あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
だだっ広い会議室の中、真ん中に穴の開いた楕円形のラウンドテーブルが置かれ、人一人分の間隔を空けて椅子が設置されていた。
オーディション組の12席、スターズ組の12席に加えて手塚の1席、計25席の椅子。
そんな並べられた椅子は、たったの13席しか埋まっていない。
時刻は既に事前に知らされていた時間を5分は過ぎている。
静かな会議室の中、パンッと手を叩く音が響いた。
音源を見れば、そこには手塚が手を合わせてにっこりと笑っている。
「いやぁ、ごめんね皆! 折角時間通りに来てもらったのに
「では、私からいかせて頂きましょう」
唯一到着し、目を瞑って静かに座っていたスターズ俳優が、椅子を引いて立ち上がる。
真っ白な無地のTシャツにジーパンというラフな格好をした彼女は、一斉に見つめて来るオーディション組の視線をものともせず、口を開いた。
「私の名前は和歌月千。知っている者もいるかもしれませんが、つい先日スターズに入ったばかりの若輩者です。ゆえに私もあまり先輩として何かを教える事は出来ませんが、一緒に頑張って撮影を行っていきましょう」
よろしくお願いします。
そう言って頭を下げた和歌月に、オーディション組が拍手を行う。
「はい、ありがとね和歌月さん。それじゃあオーディション組のみんなもそれぞれ自己紹介してこっか。じゃあまずは」
「それに関してですが」
「ん?」
手塚の言葉を遮り、和歌月が声を上げる。
何か用かな? と首を傾げる手塚に対し、和歌月は空いている席を指差した。
「スターズ組が殆ど来ていない現状ではあまり強くは言えませんが、オーディション組の一人が欠席しているようです。これに関して何か報告は?」
「ああ、彼ね」
少し不機嫌そうな和歌月に、手塚はその事かと軽く返した。
「彼に関しては後で彼女と一緒に来るよ。メールが来たからね。だから安心していい」
「……ならいいのですが。それともう一つ」
まだ不満げではあるものの、納得を示した和歌月が椅子に座ったまましゃがむ。
そしてテーブルの下に置いてあったバッグを膝に載せ、中から色紙とペンを取り出した。
「すみませんが、夜凪さん」
「……」
「夜凪さん?」
「……え、あっ、何かしら!?」
「いえ、どうかサインを頂けないかと思いまして」
天井からぶら下げられたシャンデリアをぼうっと眺め、トーカの部屋にも似たような物があったわね、と思考を明後日の方向に飛ばしていた景が、和歌月の声でワンテンポ遅れて現実へと帰還する。
そして目の前に差し出された真っ新な色紙とペンを反射的に受け取り、和歌月を見上げた。
「えと、私字が汚いのだけど大丈夫かしら?」
「構いません。夜凪さんのお名前と和歌月千へ、とお願いします。和風の和に歌詞の歌、夜の月と漢数字の千です」
「分かったわ。でもいいの? トーカじゃなくて」
「ええ、ヨナキチさんの分は別で用意してあるので」
景の疑問に、バッグから追加の色紙を取り出す事で返事をする和歌月。
もしも失敗したとしても大丈夫なように、何枚も用意されている辺りに和歌月の本気具合が垣間見える。
それを見て、ならいいのだけど、と景は楽しそうにサインを書き始めた。
そんな二人のやり取りに、オーディション組の一人がぷるぷると震え出し、耐えきれないといった様子でガタッと勢いよく音を鳴らして立ち上がった。
思わず皆そちらに視線をやり、何事かと驚く。
そんな視線に気付いた様子もなく、周囲の視線を集めながら彼女が景に向かって叫んだ。
「よ、夜凪さん! わ、私も! サイン! 頂けますか!!?」
色紙を突き出し、必死の形相でそう訴える。
目はぐるぐると回り、正気ではないのが簡単に見て取れた。
とはいえ要求されている事はただのサイン、そこはスルーして景は突き出されている色紙を受け取る。
「えと、お名前はなんていうのかしら?」
「き、木梨! 木梨かんなです! 樹木の木に果物の梨、かんなはひらがなです!」
「分かったわ。でも今は和歌月さんのを書いてるから、ちょっと待ってて頂戴」
「はい!」
ぱぁっと嬉しそうに顔を輝かせる木梨。
それを微笑ましく思いながらサインを書いていた景の腹を、真咲が肘で突いた。
くすぐったさから反射的に身をよじりつつ、何の用かと景が真咲を見つめる。
そんな景に、真咲は声を潜めて話しかけた。
「なぁ、もしかしてお前って有名人だったりするのか?」
「有名人……かどうかは知らないけれど、YouTuberをやってるわ」
「ほーん、名前は?」
「夜凪の夢ね」
夜凪の夢夜凪の夢、と小さく繰り返しながら真咲がスマートフォンで検索する。
そしてチャンネル登録者数に目を剥き、勢いよくバッと景の方を向く。
挙動不審な真咲に首を傾げながら、景は和歌月の分のサインを書き切った。
自身の書いたサインを見直し、まだ綺麗に書けている方だと安心した景は和歌月にサインを渡し、もう一つの色紙を手に取る。
次は木梨の分だ。
そう思いサインを書こうとしたその時、がちゃりと音を立てて会議室の扉が開いた。
そちらに視線を向けた景達が、入って来た者を視界に入れる。
「ごめんなさい、遅れてしまって」
「人身事故で電車が止まってた。悪いな手塚由紀治」
そこには美女と野獣が立っていた。
部屋の中へと美女が入る。
薄手のノースリーブのワンピースを羽織り、右手首には黒いリストバンド。
白い肌は蛍光灯の明かりを反射し、見ている者にキラキラと彼女自身が光を発しているかのように見せている。
全身が白色で染められた彼女の首には右翼のぶら下がった黒いタトゥーチョーカーが付いており、どことなく官能的な、思わず目を逸らしそうになる艶やかな色香を放っていた。
そんな彼女は空席だらけの会議室を見回し、ため息を吐く。
「私と和歌月さんしか来てないじゃんスターズ。こんな日に顔合わせなんてしちゃダメだよ? カントク」
「ま、顔合わせなんてしなくても撮影に影響は無いからね」
「大アリだよ! 酷い監督だなぁ、第一皆に失礼だよ? これじゃあ」
仕方ないなぁとでも言うように苦笑しながら、彼女が手塚を責めた。
それに対し、特に顔色を変える事も無く手塚はいけしゃあしゃあと答える。
「で、今はどこまで進んでるんだ?
二人の話に野獣が割り込み、現状の顔合わせの進捗を聞いた。
その左手首には美女とお揃いの白いリストバンドが付けられており、髪の隙間から見える首元にはこれまたお揃いの左翼のぶら下がった白いタトゥーチョーカーを身に付けている。
「まだ自己紹介の段階だよ。今は……サイン会かな」
「サイン会?」
手塚の言葉に、手塚由紀治を見ていた野獣が辺りを見回す。
会議室の中にはスマホを持ち、夜凪景を見ている人間と夜凪景の周りに集い、色紙を手に持った人間の二つに分かれていた。
夜凪景がサインをしてたのか。
それに、空席だらけのスターズ組の中で唯一居るって事は、こいつが前の歌配信で挨拶してきた共演者かな。
そうして観察を兼ねて会議室を見ていた野獣は、自身を見つめる鋭い視線に気が付いた。
そちらに目をやれば、そこには目を見開いてじっとこちらを見つめている夜凪景。
視線は野獣の手首と首を交互に行き交っており、その視線には何やら強い感情が込められている。
「なんだ、け」
「それでは改めまして! 遅れてごめんなさい、百城千世子です! よろしくお願いします!」
夜凪景に話しかけようとした野獣の言葉が、美女……千世子に遮られた。
にっこりと笑ってオーディション組を見ている千世子にわざとらしさは無く、恐らくはただの偶然だろう。
ま、夜凪景は後回しでもいいか。
そう思い、千世子に続いて野獣も自己紹介を開始した。
「あー、遅れて悪かったな。ちぃとの買い物自体は割とあっさり終わったんだが電車がな。スカウト枠で今回の撮影に参加させてもらう柊透歌だ、ヨロシク」
笑みを浮かべ、オーディション組に挨拶をする透歌。
その爽やかな笑顔にオーディション組は皆一様に拍手を……いや、3人を除き、拍手が行われた。
それを見て、透歌はそちらに視線をやる。
そこには拍手を行わなかった3人……武光と真咲、そしてガタガタと震える茜が座っていた。
……まぁ、何かを感じられる奴が居る分まだマシか。
オーディション組の想像以上のレベルの低さに、思わずため息を吐きそうになる透歌の前に千世子がさりげなく移動し、透歌を隠す。
背後に透歌を隠して視線を遮った千世子はにこやかに笑い、オーディション組に向かって話しかけ始めた。
「そうだ、源真咲君! ザ・ナイトの劇場版観たよ! ツカサ役すごくハマってたよ! でもドラマ春の歌の生徒役の時とあんまり印象変わらなかったかな。もしかして演じ分け苦手なタイプ? 私と一緒だね!」
「なっ!?」
「あ、湯島さんも真咲君と同じ事務所だったよね! 子役時代からの出演作品全部観ちゃった! どんどん上手くなってくから面白くて!」
「えっ……?」
「というか、武光君生で見るとホント大きいね! 舞台DVD見たよ! 凄く目立ってたね! 存在感凄くて思わず笑っちゃった!」
「……どうも」
目の前に立ち塞がり、怒涛のマシンガントークを放つ千世子を見つめる。
相変わらず酔狂な事だ。
恐らくは合格者が決まってすぐに、それらの出演した作品を見て演技傾向や思考回路、長所と短所の全てを分析したのだろう。
睡眠時間を削り、食事の時間を削り、趣味の時間を削り、しかし情報収集とそれに伴う練習だけは欠かさない。
その努力は並大抵のものではないだろう。
千世子のそういった努力をする所が俺は好きだ。
だが、そうやって才能を腐らせて小手先の技に頼る。
千世子のそういった努力をする所が俺は嫌いだ。
「だからあそこであの演技が出来るのはすごひゃあ!?」
未だマシンガントークを続けている千世子の背中に向かって透歌が手を伸ばし、つぅっと首筋を爪で撫でた。
途端千世子が体を震わせ、首筋に手を当てながら鳥肌を立たせてしゃがみ込む。
そして目の端に雫を浮かべて振り返り、透歌を睨みつけた。
「な、なにするの!?」
「いや、なんかイラついて」
「なんかイラついて!? ……あ」
透歌の理不尽にも程がある言い分に愕然とした顔を浮かべた千世子だが、オーディション組からの視線を浴びている事に気付き、即座に正気を取り戻した。
首筋を擦りながらも立ち上がり、鳥肌を沈める。
「こほん、変なとこ見せちゃったね。どこまで話したっけ?」
「あとは景の分だな」
「っと、そうだったね。夜凪景さん、オーディション見せて貰ったよ」
千世子が体を夜凪景に向け、話しかける。
その顔はどことなく天使らしくない笑みが浮かんでいた。
幸いかすかに感じる程度、それに気付かれる事は無いだろう。
だが、何故千世子はそんな表情を浮かべてるんだ?
「まさに迫真って奴だったね。見てるだけで呑まれそうになっちゃった。でもあれ芝居じゃないよね? 一体どうやってるの? あれ」
まぁいいか、考えていたって仕方がない。
そう思いながら夜凪景を見た透歌は、思わず驚愕に目を見開いた。
若干顔を俯かせた夜凪景。
その表情は歪んでおり、いつか見た懐かしい顔を浮かべている。
……夜凪景が、怒っていた。