み、良く味わうと白米を口の中に入れ、同じくよく噛んでから同時に呑み込んだ。
「それで思ったのよ。こんな演技トーカに見せられない、それにこのまま身を任せてたら全力を出せないままオーディション落ちちゃうって。だから私、自分から悪役になってみんなを引っ張ろうと思ったの」
「ほぇ~、どんな感じに?」
「そうねぇ……首を締める振りをしながら大福美味しいわよねって言ったり、こないだトーカに叩き込まれたあ、これ死んじゃうって感覚を見様見真似で出してみたりとか?」
「……? …………? 墨字さん分かります?」
「俺に振るなよ、分かる訳ねぇだろ。そこに見てた奴がいるんだからそいつに聞けよ」
黒山の言う通り、確かに透歌に聞けばいいじゃんと思い透歌に声を掛けようとした雪。
どうなの透歌? そのどの字が出た瞬間、雪は話し掛けるのを止めた。
雪の視線の先、トングを持った透歌が恍惚とした表情で肉を宙に舞わせ、新たな肉を金網の上に敷き始めていた。
宙に舞った肉はそれぞれの皿の上に一つも外れる事無く綺麗に着地し、肉の表面に浮いた脂が蛍光灯の光を浴びててらてらと輝いている。
無駄に洗練された無駄のない無駄な絶技に雪はあんぐりと口を開けて肩を落とした。
……主に透歌に対する呆れで。
「……ま、いいか。それで? どんな感じに演じたの? 台詞とか思い出せる?」
「そうねぇ。確かまず私が……」
夜は更ける。
そして約3時間後。
オーディション合格おめでとうパーティーが終わるその最後まで、透歌は一度として他の誰にも焼いていない生肉を触らせる事は無かった。
夜凪景の弟を腕に抱き、雪を背中に負ぶって暗闇の夜道を歩く。
隣には眠ってしまった妹を腕に抱えた夜凪景が歩いており、少し上を見上げながら歩くその横顔からは何を考えているのかを察する事は出来ない。
因みにだが、黒山とは大黒天の事務所の前で別れた。
送ろうにも酒を呑んでるから送れねぇし、お前ら歩いて帰れとの事だ。
ついでとばかりに酔い潰れた雪を俺の背中に押し付けて。
別にいいけどね? 酔い潰れた雪と黒山を同じ場所で寝かせる気も無かったけどね?
でもなんか納得いかねぇ。
「ねぇ」
「なんだ」
「貴方……誰なの?」
……ほーん?
「俺とやる気か? あの才能に任せたゴリ押しで」
「……トーカも似たようなものだと思うけど」
「お? 言ったな? 言っちゃったな? ついに言っちゃったな? 俺はその言葉に何も言い返せねぇぞ?」
少しキレ気味に募れば、夜凪景は楽しそうにくすくすと笑いながら、俺が募った分だけ距離を取った。
「ねぇ、トーカ」
「なんだ」
「百城さんとは、特に何かある訳じゃないのよね?」
「何かってなんだ。おかしな関係じゃねぇ事は確かだぞ」
おかしな事を聞くものだ。
確かに千世子の才能が惜しいとは今でも思っている。
だがあれはもはや手遅れとなってしまっている。
言ってしまえば、あれはもう実り切った果実なのだ。
完熟した果実に時間を与えればどうなるか。
……それでも、惜しいと思う事は止められないんだが。
「ねぇ、トーカ」
「なんだ」
「私、偶にトーカの事が分からなくなるわ。それがとてつもなく怖いの」
「なら言ってくれよ、俺に言える事ならなるべく答える」
しかし、夜凪景はそこで言葉を止めた。
まるで何かを恐れるように、信じたくないと目を逸らすように。
暫しして、再び夜凪景が口を開いた。
「ねぇ、トーカ」
「なんだ」
「月が綺麗ね」
「……そうだな」
そうしてまた、二人とも喋ることなく静かに歩き出す。
そんな俺達の姿を、天に浮かぶ月だけが見ていた。