あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
時折後ろを振り返り、クラスメイト達が付いてきている事を確かめつつ、一歩一歩森の中を進んでいく。
目の前に伸びる木の枝を退かして森から出れば、そこには植物に侵食された何かの廃墟があった。
割れた窓から覗くその廃墟の中には、埃と植物に覆われた無数の机と椅子が置かれている。
腐り切り、空いた穴から虫が顔を覗かせている木製の天板。
それを支えるパイプは経年劣化により茶色く染まり、いびつに歪んで天板をななめに傾けさせている。
その机と椅子の形はとても特徴的であり、その形をした机と椅子が、とある場所以外では使われていない事を俺は知っていた。
「まさかここ、学校か……?」
俺の知るその机が使われているとある場所、それは学校であった。
少なくとも、俺はあの特徴的な形の机を学校以外で見た事は無い。
でも、何故ここに学校が?
森の中で目覚めて以降、俺はこの島で人工物を見た事は無い。
故に、俺はてっきりこの島が無人島なのだと思っていた。
だが、ここには荒れ果てた校舎がある。
という事は、もしかしたらここは無人島ではなく、どこかに人が住んでいる有人島なのかもしれない。
……これだけ荒れ果てているのなら、住んでいた、の方が正しいかもしれないが。
可能性の一つとして数えておこう。
問題は、この知らぬ間にスマートフォンに入れられていたアプリだ。
スマートフォンを取り出し、ロックを外す。
画面に映るのは、【ですあいらんど】と書かれた画面と謎のキャラクター。
そのキャラクターが、制限時間以内に南に4キロ歩けと言う指示を出している。
普段スマートフォンはあまり触らないが、流石に何のアプリを入れているのかくらいは覚えている。
こんなよく分からないアプリを、俺は入れていなかった。
だが、これだけならばまだ、どうせカレンの悪戯だろうと納得出来た。
問題は、このアプリ以外のアプリを開けない事だ。
画面下をフリックしてデスアイランドを画面から消し、国際的チャットアプリを開こうと指で触れる。
しかし画面は移行することなく、スマホは無反応を貫いている。
ならばとデスアイランドをスマートフォンから消そうとするも、揺れるアプリたちの中で、設定や写真のアプリと同じくデスアイランドに削除ボタンが現れない。
つまり、スマートフォン側はこのアプリを削除してはいけない大切なアプリであると認識しているという事だ。
よく分からん技術だな。
ともあれ、少なくとも今、分かる事が二つある。
一つは、このアプリは誰かが仕掛けた物であるということ。
もう一つは飛行機が墜落した理由が、このアプリを仕掛けた奴が何かをした事にあるのだろうという事だ。
生憎、目的はまるで分からんがな。
そもそも、この指示だってよく意味が分からない。
何故移動しなければいけないのか、何故時間制限があるのか。
よく考えれば、その意図を多少なりとも察せるのだろうが……駄目だ、分からん。
助けてくれカレン、こういった頭で考える作業は苦手なんだ。
あー、頭痛くなってきた。
「はぁ……」
「ため息なんて吐いてどうした、ハチ」
「犬じゃねぇよ。ただカレンが恋しくなっただけさ」
バシバシと背中を叩いてくるミナト*1の言葉に、ため息交じりに答える。
そんな俺の言葉を聞いて、ミナトが笑い出す。
「あはは! やっぱ忠犬じゃねぇか!」
「猫の方が好きなんだよ。せめてタマって呼んでくれ」
「えー? タマって柄じゃないだろお前。ハチだハチ!」
頑なに某渋谷で飼い主を待ち続けた犬の名前で俺を呼ぶミナト。
別に悪い気がする訳ではない、むしろ渾名で呼んでくれるのは嬉しい事だ。
ただ最近、皆その名で呼ぶ所為かカレンにもその呼び方が移り、悪戯っぽい笑みを浮かべながらフリスビーで俺と遊ぼうとしだすようになったのが嫌なんだ。
訂正しても直してくれそうにないその渾名にため息を吐きながら、手に持ったスマートフォンを見下ろす。
先ほどまで、南に4キロ歩けと指示を出していたキャラクターが、今度は現在地で待機という指示を出していた。
取り敢えず、目的地はここで合っているらしい。
「到着したんでしょ? なら少し休憩しよ!」
足がパンパン、もう歩きたくなーい! そう言って、アカリ*2が草むらに座り込もうとする。
そんなアカリを止め、ポケットからハンカチを取り出して草むらに敷いた。
草むらの上に敷かれたハンカチにアカリは、ありがとねハチ公! と笑顔を浮かべ、トスンとハンカチの上に座る。
ハチ公は止めろ、テーブルクロス引きみたいにそのハンカチ引き抜くぞ。
仕方ないな、とため息を吐く。
どうせもう散々言われ慣れているのだ、諦めるのも一つの手か。
なんだかんだで、フリスビーを投げるカレンは楽しそうだしな。
がっくりと俺が項垂れたその時、ガサリと音を立てて遠くの草木が揺れた。
全員がそちらを向き、警戒態勢に入る。
何が出る? 動物か、それとも俺達をこの状況に陥れた犯人か。
背中に背負った刀の一本に手を添え、すぐに抜刀出来る体勢に移った。
少しの間草木がガサガサと揺れ……ひょっこりとそれを揺らしていたものが顔を出した。
白い髪と白い肌に白のカーディガンと、全身を白一色に染めた女の子。
「カレン!」
11人のクラスメイトと共に、カレンがそこに立っていた。
刀に掛けていた手を下ろすと同時に、座っていたアカリが勢いよく立ち上がり、カレンに向かって駆け出す。
嬉しそうに駆け寄るアカリを見て、カレンは安堵したように笑みを浮かべ、その胸元へ飛び込んでいったアカリを受け止めた。
受け止めた衝撃を逃がすように、カレンは二回ほどくるくると回転してからアカリを地面に下ろす。
そしてカレンはこちらに視線を向け、顔を確認すると目に涙を浮かべて破顔した。
ほろりと涙がこぼれ、白い頬を伝って落ちる。
「良かった、皆生きてたんだね……!」
胸元に顔を埋めるアカリの頭にカレンが腕を回し、そっと抱きしめた。
腕に力を入れ、アカリの感触を確かにその手に感じようとするカレンに、その内に秘めていた恐れが解けていくのが分かる。
「生き残ったのは私達だけかと、本当に良かった!」
アカリが顔を上げ、カレンと目を合わせる。
そしてカレンと目が合った一瞬、アカリの動きが止まった。
まるで一時停止を掛けたかのようにピタリと止まり、そして再生されたかのように再び動き出す。
「う、うん。私たちは大丈夫! 皆こそ」
「私達も大丈夫! 皆で協力すればきっとこの島から生きて帰れるよ!」
だよね! とカレンが俺達を見渡し、同意を求める。
それに同調する様に、当然だろ、力を合わせて脱出しようぜ! と皆口々に言いながら笑みを浮かべて頷いた。
皆で先の見えない不安を解し合う様に、陽気に言葉を投げかけ合う。
飛行機の墜落、いつの間にか入れられていたアプリ、何故か繋がっているWi-Fi。
色々と分からないことだらけであり、疑問は尽きない。
それでも、こうして皆で言葉を投げかけ合い、笑って肩を叩き合える内はきっと大丈夫だ。
一体、このデスアイランドというアプリを俺達のスマートフォンに入れた犯人が、俺達に何をさせたいのかは分からない。
だが、もしも俺達を害そうとしているのなら、そいつはきっと俺達を再会させた事を後悔する事になるだろう。
何故ならば、今まで築いてきた俺達の絆が、そんな悪意を持った輩ごときに負ける筈など無いのだから。
雲一つない晴天を見上げ、俺は一歩、皆の元へと歩を進めた。
「よし、カット!」
「カット! オッケーです!」
「OKー!」
手塚由紀治の掛け声と共に、カメラマンがカメラを止め、スタッフ達が機材の片付けを始めた。
カメラレール車*3の撮影スライダー*4を解体し、一つに纏めていく。
その手際はとても良く、手慣れたプロの仕事ぶりが垣間見えた。
しかし、そうして解体されたスライダーは纏められたままであり、どこかへと運ばれる様子はない。
その様子に思わず首を傾げ、近くを歩いていたスタッフを呼び止めて疑問に思った事を尋ねる。
「おい、あの撮影スライダー移動させなくていいのか」
「え? あ、はい。今日の撮影はこれで終わりなので」
腕時計を確かめる。
キャラクターの付けていた物を再現した物であるため、若干見辛くはあるが時間を確かめる程度の事は出来る。
今の時間から計算して……予定より3時間早く撮影が終わってるな。
この3時間を使わずに今日の撮影はもう終わり? 冗談だろう?
手塚由紀治の方を見れば、手塚由紀治は椅子に座り、モニターの画面を見ていた。
何故か夜凪景と共に。
……恐らくは今撮影したものをチェックしているのだろうが、何故夜凪景も?
まぁそこはどうでもいいか。
手塚由紀治の元へと歩み寄り、その肩に手を乗せてモニターを覗き込む。
モニターには千世子の涙を見て若干どもり、台詞の詰まったアカリが映っている。
「夜凪ちゃんの次は透歌君か」
透歌君? 前は逢魔君って呼んでなかったか?
まぁ今はいい。
手塚由紀治の言葉で俺の存在に気付いたのか、夜凪景がモニターから目を離してこちらを見る。
「トーカ? トーカもVちぇっく?*5 しに来たの?」
「いや、手塚由紀治に尋ねたい事があってな」
「おや、僕に用があったのか。何の用事かな?」
ちらりと手塚由紀治が視線だけをこちらに向ける。
その口元にはうっすらと笑みが浮かんでおり、俺の尋ねたい事など既に理解しているといった様子だ。
「何のつもりだ、手塚由紀治。今日の撮影終了の予定時刻にはまだなっていないだろう」
「なっていないね。だから撮影を続けようって事かな?」
手塚由紀治の言葉を聞き、俺はモニターに目を向けた。
そこまで長くないVTRの為か、モニターには再びどもるアカリのシーンが映っている。
「どもっているだろう」
「どもってるね」
「……これを映画館で流す気か? 完成度的な意味でも、監督的な意味でもダメージを食らうぞ」
VTRにはどもり、台詞が詰まったアカリを即座に自らの頭で隠し、自分が一番目立つようにカメラの方を振り向いて画面の中央に移動している千世子が映っている。
良いフォローだ、カメラの位置とサイズ、性能まで全て把握している事がよく分かる。
こうして千世子が上手くフォローしているため、普通に映画を楽しんで見ているだけの者達にはアカリがどもった事など、そこまで気にはならないだろう。
むしろ、大半の者はアカリがどもった事に気付きすらしないだろうな。
だが、問題はスターズや役者、自称映画評論家のファン達だ。
2chなどを見ているとよく分かるが、ファンというものは基本、頭のおかしい奴らの集まりだ。
フレーム単位で目を通すファンもいれば、10年経っても同じ作品をひたすら見続けるファンもいる。
そうした目の肥えた歴戦のファン達には、この誤魔化しは通用しない。
むしろ、何故このどもったシーンを直さずにそのまま使ったのかを指摘されるだろう。
その指摘がもしネットで広がって炎上すれば、最悪この映画は死ぬ。
……まぁ、流石にそれは考えすぎだが、多少悪い評判は流れる。
そうした時にダメージを受けるのはアカリという役者であるし、監督である手塚由紀治でもある。
この役者はどもる、直さないのは直せなかったからだ。
この監督はどもったシーンを直さずに使うような酷い監督だ、と。
「分かっているよ」
「本当に分かってるのか? また監督として死ぬかもしれないんだぞ」
「大丈夫、それも承知済みさ」
「……ならいいが、せめて別のシーンの撮影くらいしたらどうだ?」
はぐらかされたためよく分からないが、なにやら目的があるらしい。
ならば俺が何かを言っても無駄だろう、別の方向に話を変える。
「ほら、スケジュールだけ見ても今日の内にあと……リュウセイ*6のシーン撮影がある筈だろう」
「アキラ君ね。そのシーンなら既に撮ったよ」
は? 撮った? いつ?
思わず手塚由紀治を見つめる。
そんな俺に手塚由紀治は首を傾げ、モニターを指差した。
「あれ、その顔だともしかして聞いてないのかな? 君達が到着してない様だったし、スケジュールを変更してこのシーンを撮る前に撮ってたんだよ。千世子ちゃんが君には自分が伝えるって言ってたんだけど」
ほら、ちゃんと撮影してあるよ。
そう言って、手塚由紀治がモニターに映るVTRを変えた。
画面には、
「聞いてないぞ、休憩時間としか伝えられていない」
千世子のやつ、偽の情報を伝えやがったな。
「あららー、そういえばこのシーンの撮影してる時に君達いなかったね」
「仮眠していた、休憩時間一杯な」
起きたら俺の頭を膝に乗せた千世子と顔が合ったからな。
しかも、時間になったら起こしてくれって言っておいたのに、千世子の奴まで眠ってたし。
ともあれ、これから俺がやる事は決まったな。
「おや、何処に行くんだい?」
「ちょいとちぃの頭に拳骨入れて来る」
俺を騙した罪は重いぞ、千世子。