正義と、大義と。   作:新田良

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第十一話 生徒会長は学園最強

 

 「櫻井」

 

 「何?」

 

 「千冬姉ぇを手籠めにして奴隷のように掃除させたって本当か?」

 

 「織斑一夏。射殺と刺殺と轢殺と毒殺と絞殺、どれがいい?」

 

 学生にとって明日の休日に心を躍らせる金曜日。学業に余裕を持たせると云う目的で施行されたいわゆるゆとり教育が終了している今の世であるが、IS学園では週休二日の制度を取っている。

 

 今日を耐え忍べば明日は休日。清涼な朝の冷気に綿菓子を浮かべたようなふわふわとした空気の朝食時、今の質問について、一夏はわりと真面目に心配しているのだが、それに対する櫻井の返答は唸りを上げる鉄拳と氷のように凍える死刑宣告だった。

 

 櫻井は朝食のうどん定食についているだし巻き卵を箸先で切り分けながら、じとりと鋭い眼で一夏を睨め付ける。

 

 「あまりふざけたコトを言ってると、そのカラっぽの頭をクルミみたいにカチ割るけど」

 

 「割れたっ、マジで割れたっ! つーかっ、お前の右手どうなってんのっ? 文字通り鉄拳みてぇに重くて硬ぇんだけどっ!? 実はその右手がオートメイルですって言われても驚かねぇ」

 

 頭に響いたいまだかつてない衝撃に、一夏の目の前に流れ星が奔ってはぶつかり合ってちかちかとしている。寺の鐘のなかに居て外から鐘を鳴らされたように頭がぐわんぐわんと揺れた。

 

 一夏の悲鳴を肯定も否定もせず、と云うよりも気にするコトすらもなく櫻井はしらっとした白い眼で見る。

 

 「僕は平和主義者だからできれば今の選択肢を選んでほしくないんだが……」

 

 「たったいま平和主義者に撲殺されかけたけどなっ!」

 

 「選択肢外だ」

 

 「それならいいのかっ!?」

 

 まさか自分の護衛に殺される羽目になろうとした一夏は戦慄で箸と椀を取り落しかけるが、すんでのところで持ち直した。もしここでこぼしてご飯を無駄にしようものなら櫻井に殺される前に食堂のおばちゃんに殺される。

 

 しかし、この質問は千冬の弟として深刻な問題であるので真偽のほどは確かめたい。

 で、どうなんだ、と眼で問いかけた返答は馬鹿を見る目だった。

 

 「いったい何? どういう意図の質問? 新手の冗談か? 冗談は嫌いだ」

 

 「冗談垂れ流すお前に言われたくないけどな。ええっとだな、なんか噂になってんだよ」

 

 「……いまの内容が?」

 

 一夏が首肯すると、櫻井は偏頭痛でもするのかこめかみをおさえた。まあそうだろうなと深刻であるが半信半疑、どちらかと所詮噂と断じていた一夏は他人事のように眺めていた。

 

 「とりあえず、織斑教諭は掃除の仕方を覚えるべきだ」

 

 「あー……、」

 

 一夏は遠い眼で納得した。弟である彼は織斑千冬のものぐさっぷりを何年も近くで見てきたのだ。言葉の重みが違う。

 

 「でもよ。千冬姉ぇの部屋ならこの前片付けたばっかだぜ?」

 

 「それは寮部屋のほうだろ。織斑教諭は特殊な立ち位置の教員だからな。個別で執務室を与えられている。たしかこの話は前もしたはずだけど」

 

 そういえば、櫻井が転入初日前夜は千冬の執務室に泊まったと聞いた気がする。

 

 「どんな部屋だったか知りたいか?」

 

 「……いや、いいです」

 

 最低限の体裁を保たなければならない寮部屋でさえ凄惨たる有様だったのだ。基本的に千冬しか訪れない執務室など魔の巣窟だ。

 

 「使い魔はきっと『G』だな」

 

 「朝食の最中に何言いやがる。……まあ、あの人黒いしな」

 

 などと、本人が聞けば雄叫びあげて張り倒しそうなコトを言い合う。共通の話題、もとい共通の愚痴とは共感し易いものなのだ。

 

 「朝からいったい何の話をしてるっスか、キミたちは」

 

 声がして、見上げてみれば珍しく呆れ顔のエレナがトレイを持って立っていた。そのやや斜め後ろには箒も立っていたが、こちらは明らかな憐憫と侮蔑の表情を浮かべていた。夏だというのに冬のように冷たい目が心地よいと感じてしまった一夏は病気なのかもしれないと心配する。ただの現実逃避だった。

 

 そして、当然のように箒は一夏の隣に、またエレナは櫻井の隣に座る。二人は朝からシャワーを浴びたのか髪が湿っている。

 

 いただきますをしたところで箒が一夏をじろりと睨みつけた。一夏は条件反射でつい首をすくめる。わけは知らぬが直感的に説教がくると覚悟を決める。

 

 「始末書を徹夜で書くから今日の朝練は無しにしたのに随分と余裕だな」

 

 「え、ああいや、その……」

 

 始末書、それは昨日の模擬戦で一夏はライダーキックなどと前代未聞の攻撃法で鈴を撃墜した時のものだ。あんなむちゃくちゃをしたものだから、右足首の関節の油圧シリンダーは破断、そして足裏の補助スラスターを破損させたのだ。

 

 櫻井は白式開発に直接多く関わっていたわけではないが、これでも技術職でもある。ブチキレた。その結果、IS学園相手に詐欺紛いのコトまでやって予算をふんだくったのである。

 

 箒の言う始末書も、始末書を書いたと云うよりは櫻井の説教のほうが割合が大きかった。愚痴を流し始めると暗鬱に長くなる櫻井である。説教がどれほどのものなのかなど、言うまでもない。見事四徹目に突入した櫻井の機嫌は千冬の執務室の掃除と相まって、というよりも世話をかけさせる織斑姉弟に怒りのインフレーションが発生してとんでもなく長く密度の濃いものとなったのだった。

 それを思い出して一夏の空気が淀む。

 

 さすがの箒も先ほどの怒りがどこかに行ってしまった。朝からどす黒い陰気に当てられて顔を引き攣らせて引いた。

 どんよりとした一夏を櫻井はすこぶるめんどくさそうな視線を投げかけて、横目でエレナの朝食に視線を移した。そしてローテンションのまま訊ねる。

 

 「エレナ・クロスフォード。なんで朝からハンバーガー? だいたいナニそのバーガー、何カロリーだよ。見てるだけで胸焼けがする」

 

 さすがアメリカ人と云うべきか、アメリカ人でもここまでしねぇよと云うべきか、エレナの朝食はハンバーガーとコーラだった。ただ、バーガーは分厚い肉が三枚も重なっており、まるでおばさんの三段腹、というより食べたら三段腹になりそうな代物だった。

 こざっぱりとした和食を好む箒は難色を示した顔で閉口している。むしろ彼女には朝からこんなメニューを出しているコト自体が疑問である。

 

 櫻井の表情をバカにしていると受け取ったのか、エレナは憤慨して添えられたポテトを振り回す。

 

 「センナくんに言われたくないっス。センナくんだってずっとウドンばっかり食べているじゃないっスか」

 

 「馬鹿言え、うどんは八百年以上も昔から食べられている由緒正しい食い物だ。ジャンクフードと一緒にするな。あとセンナくん言うな」

 

 好きなものをバカにされたせいか、櫻井の視線はいつもより三割増しに鋭く冷たい。

 思いもよらぬ思い入れがあるらしい。

 

 「れ、歴史とか仕来りとか知った事かとか言って躊躇なくぶち壊しそうなセンナくんに言われたくないっス……」

 

 「いや、僕が守らないのは護衛対象だけだ」

 

 「おい、職務放棄っ!」

 

 冗談だ、と言って櫻井はうどんを旨そうに啜った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「というわけで今日は織斑一夏に人を紹介する」

 

 今日も無事に授業が終わり、生徒は意気揚々と帰ってあとは休日の予定を練り始めた放課後。

 一夏は櫻井に連れられて二年校舎にいた。一夏のいる一年校舎と造りも生徒の規模も同じだが、なるほど、入学から一年経った彼女たちは一年生とは違う余裕さや落ち着きが感じられる。

 

 先導する櫻井が咎めるような視線を一夏に向けた。

 

 「織斑一夏、あまり挙動不審になるな。通報される」

 

 「されるわけないだろ」

 

 たしかに挙動不審だったかもしれないが、それは一年生の身ながら二年校舎にいるため少々居心地が悪かったのだ。部活動もせず、上級生との交わりもない一夏には完全な異世界である。ただでさえ希少な男子生徒だと云うのに一身に視線を浴びれば落ち着かなくもなる。

 

 至極当然の反応をしたはずなのに、櫻井の表情は信用していない。

 

 「織斑一夏に見つめられると女子は二秒で手籠めにされるからな、油断できない」

 

 「なんだその妖怪は」

 

 「間違えた。二秒見つめられると妊娠する」

 

 「しねぇよ!」

 

 「そして三秒後には出産」

 

 「できるかっ! っていうかナニ言っちゃってんのオマエっ!?」

 

 一夏のまわりから女子生徒の姿が消える。一夏の心と膝がばきりと折れた。

 なんだかもうどうでもよくなってきた。一夏はさっそくげっそりとして櫻井に本題を投げかけた。

 

 「で、何の説明もなく連れられてきたわけだが、二年校舎に何の用が?」

 

 「言っただろう。人を紹介するって」

 

 二度手間かけさせるなと言うが、それだけでは知りたいコトが伝わらない。

 

 「いったい誰を紹介するんだって」

 

 そう訊き返すと、櫻井は少し考えるような素振りを見せて言う。

 

 「ああ、ただ単に織斑一夏に人を紹介するっていうのもあるが、その人に織斑一夏の指南役も頼もうかなって思っている」

 

 「指南役か……」

 

 一夏の表情がさえない。なぜなら彼にはすでに五人もの指南役がいて、そして櫻井が加わったことにより六人になった。このままでは一週間に一人ペースになる。正直お腹いっぱい。そも、箒たち女五人は誰が一夏の指導をするかで毎回揉めるので大変。そして一夏もとばっちりを受けるコトが多いのでこれ以上増えるのはできれば遠慮したかった。

 

 その一夏の憂慮しているコトを察したのか、櫻井は口の端を持ち上げて微笑う。

 

 「紹介するのはこの学園の生徒会長だ」

 

 「生徒会長……?」

 

 生徒会長と云えば、生徒代表ので構成される生徒会の長である。文字通り生徒代表だ。

 

 はて?、と首を傾げて一夏は生徒会長の顔を思い出そうとするが、挨拶はあったと思うが入学時はいろいろとありすぎて思い出せない。

 

 「二年校舎にきたというコトは、生徒会長って二年生なのか?」

 

 「そうだ」

 

 一夏の問いを櫻井は短く肯定する。

 

 凄いな、と一夏は内心驚いていた。

 二年生で生徒会長と云うコトは一年生で選挙戦で勝ったと云うコトだ。地元で有名な生徒、ならばともかく国際学校であるIS学園ではほとんどの生徒が初対面のはず。その中で一年生にして選挙戦を勝ち抜いたとはいったいどれほど影響力のある人間なのか。

 

 と、一夏は驚いたがまったく記憶に留めていないので自分の忘我っぷりに呆れ果てた。

 

 「凄いなその人。どんだけインパクトがあるんだよ」

 

 「インパクト? そんなもの必要ないけど。まあ、インパクトのない人ではないが」

 

 一夏の感嘆の呟きに、櫻井が形のいい眉を顰めた。

 その予想外の反応に困惑して一夏が訊ねる。

 

 「え、ん? 一年生で選挙戦に勝ったってコトはよほど印象に残る人なんだろ?」

 

 「たしかに印象に残る人だが、生徒会長には関係ないコトだ」

 

 「どういうことだ?」

 

 「IS学園では選挙はない」

 

 ではどうやって生徒会長を決めているのか?

 そんな当たり前の疑問が湧いたが、一夏がふいに気が付いて前を向く。櫻井も同じ方を見ている。視線の先では一人の女子生徒が手をひらひらと振っている。

 

 「やっほー、櫻井くん、一夏くん」

 

 女子生徒を見咎めて一夏は小さく息をのんだ。

 

 IS学園は容姿で生徒を選んでるんじゃと思うほど美人揃いであるが、その女子生徒は群を抜いていると言ってもいい。原石のなかで一つだけ綺麗に磨かれた宝石のようだった。手足はすらりと長く、日本人離れした見事なプロポーションは女性のなかでも憧れの的だろう。

 悪戯っこい笑みを向けられて一夏は思わずドキリとした。

 

 「さ、櫻井? 知り合いか?」

 

 「ん? ああ、まあ少しばかりね。会うのは二年ぶりぐらいだけど」

 

 一夏のコトを名前で呼び、櫻井のコトは苗字で呼んだことから知り合いである事は看破できたが、思いのほか古い知り合いだ。

 

 「彼女が生徒会長だ」

 

 「よろしくねー、一夏くん。更識楯無よ」

 

 その笑みひとつでうっかり惚れてしまいそうなぐらいの破壊力があった。惚れたわけではないが今度は胸がドキドキとする。自分で考えても説得力がなかった。

 

 櫻井が眉を不愉快気に顰めて、楯無を見る。

 

 「楯無……?」

 

 櫻井の鋭い視線も意に介さず、楯無は人差し指を黙って唇の端に当てた。一夏には意味が分からなかったが、それで櫻井は苦い顔をしながらも押し黙った。 

 

 改めて向き直った楯無の姿を上から下にとっくりと眺めてみる。たしかにこの容姿なら個人的なファンもいて選挙に勝てるか、と一夏は思ったところで先ほどの櫻井の言葉を思い出した。

 

 「ええと、楯無さん、でしたっけ。さっき櫻井にIS学園には選挙がないって聞いたんですけどどうやって生徒会長になったんですか?」

 

 突然の意外な質問に楯無はきょとんと面を食らうが、楯無の反応に狼狽えた一夏の表情が気に入ったのかふふふっと口元に悪戯好きな笑みを浮かべる。

 

 「知りたい?」

 

 「え、ま、まあ知りたいと言われたら気になりますけど……。あ、もしかして何か特別なことをやらないといけないとかですか?」

 

 「女性しかできない接待とか」

 

 真顔で櫻井が下品な茶々を入れるが、次の瞬間にはその脇腹に楯無の拳がめり込んでいた。潰れたカエルのような悲鳴を上げてうずくまる櫻井。一夏にはあらゆる意味でイタそうに見えた。

 

 楯無は顔を真っ赤にして憤慨していた。当然である。

 

 「もうっ、なんで櫻井くんってそんなナチュラルにセクハラ発言が飛び出すのっ!?」

 

 「いやいや、会長のそういう可愛らしい顔ってなかなか見れないから」

 

 「もうっ、なんで櫻井くんってそんなナチュラルに口説き文句が飛び出すのっ!?」

 

 「趣味でして」

 

 「みんなに言ってるんだ!?」

 

 怒りと恥ずかしさに楯無がわなわなと身体を震わせる。一夏は呆れ果てる。櫻井は知的に見えて実は馬鹿である。

 

 楯無は顔を真っ赤にしたまま腕を組んで櫻井を睨め付ける。

 

 「まったくっ、櫻井くんは二年ぐらい見てないけど相変わらず変わらないわねっ」

 

 「ちょっとしたコトで変わったら個性なんてないけど」

 

 「あなたは個性的すぎるから矯正したほうがいいと思う!」

 

 ひとしきり怒ったところで楯無は溜め息をついた。疲れたように見えて本当にそうであるが、頬が緩んでいるあたり楯無も楽しそうで、その実このような気軽なやり取りが懐かしくも嬉しかった。同年代で軽口を叩きあえる人間が楯無の周りには少ないのだ。

 

 櫻井が脱線した話を元に戻した。

 

 「IS学園は実力主義なんだ。生徒会も一緒」

 

 「……? そりゃあどこの生徒会も実力主義だろ」

 

 選挙だって実力だろう。おいそれ生徒会長などなれるものではないと思うのだが。

 まあそうよね、と楯無が少し考えるように首を傾げる。

 

 「見たほうが早いわね」

 

 「見たほうが早い?」

 

 何を言い出すのかと一夏は首を傾げた。

 

 すると、いつの間にかにわらわらとたくさんの生徒が周りを囲んでいる。部活生なのか袴やユニフォームを着ている生徒もいれば、その手に竹刀やパンチンググローブなどを持っている生徒もいる。そして、皆が眼に明らかな闘志の炎を燃やしている。その熱意に一夏は冷や汗をかいた。

 

 「え、なんだ?」

 

 「ここは危ない、避難だ」

 

 物々しい雰囲気を感じ取って一夏が狼狽えたように辺りを見渡した。その襟首を櫻井が引っ掴んで引きずる。

 

 囲みをぬってひとまず離れたところで櫻井がその手を離した。一夏は状況をまったく掴めていないが人垣の向こうに楯無がいるのに気が付いて慌てる。

 

 「お、おいっ、楯無さんを置いたままだぞ!」

 

 「いいんだ、恒例行事みたいなもんだから」

 

 恒例行事?、ともちろん意味が分からず、一夏は恐る恐る人垣に顔を向けた。

 

 敵意に満ちた眼をした生徒に囲まれていながらも、楯無の不敵な表情は崩れない。むしろ楽しそうに微笑う。

 

 「ふふふっ、もう七月だからやっぱり来たわね」

 

 「ふんっ、今日こそそのふんぞり返った席から引き摺り下ろしてやるんだからっ」

 

 と、木製のバットを手にした野球のユニフォーム姿の生徒が叫んだ。そのバットには釘が何本も突き立って凶悪なモノとなっていると云うのに誰もツッコまないのが一番怖い。

 

 混乱しながら一夏は横目で静観している櫻井を伺う。

 

 「えーっと、どういうコトなんだ? ナニこの状況、ぶっそうすぎなんだけど」

 

 「だから実力主義と言ったろう。IS学園には選挙がない。だからああやって実力行使で会長の座を分捕るんだ」

 

 「実力主義ってそっちかよ!」

 

 生徒会とは生徒による自治組織の事である。主に執行部と呼ばれるそれは、生徒が運営することによって子供を理解できない教師との調整する事で学校生活の充実や改善向上を図るのだ。

 日本のそれももとはアメリカから流れてきた制度であり、IS学園でもその制度は自然な流れでできていたのだ。当然最初の選出方法は選挙であった。

 

 が、しかし、もとはと言えば揉め事の丸投げする形でできたIS学園である。またここでも各国が揉めたのは言うまでもない。世界の武力の象徴であるISの国際育成機関であるためその生徒会長になれなかった国の心境はよろしくない。

 

 当然初期の選挙には世界のリーダーとならんアメリカ、ロシア、中国の新冷戦参加国の生徒が名を連ね、弱小国はその圧力に名乗りさえも上げることができなかった。このままでは国際問題になると呆れかえった理事長が新制度を敷いたのだ。

 

 “選挙とかめんどくさいし、生徒会長なんだから最強の人がなればいいんじゃない?”

 

 そんな適当な理由のもとIS学園の生徒会長の選出方法は決闘と云う形になったのだ。徒党を組んでもよし、不意打ちをするのもよしとなんでもありである。こうなるといろんな意味で収集がつかなくなるのではと疑問も出たのだが、とある理由でそれは解消されたのだった。

 

 一夏はみんなが手にした武器を見て、恐々と櫻井に訊ねた。

 

 「だいたい話の流れは見えたけどよ。いいのかそれって。危ないんじゃ」

 

 「さすがに人殺しが許されているわけじゃない。生徒会長になるには生徒会長であるという証の扇子があるんだ。それを奪えばいい」

 

 「はーん、なるほどなー」

 

 櫻井の呑気な説明に納得する一夏の目の前では着々と挑戦者たちの戦意が高まっていく。おもわず一夏の手のひらに汗が滲んだ。なんだか殺気立っているのは気のせいなのか。

 

 最初に仕掛けたのは先ほどの野球部員だった。禍々しい釘バットを振り上げて絶叫する。

 

 「会長ぉおおおおおおおおおっ死ねぇええええええええええええ!!!」

 

 「なんかコロス気満々なんだけどっ!?」

 

 一夏は驚愕するが、顔色一つ変えずに楯無が跳躍する。前に。いつ前進したのかわからないほど鮮やかで自然な動きだった。細い手が手首を素早くつかみ取った。一瞬で懐に入られた野球部員はわけもわからず一回転して床に叩きつけられた。頭を強く打って目を回している。

 

 「……はい?」

 

 一夏は目を丸くした。いったい何が起きたのかさっぱりわからなかった。取り囲んでいた生徒は顔を苦くし青ざめさせるが驚く人間はいない。なぜなら彼女たちはいままでこうして玉砕してきたのだ。だが、この程度でくじけては下剋上は完成しないのだ。

 

 「全員で突っ込めぇッ!」

 

 取り囲んだ誰かがそう叫ぶと、全員が雄叫びを上げて楯無に突撃を敢行する。

 

 しかし、楯無は伊達に最強の生徒会長ではない。襲い掛かってきた生徒二人を同時に投げ飛ばした。手首を掴まれたと思った瞬間には空を飛んでいる。投げられた二人は先の生徒のあとを追うことになった。

 

 「会長だって人間だッ、恐れるなッ」

 

 「だったら先輩が突っ込んでくださいッ」

 

 「足だ、足を狙えッ」

 

 「どさくさにパンツを脱がしてしまえッ」

 

 「裸に剥いてみんなで堪能するぞッ」

 

 疾風迅雷の勢いで打ち込まれた竹刀をあっさり避けると右手一本で投げ飛ばし、弾丸のごとき速度で突き抜けるサッカーボールを奪い取った竹刀で見事に打ち返す。楯無が右手の竹刀を振り払えば果敢に突撃してきた三人の生徒が冗談のように人垣に吹っ飛んだ。軽快なフットワークで距離を詰める二人のボクシング部員の片割れに竹刀を投げつけ額に直撃昏倒。その屍を乗り越えたもう一人が右ストレートを打ち込むがそれをリカルド・ナバ顔負けの紙一重で逆にカウンターの掌底打を顎に叩きつける。

 

 「リーチが足りないッ!」

 

 「槍術部、前にッ!」

 

 「おい、アーチェリー部を呼んで来いッ!」

 

 「エアライフル部ッ早く狙撃しろッ!」

 

 「火力が足りないィッ! 整備科ぁあ、倉庫から90mmライフル砲を持ってくるんだッ!!」

 

 「誰か500ポンドクラスター爆弾ブチ込んでしまえッ!!!」

 

 混沌は混沌を呼ぶ。どんがらがっしゃーんと愉快に砕け散る校舎と挑戦する生徒たち。

 

 ナニこの光景、とドン引きする一夏。まさかこんなコト毎日やってんのか。

 

 一夏が顔を引き攣らせていると、すぐ隣からくすくすと控えめな笑い声が聞こえてきた。驚いて声のしたほうを見れば一人の見知らぬ生徒がいる。三つ編みで眼鏡をかけた、図書委員でもやっていそうな知的な女子生徒だった。ネクタイの色を見れば三年生だ。眼鏡の上級生はやんわりと優しく微笑んだ。

 

 「あら、驚かせてごめんなさい」

 

 「え、ああいや、こちらこそ失礼でした」

 

 「貴方が織斑一夏くんね」

 

 「は、はいそうです」

 

 名前を知られたコトにも驚いたが、よく考えればつい最近まで唯一の男子生徒だったのだ。あれだけ世界を騒がせれば名も知れているだろう。

 

 騒ぎも見物していた櫻井も、その上級生に気が付いた。

 

 「ああ、布仏虚か」

 

 「人の名前をわざわざフルネームで呼ぶのは全然変わってないのね」

 

 「そっちも堅そうなのは変わりがないようで」

 

 知り合いだったことも驚きだったが、またまた親しそうに話すのにも驚いた。櫻井はずっと友達がいないイメージだったのに。

 

 「えっと、知り合いなのか? ていうか、先輩に普通にタメ語だな」

 

 「忘れていると思うが僕は織斑一夏より二つ歳が上だと言っただろ。つまり布仏虚とは同い年だ」

 

 言われて一夏は思い出した。そういえばそんなコトを前にも聞いた。

 

 虚がおかしそうに口元を上品に手でおさえて笑う。

 

 「貴方が学校に通うコトになったのもそうだけど、まさか貴方が後輩になるなんて」

 

 「誰かさんのおむつを替えないといけなくてね」

 

 笑われて櫻井が困ったように肩をすくめる。一夏はムッとした。おむつとは一夏の事だ。

 

 「あのなぁ、俺だってお前に頼んだわけじゃ」

 

 「なら勉強は一人で頑張ってもらおうか。女の子たちに頼むのもいいけど」

 

 「スミマセンでした。これからもよろしくお願いします」

 

 一夏はプライドを捨てて深々と頭を下げた。櫻井が満足そうに見下ろし、虚はさらに笑みを深くする。

 

 箒たち女子は先生として優秀なのだが、教えてもらうのは少しばかり恥ずかしかった。男として最低限の見栄を張りたい。櫻井ならわりと気安く頼めた。

 

 「あの、虚さん。もしかして毎日こんなコトやってんですか?」

 

 「いいえ、規則で生徒会長に挑戦できるのは一人月に一度までって決まってるの。事前に書類も提出しないといけないから挑戦するほうも結構大変よ?」

 

 一夏は苦い顔をした。それでも十分に多い。

 虚が微笑いながら、

 

 「一夏くんも挑戦してみたい?」

 

 「……アレを見てですか?」

 

 千切っては投げ、千切っては投げを繰り返し、学園無双をやっている楯無の勇姿を見ると、情けないが気が引ける。遠慮したい。

 

 櫻井が愉快そうに言う。

 

 「実力行使となれば普通は揉めるんだけど、アレを体験すると大抵の会長が自主的に退くんだ」

 

 そりゃあ、アレだけ血走った眼をした生徒に囲まれ袋叩きにされればトラウマにもなる。月の終わりはまさにカウントダウンだろう。ではなんであの女子たちは生徒会長になろうと楯無に挑んでいるのだろうか。

 

 「IS学園の生徒会長になれば予算を自由に分配できますから」

 

 虚がにこやかな笑顔で、とてもブラックな事情を説明する。つまりここにいるのは金の亡者ばかりなのか。確かにIS学園ほどの規模ともなれば予算はちょっとした町ぐらいに潤沢なのだろう。改めて見るとみんな小奇麗な顔の裏が黒く見えるのは気のせいだろうか。

 聞けば虚も生徒会役員で副生徒会長なのだとか。たしかにそれっぽい趣がある気がした。

 

 一夏は予算奪取のための血みどろの大乱闘を嫌そうに見た。

 

 「なんか人間の本性を見ている気がするな」

 

 「クーデターの予行練習みたいなもんさ」

 

 「ホント物騒だなこの学校っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして毎月恒例となっている学園クーデターは無事(?)終了した。

 

 もちろん、勝ったのは我らの最強の生徒会長、更識楯無会長である。長らく君臨する女帝の椅子に綻びはない。

 

 騒ぎが終了して一夏たちは生徒会室に通された。

 

 さすがはIS学園。生徒会室は豪奢の一言に尽きる。床一面には土足で踏み出すのも恐ろしい毛足の長い絨毯が敷き詰められ、手前にはガラステーブルと瀟洒な応接ソファが鎮座している。天井には当たり前のように見事なシャンデリアがあった。その置くにはこれまた社長が使いそうな豪奢な執務机が左右に二つずつ、中央に一つありその上には『生徒会長』と書かれた札が立っている。『副会長』と『書記』と札に書かれた机は使われた痕跡があるが、『会計』と『広報』と立札にある机上には何も置かれていなかった。

 

 眼を血走らせて襲う美少女達にげっそりして、一夏は身体を深く折ってガラステーブルに突っ伏した。

 

 それを見て、虚は楽しそうに笑う。硬い外見に反して、意外にも虚はいつも楽しそうな笑みを浮かべている。

 

 「これでも最近では平和なほうなんですよ」

 

 「……ほんとかよ」

 

 一夏はうえっと嫌そうな顔をする。肉に群がる野獣のような光景に一夏はトラウマを植え付けられかけた。

 

 「ええ、お嬢様が生徒会長になったはじめは毎日のように果し合いがありましたから」

 

 「そうよー、私すっごく大変だったんだから」

 

 いまこそ月の初めにみんな揃って襲い掛かってくるが、最初のころは一対一の決闘をしていたから回転が悪かったのだ。しかし、あまりに楯無が負けなしであったものだから数か月経ったころにはみんなもプライドを投げ捨てて全員でかかるようになったのだ。

 

 「そのときお嬢様なんて言ったと思います? 笑顔で『全員でかかってきたほうが楽ちんね』って言ったんですよ。凄くありません?」

 

 「うわぁ……」

 

 楯無無双を見てきた一夏にはその光景が容易に浮かんでしまう。女尊男卑の時代になってしまったのも頷けてしまう。肩身が狭い。

 楯無が生徒会長用の皮張りの椅子に深く腰掛けて大きく伸びをしながら息をついた。その際に豊かな胸が強調されるので一夏はとっさに目を逸らした。

 

 「とりあえずあらかたやっつけたから残りは残党狩りぐらいね」

 

 「ざ、残党狩り……?」

 

 不穏な言葉を聞いた気がする。

 一夏は恐る恐る訊き返した。

 

 そんな一夏の反応に楯無が笑いながら言った。

 

 「ただの比喩よ。私が消耗したり山場を切り抜けて気が緩んできたところを狙う人がいるからわざと隙を見せて誘いこんでから殲滅するの」

 

 笑顔でそんな怖いこと言われても反応に困ってしまう。一夏は今更ながら転校したくなってきた。100%無駄であろうが。

 

 ごく自然とお茶の準備をしていた櫻井が、急須に茶葉をこれでもかと投入させながら楯無に問う。

 

 「紹介するとは言っておいたけど長居するつもりはない」

 

 「もうっ、せっかく二年ぶりにまともに顔を合わせたっていうのに少しは話でもする気はないの?」

 

 楯無は唇をとがらせるが、櫻井はないなと短く袖を振った。楯無は可愛らしく頬を不満に膨らませる。

 一緒に茶菓子を用意していた虚が見かねて言う。

 

 「お嬢様も貴方に久しぶりに会えて喜んでいるんですよ? 昨日なんてメールで何度も確認の―――」

 

 「ちょちょちょっ、虚ちゃんっ? アレは櫻井くんが虚ちゃんを仲介役に連絡を寄越したからいろいろと確認したくて―――」

 

 顔を真っ赤にして楯無が椅子から転げ落ちそうになった。

 

 「どちらにせよ要件があるから呼んだんじゃ?」

 

 話がおかしなほうへと転がり始めたので櫻井が直球に問いを投げた。それで二人は居住まいを正した。

 

 「二人には生徒会に入ってもらいたいの」

 

 「せ、生徒会にですかっ? でも、そういうのって勝手にやっちゃ……」

 

 確か普通の学校ならば選挙で選ばれるはずだ。

 

 「さっきも言ったようにIS学園には選挙がないの。選挙なんてやっちゃうと国の面倒を持ち込んだりしちゃうから」

 

 「だから生徒会長が自由に生徒から引き抜きができるんですよ。私もお嬢様から去年に任命された即日副会長でしたから」

 

 虚がにこやかに言葉を引き継いだ。ちなみに今ここにはいないがもう一人いる生徒会書記は一年生で楯無が任命しているだとか。

 

 一夏は唸った。正直に言うとやりたくない。もともと生徒会をする性分でもないし向いているとも思わない。それに一夏も今の生活で手がいっぱいなのだ。これ以上は大きな負担にもなる。そも、自分にこの手の仕事ができるとはとても思わない。

 

 「べつに構わない」

 

 一夏の思惑とは裏腹に、櫻井があっさりと承諾した。一夏はもちろんのこと、楯無や虚も目を丸くしている。彼ならば真っ先に拒否するとある程度踏んでいたのだが拍子抜けなぐらいだった。

 

 「え、ええと、誘っといてなんだけど、どうして?」

 

 「僕だって万能じゃないしそれなら生徒会の庇護に置いておいたほうがいろいろとやりやすい」

 

 櫻井らしい理由だった。楯無がむむむっと頬を膨らませる。そして溜め息をついた。

 

 「いろいろと誘う文句考えてたけど無駄になっちゃったわね」

 

 「そうですね」

 

 虚も頷いた。櫻井が訊ねる。

 

 「一応聞くけど、たとえばどんな?」

 

 「お嬢様が服を脱いで色仕掛けを……」

 

 「し、しないわよっ! なに言ってるの虚ちゃんっ!?」

 

 それは残念です、と虚が朗らかに笑う。一番腹黒そうなのは彼女だ、と思ったのは一夏だけではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が完全に沈みきった午後十時。

 

 櫻井は一夏と箒に課題を、エレナには短編小説を押し付けて寮の屋上に来ていた。臨海部の寮の屋上は風が強く塩辛い。

 

 櫻井はフェンスに寄りかかってエレナから貰った野球ボールを手の内で遊びながら待つ。見上げた夜空に星がないのは不満の一つだ。彼が任務で行くところでは大抵星が見えた。気候も風潮も違いのある外国であるが見上げた空はいつも同じだった。織江でもない、梓でもない、もう一人の妹と見上げたあの空とも同じだった。

 妙な感傷を抱きつつ、気が付けば時計の長針が一周回ったころに屋上のドアが開かれた。

 

 現れたのは楯無だ。短パンにワイシャツと男の櫻井には困った服装をしている。笑顔で手を振りながら櫻井のもとに駆け寄った。。

 

 「櫻井くん待ったー?」

 

 「一時間と少し」

 

 「え、時間マズった?」

 

 「いや、約束通りだよ」

 

 櫻井がポケットの中から紙の包みを取り出して楯無に投げる。

 紙の包みは強風に煽られながらも楯無の手の内に転がり込んだ。紙袋を受け取って楯無ははてと小首を傾げた。

 

 「ドイツのボンボーンだよ。最後に会った時に羨ましがってたでしょ」

 

 「あ、憶えててくれてたんだ……」

 

 櫻井の気遣いが嬉しくて、またそれが照れくさくなって、楯無は赤くなった顔を背けて隠す。照れ隠しに紙の包みから飴玉を取り出して頬張る。口の中で飴玉が甘く溶けた。頬が自然と綻ぶ。

 

 「はいこれ資料ね」

 

 代わりとばかりに楯無が持ってきたレポート用紙の束を櫻井に手渡した。

 櫻井はベンチに腰を下ろし、楯無もその隣に寄り添うように腰を下ろした。風が強いのでせめての風除けだ、と楯無は自分に言い聞かせる。

 

 「櫻井くんわかってると思うけど」

 

 「ああ、この内容は漏らさないよ」

 

 櫻井が楯無に要求した資料とは先日の無人機襲来事件の資料だ。襲来事件があったコトは諸外国にも知れてはいるが、その細かな内容まではIS学園の治外法権により開示されていない。そして、その情報はおいそれ外部に漏らしていいものではない。

 櫻井がこの情報の開示を要求した時は楯無も渋った。一方の国に肩入れをしない。これがIS学園と云う制度を成り立たせる所以なのだ。

 

 しかし最終的には必要な事だと受託し、学園理事長の許可のもと櫻井に資料を渡すコトにした。これは楯無と櫻井が親しい間柄だから、ではなく必要なのだ。

 

 楯無は櫻井の『全力』を知っている数少ない一人だ。楯無が万能ではないと同じく櫻井も万能ではないが、だからこそ必要なのだ。楯無は櫻井が裏切らない事を知っているし、櫻井もまた楯無は信頼できる数少ない人間だった。転入して幾ばくも無い櫻井がまず確実に信頼できる楯無にコンタクトを取るのは当然の選択と云えた。

 

 櫻井がレポートをめくりながら事件の経緯を文字で追う。

 

 「――― 更識刀奈」

 

 「更識楯無よ、間違えないで」

 

 楯無が即座に訂正すると、櫻井の表情が明確に不快に歪む。

 

 更識楯無は本名ではない。

 更識家は代々日本の暗部を牛耳ってきた家柄だ。日本ではインフォメーションである情報は多く開示されているが、インテリジェンスの情報もただ漏れの状態だった。そも、日本ほどの大国が、それも情報の優劣が国の明暗を決める技術を武器とする国がアメリカのCIAのような情報機関がないのが異常なのだ。もともと日本は戦後復興から技術だけが目覚ましく発展し、そう云ったものが追いついていない。さらには人のものを勝手に盗んではいけないと云った『御人好しな常識』に縛られて、情報管理やセキュリティの概念を持っているのか疑問なほどに甘い。内調も警察が面倒を見ていると云っても過言ではなかった。

 その情報を統率し、管理するのが更識家の家業だった。『楯無』とは代々当主名代に受け継がれる証であった。

 

 「私はもう『更識楯無』なの。この名前を受け取った時から、ううん、あの家に長女として生まれた時から覚悟してきた。人並みの生活だってできるとは思ってない。あなたはそんなのどうでもいいとか言うかもしてないけど、私の覚悟を馬鹿にしないで」

 

 楯無が強い語調で言い切った。言って楯無が気まずくなって顔を背ける。いまのが八つ当たりに近いのは自覚している。

 櫻井の解答は即答だった。

 

 「だからなんだ。知った事か」

 

 「……っ!」

 

 楯無はむっときた。いや、カッとなったと言ってもいい。それぐらいに侮辱された気分だった。

 その激情に任せたままに口を開きかけたが、櫻井のほうが早かった。櫻井は楯無に目も向けない。

 

 「最初に自己紹介したのはお前だ。なら最初から名前なんかで呼ばせるな。なんで虚にはいまだお嬢様と呼ばせる? 昔はその呼び方を嫌っていたのに。僕は『更識刀奈』の姿をした『更識楯無』なんて知らない。いったい誰だそれは。もし今すぐ誰なのか判別できないようなしわくちゃのばあさんになっても、僕にとってはお前は『更識刀奈』だ。くだらない見栄とか嘘とかついて存在を偽るなよ」

 

 楯無はしばらく呆然と口を開けていた。そんなこと言われるとは思いもしなかったかのように。

 やがて、はぁー、と長い長い溜め息をついて膝に(うず)めた顔を両手で覆った。嗚咽のようなか細い声が、手のひらから零れる。

 

 「……やっぱあなたは変わらないわね」

 

 「『ちょっとしたコト』で変わったら個性なんてないって言ったでしょ」

 

 「やっぱあなたは優しいわね」

 

 「いまさらでしょ」

 

 「うん、いまさらだった。それに昔よりおっきく感じる」

 

 「そういう更識刀奈も変わったな」

 

 「え、どこが?」

 

 「一番は胸かな。昔はBぐらいだったのに今はEぐらいありそうだ。随分でっかくなった」

 

 「やっぱあなたは変わってないわねっ!?」

 

 顔を上げて楯無が憤慨した。そして、なんだか莫迦らしくなって破顔した。身体がすっと軽くなったのを感じる。昔から櫻井と話していると気が楽だった。この男には気を使うのが馬鹿らしい。

 

 「……ていうか、名前を継いだならあの爺さんは死んだの?」

 

 「おじいちゃんならぴんぴんしてるわよ。この前会ったけど血色も最高」

 

 「あの妖怪め。さっさとくたばればいいものを」

 

 楯無はぷっと噴き出した。櫻井と先代更識楯無は一方的に仲が悪い。先代楯無は櫻井のコトを経歴を含めて面白いやつと思っているが、櫻井は人の過去や心のなかを突いてくる先代楯無のコトが大嫌いだった。一度は櫻井がキレて戦争になるところだった。

 

 おかしそうに楯無が笑う隣で、レポートを見ていた櫻井の表情が固まる。

 

 「……会長」

 

 「そうね、学校ではその呼び方でいいわ。で、なにかしら」

 

 楯無が櫻井の目を留めている箇所を探ると、面白そうに櫻井の顔を伺った。

 

 「ね、びっくりしたでしょ?」

 

 「……IS学園が必死に隠ぺいするわけだ。無人機の正体は『IS』か」

 

 楯無が楽しげに、櫻井が額をおさえて天を仰ぐ。

 

 ISとは生物たる搭乗者と機械のISを極限まで一体化させた人機一体の兵器である。ISの最たる機能は自己進化機能を云える。無人機は有事の際に搭乗者を失うリスクを避けられるが、ISを無人化させると上記の利点がなくなるため本末転倒なのだ。

 むしろISの開発な技術不足をISの最適化や自己進化機能で補っている。それを完全に無人化できるほど技術があるのなら、貴重なISのコアを使うことなく最初からある程度高性能な無人機を大量に生産したほうが、性能差は埋めることはできなくとも最終的なリスクリターンではいいに決まっている。

 

 「ISの無人機化。捨て駒ともいえるISコアの浪費。これ犯人わかっちゃったんだけど」

 

 「そーなのよねー、櫻井くんどうしよっか? IS学園でも手を焼いてるんだけど」

 

 「それは織斑千冬か篠ノ之箒に聞くべきだ。僕にどうしろと」

 

 なぜならこの二人は前者が親友で、後者に至っては実の妹なのだ。

 櫻井が苦い顔で言い、楯無も悩ましそうに、

 

 「織斑先生に聞いたけど知らんって言われたし、政府重要人保護プログラムの保護下にいた箒ちゃんが知ってるはずないし」

 

 「連絡ぐらい取れないの?」

 

 楯無が肩をすくめた。

 

 櫻井は脱力して頭痛もした。敵は世界最強のIS開発者。ISを文字通り履いて捨てるほどあるのだろう。何と云う無理ゲーか。護衛任務投げ出したいな、と思うが後の祭りなのである。

 

 楯無が櫻井に身体を寄りかからせて笑う。

 

 「まーまー、私もいろいろと手伝うから心配しなさるなって!」

 

 楯無の大事なところでうっかりな性格を知っている櫻井はさらに不安になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と櫻井部屋で、櫻井のベッドに寝転がりながら借りた短編小説を読んでいたエレナがくわっ!と顔を上げた。

 

 「センナくんが美人さんとイチャコラしてるッッッ!!!???」

 

 「……突然どうしたエレナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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