あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ   作:白髪ロング娘スキー

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act3 始業式

 

 照明一つ無い暗い部屋の中に、四角い形の光が差し込む。

 窓から入り込んだ朝日が顔に当たり、ガラス越しに響く鳥の鳴き声が寝惚けた頭を揺らす。

 

「……あさか」

 

 ぷるぷるとカーテンに手を伸ばし、朝日を遮る。

 光の消えた部屋の中、長いため息を吐きながらなめくじのようにのろのろと再び布団に潜り込んだ。

 

 朝は嫌いだ。

 こちらの事情など知らぬとばかりにゆっくりと昇り、呑気に顔を照らしてくるその性根が気に食わない。

 深夜よりも深い肌を指す様な冷たさ。湿り気を帯びたそれが体を包み込み、体の中から何かを奪っていく。

 一日の始まりを告げる鳥の鳴き声は最早、死の宣告にしか聞こえない。

 

 朝は嫌いだ。

 いっそ、世界は暗闇の中、永遠に来ない光を待ち続けた方が良いとすら思う。

 

 人間とは、試練を糧に成長していく生き物だ。

 ならば永遠に解かれない試練の元、それすらも糧にしていく方が人間の為になるのではないだろうか。

 

 あぁ……俺は今、心底モグラが羨ましい。

 

 寝起き特有の自分でもよく分からない思考の中、ふあぁっと欠伸を漏らし猫のように丸まる。

 

 体に溜まった疲れが重しのように意識を引きずる。

 まるで底の無いエレベーターに乗ったかのように、底なしの泥沼に足を食われたかのように、ゆっくりと意識が柔らかい夢に落ちていく……

 

「朝よトーカ! ほら、起きて!」

 

 ばさっと布団が剥がされる。

 子供を守る母の様な温かみが唐突に消失し、体を冷たい空気が包んだ。

 寒い……

 

「んんんぅ……」

 

「朝ごはん出来てるわよトーカ」 

 

「……よなぎけぇ……あと5ふんだけ……」

 

「だーめ、布団は没収!」

 

 人の心は無いのかこの悪魔めぇ……

 

「ふぁぁ、んぅ……いまなんじぃ?」

 

「今は7時半よ、ついでに言えば今日から学校ね」

 

 めんどくさい……具体的に言えば、休みだと思ってたら仕事があったのを、仕事が始まる1時間前に知るくらいめんどくさい……

 別に行かなければいけない理由も無いしサボるか? ……だめだ、絶対夜凪景が頬を膨らませながら涙目になって見つめてくる。

 

 あれには勝てない。

 

「おれのにもつは……?」

 

「え、知らないけれど……持って来たんじゃないの?」

 

 ……は?

 

「……今、何時だ」

 

「7時半ね」

 

「学校が始まるのは?」

 

「8時20分からね」

 

 もう一ついいか?

 

「……ここは、誰の家だ」

 

「……あれ、もしかして」

 

 ……お前の様な勘のいいガキは嫌いだよ。

 

 

 

 

 


 

     

act3        

        

始業式

 

 


 

 

 

 

 

 俺を待っていれば遅刻するのは分かっていた筈なのに、何故か待っていた夜凪景と共に体育館の裏口から音を立てずに入る。

 新学年一発目の大遅刻をかました俺達に、教師たちは呆れつつも何も言わず、ただ黙って遅刻シートを放り投げてきた。

 

 渡された紙のど真ん中にどでかく寝坊と書き、苦笑いする夜凪景にサムズアップを送りながら提出してやった。

 教師からのOKは出たし、これでも別にいいだろう。

 

 何故か教師は頭痛そうにしていたが。

 今度頭痛薬でも差し入れしてやるか。

 

「先生怒るわよ?」

 

「怒られんよ。それに怒られたとしても俺は止まらん」

 

 凡人にこの俺が止められるものか!

 

「ま、そんな事はどうでもいいさ。ついこないだ仕事が終わったばかりだが仕事が入ってるよ、景」

 

「今度はどこ?」

 

「今回は少し遠いよ。電車で一時間半ちょっとの、新しく建てられた学校のPRだ」

 

 俺と夜凪景は、高校生という身の上ながらバイトではなく仕事をしている。

 仕事の形態としてはフリーランスの演劇屋。

 主に依頼される内容は建物や仕事のPRだ。

 

「報酬は20万、追加は完成度によって応相談だ」

 

「結構貰えるのね」

 

「手間から考えたらもう少し固定金を上げて欲しいもんだがね。まぁ歩合の方で毟ればいいだろう……ククク」

 

「顔がゲスイわ……」

 

 基本的にPR動画というものは数十万から数百万円かけて専門業者に頼むものだ。

 安く済むものであれば1万程度で抑える事も出来るが、当然完成度はそれなりで効果もそれなり。

 そして、企業にしても個人にしても、安く高い完成度の物が欲しいという思いを持っている。

 

 そこで出てくるのが俺達だ。

 

 普段は動画サイトYouTubeに、適当に作った動画を投稿するYouTuberな俺達。

 そんな俺達が作った動画を見て、企業や個人が俺達に依頼をしようと考える。

 例えば、この間の病院のがそれだ。

 

「で、どうする。受けるかい?」

 

「何時からなのかしら……」

 

「今月以内なら何時でも。なんなら明日からでもいいらしい」

 

「明日からは学校よ?」

 

 完成までの期間は最速でその日その場。例え長くても1~2週間といったところ。

 生活出来るだけの金さえあれば、そこまで報酬に拘る事をしない夜凪景が依頼を受けるかどうかの最終判断をするという事もあって、支払う金もそこまで高くつかずに済む。

 

 ある程度安く、短期間で、高い完成度。

 最初の方こそあまり奮わなかったものの、この3つが揃った俺達に仕事が来ない筈もなく、今ではひと月に3~4個は安定して依頼が来ている。

 メンバーが俺と夜凪景だけなので、受けられるのはその内の一つか二つ程度ではあるのだが。

 

「それじゃあ、受けようかしら」

 

「よし、じゃあ早速明日行くか!」

 

「明日からは学校よ?」

 

 ……まぁ、見ていると動画越しにも拘らず、自分が登場人物の一人になったかのような気分になる。

 そんな素晴らしい演技をする美少女を生で見れる、というのも依頼が来る要因の一つではあるのだろう。

 

「……? なにかしら、そんなに見つめて」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 頭からハテナマークを出してそうな話題の美少女に、誤魔化しの笑みを浮かべた。

 首を傾げながらも、何かを納得したらしい夜凪景が帰りの片づけを始めた。

 プリントをトントンと机に当てて揃え、綺麗にカバンにしまっていく夜凪景を見つめていると、足音と共に俺達を影が覆った。

 

「あ、あの!」

 

「あ?」

 

 声の主に視線を向ける。

 野暮ったい眼鏡に頬に散ったそばかす、ぼさぼさの髪が目立つ男が其処に立っていた。

 低い身長と少し幼めの顔も相まって、その道の女には気に入られそうだ。

 

 そんな事を思いながら、声を掛けるだけ掛けてだんまりを決め込んでいるそいつに声を掛けた。

 

「何か用かい? というか、そもそも誰だい、君?」

 

「うえ!? え、えっと」

 

「……何の用も無いならもういいかい?」

 

 緊張して言葉が出ないのか、男は手をわちゃわちゃしてろくろを回している。

 最早涙すら浮かび始めたその緊張ぶりに、どうしても小動物を連想する。

 うん、やっぱこいつそっち系の奴に気に入られるタイプだな。

 

 というか、よく見たら教室内にいる一部の女達が少し興奮気味にこちらを見つめていた。

 業が深いなぁ……

 

 取り敢えず、このまま待っていても用件が出て来る事は無さそうなので、さっさと退散しよう。

 一旦仕切りなおせば少しは緊張も収まるだろう。

 

「帰るよ、景」

 

「え、でも」

 

「今のそいつから話が聞けると思うのかい? ほら、行くよ」

 

「うん……」

 

 若干後ろ髪を引かれた様子の夜凪景を連れて歩き出す。

 先ほどまで興奮気味に男を見つめていた女達からの恨みのこもった視線が突き刺さるが、正直俺の知った事じゃない。

 というか、そんな話くらい聞いてあげなよムーブするくらいなら、さっさとフォローなりなんなりしてやればいいのに。

 

 机横のフックに引っかかっている俺のカバンを回収し、スマホのメールアプリを開く。

 依頼を受ける宛を乗せてメールを送り、カバンを肩に担いだ。

 

 さて、帰りますかね。

 

「あ、あの」

 

「はいはい、何の用だい?」

 

「その、昨日の動画、良かったです!」

 

 思わず目をぱちくりとさせてしまった。

 え、もしかしてこの事を伝えようとしてたのか? ……そんなに緊張する要素あった?

 

 まぁいい、それが用件なら適当に礼でも言っておこうか。

 

「あー、ご視聴ありが」

 

「昨日の動画の舞台になった病院って〇×病院ですよね! あそこ贔屓にさせてもらってるから分かるんですあの病院のロビーの騒がしさ! いくらナースさん達が言っても完全には静かにならないですし多少静かになってもすぐうるさくなります。そんな中に一つだけ響く車椅子! 車椅子って錆びてるとキィキィ鳴ってうるさいんですけどあの車椅子は錆び付いてるのに綺麗に車輪が回る音がしてて! そしてそれに乗って現れた少女とそれを押す男。メイクなんてしてないし髪型だっていつも通りなのにあの動画の中でだけはミカとケイゴという別人なんだって感じたんです! ミカの細やかな演技の中から滲みだす寂しいって気持ちとケイゴに対しての感情、ケイゴの演技から香る自分に対しての嫌悪感とミカに対する罪悪感! まるで本当にミカとケイゴが其処にいるかのような気がしてそれが本職って訳でもないのに思わず役者なんだなぁ凄いなぁって思ったんです。あれってどうやって演じてたんですか!? ただのパントマイムの筈なのにそこに花瓶や果物なんなら椅子の姿すらも幻視してそれに気付いた瞬間鳥肌が立ったんです! カメラだって一ミリも動かされてないのにちゃんとそんな躍動感のある人間の生の動きを全てフレームに収めてて凄かったです! あでも最後のミカの寂しさが溢れた演技って本当に演技だったんですか? あまりにもリアル過ぎてあれ? って思って! あ、えと、色々好き勝手言っちゃったんですけど、その、ファンですサイン下さい!」

 

 !? 呪文?

 

「お、おう……」

 

「あっ、すみません一方的に……」

 

「あー気にしないでいい。視聴者の生の声っていうのは滅多に聞けないものだからね」

 

 流石にあの呪文紛いの早口は驚いたけどね。

 

 差し出された色紙に手早くサインを書き、同じくあの早口に圧倒されていた夜凪景に渡す。

 すると、書き慣れないサインに緊張しているのか、夜凪景は受け取った体勢のまま渋い顔をして固まってしまった。

 

 どうしたのかと一瞬首を傾げ、そしてすぐその理由に思い至った。

 そういえば、夜凪景の字はそれほど綺麗ではなかったな、と。

 

 ……すこし助言してやるか。

 

「別に綺麗に書かなくていいよ、景。むしろある程度汚く書いてしまえ」

 

「え? でも」

 

「いいんだよ。むしろその方が価値が出る」

 

「汚い方が? どういうこと?」

 

 付加価値、レア度の違いというやつさ。

 

「サインはいずれ書き慣れていく。当然それに伴って字も綺麗になっていく。此処までは分かるね?」

 

「ええ」

 

「でだ、綺麗なサインを書くことで有名な人間の書いた綺麗なサインと、まだ書き慣れていない頃の初々しいサイン。どっちのがレアだと思う?」

 

「あっ、だから汚くてもいいって言ったのね」

 

「そーいうこと。だからまぁ、今は読める字さえ書けていればそれでいいんだ」

 

 なんなら有名な芸能人や俳優でも字が汚い人は結構いるしね。

 

 というかそもそもの話、サインを求めるファンは、別に有名人のサインが欲しいわけではない。

 有名人に自分宛ての、自分の為だけのサインを書いてもらったという過程が目的なのだ。

 だから、例えどれだけサインが汚くとも、こういったサインを求めるファンにとって、サインが汚いという事はそれほど気にならない事なのだ。

 

 ま、いずれ綺麗なサインを書けるようにはなってもらうけどね。

 

「で、君はいいかい? どうしても綺麗なサインが良いのなら俺が代わりに綺麗に書くけれど?」

 

「え、あ、いえ! 例え汚くとも夜凪さんのでお願いします!」

 

「だよね。サインはちゃんと本人が書かなくちゃ」

 

 そう言って、字が汚い前提で話をされて地味に傷ついていた夜凪景の頭を撫でてやる。

 大丈夫だよ、例として言っただけだから、お前の字が汚いとは言われてないぞー?

 

「私だって怒らない訳じゃないのよ?」

 

「あはは……すみませんでした」

 

 まぁ、そういう訳だからそこまで緊張しなくていいんだよ。

 そう言うと、肩から力の抜けた夜凪景がサインを書き始めた。

 これで夜凪景は大丈夫だろう。

 

 あとは……この男だ。

 あの呪文が確かなら、この男は夜凪景のあの暴走を、例えなんとなくだとしても察する事が出来ていたらしい。

 もしそれが事実なら、この男には見る目があるかもしれない。

 

 つまり何が言いたいかと言うと。

 夜凪景の暴走はそう珍しい事ではない、という事だ。

 

 メソッド演技という演技法がある。

 役割を演じるため、過去に体験した事柄を追体験し、真に迫った迫真の演技をする、という演技法だ。

 夜凪景はこのメソッド演技に優れており、才能だけで言えば世界でもその名を轟かせられるであろう程のものを持っている。

 

 だが、それはつまり、メソッド演技のマイナス面も、才能に比例して大きいという事である。

 

 メソッド演技は過去の体験を追体験する演技法だ。

 楽しそうにする演技をすれば楽しかった事を思い出し、悲しそうにする演技をすれば悲しかった事を思い出す。

 そうして感情をコロコロと入れ替えて演技をしていく。

 

 しかしそれはあくまでも演技であり、当然終わりがある。

 だが、メソッド演技は演技が終わった時、ちゃんと現実に帰ってこれない可能性があるのだ。

 夢うつつのまま、自分は○○……あれ? でも私の名前は、と現実と意識の乖離が起き始める。

 

 ありもしない他者の記憶に侵食され、鮮明過ぎる夢が次第に現実となる。

 自分の周囲がただの挿絵に見えたり、無二の親友が他人に見えたり、知らぬ間に存在しない人間の癖がついたりもする。

 

 今が現実なのか夢なのか。今の自分は本当に自分なのかどうか。

 曖昧になった自我ではそれすらも判別できず、別人としての人生を歩みだす。

 まるで、これが本当の自分の人生だと言わんばかりに。

 

 当然そんな事になれば、人間の精神など簡単に壊れる。

 そうやって散り散りになった心はもう二度と元には戻らない。

 

 そして困る事に、この乖離症状はとてつもなく分かりにくい。

 ただ迫真の演技をしているだけなのか、それとも精神に異常が起きて暴走しているのか。

 

 偶に、その道で食ってるような本職の人間が、動画にコメントを残していく事がある。

 だが、そんな現場で働いてるようなプロすらも、夜凪景の暴走に全く気付かず、呑気にその演技を褒めていく。

 確率としては、30人に1人気付くかどうかといったところか。

 

 そういう意味では、その事に気付いたこの男の観察眼はとてつもなく優れていると言えるだろう。

 日常的に映画やドラマを沢山見ている事に加えて、センスがあるのだろう。

 良い目をしている。

 

「君、名前は?」

 

「え? えと、吉岡新太(よしおかあらた)、です」

 

「吉岡新太ね」

 

 覚えておこう。

 主に撮影人数が足りなくて困った時の為に!

 そんなこと今まで一回も無いけどね!

 

「出来たわ」

 

 そう言って夜凪景が色紙を渡してきた。

 俺じゃなくて彼に渡してあげなさいな、彼に。

 そう思いながら視線を落とし、二つのサインが書かれた色紙を見つめる。

 

 ……なんか隙間が空いていて寂しいな、なんか書き足してやるか。

 そうさなぁ……俺と夜凪景のデフォルメ絵と、吉岡新太君へ、とでも書いておくか。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「よし、それじゃあ今度こそ帰るよ、景」

 

「うん。あ、帰りにスーパーに寄ってもいいかしら?」

 

「俺は肉じゃがが良いな」

 

「好きよね、肉じゃが」

 

 俺の体の10%は肉じゃがで出来てるからね。

 ……あ、そうだ。

 

「じゃあね、吉岡新太。また明日」

 

「また明日」

 

「うぇ!? う、うん! また明日!」

 

 さてさて、特売中のスーパーはどこじゃろな?

 

 

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