あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
評価感想誤字報告ありがとうございます。
サブタイは思いつかないから適当。
青く晴れた空の下、人の行き交う都会の街をお洒落をした女の子が一人歩く。
白と黒のストライプが特徴のゆったりとしたシャツに黒のプリーツスカート。
上にはベージュ色のチェスターコートを羽織り、肩からは小さなショルダーバッグを下げている。
天使の輪が浮いた夜のような漆黒の長髪は後頭部で纏められており、新雪が如く白いうなじを周囲に晒している。
スカートからは紺色のスキニーパンツを纏ったすらりと長い足が伸びており、その女の子のスタイルの良さを存分に周囲に知らしめていた。
ならば顔はといえば、これまた女性として理想的ともいえるほど綺麗に整った卵型の輪郭をしている。
触れれば弾みそうなシミ一つ無い綺麗な肌に、ぷるんっという音が聞こえてきそうなツヤツヤとした真っ赤な唇はまるで熟れた果実のよう。
長い睫毛に挟まれた大きなブラウンの瞳はまっすぐ前を向いており、凛とした強い意志を感じさせる。
そんな神に愛されたかのような美貌にはやや幼さが残っており、今でも世界に出せば嵐を巻き起こすであろう彼女が未だ発展途上の身であると知らしめていた。
ふわりとミルクの匂いを漂わせながら一歩一歩彼女が歩みを進める。
男はみな自然と頬をだらしなく緩ませて目で彼女の後を追い。
女は美少女という概念が擬人化したような彼女に女としての負けを悟り崩れ落ちる。
辺りにはあっけなく魅了された男の頬が引っ叩かれる音が響き渡り、心の折れたかつて女性であったものが真っ白になって転がっていた。
ただ歩く。
それだけで都会の街を地獄絵図に塗り上げたその女の子の名前は夜凪景。
頭頂部から生えたアホ毛がチャーミングな役者見習いである。
そんな彼女は今、黒山墨字のセレクションした服を身に纏い、とある場所へと向かっている最中であった。
「顔合わせ……どんな人が来るのかしら」
目的地はスターズ事務所。
今日はオーディションの合格者組とスターズ組の顔合わせの日である。
景が、以前透歌に誕生日のプレゼントとして買ってもらったスマホに視線を落とす。
そこには朝方に透歌から送られた一通のメールが表示されていた。
「用事があるから一人で先に行っててくれって……何の用事なのよ」
一応確認のメールは送ってあるのだが、それに対する返信はない。
スマホの画面を見つめながら、景は不機嫌そうに眉を顰めた。
折角雪ちゃんと黒山さんがオーディション合格のお祝いに服を選んでくれたから、お洒落をしてトーカと一緒に行こうと思ってたのに……
はぁ、とため息を一つ吐き、景は肩を落とした。
事実、今日の景はかなり気合を入れてお洒落をして来ていた。
顔にはかなり薄くとはいえ雪の手によって化粧が施され、血色の良い健康的な肌はファンデーションが塗られた事により、何時もよりも割増しで白く儚く見せている。
リップによって赤く色付いた唇は思わずむしゃぶりつきたくなる様な色香を放っていて、鏡を見て思わず自分で可愛いという感想が浮かんだ程だった。
綺麗に出来たのだ。
見せたかったのだ。
誉められたかったのだ。
可愛いな、とか。
綺麗だな、とかとか。
似合っている、でもいい。
何でもいいから、トーカからの言葉が欲しかった。
……なのに。
「はぁ……
もう一度深くため息を吐き、肩を落とす。
メールが届いた時よりはマシではあれど、景の心は心底沈んでいた。
そして、景が落ち込む理由がもう一つ。
「ねぇ君綺麗だね! もしかして一人? 何処向かってんの? 今暇だったりする? お名前はなんてーの? ねーねー聞いてるー?」
何故かやたら絡んでくるこの手の輩である。
断ってもしつこく付き纏ってくるし、諦めるという事を知らない。
いっそ拳で追い払いたいが、あちらはただ付き纏ってべらべらと言葉を垂れ流しているだけだ。
貴方に綺麗だと言われても、なんにも嬉しくないのに。
あー、イライラする! 鬱陶しいわ!
けれど、トーカは「面倒な輩に絡まれた時は、どんなに頭に来ても自分から手は出すな。あっちが手を出して来たら全力でやり返せ。相手を悪くすれば、あとはお前は顔で勝てる」と言っていた。
なのでこちらから手を出すわけにもいかない。
はぁ……踏んだり蹴ったりで憂鬱だわ。
そもそも、軽くお洒落をした程度でなんでこんなに声を掛けられるようになるのかしら。
いつもはどんな服装をしていても声を掛けられる事なんて無いのに。
眉を顰め、伏し目がちにため息を吐く。
景は知らない。
そうやってため息を吐く様子が、未亡人の様な静かに香り立つような色気を放っている事を。
それが誘蛾灯のようにこういった輩を引き寄せている事を。
景は知らない。
こういった輩に声を掛けられそうになると、いつも透歌が圧をかけて遠ざけている事を。
普段は声を掛けられないのではなく、掛けられないように透歌が気を付けている事を。
故に、対応の仕方を知らない景は無視をする。
横に並んで歩く男など存在しないとでもいうように、前を向いて足を動かす。
初めての事に少しの恐怖を覚え、肩から下げたショルダーバッグのベルトをきゅっと強く握り締めながら。
「ねー無視しないでよオネーさん。一緒に遊ぼうぜ? 楽しいよー? 俺友達沢山いるからさ、そいつら呼んで一緒に楽しもうよ」
男の手が伸ばされる。
こちらの肩を掴もうとするその手に視線をやり、触れるのを待つ。
触れた瞬間、正当防衛として拳を飛ばそうと手を握り締めた。
そうして伸ばされた手が景の肩に触れる……その直前に、その手首が掴まれた。
横から伸ばされた手が男の手を引っ張り、景から男を引き剥がす。
男の手を掴んだ手の持ち主が、男を睨みつけながら景に話しかけた。
「一緒にいるからトーカという男なのかと思ったが、嫌がってるようだったし違うんだよな? 夜凪」
「武光君? ……ええ、トーカじゃないわ」
「なら良かった、もし違ったらどうしようかと思っていた。というわけですまないな、連れなんだ。諦めてくれ」
そう言って武光は掴んだ手を力強く握り締めて振り払う。
手を振り払われて体勢を崩した男は、武光に掴まれた手首を痛そうに摩りながら忌々し気に武光を睨みつけて走り去って行く。
その背中が角を曲がって見えなくなると、景は武光に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい、助かったわ」
「気にするな! いざとなったらお互い様だ!」
「それでも、ありがとう。武光君も受かってたのね」
「夜凪もな! オーディションが終わった後、既に夜凪の名前が合格者として載っていたのには驚いたぞ」
まぁあの演技力ならば納得だがな!
そう言って声をあげて笑う武光に、景も私も驚いたわ、と言ってクスリと笑った。
横に並び、一緒に歩き始める。
景の歩幅に合わせ、武光が歩く速度を落とした。
「それにしても凄かったな、夜凪のあの演技は。今でも鮮明に思い出せるぞ」
「ありがとう。でも武光君たちも良い演技をしてたわよ」
「む、いやまだまだだ。あれは俺の実力ではない」
「そうなの? 私はあの時の演技が全力だったわ」
武光君って凄いのね。
心の底からそう言っていると分かるほんわかした笑顔で武光を褒める景。
そんな景を見つめながら、武光はそういう事ではないのだがと思いつつも、口には出さず心の内に留めた。
そのまま談笑しながら歩くこと数分、スターズの事務所へと二人は辿り着いた。
レッスンルームや食堂、会議室や撮影室など色んな部屋が一つの建物に詰められた5階建ての事務所は、都会の街中にあるとは思えない程に大きい。
二人はその入り口の扉を開け、中へと入る。
扉を開けた先にあるエントランスにはいくつかの白い座椅子が並び、埃一つ無いつるつるの綺麗な床が広がっている。
壁にはウルトラ仮面のCMや、スターズ俳優の出演するドラマなどのPVが流れているテレビが埋め込まれており、現在はデスアイランドの記者会見の映像が流されていた。
「広いわね……」
「広いな……」
ただただエントランスの広さに圧倒される景と武光。
その耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「顔合わせかー、星アキラとかも来るんすかね。俺あいつの演技嫌いなんですよねー」
「……」
「茜さん? 茜さーん?」
真咲が茜に話かけていた。
今日の天気から顔合わせに関する簡単な話題までいくつか並べ、しかしそれに対して茜は一つも返事をせずに全てスルーしている。
「……いつまでいじけてんすか、茜さん」
「……だって、私なんで受かったのか分からんもん。ただ流されてただけやで? はぁ……やっぱり辞退するべきやったやろか……」
「勘弁してくださいよ、それ言ったら俺も辞退しなきゃいけなくなるじゃないすか。それに元々オーディションってそういうもんでしょ」
真咲はそう言って呆れ気味に茜を慰めた。
そんな二人に、武光が声をかける。
「そうだぞ湯島! 役者なら自信がなくとも常に胸を張れ! 俺達は他の者を蹴落としてここに立っているのだからな!」
「声でけぇよ武光、相変わらずうるせーな。……あ」
突然の大声に顔を顰めた真咲が、武光の後ろに立つ景に気付いた。
そして咄嗟に横に立っている茜に視線を向ける。
同じく景に気付いた茜は一瞬体を強張らせ、顔を俯かせて何も言わずにそのまま奥へと歩き去って行った。
「あ、ちょ、茜さ……ああくそ、夜凪!」
「えと、何かしら?」
「次は負けねぇからな! 首洗って待っとけ!」
景を指差して宣戦布告を放ち、真咲は茜の後を追って走り去って行った。
そんな真咲の背中を見ながら景はそっと自分の首に触れる。
すりすりと自分のうなじを何度か摩り、そして首を傾げた。
「……首を洗っておけばいいのかしら?」
「そういう意味ではないと思うぞ? 夜凪」
カサゴソと何かが
一つ二つという単位では数えきれないほど大量の音源がそれぞれ好きに蠢き、聞くに堪えない不協和音を生み出していた。
そんな音を扉越しに聞きながらソファに座る。
テーブルにはジュースとビスケットやマシュマロなどのお菓子が出されているものの、とても手を付ける気にはならなかった。
テーブルから目を離し、台所へと視線を向ける。
居間からキッチンの様子が見える間取りであるため、台所で鼻歌を歌いながらなにやら作っている背中がよく見える。
ふつふつと沸く湯の音からして、何かを煮ているらしい。
やがて沸騰する湯の音が途切れ、水の流れる音がした。
器を二つと小皿を二つ載せた盆を手に、調理をしていた者が居間へとやって来る。
器には挽肉と目玉焼き、そして薄く切られたかまぼことネギの散らされたうどんが入っており、小皿には松前漬けが少量盛り付けてあった。
目の前に立つ彼女の器にも同じものが入っており、しかし女性であるためか量はかなり少ない。
見た目はとても美味しそうだ。
……ただ、食欲はどうも湧きそうにはない。
「いただきます」
「……イタダキマス……」
とはいえ、出されたものを食欲が無いと突っ返すのもあれだ。
食いたくないとごねる体を無理矢理黙らせ、箸を握る。
皿に盛られたうどんを一本口に入れ、長いそれを箸で折りたたむようにして口の中に詰めた。
口の中に入ったもちもちと柔らかいそれを咀嚼し、つゆを口に含んで一緒に飲み込む。
味はとても良く、常に自炊をして生活している事が察せられた。
……ただ、それでもやはり次を食べる気になれない。
「……で、なんで俺を呼んだんだ、ちぃ」
箸を置き、対面に座ってズルズルと勢いよくうどんを啜り、松前漬けを齧っている千世子に問う。
そんな千世子はむぐむぐと咀嚼すると、うどんのつゆを口に含んで飲み込んだ。
「オー君と一緒に行きたかったからじゃ駄目かな?」
「いや、別に構わないが、それなら夜凪景と一緒に行っても良かったんじゃないのか?」
昨夜、スマホに一通のメールが届いた。
件名は明日一緒に顔合わせ行こうよ!
内容は、二人で一緒に明日の顔合わせ行こ? 朝この住所まで来てね!
二人で、と書かれている辺り夜凪景は省かれていると察した。
夜凪景に用事が入ったから一人で行くようにという宛のメールを送り、住所をスマホで調べながらふらふらと歩く。
そうして書かれている住所に来てみれば、そこにあったのはVIP御用達の超高層マンション。
特に感想も無く到着したことを千世子に知らせてオートロックを外してもらい、中へと入った。
そして玄関を開けた千世子は、まず俺の両脇を確認し、誰もいない事を確認して満足げに笑みを浮かべた。
その顔を見る限り、夜凪景を連れてこないのは正解だったらしいのだが……
「だって、夜凪さんは何時もオー君を独り占めしてるじゃない? ずるいなーって思って」
そう言って千世子は最後の一本を啜り、つゆを飲み干した。
小皿に盛られていた松前漬けはとっくのとうに消えている。
「……まぁ理由はなんでもいいがな。まだ食えるか?」
「……? 食べないの?」
「……ちょっと、食欲がな」
今この瞬間にも、絶えず部屋にはガサゴソという何かが蠢く音が響いており、一分一秒経つごとに自分の中の何かが削れていく感覚がする。
食欲など湧く筈もなく、結局うどんは一本減っただけの状態でそのまま残っていた。
「じゃあ勿体ないし食べちゃうね」
「ああ、悪いな。作ってくれたのに」
「気にしないでいいよ。薬とか飲む?」
「いや、大丈夫だ。具合が悪い訳じゃない」
「ならいいんだけど。じゃあ、いただきます」
そう言って千世子は手を合わせてにっこり笑い、自分の使っていた箸を空の器に入れて横に退かす。
俺の分のうどんを受け取り、そして俺の使っていた箸を使ってうどんを啜り始めた。
同じく渡した松前漬けは何時の間に食べたのか、既に無くなっている。
暫く何かが蠢く音と千世子がうどんを啜る音が部屋に響き、そして箸が器に放られた。
「ごちそうさま」
「相変わらずよく食うな」
「でも嫌いじゃないでしょ?」
「食事は体のガソリンだからな」
食わないと動けないし、最高のパフォーマンスなど出来ない。
食わない方が良い動きが出来る人間もいるが、少なくとも俺は食った方が良い動きが出来るタイプだ。
いやまぁ、今回は食ってないけどね?
「それじゃ、出かけようか」
「ん? 顔合わせの時間までまだかなりあるぞ」
「うん、分かってるよ。ただちょっと買い物したくてさ。デートしようよ」
「構わんが……ん?」
ソファから立ち上がり、空の器を持って台所へと運ぶ。
キッチンは綺麗に整えられており、汚れ一つ無く清潔であった。
そんな綺麗なキッチンに一つの異物が交ざりこんでいるのに気づき、それを手に取る。
「炭酸レモン水……買ってるのか」
「ん? ……ああ、美味しかったよね、それ」
「そうだな。けど空っぽだし、ゴミに捨てるぞ」
「いや、いいよ。後で自分で捨てるから。器も水だけ入れといて」
「ああ、分かった」
忘れないように、ちゃんと元の位置に置きなおす。
こういった細かい事は気になる奴は気になるからな。
部屋が多少汚くないと落ち着かなかったり、自分の物を誰かに触られたくない奴だったり。
千世子もそういった、自分でやらないと気が済まないタイプなのだろう。
シンクに器を置き、水を入れて玄関へと向かう。
千世子は既に靴を履いて俺を待っていた。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
夜凪の服装は一巻の巻末を見てください。
持ってない人は想像しろ。
イメージするものは常に最高に可愛い夜凪だ。