あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
先導するスタッフの後を追う。
手入れのされていない自然に溢れた森の中を歩いていていると、ふと気付いた。
そこら中に、足を取られそうなサイズの小さな石や穴があり、ところどころ土から木の根が顔を出している事に。
「足を切りかねない草も生えてるし、注意して歩かないと怪我をしそうだな」
こういった役者を傷付けかねない草や穴は普通、スタッフ達が切ったり埋めたりして、安全マージンを取るものだ。
なにせ、役者が傷付いた場合、少し面倒な事になるからな。
撮影というものは、時系列順に撮る撮影と、シーン毎にバラバラに撮る撮影の二種類がある。
前者の、時系列順に撮る場合ならばまだ良い。
1日目に傷が無く、2日目に怪我があっても、少し脚本に手を加えるだけで済むからだ。
キャー! 草で足を切っちゃった!
そんなシーンを入れるだけで、視聴者はこのシーンいるのか? と少し不思議に思いつつも納得してくれる。
まぁ後で、その役者の所属する事務所から、よくもウチの役者傷付けてくれたなテメェ! とかいう展開はあるかもしれないが。
問題は後者の、バラバラに撮影する場合だ。
この場合、2日目に傷が無く、1日目に傷があるという不自然な状況が生まれかねない。
こうなると、簡単なテコ入れだけでは収まらない。
脚本を書きなおすか、撮り終わったシーンをもう一度撮影するか、前述した不自然な状況を呑み込んでそのまま放映するか。
以上の3択のどれかを選ぶ事を迫られる。
正直、どれもこれも面倒事が過ぎて考えたくはない。
そして、今回のデスアイランドはどうなのかと言えば、後者だ。
もしも撮影外で役者が傷付いたら、なんて考えるだけで頭が痛くなる。
だからこそ、演じる側としてはこういった危険物は、なるべく徹底して排除して欲しいのだ。
それが、ひいてはスタッフ達の為にもなり、映画撮影の為にもなる。
単純に忙しくて手が回っていないのだろうが、もしもの時の危険が過ぎる。
後で監督に言って、暇をしている奴にやってもらおう。
一班くらいいるだろ、手が空いてる奴ら。
周囲を見渡しながらそんな事を考えていると、横で歩いていた夜凪景がうんうんと頷いた。
「怪我をしたら痛いものね、気を付けなきゃ」
「いや、確かにそれもあるがな……」
先程考えていた事を、夜凪景にも分かりやすいように、なるべく砕いて話す。
最初は首を傾げて不思議そうにしていた夜凪景だったが、少しして理解したのか、ふむふむと言いながら頷く。
口でふむふむって言いながら頷く人初めて見たわ。
「つまり、怪我をしたら皆に迷惑がかかるって事なのね?」
「そうなんだが……細かい所は理解出来たか?」
「全然! 怪我をしちゃいけない事以外はあんまり頭に入ってこなかったわ!」
こいつめ、理解出来なくて、俺の話を要点だけ抜き出して途中から聞き流してやがったな?
……頭が痛ぇ。
「まぁ間違っちゃいないし、その認識でもいいか。兎に角、怪我だけはすんなよ? したとしてもすぐに俺か手塚由紀治に言う事、いいな?」
「「「はーい!」」」
「よし、なら良い……ん?」
夜凪景に対して聞いたはずの言葉に、夜凪景以外の声が含まれて帰ってきた。
振り返れば、木梨かんなを含めたオーディション組の女子達が、どこか目を輝かせてこちらを見ている。
なんだなんだと困惑していると、肩にポンと手が乗せられた。
そちらに視線をやれば、バスに乗る前に話しかけてきた男が俺の肩に手をやっている。
つか身長高ぇなお前。
「早速勉強させて頂きました! 他にも教えて頂ける事はありませんか!?」
「え、いや、今は無いが……というか、このくらいはプロの俳優なら皆気を付けている事だ。スターズの奴らに聞けばもっと詳しく教えてくれるだろ」
最近の映画撮影の事情に関しては、俺はあんまり詳しくないからな。
こういった基礎知識ならまだしも、暗黙の了解などの話になると、俺は何も教えられない。
というか、俺だって久々の映画撮影で少し体に力が入っているのだ。
あんまり俺に期待して、重荷を背負わせようとするな。
ただでさえ6刀流とかいう、馬鹿みてぇな事をしなきゃいけねぇってのに。
「では、何かを夜凪に教える時、どうか俺達を呼んでください! ぜひとも話を聞かせて頂きたく!」
「構わないが……」
「感謝します!」
バッと頭を下げ、高笑いをしながら男がスタッフを追って歩き去っていく。
それを見て、足を止めた俺達に気付かずに歩いていくスタッフを、慌ててオーディション組が追いかける。
なんとも騒々しく、そして爽やかで暑苦しい男だな。
というか。
「お前達に対して言った訳じゃないんだがな……」
撮影も始まっていないというのに、なんとなく疲れてしまった。
ため息を吐き、肩を落とした俺の背中が誰かに撫でられる。
視線を向ければ、そこには何故かドンマイ! とでも言うかのように、夜凪景がサムズアップしていた。
なんだそのヘタクソなウィンク。
なんとなくイラついて、謎のドヤ顔が浮かんだその頭に、割と力を込めたチョップを叩きこんだ。
事件は突然だった。
修学旅行中の24名の生徒を乗せた飛行機が、嵐に遭い海に落ちたのだ。
無人島の浜辺で目を覚ました12名の生徒達の傍らには、海に流されたはずの各々のスマホがあり、無人島にあるはずのないWi-Fiに繋がっていた。
しかし、なぜかすべてのアプリは起動せず、島外への連絡手段は皆無。
唯一起動するアプリは、インストールした覚えのないものだった。
名称は【
アプリ【デスアイランド】からは定期的に奇妙な指令が下る。
理解の及ばない事態の連続に混乱する生徒達だったが、カレンの先導の下、【デスアイランド】が示した地点、森林の中の不思議な校舎を前に残りのクラスメイト12名と合流することになる。
ここからクラスメイト24名での、デスゲームが始まる事を彼女たちはまだ知らなかった。
……以上が、デスアイランドのあらすじである。
あらすじの時点でなんとなく見る気を無くすのは何故なのだろう。
このあらすじだけ見れば、割と面白そうなんだが。
そんな事を思いながら石垣に座り、スターズ組の到着を待ちながら台本読みを行う。
……なんか俺、今日台本読みしかしてねぇ気がするな。
台本を読み込めば、何か咄嗟の事態がおきても対応しやすくなるから、別に悪い事ではないんだが。
まぁ今日の撮影は学校の前に24人が集まり、千世子の演じるカレンが行方不明になっていた、他の12人のクラスメイトとの再会を喜ぶだけのシーンくらいしか撮らないから、何か問題が発生する事は無いだろう。
そんなシーンに時間は使ってられないし、NGを出さなければ5分もかからないだろうしな。
カレン以外には……オーディションの時に夜凪景と演じていた女、あいつが一言二言喋る程度。
つまり、それ以外の奴に関してはカレンの台詞に対してただ突っ立ったまま、軽く頷いたりするくらいしかやる事が無い。
むしろ初日の、こんな簡単な撮影で問題が起こるなら、それはそもそも企画の時点で問題があるからな。
今日の撮影は退屈になりそうだ。
横になり、顔の上に広げた台本を載せ、スターズ組が到着するまで仮眠でも取ろうと目を瞑る。
太陽の日が当たる石垣に座っていた俺の衣装が、太陽の光を吸い込み、ポカポカと俺の体を暖める。
徐々に高くなっていく体温が、ぼんやりと意識を霞ませ、俺を眠りへと誘っていく。
心地よい感覚、良い仮眠が取れそうである。
そう思った直後、顔に載せた台本が何者かによって退けられ、夕日交じりの太陽が俺の顔を照らす。
苛立ちつつ、俺の眠りを妨げる邪魔者は誰だと思い目を開ければ、逆さまになった千世子の顔と目が合った。
一拍置き、にっこりと笑顔を浮かべる千世子を無視して再び目を瞑る。
そんな俺の頬に千世子が手をやり、むにむにと弄りだす。
「無視はいけないと思うなぁ、オー君」
「……うるせぇよ、完全に仮眠モードに入ってたのに起こしやがって」
ごめんごめんと軽いノリで謝る千世子に苛立ちつつ、横になった体を起こして立ち上がる。
「そら、撮影が始まるんだろ。さっさと待機位置に着くぞ」
「あー、それに関してなんだけどね? 思ってたより早く今日の分の撮影が終わりそうだからさ、ちょっと休憩時間が長くなったんだよね」
「……おい、まさか」
「うん! 1時間後まで撮影は無いよ!」
「ふざけんなクソが!」
早速スケジュールが狂ってんじゃねぇか! 撮るなら撮れよ!
時間があるなら先に撮れるモン全部、この場で撮って余裕を作れよ!
こういう、時間があるのに撮らないとかいう無駄な事をしてるから、納期に間に合わなくなって俺とかを便利屋扱いして頼りだすんだよ!
テメェらは最終日に夏休みの宿題を全部やる小学生かクソが!
「ったく、俺は寝る! 時間になったら起こしやがれ!」
「うん、おやすみー」
再び石垣に横になり、台本を顔に載せて目を瞑る。
幸い、先ほど横になっていた時に感じていた眠気はまだ残っており、猛る感情とは裏腹に、俺の意識はすぐに暗闇へと飲まれていった。
………………
…………
……
「ちょっとだけ、昔みたいに乱暴な口調に戻ってたな」
仮眠を邪魔されたのが、私が思っていた以上に頭に来てたのかな?
もしかしたら、何か地雷でも踏んだのかもしれない。
彼は優しいから、咄嗟に別の事に怒りを向ける事で、私に怒りを向けないようにしてくれた。
それでも、かなりイライラさせてしまったのは確かだろう。
ちょっと悪いことしちゃったな、起きたら謝らないと。
そんな事を思いながら、横になったオー君の頭を起こさない様にゆっくりと持ち上げ、自らの太ももを差し込む。
ポニーテールに纏められた長髪が、くっつけた太ももの隙間からさらさらと零れ落ちていく。
綺麗に流れるのに硬さを合わせ持ったそれが、さらりと肌を撫でていく感覚がくすぐったい。
セットされたその髪型を崩さない様に、尻尾の部分を手に取る。
まるで砂の様に手から零れ落ちていくそれが、彼の物だと思うととてつもなく愛おしい。
周囲を見渡し、人が居らず音も聞こえない事を確認してから、零れ落ちた髪を再び掻き集めた。
手に乗せたそれに顔を近付け、指の腹でそっと髪を掻き分ける。
すると、髪に閉じ込められていたバラの香りが僅かに漏れ、一瞬で鼻を通り、肺を満たし、脳を支配した。
背筋がぞくりと震え、口から熱い吐息が零れていく。
ああ、やっぱり好きだよ、オー君。
零れ落ちた魂の一滴まで余す事無く、貴方への毒のような好きで溢れてる。
でも、今この髪は私の物ではない。
私の隣に立つ者の髪ではない。
あの、
そっと、手に持った髪の束を地面に触れないように手放した。
「あの時、私が変な意地を張らなければ……今も貴方の隣にいられたのかな」
そんな、下らない仮定の話が、静かに零れた。