正義と、大義と。   作:新田良

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ちょう短いです


第八話 上っ面

 

 

 櫻井が転入してきて三日たった。

 

 週末が目前となった今日この日も、一年一組の櫻井に対する距離を置いた空気は変わらない。というよりも、櫻井がクラスに対する距離を置いた対応が変わらないため、話したそうな女子も近寄りがたいのだ。

 櫻井も明確にクラスメイトを避けているのだが、それに屈するはずもなく今日も彼女は櫻井に往来の友人のような軽い足取りで近付いて行き、手を振ってフレンドリーに挨拶をする。

 

 「はろはろーっス、センナくん」

 

 「……ああ、おはよう」

 

 陽の色をした金髪を元気に振って挨拶をするエレナに、櫻井は虚ろな目で挨拶を返した。クラス中からぎょっとした空気が流れる。

 挨拶を返されて、エレナはドン引きしたように三歩後ろに引いた。傍らの一夏に怯えた目を向ける。

 

 「いったいセンナくんはどうしたっスか! 昨日はあんなにわたしのコト邪見してたのにっ!? 気味が悪いっス! あと眼つきのワルさが際立ってるっス、ギャングみたいっス!」

 

 酷い言いぐさであったが、今の櫻井は普段以上に寄せ付けがたい空気を纏っていた。眼つきだけで人を殺してしまいそうだ。正直、一夏もそばに居てビビッている。

 一夏は隣を横目で伺いながら、

 

 「櫻井、この二日徹夜なんだよ」

 

 「は? なんでセンナくんが徹夜する必要があるっスか?」

 

 エレナは当然の疑問に首を傾げる。昨夜のお勉強会を見る限りは櫻井は学業で苦労する心配はあの問題が唯一の得意科目である以外に皆無のはずだ。あるとすれば一夏の勉学が悲惨すぎてそれに付き合っていた、ぐらいであるが、櫻井がわざわざ徹夜して付き合うとは思い難い。というか、絶対に付き合わない。

 

 エレナに挨拶を返したあと、机に突っ伏していた櫻井がむくりと顔を起こす。その眼は見事に濁っていた。

 

 「これでも僕はISの試験部隊にいる。いくら織斑一夏の護衛任務があるが、どうせ暇だからとか言って適当な仕事を投げられてるんだ。……あとセンナくん言うな」

 

 「あー……、あるほどっス」

 

 櫻井の声には覇気がない。

 とても適当な分量を押し付けられているように見えなかったが、エレナは深くは聞き出そうとしなかった。ここから先はアメリカ人であるエレナが聞いてもよい内容ではない。

 

 櫻井がへっとやさぐれた悪い笑みをこぼす。

 

 「まあ、終わらせたけどね」

 

 「さ、さすがセンナくんっス」

 

 徹底している櫻井にエレナが戦慄する。

 一夏は呆れている。櫻井は優秀で手抜きはないが、真面目にやりすぎて融通が利かないきらいがある。

 

 鞄を持ったままのエレナとは違い、自分の席に鞄を置いてきた箒が問いかける。

 

 「だが、終わらせてしまったらまた新しい仕事がくるのではないか?」

 

 櫻井の顔色を心配しての問いであったが、心配されて櫻井は卑屈な笑いを浮かべる。

 

 「仕事は終わらせたが、提出はしない。だらだらと小出しして仕事を減らす。これで僕は自由だ」

 

 「うわぁ……」

 

 完全に自衛官の顔ではない、悪人面だった。

 もっと自衛官とはキリッとビシッとした崇高な職種ではなかったか。机にだらんと突っ伏し、足を延ばして死に体の櫻井を見ると自然と首が傾げてしまう。

 

 箒もエレナも唖然としている。ただ、箒には呆れの色が多分に交じっている。

 汚れた勝利の笑みを浮かべている櫻井に、眩暈がしたのか箒がこめかみをおさえる。

 

 「それはいいのか? 仕事として、というか働く人として」

 

 「いいか、篠ノ之箒。まだバイトすらしたコトがないと思うお前にいいコト教えよう。仕事とはたしかにサボったり休んだりするもんじゃない。サボったり休んだりするとあとで面倒くさくなるし気がつけば手が付けられなくなる。だから一番大事なのは、いかに迅速に、そして効率よく仕事を片付けるか考えるんだ」

 

 「言ってることは正論だが、根本的なところが最低だな。そもそも質問に答えていない」

 

 「だから言っただろ。一番大事なのはやらなくちゃいけない仕事を片づけるコトだ。……つまりやった仕事をどうしようと僕の勝手だ」

 

 「うわぁ……」

 

 もう一度エレナがドン引きした。もはや「人として」どうなのか。

 前言撤回。櫻井は優秀で手抜きがないと言ったが、それは誤りであったようだ。

 

 一夏たちのなかで櫻井に対する評価がある意味では下がり、ある意味上がる。櫻井は付き合ってみればそう悪い人間ではないようだ。それもある意味であるが。

 一夏たちがげんなりとしていると、櫻井が不自然に身体を震わせる。

 

 「ふふふっ、こんなクソ忙しい時期に新型兵装の実験レポートの提出だと……? こっちは織斑一夏の警護とIS学園の把握、さらにはIS学園周辺状況の洗い出しでてんてこ舞いだっていうのに。んなもん現場の人間に任せとけよ。だいたいなんでIS使えない僕が使用兵装の結果を検証考察しないといけないんだ……。そもそも雷同二佐は自分の仕事を僕に流しすぎだろ。このまえだって―――」

 

 「櫻井、寝ろ」

 

 このままでは延々と怨嗟を只零ししかねないので一夏は優しく櫻井の肩に手を置いた。櫻井は意外なことに突発的に愚痴を吐き出す。見ていて怖い。

 

 箒は腕を組んで、胡乱な眼つきで寝入った櫻井を見下ろしている。

 

 「なんで昨日な呑気にケーキなんて作っていたんだ? いや、すごくおいしかったが」

 

 「あー、ああでもしないと気が紛れなかったじゃないスかね?」

 

 エレナの同情した答えに一夏も同情した。たしかにつまらない授業を受けていると眠くなるので落書きに勤しむものだ。おかげで一夏の落書きスキルはすこぶる高い。中学生のときに「好きな偉人」と云うレポートがあったのだ、姉千冬の似顔絵を描いたところそのまま通ったレベルである。我ながら力作であったが、いいのか教師と心配にもなった。しかしまあ、ISの世界王者つまりは人類最強の女性と云うコトなので偉人である。というか、ISの才能よりも絵描きのほうが才能がある気がする。

 

 そんな自らの隠れた才能に浸っていると、おもむろに櫻井が顔を上げた。腕を枕にしていたので、おでこが赤い。それが少し笑いを誘った。

 

 「織斑一夏、昨日は放課後にアリーナで指導すると言ったが、変更だ。その前に武道館を借りて格闘訓練を行う」

 

 「それはいいけどよ。建前はともかく、本音は?」

 

 「ストレス発散」

 

 「やっぱサンドバッグなのかよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十年前に世界にその脅威を轟かせたISであるが、今現在はもっぱら競技として腰を落ち着かせている。戦車並みの堅固な防御力、攻撃ヘリ並みの対地攻撃能力、航空機並みの高速と既存の空力機械の常識を覆す運送性と機動性。その圧倒的な汎用性からの最強の名を冠したISは、その突然の登場と空前絶後の戦果に、世界は畏怖を振り撒かれた。その結果、ISの軍事利用を規制するアラスカ条約が締結される。

 

 むろん、それは建前であり、各国の軍事力と抑止力を示すのは核に代わって、一見にしてパワードスーツであるISに代わりつつある。

 各国が目指しているのは、圧倒的な火力と機動性能で数多の既存兵器を無傷で屠ったあの日の『白騎士』だ。現在、とてもだがISは世間のIS最強神話を体現できるほどの力はない。今ISは世界最先端科学の急先鋒となっている。

 しかし、それをIS学園で管理するのはどうなのだろうか。IS学園はISの自己進化機能を上手く突いた管理機関だ。ISの自主開発に行き詰った各国が藁にも縋る思いで数少ない専用機を一個人に持たせて送り出す。十代女子が持つには手に余る代物と重さであった。

 

 「そういやそうだよな。なんでなんだ?」

 

 一夏はISについての根本的な疑問にぶつかって、誰ともなくそう問いかけた。

 IS学園に通う生徒は日本の高校生と同じ年代だ。確かにISと云う国家の重要器物を預けるには幼すぎる年代である。

 

 あーそういえば、と一夏の近くにいた各国の代表候補生たちも首を傾げた。自分たちはISを国家から託されたからには才能があったのだろうが、経験と云う観点では未成熟である。

 

 疑問の矛先は、自然とIS試験部隊に所属している櫻井に向いた。

 

 「で、どうしてなんスか、センナくん」

 

 「僕が答えるのか、それを。代表候補生でもIS操縦者ですらない、僕が」

 

 体言止めで非難の色が強調されていた。

 櫻井の呆れ果てた物言いに、一番近くにいたセシリアがおほほと目を逸らして白々しく笑う。ほかの面々も似たようなもの。誰もそんな理由を考えたコトもなかった。ラウラでさえも

 

 仕方のない溜め息を一つ漏らして、櫻井は説明するコトにした。

 

 「ISが洟垂れ餓鬼に託される理由は自己進化機能にある」

 

 「は、はななんて垂れていませんわっ!?」

 

 「黙れ蒙古斑が消えなくて悩んでたくせに」

 

 「ど、どうしてそれをっ!?」

 

 「……ああ、悩んでたんだ」

 

 「はっ、謀られましたわっ! くっ、さすが現役自衛官、これぐらいの誘導尋問は―――」

 

 「せ、セシリア。恥ずかしくて照れ隠ししたいのはわかるけど落ち着こうよ」

 

 一人で勝手にヒートアップしていたところをシャルロットがやんわりと諌める。ラウラが続けろと目線で促す。

 

 「まず、数少ないISが個人に受け渡される理由は技術的な問題だ。現在の科学技術ではISのスペックを満足に引き出すことができない。まあ、無理に例えればジェットエンジンをレプシロ機に載せるようなものだ。コアがいくら性能が良くても外郭が適合してないんだ。だから性能を出しきれていないし無駄が多い」

 

 ラウラが頷く。IS部隊隊長を務める彼女は『白騎士事件』における『白騎士』の性能を秘匿されている映像でなんども見てきた。現行ISではあらゆる水準が『白騎士』に追いついていないと痛感させられる圧倒的な光景だった。

 

 「ISの自己進化機能は、ISのコアが独自に機構を組み換え最適化させる。だからその自己進化機能で技術の不足を補う必要がある。これは重要な技術となる。なんせISのコアそのものが機構を創りだすんだからな。もはや理解の外だ。そのために万人が扱える定型ではなく一個人に長く使用させ最適化させることによって自己進化させた技術を狙うのが目的だ。

 ああ、織斑一夏もシフト移行したんだろ? たしか倉持技研が狂喜乱舞してたぞ」

 

 「あーそういえば、セシリアと模擬選やった後、日本政府のなんかそんな感じの人が白式を数日持っててたなー」

 

 「誰が持って行ったかぐらいはきちんと理解しておけ」

 

 危機感が足りなすぎる能天気な護衛対象に櫻井は先を思いやられる。そのうちほいほいとどこかに連れて行かれるんじゃないだろうか。まさか、一五の男にそんな心配をするコトになるとは思わなかった。

 

 「まあ、今のが専用機持ちのあらましであって、ISの適合対象、つまりISの操縦者によってその差は千差万別となる。ISは個人の心象も汲み取ると云われているから多感な思春期である一〇代を代表候補生にして自己進化機能を促すんだ」

 

 「ふーん、でもそれって大人じゃダメなんスか? 人生経験豊富って感じがするっス」

 

 エレナの問いに、箒も同意に頷いた。

 

 櫻井は頭をぼりぼりとかきあげて言う。

 

 「人生経験が豊富な大人っていうのはな、もう完成してるんだ。人生の経験にしたがって規律通りにみんな同じように遵守して生きている。電車の順番を守ったり、服の流行に振り回されたり、学校で教えられているように良いコトをしようとしたりな。常識って名前の型枠に嵌め込まれていく。それは進化してるわけじゃないからISは刺激されない」

 

 そう言って、櫻井がまた卑屈な笑みを浮かべる。

 

 「大人になるにつれて人間というのは個性を失っていくもんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※注意
西洋人には蒙古斑はできないそうです。ご指摘ありがとうございました。書いてしまったのを修正するのは面倒なのでご愛嬌ください
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