正義と、大義と。   作:新田良

11 / 49
第九話 懐かしのライダーキック

 

 

 

 

 ISとは一般的な分類上、一応はパワードスーツとなっているが、その見た目は既存のパワードスーツとは一線を画す存在である。

 

 一般的なパワードスーツ、日本では外部強化骨格や機械化外殻などと呼ばれている代物は文字通り『纏う』もの。

 ISの場合は『装着』すると言ったほうがしっくりとくる。なぜなら、ISは基本的に頭部と両手足の五つのパーツに別れている。もちろん、重さ数百キロの鉄塊を生身の手足にそのまま付けようものなら、自重で脆弱な生身など簡単に千切れてしまう。もとはISも全体を覆い『纏う』ものであったが、ISのパワーアシストが引力と斥力を使ったPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)であるためそれを流用された。よってISはまさに手足に装着した見た目なのである。

 装甲を排した重量軽減により機動性は向上、さらには機械的な稼働装甲も必要なくなったためより人間に近い動きが容易となった。反面防御はほぼ全てをエネルギーシールドに頼り切るコトになったが、それに有り余る利点を得られたわけで良しとされた。

 装甲を全面的に排したコトにより、IS操縦者である女性の扇情的なボディーラインが拝めるコトとなったため、ISの登場による女尊男卑の世の中に虐げられてきた男性もIS競技にある意味熱狂するようになったのは悲しき余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園では大中小すべて合わせて七のISを使用できるアリーナがある。訓練と授業用に二〇〇m級が三つと三〇〇m級が一つ。試合用に五〇〇m級が二つ。そして、対戦ではなくレース用のドーナツの輪のようなサーキット式のものが一つある。

 

 そのなかの自主訓練や授業の実習に宛がわれている二〇〇m級第二アリーナでは戦乙女が舞う。

 

 航空エンジンが猛りを上げる。莫大な推進力に押され一t近い重量の鉄塊がほんの一,二秒で時速二〇〇kmを超える。大空に弧を描き、空気を巻き上げ、ハヤブサよりも速く疾走する。

 中国第三世代―――甲龍(シェン・ロン)を駆る凰鈴音は頭部に装着されたハイパーセンサーで状況を正確に把握する。

 

 “視界内の標的は一つ二つ……全部で一一。視界外には四つ。――― ハイスコア楽勝!”

 

 視線を一切動かすこともなく、三六〇°すべての視界を確認して鈴は順調な成果に細く微笑む。

 今にも鼻歌でも歌えそうなほどに余裕であるが、推力偏向スラスター翼の微調整と空中機動の要であるPICの操作は慎重に行う。これをひとたび間違えればあっという間に態勢が崩れて空中で回転してしまう。そんなの恥ずかしくてやっていられない。

 

 ISの操縦は大胆にして繊細に行わなければならない。なにせ空中を飛ぶと云う動作は人のみでは在りえない事である。とくにPICはIS操縦者である鈴にはその原理は理解の外。ただ己の直感に身を任せて愛機を駆る。

 

 何事もやらなければ上達しないものであるが、ISはまさにそれだ。ISはとてもだが言葉で説明がつかない事柄が多すぎる。例えるならば二つしかない人間に腕をもう二つ追加するようなものだ。そも、ISそのものがいまだ解明されていない部分が多いのだ。よってIS操縦者の実力をてっとり早く測るにはISの稼働時間に正比例する。代表候補では少なくとも、軽く三〇〇時間以上は必要だ。みんなIS操縦者を志した人間はジュニアスクールに入るころには始めなければならない。

 その点では、凰鈴音の経歴は大きな後れを取っていると言ってもいい。

 

 日本で普通に暮らしていた彼女がISについて本格的に勉強を始めたのはつい一年前。もし他の人がそれを知ればお前馬鹿かと言われてもおかしくない。一年前の突然の中国への帰国と両親の離婚。想い人からも引き離され、家族である両親の不和から自暴自棄気味になっていた時期に、偶然受けたIS適性試験の結果が優秀だったために今がある。

 ISの解析に各国が力を入れていた時期に一歩出し抜こうと大体的な男子IS適性検査を実施したが、結果は不振。その莫大な空費からの軍民財政赤字によって技術的に一歩出遅れた中国は技術を人材で補おうをしていた。もはや財政人のコネなど入り込む余地もなく、ただの本人両親ともに一般人であった鈴も足りない知識はあとで補えばいいと実技で一番だった彼女が大抜擢されたのだ。

 

 想い人がいるが両親との思い出がよぎるためIS学園への入学も拒否するほどに忌避していた日本であるが、とある鈍感がIS学園に入学したと云う在りえない報をを受け取り、この度自らの想いを成就するためにやってきたのだった。

 

 「――― 二十四っ!!」

 

 両手に構えた片刃両刀の青竜刀を竜巻のように回転させ、打ち上げれたクレーに叩きつける。巨大な青竜刀で殴られたクレーンは気持ちよく木端微塵に砕け散る。

 

 重さ二〇〇㎏ほどもある鉄塊を軽々と振り回し、打ちあがったクレーンが落下するまでにすべて破壊する機動を頭に思い浮かべつつも身体は自然と直感に従った。

 

 機体には莫大な慣性が働く。それに足して巨大な青竜刀にも同じく慣性が働く。それらを抑え込むのは荒馬を乗りこなす感覚と似ている。機体が大きく流されるのと身体で感じ取り、鈴はPICで機軸を宙に打ち立てるイメージを作る。一tを超える大重量は、スケートリンクを疾走するように空を駆けた。

 下から上に駆け上がるのに七の標的を叩き潰し、返す下への落下するような切り返しで残る八つの標的を破壊する。その連撃は暴風のようだった。

 

 すべての標的を一気に砕き散らせ、鈴は滑空しながらふうと息を漏らす。時速数百kmでの疾走はアドレナリンを大量分泌させる。恐怖と歓喜に興奮した自分を落ち着かせる。

 記録を見れば、見事にハイスコアを余裕で超えている。

 遅れて静かに上がる歓声に、こそばゆいが鈴は思わず顔をほころばす。勝気と短気からあまり褒められた思い出が少ないが、素直に褒められるとやはりうれしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中投影ディスプレイ式のチェックボードを片手に、櫻井はほうと感心した声を漏らす。

 

 「凰鈴音は上手いな」

 

 櫻井の素直な絶賛に、その隣で一夏は驚きと微かな嫉妬を覚える。

 

 正直な感想を言って、櫻井の中国第三世代機―――甲龍の評価は著しく低いものだ。

 技術に対してコピーする事に抵抗がない中国ではリバースエンジリアリングが横行し問題となっている。戦後中国は表向きロシアと軍事的友好関係を結んでいるが、軍事技術のコピーを嫌ってかロシアは中国に対して一世代前の機体しか輸出しない。友好関係を結んでも信用関係は結べていないのだ。

 

 それはIS産業においても謙虚に表れた。全ての国が平等に開発を始めたISは世界の警察を自称し最鋭の技術力を誇るアメリカでさえも苦心し、行き詰っている。まったくの新技術開発を不得手としている中国は、もっとも世界に流通しているフランス製第二世代機ラファール・リヴァイブと近接格闘重視のパワー型のアメリカ製第二世代機デュアル・ファングをライセンス生産。そこから培った技術をもとに、のちの甲龍の雛型となる中国製第二世代機―――白虎(ピンイン)が開発される。

 さすがは実用性で比類のない完成度を持つラファール・リヴァイブと、アメリカらしいパワフルなトルクをもつデュアル・ファングを組み合わせただけもあり、白虎は近接格闘戦では世界トップレベルの性能を誇った。それを派生させた甲龍も高い近接格闘能力を持つのだが、それはあくまで『第二世代機』での評価なのである。

 

 ISには世代が定められている。

 まず初めとなる第一世代はISの完成を目標とした機体の設計。この世代は既存のパワードスーツを改造しただけの身体を完全に覆った全身装甲(フルアーマー)式の機体が多い。その次となる第二世代は後付武装(イコライザ)による多様化が目指された。つまりは武装いっぱい載せられるようにしようと云うコトだ。そして、ISの登場から十年の年月が経過し現在世界の最先端、第三世代機はイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装を目的とされて開発が進められている。

 

 イメージ・インターフェイスを利用した中国の第三世代兵装は 空間圧作用兵器衝撃砲――― 龍咆(りゅうほう)だ。空間自体に斥力エネルギーで圧力をかけ砲身を生成し、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出すのだ。射撃音を大きく抑えられ、砲身も、そして砲弾も眼に見えないのが特徴である。

 

 が、しかし、その龍咆こそが、櫻井の甲龍への評価を著しく下げる事となってしまっている。

 空間圧作用兵器衝撃砲とは、中国のみが実装化しているが、開発自体はドイツが先に完了している。さらにそれに続いてアメリカ、やや遅れて日本もその隠密性に注目し研究開発にほどなく成功している。

 だが、それら各国の第三世代機を見渡しても空間圧作用兵器衝撃砲が実装された例はない。

 理由は単純だった。使い物にならない。

 

 まず、とても重いと云う事だった。衝撃砲は無音無視と云った特徴から本来高速機動戦闘において真価を発揮する。しかし、衝撃砲はそのものが高速機動戦闘支障をきたすほどに重かった。

 次に、複雑な機構と原理の割に威力が低い。衝撃砲は撃ち出した砲弾そのものの威力よりも、敵のシールドが干渉して威力を発揮する。物理シールドには空気圧弾は防がれるものの衝撃が伝播するので効果は望めたが、衝撃は離散する性質を持っているので距離を置いての威力減衰が大きかった。これなら同じエネルギー消費で素直に実弾を撃ち出したほうが効率的なのでは?、と云う理由で他国では採用を見送られている。その大重量と心許ない威力の無さにキレた操縦者が衝撃砲で敵をぶん殴ったと云う逸話までもある。

 そして、最後にこれがもっとも重大なのだが、衝撃砲は砲撃音が聞こえない砲弾が見えないと云うコンセプトなのであるが、装置そのものの起動で撃つタイミングがバレる。圧縮砲弾を使用するのでサーモグラフィーを使うと撃つタイミングどころか圧縮砲弾から発せられる熱で砲弾がよく見える、と云った具合に残念な兵装となっていたのだ。

 

 唯一、一夏のように初見の人間には何が起きたかまったく理解できないと云った利点があるが、衝撃砲だとバレたらあっさりと対処される。こうなったら相手に補足される前に攻撃、したくてもISは正々堂々と真正面からぶつかり合う競技であって、殺し合いを想定していないので隠密性がそもそも必要とされてない。ならば一撃確殺、と行きたくても射程と威力がない。それどころか、各国では駄作の烙印を押されてしまった衝撃砲を知らずに中国軍上層部が堂々と甲龍の第三世代兵装は衝撃砲だと大体的に自慢してしまったもんだから操縦者も涙目である。

 

 「というか、龍咆はなんちゃって第三世代兵装だ。なにせイメージ・インターフェイスを利用した部分なんて視覚照準と引き金を引く行為だけだからな」

 

 一応、研究職でもある櫻井は、そんなものを押し付けられている鈴ら中国IS操縦者に同情を禁じ得ない。確かに衝撃砲は技術的にも軍事的発想的にも素晴らしいものであると認めるが、それが実用的であるかは別の話である。少なくとも櫻井自身はとてもだが実践と技術の吊り合いが取れているように感じない。

 

 ここまで散々に酷評してきたが、それは『第三世代機での評価』であってそれ以外はその限りではない。

 甲龍は第二世代と云う観点ではかなり優秀な部類である。たとえば、甲龍の主兵装は両刀の青竜刀―――双天牙月であるが、IS戦ではとても有効な武装だ。

 

 IS戦とは簡単に言ってしまえば総エネルギーの削り合いだ。相手のシールドエネルギー削り切った方が勝ちとなる。つまり、攻撃のエネルギー値が大きいほど有効なのだ。銃でも大口径高加速の銃のほうが、近接武装でも大質量の武装のほうがいい。

 唯一、例外的に日本刀など切れ味が最大の特徴の武器もある。日本刀は軽いため振り回しても運動エネルギーが低いが、研ぎ澄まされた刃から発生する切断力は、それを打ち消すために多大なエネルギーを消費させる。反面、その切味を出すために熟練が必要なため、日本刀を主武装としているIS学園の訓練機にして日本の量産型IS―――打鉄は刃が厚く長い梃の原理で斬りつける大太刀に分類される。

 

 甲龍の双天牙月の場合、こちらはまさにIS戦での近接格闘武器に理想ととも呼べるものだった。大質量の青竜刀はISの大馬力の膂力を持って、振り下ろすだけで圧倒的な運動エネルギーを生み出し、対象を粉砕する。刃はとても頑丈でたとえ欠けり歪んだとしてもその性能に深刻な影響はない。人の手でなければ実現が困難な感触が重要である日本刀とは違い、特別な技術はいらず誰にでも扱うことができた。

 その鎧袖一触の一撃は容易く致命傷と成りえる。

 

 鈴のクレーン射出機を使用した訓練をピットから眺めて、セシリアは感嘆の溜め息を漏らした。

 

 「相変わらず、器用な身のこなしをしてますわね」

 

 プライドの高いセシリアが素直に認めてしまうほどに、鈴の今の成績は優秀であった。腕組みした指が腕に食い込んでいるところを見ると、その悔しさが窺い知れる。

 シャルロットも器用なことで定評があるが、それは全般的な器用さであって、鈴の場合は空中機動に大胆さと繊細さが持ち合わされていた。

 

 「櫻井が素直に褒めたところを初めて見たな」

 

 一夏はこの三日で散々に貶されてきた。櫻井の短い賞賛に少しばかり拗ねていた。

 ふいと顔を逸らした一夏に、呆れた溜め息をついて櫻井が少しばかり脱力した。その顔には何言ってんだコイツと書かれている。

 

 「……そう思うのなら結果で示すべきだ」

 

 「やー、センナくんの場合はちょっとハードルが高いっスよ。だってイチカくんは何も勉強してない状態で放り出されたっスよ?」

 

 横からエレナに首を傾げながら指摘されて、手を顎に添え櫻井はむっと考え込んだ。いつものようにセンナくん言うなと言い忘れるぐらいに失念していたことだった。己の非は素直に認めるあたり櫻井は付き合いやすい。

 便乗して一夏もそーだそーだと他力本願の意見に同意した。

 

 もう一度溜め息を漏らして、櫻井は肩を落とした。

 

 「そういえばそうだったな。あまりに織斑一夏が暢気すぎて忘れてたよ」

 

 「おい、結局俺のせいかよ」

 

 「じゃあ僕のせいなのか?」

 

 そう言われるとそれも違う気がする。もとは一夏が自力でどうにかしなければならない事態なのだ。櫻井を非難するのはお門違いだ。

 やはり俺のせいなのか、と一夏は意気消沈した。

 

 「織斑一夏が僕に何を求めているのかは知らないが、凰鈴音が賞賛に値するのは本当だ」

 

 今度は傍らで沈黙していたラウラがほうと声を漏らす。ただし、こちらは意外さでだ。

 しかし、確かに鈴がハイスコアを叩きだしたのはそれだけで凄い事なのである。なにせ、現在学園最強の生徒会長以来のスコア更新なのだ。ちょっとやそっとで追い抜けるスコアではない。

 

 「あれだけ大重量の機体と青竜刀を振り回しながら曲芸飛行なんてよくできるもんだ。あれは恐らくPICのオートバランサーを切っているんじゃないのか」

 

 櫻井の推論に、もう一度ラウラが驚きでほうと声を漏らした。

 

 ISの姿勢制御はPICで行われている。姿勢制御、加速、停止などの三次元的な動勢をこのPICで行っているのだ。ただ、このPICはもとは人間にはあり得ない機能だ。PICの操作は言語では到底表現不可能なのである。

 それゆえに、PICは過去の稼働データからOSを組み上げ、ISが自己判断をして自動的に体勢を立て直している。しかし、それはISの挙動をわずかに遅らせ、また動きを単調にさせてしまう。

 高クラスのIS操縦者となればオートバランサーを切るらしいが、少なくとも代表候補生程度の力量では無理なのが定説だった。

 

 このなかではラウラのみがオートバランサーに頼っていない。

 

 「たとえるならば、鉛筆は上を持てば安定するがぶら下がるだけでそれ以外の動きができない。だが、鉛筆を指先に立てて持てば不安定だが自由な動きができるようなものだ」

 

 櫻井の例えに、一夏はなるほどと頷いた。もはや理屈の話ではなく、単純に彼女の直感と呼ぶべき才能の類であろう。少なくともいちいち考えて動けるものではない。

 甲龍はやや重量級に分類されるがよくもあれだけ器用に使いこなせるものだ、と櫻井は感心する。

 

 ラウラや櫻井は意外そうな顔をしているが、一夏には納得のできるコトであった。

 鈴はもともと運動神経が抜群なほうであったが、それに増して影の努力家である。おそらく、両親の離婚問題で中国に帰国してから猛勉強をしてあそこまでたどり着いたのだろう。

 帰国する時はかなり落ち込んでいて、一夏に何もつけずに去って行ったが、それでも前にへこたれずに進む強い意志と一途さが一夏は好きだった。

 

 「……俺も負けてられねぇよな」

 

 一夏の胸の内でも火が燈る。知らず握りしめていた拳に力が籠る。

 その様子を櫻井は横目で眺め、じゃあ頑張らないとな、と他人事のように言う。一夏は力強く、おう、と頷いて返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて覚悟を装填した三分後。

 

 一夏と鈴の二人は自らの専用機を展開した状態で対峙することになった。

 なぜそうなったのか経緯を簡単に述べると、ハイスコア更新でらんらん気分で凱旋してきた鈴に、軽い気持ちで櫻井が一夏の気合の入れようを話してしまったのだ。バラされた一夏は少しばかり恥ずかしい。対して、そんな一夏のやる気を宣戦布告と受けった鈴が模擬戦を提案したのだ。それを櫻井が承諾。もちろん、一夏に決定権などない。

 

 周りに流されている。と、一夏は己の自己決定権の無さを痛感するが、周りも良かれと思ってのコトであるので不満がないのだ。しかし、それがなんとも情けないと思う。

 試合前に向かい合っている一夏の顔が晴れないコトに、鈴はすこしムッときた。いや、彼女の気性である。カッとしたと言ってもいい。

 

 「うだうだしてないでシャキッとしなさいッ!!」

 

 鈴の罵声に驚いて一夏は背筋を正す。なぜ彼女が不機嫌なのか、それは一夏にわかるはずもないが、それを聞き返せばただでは済まないと生きるものの直感で悟る。

 ……まあ、これから模擬戦をするので今の不完全燃焼の怒りはそこで爆発してしまうのだが。

 

 己の悲惨な末路を容易に想像できてしまい、一夏は身を恐怖に震わせた。鈴とは一度試合をしたコトがあったが、さきほどの櫻井の賞賛を聞くと「あれ、いつもあんな感じだったからそう思わなかったけど、鈴って実はすごいんじゃ……?」などと考えてしまう。おそらく、本人がその本音を聞けば拳をグーに固く握りしめ、振り上げて殴りかかってくるだろう。

 

 しかし、いまさら尻をまくって逃げ出すわけにもいかない。つい先ほど決めたのだ。負けないと。

 向き直った先で、鈴は気取った笑いを上げた。

 

 「あーら、いまさらあたしの凄さに気が付いてビビったんじゃないでしょうね」

 

 「いや、まさにそのとおりなんだ」

 

 「否定しなさいよッ!!」

 

 いまにも困ったと言い出しかねない一夏に、柳眉を吊り上げて鈴が怒る。時に正直とは美徳に成り得ないのだ。

 

 なんてこと……、と頭を抱えたい衝動に駆られる鈴。

 鈴が一夏に模擬戦を挑んだ理由は実は一夏の決意に感化された、からではない。その理由とも云うべき問題は一夏本人と、つい先日転校してきた櫻井にある。

 

 この二日、一夏な櫻井に付きっきりなのである。そも、櫻井は一夏の護衛として派遣されてきたので当然と言えば当然と言える。そして、ほぼ女子高とも云うべきIS学園に一人男子として強制入学させられた一夏にも同情はする。

 が、それが乙女として、想い人と数日もまともに会話もできない状況を受け入れられるかはまた別の話なのである。

 以前は指導役としてそばに居られたが、今は櫻井がいる。腐っても自衛官でIS開発部隊所属。代表候補生である鈴たちとは知識に差があった。鈴たちはISを扱うスペシャリストであるが、ISに詳しいわけではない。軍人が銃弾の炸薬混合比率がわからないのと同じである。

 

 その懸念はセシリアたちも同じコト。であるからして、こうして訓練相手をかこつけて無理やり接点を作るしかないのだ。幸いと云うべきか、櫻井はISが扱えないので模擬戦相手とかこつければ容易であった。

 一夏の相手ができて、普段ならば頬がゆるみそうになるところであるが、生憎、今の鈴は憮然と眉を寄せるばかりだ。

 

 ……よくよく考えれば、鈍感すぎるこの男が悪いのだといまさならがら思い至ったからだ。

 しかし、一夏にも弁解の余地はあった。彼女の場合は暴力的にツンデレすぎてそれが好意に変換し辛いのだ。

 

 一夏のせい……一夏のせい……、と己を沈めている姿を見ると、その苦労が垣間見える。

 

 鈴の心の内は怒りに燃え上っているが、頭のなかは冷静に“敵”を見据えている。

 

 二人は一度だけ模擬戦をやっている。龍咆の特性を知らなかった一夏は一方的に嬲られたが、最後は驚異的とも言える追い上げを見せた。結局は無人機襲来によって勝敗はあやふやとなり、無人機相手に共同戦線まで仕掛けた。

 その時の一夏の実力を、鈴は見縊ってはいけないと直感した。

 

 確かに、一夏はIS稼働時間は短く、それ相応に操縦技術はまだ雑である。しかし、一夏には底知れぬ才能を感じた。本人には言えぬが、あの世界最強の織斑千冬の弟だと納得させる一端をわずかながら見せている。

 油断は禁物。一夏には何かとてつもない爆発力があった。

 

 織斑一夏の専用機―――白式は特異な機体だ。

 もともと日本は技術大国であるが、最後の世界大戦敗退後は戦争アレルギーとも呼べる極端なほどの軍隊への忌避感により重工業は衰退したと言ってもいい。特にレプシロ機からちょうどジェット機へと時代が切り替わった航空エンジンは技術大国とは思えないほどである。

 その影響を受けて、日本のISもエンジン部分が弱い。その謙虚な例が、IS学園にも多数配備されている打鉄だろう。打鉄はまさに日本武者と云った造形をしている。その見た目通り、エンジン出力に難があり、機動性能の低さを物理シールドで補っている。

 

 その日本が開発した第三世代機―――白式。もとは失敗作の烙印を押されて倉庫で埃をかぶっていたところを急きょ引っ張り出されてきた代物だ。ようやく開発にこぎつけた大出力エンジンを搭載した大型のスラスター翼と西洋の騎士のような曲面を採用した純白の装甲が特徴的。

 機体装甲そのものは中量級。しかし、装甲配置自体は第二世代型第三世代型の一般的なISと準するので基本的な防御性能の差は誤差だろう。

 

 武装は物理刀―――雪片弐型のただ一振りのみ。鈴が初めてそれを知ったときは眩暈を覚えたほどだ。どれほど日本の技術者は日本刀が好きなのだろう、と。

 

 それは青竜刀の双天牙月が主武装である鈴の甲龍にも言えたことであるが、先述の通り、IS戦においては両社の武器には大きな差があった。これは武器の優劣よりも相性の問題なのだ。扱いきれるのならば強力な威力を発揮する日本刀だが、神経伝達していてもあくまで機械の腕であるISのマニピュレーターでは容易なことではない。

 

 そして、もっとも警戒しなければならないのが、単一仕様能力(ワンオフアビリティー)―――零落白夜だ。

 単一仕様能力とは、ISのコアが搭乗者の情報を読み取って発現させる特殊能力である。科学が神とまで言われる現代では鼻で笑い飛ばせるような話であるが、それがそのような程度であれば苦労はない。単一仕様能力を発現させた人間は指折りで数えられる。ゆえに、研究すらもままならないのだ。IS開発者である篠ノ之束の言及により、その存在自体は認知されているが、世界ランカー以外には発現すらもままならない状態なのだ。

 

 単一仕様能力の能力は人によって千差万別、であるらしい。例外として、織斑千冬の単一仕様能力である零落白夜は、その弟である織斑一夏と同一であるが、なぜそうなのかそれが当然であるのかすらも判断がついていない。

 世界最強が手にしていた零落白夜の能力は、『触れたエネルギーの無効化』。正確には光学兵器の類の一切を無力化するのだ。

 

 この能力は、内包したエネルギーを糧に駆動するISには天敵とも云える。その圧倒的な攻撃力は、ISが世界最強であり世界一安全な兵器であると謳われる所以の絶対防御すらも突破することが可能なのだ。

 ISは危険度が高いほど、自動で感知して相応の強度でシールドを張る。そのシールドすらも零落白夜は突破をし、それを危険と判断したISはさらに強力なシールドを張り、とイタチゴッコとも云える効果を生み出し、莫大なエネルギーを一瞬で消し飛ばす。それゆえに零落白夜はIS戦に特化した能力と云えた。

 

 しかし、鈴は白式について解せないところがあった。

 

 “いったい、どこが第三世代機……? どう考えても第二世代機じゃない”

 

 彼女の疑問は当然である。

 いくら高性能でも、それは世代には何も関係ないのだ。ISの第三世代機の特徴は『イメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装を目的とされている事』、である。白式の機体にはそれらしき武装は確認できないどころか、物理ブレード一本と云う有様。

 まさか、自分の国の開発した最新鋭機は第三世代のはずだ、などと意味の分からないエゴイズムではあるまい。

 

 鈴はそこで思考を打ち消す。これは模擬戦。死にはしないが、だからこそ手は抜かない。

 意思を宿らせ眦を吊り上げる。

 

 ――― やるからには、本気で叩き潰す。

 

 お互いの距離は七十m前後。遠いかもしれないが、ISならば数瞬の距離だ。

 

 先に仕掛けたのは、一夏だった。

 白式の特徴とも云える大型スラスター翼が唸りを上げる。白式は中量級に大出力推進翼を取り付け、高機動機並みの運動性能を得ると云った野心的な設計だ。

 

 数tもの莫大な推進力を受けた白式は、装甲が反射する光を置き去りに一直線に駆けた。

 虚をつくことを狙った先手必勝。

 しかし、―――

 

 「ハンッ、代表候補生を舐めんじゃないわよッ!」

 

 そも、一夏は物理ブレード一本の特攻仕様であるため、まずは相手に近づかなければ意味がない。零落白夜は注ぎ込むエネルギー配分次第では刀身をそれなりに伸ばすことも可能だが、あくまで刀の域を出ない。相手が近づいてくるとわかっていれば覚悟は決まる。

 

 雪片を両手に構え、ジェット炎の灼熱した軌跡を描いて猛然と迫る一夏。

 

 鈴は正面からそれを迎撃する構えを取った。

 

 鈴は己を鼓舞するように、連結させた双天牙月を風車のように回転させ、大きく振り上げた。と同時に、両肩の龍咆も起動させる。櫻井からは散々な評価を受けている龍咆だが、接近戦では砲身がない事と、射角の無限性は大きな利点であった。

 旋風となって駆け抜ける一夏を、万全の構えで鈴は迎撃するはずだった。

 

 ――― が、鈴は、いまだに織斑一夏と云う人間を見誤っていた。

 

 一夏の速度は時速数百kmにも及ぶ。高機動近接格闘型の名に恥じない速力で駆ける。

 

 そこで一夏が、手にした雪片を、鈴に向けて"ブン投げた"。

 

 「……、は? はぁああああああああああっ!!??」

 

 頭のなかは驚愕でパニックに陥ったが、研ぎ澄ました身体は反射的に動いた。

 慌てて小振りした双天牙月で弾いたのは、紛う事無き白式唯一の武装―――雪片弐型。

 鈴は驚愕三割、呆れ二割、そして怒り五割で叫んだ。

 

 「あ、あ、あんたバッカじゃないのっ!? いや知ってたけど!」

 

 彼女の動揺っぷりは無理もない。

 いったいどういう思考回路をすれば、戦場でたった一つの武器を相手に投げるだろうか?

 

 言葉にもならない、絶句と行き場のない不明な怒りに身体を震わせながら、鈴は呆気を取られる。

 たったいま、攻撃オプションを自ら放棄した大馬鹿野郎は、進路も変更せずにそのまま直進してきているのだ。それどころか、さらに速度を上げているのは気のせいか。

 

 いや、見間違いでもなく、一夏はフルスロットルでぐんぐん加速をする。

 雪片を回収するためには見えない。弾かれた雪片ははるか遠くだ。もしもそうなら相当な間抜けだ。いや、一夏が間抜けなのは周知であったが。

 

 それでも在り得ない。なぜなら一夏は一直線に鈴に向かって突進してきているからだ。

 雪片を弾き、その奇行に意識を奪われた鈴には回避行動が間に合わない。

 

 これは、まさか―――

 

 稀代の大馬鹿野郎は、一昔前の改造人間よろしくPICで横滑りを起こしながら、足を振り上げこう叫んだ。

 

 「トォッ!」

 

 「――― じゃ、ないわよこのバカァあああああああっ!!!!」

 

 世界初めての男子IS操縦者は、世界で初めてISの飛び蹴りでISを撃ち落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客全員が唖然とする。誰も何も話さない。

 そのなかで櫻井は、今の飛び蹴りでPICのオートバランサーが使用されていないコトに気が付いて、怒るべきか称えるべきか、悩ましく頭を抱えた。これほど無駄に高度で、これほど無駄すぎるPICの使い方をいままで見たコトなかった。

 

 世界を震撼させたISを運営するIS学園は、今日も平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ……力の入れ所を間違えた。
 感想評価をお待ちしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。