あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ   作:白髪ロング娘スキー

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act30 配信回 2-1

 

 酔い潰れた雪を部屋に寝かせ、居間へと戻る。

 そこには、同じく姉弟を部屋に寝かせてきた夜凪景がイチゴジュースの入ったグラスを手に、L字型のソファーに腰を沈めていた。

 

「ごめんなさい、急に泊まりたいなんて言っちゃって」

 

「気にするな、いつもの事だろ」

 

 同じくソファーに座り、夜凪景が用意していたもう一つのグラスに入ったイチゴジュースを口に含んで飲み込む。

 甘く口の中に広がるミルクの中に混じるイチゴ特有の酸味がたまらない。

 うむ、美味い。

 

「で、なんかあるのか?」

 

「いえ、特には。ただ、ちょっと一人で寝るのが寂しくなって」

 

「……ほーん?」

 

「む、馬鹿にしてるわね?」

 

 いや、別に。

 俺だって偶に無性に人肌恋しくなる時あるしな。

 精神的に不安定だった頃はそうやってよく雪と一緒に寝ていたな。

 ゆっくりとこちらを気遣う様に優しく髪を梳くあの手が気持ち良くて、事ある毎によく強請っていた。

 

「……やっぱり一番の敵は雪ちゃんな気がするわ」

 

「敵? なんのだ」

 

「いえ、なんでもないわ」

 

 よく分からんやっちゃな。

 イチゴジュースを口に含み、味わって飲み込む。

 

 二人とも喋らず、シーンとした静寂が居間を支配した。

 夜凪景はほんの少しだけこちらに近寄り、俺の肩に頭を乗せてなにやらにっこりと機嫌良さそうに微笑んでいる。

 手に持っていたグラスはいつの間にかテーブルの上に置かれており、その中身は既に無くなっていた。

 

 正直鬱陶しいが……今日はめでたい日だしな。

 それに、なんだか人肌云々を言っていたら俺まで少し寂しくなってきてしまった。

 とはいえ雪の寝ているベッドに潜り込む訳にもいかない。

 なので仕方なく……仕方なく、振り払わず好きにさせる。

 

 抵抗しない俺に少し首を傾げながらも、夜凪景は振り払われないと理解したのか遠慮なく腕に抱き着いてくる。

 正座のような体勢のまま、腕と太ももを使って俺の腕を抱え込み、上を向いた俺の手の平の上に腰を下ろした。

 その状態で頭を擦り付けてマーキングをする猫の様に体を揺らしながら、頬を肩に押し付けてゆらゆらと体を動かす。

 

 ……重い。

 あと夜凪景がゆらゆらと体を揺らす度に、下敷きにされた手の指が坐骨(ざこつ)*1に擦られて変な方向を向くため地味に痛い。

 

「だーもう、離れろ離れろ」

 

「あうー」

 

 暫くはその痛みにも耐えていたが、流石に指の方向が90度にまで曲がりそうになった瞬間に夜凪景を振り払った。

 俺の指を尻で引き千切る気かおのれは。

 

 あうあうとゾンビのように手を伸ばしてくる夜凪景を軽くあしらい、とある部屋を後ろ手に指差した。

 

「歌おうぜ。どうせ寝れないだろ?」

 

 

 

 

 

 


 

     

act30        

        

配信回 2-1

 

 


 

 

 

 

 

突発配信だ   お酒飲みながら聞くぞー!

 珍しいな  何時もならちゃんと事前通知するからなー

今もう夜もだいぶ更けてるけど大丈夫かな どこのカラオケ店だろ

黙って待ってろ凡人共

まぁヨナキチが夜凪を危ない目にあわせたりはせんだろ  それもそか

どんな曲を指名しようかなー

俺の嫁の曲、嫁の声で   鬼畜w

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

 #夜凪の夢語り

【カラオケ】全力で声出すぞ【曲指名アリな】

  3,673 人が視聴中・1分前にライブ配信開始
 
 ⤴2361 ⤵16 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 夜凪の夢 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 735万人 

 

 

「うーし、始めてくぞ」

 

 声を出すと同時にコメントがワッと流れ出した。

 視聴者数は……まぁ突発ならこんなもんだろ。

 これから少しずつ増えていくだろうし問題はない。

 

『わーい、お歌配信ら』

『何の曲を指名するか楽しみだなー』

『デスメタル』

『閣下』

『少佐あああああ!』

 

「俺はギルベルトじゃねぇぞ」

 

 カラオケセットの準備をしながらコメントにツッコミを返していく。

 あの映画は良かったですね。

 

『今どこの店で配信してんの?』

『夜遅いけど夜凪大丈夫?』

『大丈夫だろ、ヨナキチが狼にならなければ』

『……大丈夫だな! だってヨナキチ不能だもん!』

 

「おいゴラ、誰が男として死んでるって?」

 

 ちゃんと勃つわ! ……いやまぁ、朝くらいしか勃たねぇけどさ。

 でもこれはこれで便利なんだぞ? 不意に勃って邪魔臭くなる事が無いからな。

 雪や夜凪景の裸を見ても反応しないから、滅多な事では不意に勃って邪魔になる事は無いだろう。

 ……あれ、それ男性として死んでいるのでは?

 

 ……ちょっと嫌な考えが頭を過ったがなんとかスルーした。

 これはまともに受けてたらメンタルにダメージ入る奴だ。

 

「っと、準備出来た」

 

『準備?』

『何の準備?』

 

「カラオケの準備だよ。家のカラオケボックスは色々と配線とか繋がないといけないからな」

 

 なにせ普段はシアタールームとして使っている部屋の巨大テレビだ。

 カラオケとして使うためには配線などを繋いでカラオケ用にしなければいけない。

 少し面倒ではあるが、外に出ず金も使わず歌を歌えるから割と便利ではある。

 雪が帰って来た時とか、偶に雪が歌ってたりするしな。

 俺も暇な時に気まぐれで喉のチェックしたりするし。

 

『家にカラオケボックス!?』

『新参か? 肩の力抜けよ』

『これからはこの程度の事じゃ驚かなくなるぜ』

『さぁ、君も人外の域を存分に堪能して沼に沈むがいい』

『今なら月額0円! お得だよ! ほら、泳ぎにおいでよ!』

 

「宗教勧誘やめぇや」

 

 怪しげな言葉でもって新参の視聴者を沼に沈めようとしている古参視聴者たち。

 まるで宗教の勧誘の様な胡散臭い言葉がどうにもトラウマに触れそうになり、それを止めた。

 唐突に家に来てインターホンを連打し、我慢出来なくて仕方なく出た時の奴らが浮かべる笑顔は怖いものがある……

 

「飲み物持ってきたわよ、トーカ」

 

 ガチャリと扉が開き、2つの陶器カップとお菓子の入った皿を載せたお盆を持った夜凪景が部屋の中に入って来る。

 そちらにカメラを回して夜凪景を映せば、俺の時の比にならない程に大量のコメントが一斉に流れ出した。

 

『うわぁぁぁあああ!!!』『久々の生夜凪だあああああ!!!』『生……夜凪……ゴクリ』『させねぇよ!?』『夜凪たああああん!!』『Hey you! 相変わらず綺麗だねぇ!』『なんだそのノリwww』『肌つやつやしとるー!』『足なげー! 腰の位置たけー!』『夜凪ちゃんかわいー!』『こういう時普通お菓子はポテチとかなのにふ菓子とかどら焼きなの草』『それどころか団子まであるからなw』『お団子美味しいからね、仕方ないね』『和食好きだもんなー夜凪』『ヨナキチが料理配信する時赤魚の粕漬けとかふろふき大根リクエストするからな夜凪』『女の子が喜んで食べるもんじゃねぇw』『渋すぎw』『夜凪ちゃん歌上手いのかなー?』『前に配信した時は可もなく不可もなくって感じだったな』『ほへー』

 

「わっ、コメントが沢山……」

 

 ずらりと並び流れていく文字の奔流に夜凪景が驚いたように目を見開いた。

 割と何時もの事であり、もはや見慣れた光景の筈なのだが、何故か夜凪景は毎回毎回こうして驚く。

 そうして驚きながらも軽くその驚きを流して次の行動に移るのだ。

 

 今も夜凪景は盆に載っていたカップと菓子の入った皿をテーブルの上に置き、よいしょ、と掛け声を出しながらソファにぽふっと座り込んでいる。

 そうして皿に載っていた団子を一口口に含み、美味しそうにモグモグと咀嚼しだした。

 

 毎回驚く理由はよく分からないが、まぁそれが何かマイナスになっている訳でもない。

 気にしなくても問題は無いだろうと、俺も同じく団子を咀嚼しカップに注がれていた緑茶で流し込んだ。

 

 さて、そろそろ歌うか。

 デンモク*2を手に取り、曲を検索する。

 

『そういえば聞きたい事あるんだけどいい?』

 

「ん? なんだ」

 

『デスアイランドの公式ホームページに夜凪の名前あったんだけどあれどういうこと!?』

『あ、それ気になってた』

『スカウト枠が一つあるみたいなんだけど、もしかしてヨナキチも?』

 

「おー、そうだぞ。俺がスカウト枠で景がオーディション枠だな」

 

 デンモクを操作しながら適当にコメントに返事を返していく。

 といってもコメントなんてあり過ぎて全部は返せないから、目に入ったものに軽く応えていく程度だが。

 そんな俺の目に、少し気になるコメントが飛び込んできた。

 

『ヨナキチさん、撮影ではよろしくお願いします』

 

「あ? 撮影でよろしく……?」

 

 共演者か? 誰だ?

 オーディション合格者はまだ夜凪景しか出てはいない。

 だから必然的に、スターズ組の誰かだと思うんだが……名前を出させるのは少し不味いか。

 この時代、何が火種になって炎上するか分からんからな。

 

「そうか、よろしく。うし、この曲にするか」

 

『反応軽っ!?ww』

『共演者やろ? 少しくらい反応してもええ気がするけど』

『はい! よろしくお願いします!』

『でもめげない』

『しょげない』

『シェゲナベイベー』

『ええ子や……』

 

 悪いな、顔合わせの時名乗り出てくれたらサインくらいはしてやるよ。

 ソファから立ち上がり、マイクのスイッチをオンにする。

 選択した曲を反映したカラオケマシンがスピーカーから音を鳴らし、伴奏を始める。

 テレビの画面には巨大な獣と空を駆ける緑髪の女の子のMVが流れ出す。

 

『お、エリンか』

『この曲歌ってるの誰だっけ?』

『隙間点滅器』

 

 

「背中にあった翼は 君と共に無くした

 飛べた頃の記憶は 擦り傷のようには消えてくれない」

 

『いい曲だ』

『もう掴みだけで名曲だって分かんだね』

 

「君を取り戻す そればかり考えていた

 時の濁流に押し流されてしまわぬよう

 思い出は何も語らない 縋り付くあてもない

 残った涙はあと少し きっと君には届かない

 最後の雫が、落ちてく」

 

『タンバリンを必死にシャンシャン鳴らしてる夜凪可愛い』

『でもなんか顔は白けて来てないかこれ?』

『そうか? 何時もの無表情に戻っただけだと思うが』

『興奮が過ぎて逆に真顔になる、あると思います!』

 

「突然夜が弾けた 光が空に飛び散った

 堪らず閉じた瞼を 開けるとそこに君がいた

 背中にあった翼は 今やもう必要ない

 洗い立ての太陽が 僕らを優しく照らしている」

 

『もう夜凪タンバリン振るの止めて団子食ってるな』

『タンバリン振るの疲れたんじゃね?w』

『あれ地味に疲れるからなぁw』

『ラストスパート!』

『感動のエンディング!』

 

「これからは大地を踏みしめて

 君を抱いて歩いて行こう」

 

『888888888』

『88888』

『歌も上手くて運動も出来て料理も出来る。完璧かな?』

『これ一曲目だぜ?』

『こっから暖まってって更に凄い事になるのか……(戦慄』

 

「ふぅ……次は景だぞ。……景?」

 

 マイクのスイッチを切って振り返る。

 そこに座る夜凪景は、何故かぶすっとした表情で俺を睨みつけていた。

 

「えと、景さん?」

 

「……ふん、トーカなんて知らないわ」

 

「え、ちょ、景さん!? 景さぁん!?」

 

『お? なんだなんだ、痴話喧嘩か』

『唐突に起こった面白展開にワクワクが止まらぬ』

『歌を聞く前は普通だったのに何故……?』

『ヨナキチの曲聞いて変わったって事だよな』

『なんかヨナキチやらかしてたか……?』

『分からん』

 

 何故か不機嫌そうにしながら俺の呼びかけを無視して立ち上がる夜凪景。

 その手にはマイクが握られており、不機嫌そうなままマイクのスイッチを入れた。

 

 何故夜凪景が不機嫌になったのかは分からない。

 だがここに立っていると邪魔になるだろう。

 状況をあまりよく理解出来ていないが、歩み寄って来る夜凪景を躱し、ソファに座った。

 

 夜凪景の選んだ曲がスピーカーから響き、伴奏を始める。

 テレビの画面にはガラスを隔てて立つ男女のMVが流れている。

 

『約束のナクヒトか』

『こっちはなんだっけ』

『緑』

 

 

「ねぇ大好きな君へ 笑わないで聞いてくれ

 愛してるだなんてクサいけどね

 だけどこの言葉以外伝える事が出来ない

 ほらね! またバカにして笑ったよね」

 

『こりゃまた大胆な』

『これをヨナキチのすぐ前で歌うという度胸よ』

『男気あり過ぎや夜凪www』

『キャー! ヨナギサンカッコイイー!』

 

「ただ泣いて笑って 過ごす日々に

 隣に立って 居れることで

 僕が生きる 意味になって

 君に捧ぐ この愛の唄」

 

『もうド直球やねw』

『ヨナキチこれを聞いといて未だに首傾げてるぞw』

『もう一回くらい夜凪にぶん殴られろよこいつww』

 

「僕の声が 続く限り

 隣でずっと 愛を唄うよ

 歳をとって 声が枯れてきたら

 ずっと 手を握るよ」

 

『二人して意味深な曲投げつけ合うの草』

『もうヨナキチ裏に隠された意図を察するのを諦めて普通に菓子食いながら聞いてるぞw』

『これもう裏じゃなくて表だと思うんだが……』

『ヨナキチクオリティ』

『それで全て済むと思うなよ貴様ァ!』

 

「ただアリガトウじゃ 伝えきれない

 泣き笑いと悲しみ喜びを共に分かち合い生きて行こう

 いくつもの 夜を越えて

 僕は君と 愛を唄おう」

 

『888888888』

『888888』

『88888888888888』

『ヨナキチと違って圧倒的な歌唱力は無いけど込められた気持ちがヤバいな』

『俺こっちの方が好き』

『機械の作るクソウマ飯と母ちゃんの作る普通の飯って感じだな』

 

「ふぅ……」

 

 マイクのスイッチを切り、ソファに座って茶を飲み一息吐く夜凪景。

 そんな夜凪景の口元に団子をつまんで持っていく。

 

 唇に押し付けられてようやく団子の存在に気付いた夜凪景が、びくりと肩を震わせてこちらを向いた。

 そして俺の顔と手と団子に何回も視線をやり、状況に気付いたのか薄っすらと頬を赤く染めた。

 

「お疲れ、景」

 

「え、ええ……ありがと、トーカ」

 

 そう言って礼を言い、夜凪景はつまんでいる俺の指ごとパクリと団子に噛り付いた。

 指を引き抜こうとするも、夜凪景は俺の指に軽く歯を立てて引き留める為、無理に抜く事も出来ずに仕方なくそのまま嬲られる。

 静かな部屋に暫しぴちゃ、くちゃという水音が響き、口内の団子が無くなった頃にようやく指が解放された。

 夜凪景の顔は完全に真っ赤になっており、目がぐるぐると忙しない。

 

 夜凪景の唾液に濡れた指を見下ろす。

 団子と共に舐められていた指は少しふやけており、唾液が部屋のライトを反射して光を放つ。

 それをティッシュで拭き取り、もう一枚ティッシュを取って唾液の零れた夜凪景の口元を拭いてやる。

 

 さて、次はどんな曲を歌うか。

 いや、配信タイトルに曲指名アリって書いたしな、募集するか。

 

 そう思い、配信画面の映るPCを見る。

 何時もであれば文字だけでうるさいと感じるほど大量のコメントが、何故か今は一つも流れてはいなかった。

 

「あれ、配信終わっちまったか……?」

 

 いや、でもちゃんと配信は続いてるな。

 なんで誰もコメントしないんだ?

 

 疑問に思い、首を傾げる。

 結局、コメントが付き始めたのはそれから5分ほど経ってからの事であった。

 

 

*1
尻のあたりにある骨

*2
カラオケで曲を検索するタッチペンなどの付いた機械。名前の由来は電磁目次本、略してデンモクである

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