あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
「ねぇ、黒山さん」
「なんだ」
「これ、なに? 何をしているの?」
早朝、スタジオ大黒天にて景はピンと背筋を立てて目を瞑りながら立っていた。
体から力を抜き、楽な姿勢で立っている景をソファに座った黒山が見やる。
しばしその体勢のままでいた景が、目を開いて不思議そうに黒山に尋ねた。
「何って、
「稽古って普通、台本読みとか演技練習をするものじゃないの?」
「普通ならそうなんだがな。色んな意味でお前は普通じゃないから仕方なくこれをやってる。いいから黙って目を瞑ってろ」
ぶっきらぼうな黒山の言葉に、不機嫌さをアピールするかのように頬を膨らませる景。
そんな景に特に反応する事無く、黒山はじっと黙って景の動きを待っている。
未だ機嫌は直っておらずとも、仕方なく景は黙って目を瞑った。
「んじゃ始めるぞ。お前の目には今何が見えてる」
「目を瞑ってるんだから分かる訳ないじゃない」
「んなこと知ってるよ、俺がさせてんだから。目が開いてると想像して答えろって事だ」
「あ、チンピラが見えたわ」
「誰がチンピラだ! ちゃんと想像して答えろバカ娘!」
同じくソファに座っていた透歌と雪の、ちゃんと想像出来てるよチンピラというツッコミを無視し、黒山が話を続ける。
「そうだな、お前の後ろには今何がある」
「んー、資料の並んだラックにデスクとチェア。あと……確かマトリョーシカ」
「そうだ。これで今お前の目玉は背中についてるな」
次だ。そう言って黒山は手を上げ、指を天井に向けた。
「その目玉、天井につけろ。何が見える」
「何って、黒山さんと私……あっ」
「そう、それがフカンであり幽体離脱だ。ここまでなら無意識とはいえお前も出来てるな」
「……出来てるの? じゃあこの稽古をする意味は?」
「すぐに意味を求めようとするんじゃねぇよ、ゆとりちゃんめ。それに本題はここからだ」
再び目を閉じるよう指示をする黒山。
よく分からないが、ちゃんとやる必要がある稽古だと理解した景は、大人しくそれに従って目を瞑った。
そうして目を瞑った景を指差し、黒山は景に向けて問う。
「さて、問題だ。俺から見たお前は今どんな格好をしてる? それを見て俺はどう思ってると思う?」
「黒山さんから見た私? ええっと、目を瞑って立ってるわ。どう思う……どう思う?」
黒山の問いに答えられず、景は目を瞑ったまま首を傾げた。
黒山から見た景、と言われると目を瞑って立っているとしか答えられない。
むしろ他に何があるというのか。
黒山は恰好と言っていた。
という事は、服装などを答えた方が良いのだろうか?
「おい黒山墨字」
「あ? なんだ小僧」
「その稽古、やってる意味あるのか。天使の二の舞にされるのは俺はゴメンだぞ」
クエスチョンマークを増やしながらどんどん首を傾げていく景。
そんな二人の稽古を見て、透歌が口を挟んだ。
どことなくイライラした様子の透歌に、黒山が呆れたように視線を向ける。
「あるに決まってんだろ。お前は夜凪と組んだ共演者を使い捨てにする気か」
「だから景とは俺が組むって言ってるだろ。フォローもするってな」
「はッ、じゃあお前は夜凪が成長する代わりに共演者が潰れるって言ったらどうする」
「潰す。より良き才能の為に」
「だからこの稽古をやってんだ。困るんだよ、撮影する度に共演者を壊されるのは」
そう言って、黒山は再び景に向き直った。
そんな黒山の言葉に、透歌が目を細めて立ち上がる。
不穏な気配を察した雪が透歌の服の袖を掴むが、透歌はそれに対して軽く視線を寄越すだけで、振り解きはせずとも座ろうとはしない。
「黒山……お前、何処までも続く果て無き銀河を凡百の夜景にするつもりじゃねぇだろうな」
「あのなぁ、蛍がなんで美しいのか蛍自身に理解させないでどうやって輝かせるんだ」
「俺がそれを包み込んで引き立てる自然になればいい」
「お前以外とじゃ輝けない蛍か。ハッ、凡百の夜景にしようとしてるのはどっちだろうな?」
「…………チッ、分かったよ。俺が間違っていた、続けてくれ」
そう言いながらも、透歌は不機嫌オーラを隠す事無く、ドカッと勢い良くソファに腰を下ろした。
透歌の袖を掴んだままの雪の手を透歌が優しく解き、自身の頭に乗せる。
なぜ喧嘩を始めたのか、なぜ喧嘩が終わったのか。
何から何まで理解出来ていない雪であったが、取り敢えず要求に応えて透歌の頭を撫で始めた。
同じく困惑した様子の景が、そんな二人を羨まし気に眺めている。
「そら、続きやるぞ」
「黒山さん、この稽古ってどんな意味があるの?」
困惑しつつも、透歌が反対したからには反対した理由があるのだろうと思い、景が再度黒山に尋ねた。
そんな景に対し、黒山は面倒臭そうにポリポリと頭を掻く。
「……まぁいいか。じゃあまずお前の状況を説明するぞ。まず、さっき言ったようにお前はちゃんと
「どういう事?」
「つまりだ。お前はちゃんと俯瞰が出来てるのに、その視点でお前自身しか見てないんだよ。共演者の姿が目に入ってない。だからお前は自分の演技をコントロール出来てるのに暴走してる。それがメソッド演技だって言われりゃそうなんだが……それが何でかは分かるか?」
「……トーカに並ぶため?」
首を傾げてうんうん呻りながらも、景が答える。
その答えに対し、よく分かってるじゃねぇかと黒山が頷いた。
「そうだ、お前は小僧に実力で負けてるから暴走して無理矢理並ぼうとしてる。小僧とだけ演技をする時はそれでも良かっただろうな。その暴走してるお前すら小僧はコントロール出来る。更にその暴走した時の演技をメソッド演技で思い出させて段階飛ばしで成長させる事もな。だが今後は駄目だ。何故か分かるか?」
「……トーカが相手じゃないから?」
「正解だ。まず言っておくが、俺は小僧以上に演技が出来る役者を知らん。だが俺は小僧を使おうとは思わない」
「え、どうして? 出来る人を使うのが一番良いと思うのだけれど」
「ただ出来るだけなら俺もそうするさ。だが小僧は演技が出来過ぎる。この前エキストラの撮影の時教えたろ、撮影は何人で行っていた?」
黒山に見つめられ、景がポケットからメモ帳を取り出してメモされた事を口に出して読み始めた。
「えっと、偉そうにする事が仕事の監督。監督の座を狙ってる演出部。妄想を勝手に画にする撮影部。役者の色んな音を盗聴する録音部。そんなイカれた人達が数えきれないほど居たわ」
「違うからね、違うからね景ちゃん! 今度ちゃんとした情報の載った紙をあげるから! だから今すぐその誤解しか生まないメモ用紙は破り捨ててゴミ箱に放り込もうね!」
透歌の頭を撫でていた雪が景の持っていたメモ帳を奪い、誤解しか生まないメモがされた部分を破り取る。
そしてその紙をぐしゃぐしゃに丸めると、全身をしならせて美しいピッチングフォームをとり、ゴミ箱へ向かってその紙球をリリースした。
球速約10キロの低速球が叩きこまれた衝撃で、ゴミ箱が小さく揺れる。
「まぁそれはいいとしてだ」
「よくないよ!」
「沢山人居たろ。エキストラや役者も」
雪のツッコミを軽く流し、黒山が話を続ける。
黒山に見つめられ、エキストラの撮影を思い出した景がこくりと頷いた。
「ええ、沢山居たわ。エキストラの人も、役者さんたちも」
「じゃあそいつらが居ない映画って作れると思うか」
「出来ないわね。人が居ない街なんて不自然すぎるわ」
「だろう? だが、今のお前はそいつらを無かった事にしてしまう。確かに役者達がそこで演技をしているのに、観客は何もしないお前しか見ないし見えない。それが観客にとっては自然な事で、だからこそそれが不自然さを生む。それは何故か」
「……え、もしかして」
「そうだ。今のお前は出来過ぎるんだ、小僧と同様にな。エキストラ追い出されたろ? あれはお前が出来過ぎたからだ。下手な奴は浮く。出来る奴らの中に出来ない奴が居たら当然目立つ。じゃあ逆に出来過ぎる奴は?」
「目立ち過ぎて、その人しか見られなくなる。皆で作った映画が、その人のための映画になってしまう。……私なら、そんな役者は使わない」
理解出来たみたいだな。
楽しそうに笑みを浮かべ、黒山がポケットに手を突っ込んだ。
ポケットをまさぐり、タバコが無い事に気付いて軽く舌打ちをし、話を続ける。
「で、そこでこの稽古が役に立つ。他人にどう見られているか。それを理解出来れば一人だけ浮く事は無く、演技を完全にコントロールする事で技術の向上が望める。小僧はそれが嫌らしいが、俺はお前をこうやって育てる。嫌とは言わせねぇぞ、監督は俺だ」
「言わないわよ。だって、それも私の事を考えてくれての事でしょう? 役者として育てようとしてくれてるのに、不服なんてこと無いわよ」
景の言葉に、黒山が目を瞬かせる。
透歌に並ぶための亜空間的な成長を妨げた事に関して、恨み言の一つや二つは覚悟していた黒山は少なからず拍子抜けしていた。
隣に立つ雪に視線をやり、黒山は小さく笑みを零す。
「柊、つまんねーなコイツ」
「試す様な事言わないの!」
「ちょっ殴るなよ、痛ぇ!?」
騒がしくなり始めた事務所の中、呆れたように透歌が一つため息を吐いた。
撮影開始日の前日。
オーディション組の集合場所には一台のバスが停まっており、顔合わせの日に見た顔ぶれが集まっていた。
その内の一人がこちらを見て手を振り、それに反応してもう一人がこちらを向く。
「遅いぞ夜凪!」
「お前たちが最後だぞ」
「ごめんなさい、事務所で稽古をしていたら時間を忘れてしまって」
腕時計を確認すれば、集合時間ピッタリ。
遅れてはいないが、間に合っているとも言い難い。
全く、黒山墨字め。
夜凪景の稽古が楽しいのは分かるが、それで遅刻してたらどうしてくれるんだか。
此処へと向かう途中で購入したカロリーブロックを一口齧り、水で流し込む。
そうして簡単な食事を摂っていると、俺よりも10㎝は身長が高そうな男がこちらを向いた。
「こうして会うのは2度目だな! 確かスカウト枠の柊透歌さんだったか!」
「ああ」
「スカウト枠という事はかなりの実力を持っているのでしょう! このデスアイランドの撮影では勉強させてもらいます! よろしく、透歌さん!」
「そうか。因みに俺はオーディションでお前たちを見てる。だから正確には3回目だ。よろしくするつもりはない」
カロリーブロックを口に詰め込んで水で流し込み、食べ終わったゴミをカロリーブロックの箱に詰めて手裏剣の様に投げる。
投げられた箱とペットボトルは、30m先にあるコンビニのゴミ箱の中へと入り、ガコンッと大きな音を立てた。
それを見届けてからバスへと向かう。
「……なんというか、感じの悪い人だな」
「今し方さりげなく行われた投擲だけでも、十分凄い人物である事は理解したがな!」
「あー、トーカって興味の無い人にはあまり関わろうとしないの。一種の人見知りみたいなものね」
そんな会話がかすかに聞こえたが、無視してバスに乗り込む。
中には既に数人座っており、スマホを弄ったり本を読んだり、握り飯に噛り付いていたりしていた。
それらの共演者に話しかける事無く、適当に選んだ席に座る。
暫く夜凪景は先ほどの連中と会話を楽しむだろうし、軽く作業でもしよう。
そう思い、パソコンを取り出そうとした俺の横に誰かが立った。
パソコンを取り出すのを止め、傍に立っている誰かを見上げる。
顔を上げた先に居たのは、目をキラキラと輝かせた短髪の女であった。
その手には一枚の色紙とペンが握られている。
「……何か用か」
「ファンです! サイン下さい!」
頭を下げて色紙を突き出す女。
俺が座っている事が頭から抜けているのか、勢い余って俺の喉を突きそうになったそれを掌で止める。
間違えて角の部分に手をやってしまっため、地味に痛い。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「気にするな。名前は?」
「き、木梨かんなです! 樹木の木に果物の梨、かんなはひらがなです! すみません!」
「いや、だから気にしなくていいって」
興奮しすぎておかしな事する奴ちょくちょくいるから。
色紙を手に取り、女の名前と一緒にサインを施す。
隅っこの方には俺を模したミニキャラを書いて完成だ。
「ほら、書いたぞ」
「あ、ありがとうございます! デスアイランドの撮影、頑張ります! 何か拙い所があれば教えて下さると幸いです!」
いや、硬いね君。
緊張してるのは分かるけどもうちょっと肩の力抜こうぜ?
しばし木梨かんなと名乗った女と会話をしていると、外にいた夜凪景達がバスに乗り込んだ。
バスのエンジンが掛かり、小さな振動が体を揺らす。
どうやらスターズ組は既に撮影場所に向かっており、現地で合流するらしい。
これから1ヶ月、南の島で泊まり込みの撮影が始まる。
せいぜい夜凪景の糧になってくれればいいんだが……さて、どうなる事やら。
今回、黒山がこんな小難しい話をした理由として、透歌に並ぼうとして生き急いでいる景を止めようとしてるからというのがあります。
そうやって生き急いで透歌を追い抜いた時に、今の景にはやりたい事が無いですからね。
王者とは常に孤独で、競う相手がおらず、もやもやとしたものを抱えたまま生きていく生き物です。
そうして孤独になった時、目標が無い人間は死んでくしかないですから。