正義と、大義と。   作:新田良

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第十四話 その日の前日

 

 

 

 

 

 

 IS学園寮の夜とは暇である。

 もちろん、宿題は出されるし自習時間でもあるのだが、それらがなければ基本的に自由なのだ。しかし、当然のことながら寮外に出るコトは禁じられている。

 であるので、こうして他の生徒の寮部屋へと赴き、カードゲームで暇をつぶすのが恒例となっていた。

 この部屋でも、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラの四人がベッドの上でカードの山を囲んで盛り上がっていた。

 

 「いえーいっ、一番上がりー! ―――って、なんでこんなところでトランプしてんのよあたしっ!!」

 

 「鈴、五月蠅いぞ」

 

 最後のカードを山へと投げ捨て喜色満面の笑みで両こぶしを天井に突き上げた直後に憤然と地団駄を始めた鈴を、仏頂面のラウラがたしなめる。いつもは空気を読まないラウラがたしなめる側であるのは不思議なコトなのかもしれないが、彼女の手札がババ抜きの終盤にしては異常なほどに多いところを見るにただの当て付けなのかもしれない。

 ここはシャルロットとラウラの寮部屋である。ここ"一週間"、この部屋にこの面子が集まってトランプをするのが恒例となっていた。鈴は二組の生徒と相部屋であるし、セシリアの部屋は巨大なロマンティックで華やかな天蓋付きベッドが部屋の大部分を占領しているのである。この二人の部屋に集まるのはごく自然の成り行きと言えよう。

 

 「また鈴さんが一着ですか……。腹立たしいですので次は別のゲームをしましょう」

 

 「次のゲームかぁ。あ、ジェンガがあるよ」

 

 「ジェンガか……。棒をヌくのはあまり得意じゃないのだが……」

 

 「ラウラ、アンタね……」

 

 さらっと下ネタをぶち込んだラウラに、初心のクセにと鈴は目頭をおさえる。とまあ、残り二人が顔を真っ赤にするあたりみんなむっつりさんである。

 

 「シゴくのは得意だぞ? 軍人だけに」

 

 「おい!」

 

 軍人は下ネタが好きだと云う定説でもあるのだろうか?

 鈴は一夏と同じ悩みに頭を抱えた。こういうところを見ると二人はそっくりで同じく苦労人体質なのかもしれない。それだけ感性が普通なのだと云うコトである。

 疲れた……、と鈴はベッドの上だというコトを良い事にばったりとその場で倒れた。

 

 「あれ……。なんの話してたんだっけ?」

 

 首を傾げた鈴を見て、ラウラが悲哀の表情で俯けて顔をそらした。

 

 「平坦な毎日って怖いよな。頭を使わないからすぐボケる」

 

 「ボケてないわよ!」

 

 がーっとツインテールを逆立てて怒って、そこで鈴はハッと顔を上げる。

 

 「そうだった! 一夏よ!」

 

 「話が飛躍したぞ」

 

 「最初からこれが言いたかったのっ!」

 

 鈴が怒って膝をバシバシと叩く。

 シャルロットはジェンガを取り出したがベッドの上ではジェンガができないコトに気が付き、しぶしぶとそれをベッド下の引き出しに戻しながら言った。

 

 「んー、じゃあ一夏呼んでくる?」

 

 「それができてりゃこんなところでトランプなんてしてないわよ……」

 

 こんなところ呼ばわりされてシャルロットが少し落ち込む。だが、それはほかの面々も同意であった。

 少なくとも、以前であればここにもう一人、またはもう二人いたのだが、今はいない。

 セシリアが頬に手を当てて言う。

 

 「一夏さんも最近は忙しいようですから」

 

 「最近っていうか、アイツが来てからすっかり疎遠ね」

 

 言った鈴を含めて四人とも落ち込んだ。

 そう、彼女たちの想い人である織斑一夏とは、この一週間と少しの間まったくと言ってもいいほどに一緒の時間を過ごせていなかった。これは恋する乙女には由々しき事態である。

 

 「そうよそうよ。すべてはアイツのせい……ッ。櫻井が来てからよ……!」

 

 鈴の拳が怒りに打ち震える。漲る怒りが炎となって具現する。セシリアは延焼を恐れて身を引いた。

 しかし、これにもまた同感であった。

 櫻井が来てからと云うもの一夏はずっと櫻井と共に行動をしている。それは櫻井が一夏の護衛であるため致し方のないコトであるのだが、それが恋する乙女が許容できることであるかはまた別の話である。特にこの一週間はすっかり一緒の時間を過ごせていないため欲求不満は尚更だ。

 鈴が腕を組んで言う。

 

 「このままじゃいけないわね……。なんとかして一夏をアイツから取り上げないと」

 

 「いや。言えば喜んで差し出すと思うぞ、櫻井は」

 

 ラウラの冷静な突っ込みも鈴は意を介さない。むしろキッとラウラを睨み返した。

 

 「つーか、なんでアンタはそんな冷静でいられんのよ……ッ!」

 

 「ふっ、私と嫁は夫婦だからな。あの男ごときに入り込める隙はない」

 

 「たまにアンタがすっごい大物に見えるわ……。そしてその自信はいったいどっからくんのよ……」

 

 鈴が呆れるがラウラは不思議そうに首を傾げている。まるで自分と一夏の絆は絶対に綻ぶことがないと信じて疑わないようだ。これでも二人の付き合いは二週間半程度だと云うに……。

 仕方がないので、鈴は一つの可能性を教えてあげる。

 

 「ま、一夏が櫻井とあんなこんな関係になんなければいいけどね。一夏ったら男に飢えてたらしいし」

 

 万が一にも在り得ない可能性であるし、意味合いがだいぶ違うし、そして一夏の名誉が酷く毀損されているのだが少なくとも嘘は言っていない。

 だが、ラウラはひどく衝撃を受けたようである。わなわなと身体を震わせ炎を燃え上らせた。

 

 「櫻井千奈……ッ!!」

 

 「やる気を出してくれたようで何よりね」

 

 櫻井には悪いがこれも仕方がないのである。もとは櫻井が一夏を独占するのが悪い。それを思うとへっと嫌な笑みがこぼれてしまう。

 トランプを片づけたところにセシリアが紅茶を持ってきた。芳醇な香りが広がる。

 鈴は受け取ったティーカップを見て口をへの字に曲げた。真っ白い陶磁器のティーカップには繊細な彫刻が施されている。手に取ってティーカップとして使用するのも躊躇してしまうほどにそれだけで美術品として飾り立て出来そうである。

 

 「あいかわらず成金みたいなティーカップね」

 

 「あらあら、鈴さんはもう少し芸術的な眼を養ったほうがよくありません? それはわたくしの祖国イギリスの由緒正しきリチャードジノリのティーカップですわ」

 

 「さりげなくお国自慢どーもありがとうございました」

 

 「リチャードジノリっていったら有名な紅茶器店だよね。すごいなぁ、使うのが少しもったいないぐらい」

 

 シャルロットが目を輝かせてカップをなぞる。流石は芸術の都パリ出身者と云うべきか。鈴には理解しがたい芸術に感銘を受けている。褒められてセシリアは御満悦の様子だ。

 

 「しかし、一夏を取り上げると言ってもどうやるつもりだ?」

 

 ラウラに指摘され、鈴は腕を組んだまま唸った。

 そうなのだ。もとよりいくら櫻井が一夏の護衛任務であるとはいえ一緒にいられなくなるわけではない。櫻井がいるとはいえそこに行けばいいのだ。

 だが、その一緒にいる理由さえも櫻井に奪われているのだ。

 

 「くっ、勉強を見られないのが痛いわね」

 

 鈴の言葉に皆がうんうんと頷く。

 勉強を教えると云う建前は有効だった。一夏はもともとお世辞にも頭がいいほうでもなかったし、もともと男子であるためIS学園を受験するための勉強をしてこなかった一夏には絶対的に知識が足りていなかった。何より勉強を教えるとなれば二人っきりになれる確率は大だったのだ。

 だったのだ、が、一夏の護衛として付きっきりの櫻井は予想以上に有能だった。

 

 「まさかIS開発に関わってるなんて分が悪すぎますわ」

 

 「僕たち代表候補生で一般入学の人よりも知識はあるけどさすがにね……」

 

 セシリアは溜め息をつき、シャルロットは苦笑いを浮かべる。

 櫻井の年齢でIS開発に携わっているのは実はそう珍しい話ではない。ISの開発には時間がかかるし、操縦者の深層に影響を受けるISは多感な思春期が開発に有効であるという常識もあった。

 だが、それは操縦者の話であり、技術開発に関わっているのは異常であった。櫻井の年齢なら専門学校で機械いじりやロボコンのレベルである。

 むろん、そのような専門の技術を学んでいない軍人であるラウラを含めそれ以下であるのでISの座学について出る幕はない。

 そして言うまでもなく普通の座学でも優秀。なんでも櫻井は鈴たちの成績を遥かに超える編入試験結果を叩きだしたらしい。

 可愛らしい弱点の一つはないのかと問いかけたくなるほどの出来っぷりである。最近では鈴は内心櫻井のコトを「出木杉くん」と呼んでいる。

 ならばISの訓練はどうだろうか。櫻井はISを起動することはできるが操縦することはできない。 

 だが―――

 

 「というか、わたくしたち櫻井さんに避けられていますものね」

 

 セシリアが気まずげに視線を逸らす。それほど親しくもない間柄であるが、無条件に避けられるのは気分が悪い。

 

 「避けられてるっていうよりも信用されてないんでしょ。外国人だし」

 

 「あー、そういえば箒はわりと受け入れられているって感じだね」

 

 シャルロットがあはは……と苦笑いを浮かべるがそれは少し見当違いである。櫻井は一夏の最初の友人であるから箒に対してこれと言って何も思っていないのであって国籍はあまり関係ない。シャルロットたちに問題なのは一夏がIS男子操縦者と判明後に急に出来た友人であるため警戒しているのだ。確かに、一夏を護衛する立場である櫻井には鈴を除き長くてセシリアの二カ月、短くてラウラの二週間の交友関係に警戒をするのは無理もない話だった。櫻井でなくともハニートラップかと疑いの目を向けるだろう。

 

 「そういえば、最近はエレナさんも御一緒ですわね」

 

 「エレナって誰よ」

 

 二組の鈴はエレナのコトを知らなかった。セシリアが紅茶のおかわりをティーカップに注ぎながら言った。

 

 「一組に最近入学した生徒ですわ」

 

 「転入じゃなくて?」

 

 「ええ、なんでも本国で専用機の受注に手間取ってズレこんだらしいですわ」

 

 「ふーん、エレナってコトはステイツ? そういやアメリカって第三世代機がロールアウトしたらしいけどまったく公表しないわね」

 

 いまやISは国防の要となっている。有事の際はISの数と性能差がその戦況を左右すると言われている。示威行為として最新機がロールアウトする際は大体的に公表するのが常である。

 

 「第三世代機を開発したけどコケたのかしらね」

 

 ふっふっふ、と不敵に笑う鈴であるが、中国の第三世代機甲龍の櫻井の評価は大ゴゲである。その絶望的な低評価を受けたことを知っている三人は本人に黙っておいた。

 鈴はバシッと拳と手のひらを打ち鳴らした。

 

 「ふふん、今度対戦したらたたんでやるんだから! そして一夏のやつを見直させてやる!」

 

 その日は意外にもすぐそばだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園は毎日のように賑やかであるが、金曜日のその日は朝から一段と賑やかであった。

 

 「ねえねえ聞いたー? 週末のコト」

 

 「え、なに。なんかあったっけ? だれかデートでもするの?」

 

 「この学園でデートがあるとすれば織斑君がらみでしょ」

 

 「あ……、自分が関係ないと思い知らされるとヘコむわ……」

 

 「じゃあ櫻井君を誘ったら?」

 

 「櫻井君かー、そこいらの男どもより断然イイけど怖いからパス。断るときなんかすっごい正直に罵倒してきそう」

 

 「あーそれ分かるー。櫻井君さばさばしてるけどバッサリ切りそう」

 

 女子の話とは子供の通学路のようなもので、内容はありきたりで決まりきったようなものなのに道草が多くてなかなか終着地が見えてこないものである。

 それからもあっちにいったりこっちにいったりと散々に道草してようやく元の道に戻った。

 

 「えーっと何の話だっけ?」

 

 「週末のコト。なんかあったっけ?」

 

 「おーおー、そうだった。わたし、週末IS乗れるかも」

 

 「え、ウソっ!? あんた訓練機の申請通ったの!? この時期に一年はほぼ通らないって先輩から聞いてあたし申請してない! あーいいなー、あんたが通るならあたしもしてればよかったかな」

 

 シリアルをすくっていたスプーンを握りしめ項垂れる友人をその女子生徒は笑って慰めた。なぜならこれから彼女が話すコトは、彼女がISを乗れるかもと言わせる根拠でもあるのだ。

 

 「それがね、みんな乗れるらしいよ。なんでも週末はISの大会開くみたい」

 

 「なんで!? この前やったばっかじゃん! 一回戦だけで終わっちゃったけど! まあその一回戦で負けたんだけど!」

 

 「ほら生徒会が部活の予算減らしたじゃん?」

 

 「あー、あれね。部活の先輩マジギレしてた。え、まさかこのために?」

 

 「それと櫻井君が財政界の弱み握りまくったり、詐欺しまくって資金掻き集めたらしいよ」

 

 「あははは、なにそれ。でも櫻井君ホントにやりそう! でも試合できるんでしょう!? やったー!」

 

 そんな噂が木曜日から流れ始めている。

 その噂話の張本人こと櫻井千奈は己の戦果を確かめつつ、朝の讃岐うどんをすすっていた。そしてもう一人の功労人をねぎらった。

 

 「お疲れ、生徒会広報」

 

 「広報ってこんな仕事だっけ……」

 

 一夏はやっとまともな仕事を貰えたかと思えば噂を流すと云うなんだかよくわからない仕事を貰い複雑な気持ちになった。とはいえ生徒会と無縁だった一夏は広報と云う仕事をよく知らないのだが。

 

 「生徒会広報ってのは本当は学外用にパンフレットとかと作る仕事だ。文化祭とかのアレ」

 

 「うっ……。なんかやりたくねぇ」

 

 一夏には世界一の国際学校であるIS学園の文化祭のパンフレットなど作れる自信がない。

 そんな一夏の心配をよそに櫻井は他人事のようにうどんを食べている。いや、実際に他人事なのだが櫻井が生徒会に入らせたのだから櫻井にも少しは心配してもらいたいのだ。

 しかし、

 

 「IS学園は基本的に外部との接触はない。文化祭も一人一枚一人だけ招待できるチケットが配られるだけだからパンフレットなんて作る必要はない」

 

 「じゃあなんで広報って仕事があるんだ?」

 

 「七年前に生徒会を設立した時にとりあえず日本の役職をそのまま置いたんだ。世界でも生徒会のある学校は日本やアメリカぐらいだからな」

 

 「え……」

 

 「それから役職だけがずるずると広報の仕事が残ったんだ」

 

 「じゃあ、俺は何のために広報……」

 

 まさかの重要度ゼロの形だけ。広報の仕事ができるわけではないがその事実に一夏はちょっと落ち込む。

 その一夏の肩に誰かが手を置いた。いつの間に一夏の隣に立った櫻井だった。櫻井は優しい微笑を浮かべて、

 

 「織斑一夏にしかできないコトだってあるだろ?」

 

 「櫻井……っ!」

 

 櫻井はキリストのような慈愛の微笑みで涙目の一夏に言う。

 

 「お前がいなかったらいったい誰がオチをつけるんだ。この学校、ボケがいっぱいなのに……」

 

 「コントじゃねぇよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぶっちゃけお茶くみしか役立ってないし、いっそ『職務雑務』に変えようか」

 

 「まだ『広報』のほうが名誉がありそうでいい!」

 

 

 

 

 

 

 




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