あの日見た夢をもう一度、あの日見た光のその先へ 作:白髪ロング娘スキー
学校が始まってから初めての土曜日。
着替えの入ったリュックを背負い、夜凪景は電車で依頼を受けた学校へと向かおうとしていた。
俺はそれに咄嗟に待ったをかけた。
一時間半もただぼうっと電車に揺られているのはとてつもなく退屈だと。
そんな苦行、俺にはとても耐えられないと。
俺は夜凪景にそう言った。
俺はただ、提案しただけなのだ。
電車に揺られる時間がもったいないからなんか動画撮ろう、と。
なんなら人がいなそうな時間を見計らって電車一両貸し切ろう。
そんでなんか面白そうな動画にしようと。
もちろん電車で動画を、という主語を言わなかった俺も悪かった。
明確にとは言わずとも、ある程度は汲み取ってくれるだろうと油断したのだ。
そしてその結果、恐らく夜凪景はこう思ったのだろう。
あ、トーカは私に何か面白い事を提案させようとしている! と。
ならばどうせ出来ないであろう無茶ぶりでも振ってしまえ! と。
そうして
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
依頼先の学校がある駅まで走りましょう! と。
そびえ立つ壁を横の壁を蹴って乗り越え、その先にあったトタン屋根を滑り落ちていく。
体が屋根から離れ、宙に浮いている間に着地点を見据えて下にあったゴミ箱に着地し、前転をして受け身をとった。
その勢いを殺さず、地に足が着いた瞬間再び走り出す。
俺の身長ほどある塀を背面で飛び越え、視界に入ったパイプを片手で掴んで一回転。
一回転して体が浮きあがった所でパイプから手を放して反転し、再びパイプを掴んで飛び降りる。
緑溢れる公園で、水の上をバク転で走り抜けて子供たちからのキラキラとした視線を浴び。
30段はある階段を天翔十字鳳! と叫びながら飛び降りて中年男性たちから懐古の視線を貰う。
女性たちからは非難と好色の入り混じった視線を送られ。
老人たちからは微笑まし気な目で見られた。
久方ぶりに生の感嘆の眼差しを貰い、なんだか気分が上がってくる。
段々と楽しくなってきて、パフォーマンスをしながら走り出す。
そうして暫くコンクリートジャングルを駆け抜けていると、どちらに走ればいいのか分からなくなってくる。
こういう時にむやみに走るのは愚策だと、俺は経験で知っている。
一旦足を止め、スマホを取り出して地図のアプリを開いた。
しかし、現在いる場所が路地裏であり、四方をコンクリートに囲まれているからなのかは知らないが、なかなか地図アプリは現在地を読み込んでくれない。
仕方なく、両脇にあるビルの壁を交互に蹴りながら駆けあがり、ビルの屋上に上る。
当然人影など一つも無く、ダクトの張り巡らされた屋上は、排気口のファンが回る音が静かに響いていた。
そんなビルの屋上で再び位置検索を掛ける。
高い所に上ったからなのかどうかは知らないが、今度は素早く位置情報が出てきてくれた。
地図を確認し、目的の駅の方角を確かめる。
「この店があそこにあるから……あー、あっちか」
検索で出てきた近隣の店の位置を確認して大体の方角を割り出すと、スマホをポケットにしまった。
さぁ、行くか。
気合を一つ入れ、俺はビルから飛び降りた。
「は”あ”あ”あ”ぁ”っ”、は”あ”あ”あ”ぁ”っ”」
「だ、大丈夫かしら……」
これが大丈夫に見えるんなら今すぐ眼科に連れてくぞ。
荷物を持って駅から出てきた夜凪景が、心配そうにこちらを見つめながらペットボトルを渡してくる。
それを一気に飲み干し、足りないからと更にもう一本飲み干した。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
調子に乗ってパルクールなんてせず、普通に走ればよかった。
あの純粋な眼差しから送られるキラキラとした視線の、期待に応えなければならない感は異常だ。
ついつい気分が昂ってはしゃいでしまう。
というか、1時間近くもただ走ってるだけの動画を見る奴なんて普通はいないからな。
再生数という問題でも、パルクールはしておいてよかったと言えるだろう。
……ん? いや、夜凪景を撮る訳じゃないんだし、別に再生数を気にする必要はなかったのか?
……なんか心が折れそうだから気にしない事にしよう。
「ふぅ……よし、もう大丈夫だ」
「一応もう一本あるけど飲む?」
「いや、いい。というかそれ景の飲みかけだろう」
内容物が僅かに減っているペットボトルを断り、手に持っていた二本のペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。
二本のペットボトルが同時にゴミ箱の中に吸い込まれたのを確認し、頭に付けていたカメラを取り外す。
よしよし、ちゃんと撮れてる。
これで撮れてなかったら大号泣していたからな、俺が。
良かった良かった。
「はいトーカ、ドローン」
「ん、ありがと」
両手両脇にドローンを抱えた夜凪景からドローンを受け取る。
受けとる……受けと、受け……
あの、手を放してくれないと受け取れないですよ夜凪景さん?
「あー、どうかしたのか景?」
「聞き忘れてたけど、なんでドローン使ったのかなって思って」
「なんだ、そんな事か。使った理由としては色々とあるぞ」
ヘッドカメラで撮られた、いわゆる視点映像というものは臨場感がある。
見ていると、まるで自分が体験しているかのような感覚に陥るのだ。
しかし、そうして撮られた映像というものは総じて見づらい。
例えば撮影者の動きが激しすぎて何をしているのか分からなかったり、臨場感があり過ぎて気持ち悪くなったり。
俺達は別にドキュメンタリーを撮りたい訳ではないので、これでは問題がある。
「なんで?」
「俺達はリアルな映画を撮ってる訳じゃないからね。ちゃんと視聴者が見て『凄い!』とか『真似してみたい!』とか思えなきゃいけないんだ」
当然、全ての視聴者にそう思わせる事は出来ない。
なので俺達が作るのは、動画を見て素直にこれ凄い! と思ってくれるような、そんな大多数の凡人向けの動画だ。
そんな作品で、動きが激しすぎて、凡人では何が起こっているのかを理解出来ないような動画なんて撮ったら、視聴者は「なんだこれ」と思ってしまう。
で、それを解決するのがコレ。
「名称未定! 自動追尾式ドローン君だ!」
最近YouTubeでよく見かけるようになった
彼らはモーションキャプチャーというシステムを使って、仮想のキャラクターに実際に自分がしている動きを行わせている。
手を上げればキャラクターも手を上げ、喋ればちゃんとキャラクターの口も動くのだ。
それを活用して、マーキングしたものを
そのマーキングを、俺の四肢と背中と胸の合計6ヵ所に取り付ける。
そして最後に、それぞれのマーキングに対応する6つのドローンを浮かせれば準備はOK!
走る俺に追従して、自動で映像を撮り続ける自動追尾式ドローンの完成だ。
正直に言えば、どうせ途中で動作が止まったり、何か障害物にぶつかって墜落するかと思っていた。
一応何かにぶつかりそうになると、自動で回避動作に入る空間知覚機能も付けてはいたものの、実際に使うのはこれが初めてだったからな。
だが、どうやら問題は無かったらしい。
結果は6機とも無事、更に言えば映像もちゃんと撮れている。
……このドローン、宣伝して高く売れないかな。
「あくどい顔してるわ……」
「失礼な、商人の顔と言いたまえ」
「悪徳商人……」
「求めるものを売ってあげるだけさ。その結果何が起きようと責任は取らんがね」
「なんかそのフレーズ聞いたことあるわ」
いわゆる詐欺師の定番文句って奴だな。
何が起きても当社は責任を負いかねますってやつ。
「やっぱり詐欺師じゃない」
「お、そうだな」
いいんだよ、詐欺師でも。
どうせ何かを売りつける商人に違いはないんだから。
「うし、それじゃ学校行きますか」
「シャワー借りれるといいわね」
シャワーあるかね? 依頼先の学校は中学なんだが。
「パンフレットを見た限りだと運動部用のシャワーがある筈よ」
「じゃあそれ借りるとしようか。……まさか到着して早々、着替えを一着消費する羽目になるとはね」
「泊まり用が2着と、汚れた時用のが4着の合計6着あるから、撮影終わるまで持つとは思うけど……」
「どうせ明日の夜までには終わるだろう。問題は無いよ」
足りなかったらコンビニかなんかで買えばいいさ。
便利だよねぇ、コンビニ。何でもあるし。
正直コンビニを考えた人は天才だと思うよ。
っと、先方との約束の時間が迫ってるな。
夜凪景が持っている、機材などが入った小さなバックを奪って歩き出す。
慌てて止めてくる夜凪景の制止を振り切り、いいから行くぞと促した。
いいんだよ、重い物なんて男に持たせとけ。
お前は手ぶらで、女優のように自信満々に堂々と歩いてればそれでいーの。
「いえ、そうじゃなくて……学校そっちじゃないわよ?」
………………行こうか。
「……ええ」