ご覧のとおり空がどこまでも青く、青く。本日は絶好の模擬戦日和と言えよう。普段は磯臭いと忌避していた潮風も今は清水のように気持ちよく、鈴のみなぎる闘志を煽って燃え上らせていた。
「―――、んだけど。最初の対戦相手があんたとはね。……はあ」
「り、鈴さん。それはいったいどういう意味の溜め息ですの……?」
へっ、とつい悪い笑みをこぼしてしまった。向こう側―――鈴の対戦相手になる輝く金髪のお嬢様は頬をひくつかせている。
その纏う青い機体、青い空にも青い機体がよく映えている。流れる金髪はコントラストとなって彼女の存在をより輝かせていた。
むろん、言うまでもなくその彼女の名はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生で一年一組のクラス代表を決める際に一夏と決闘をしたのだが、それは鈴の知らない事である。
この二人はクラスも違うしそも性格の相性も悪いのだが、一夏の縁もあって何かと行動を共にするコトがある。それに鈴とセシリアは共に代表候補生であるのでなんとなく親近感のようなものも抱いていた。
……ただ、鈴にとって大変不本意であるのだが、一夏や櫻井は鈴とセシリアをセットで扱っている節がある。箒曰く、腐れ縁。切ろうにもさすがに縁を切るほど互いを嫌っていないのがまた厄介なのである。ちなみに、一夏曰く、仲がいい。もちろん、一夏にはそれ相応の罰が下った。具体的には拳と平手。
まあ、とはいえなんとなく予想ができたと云うか。そんな予感がしたと云うか。先述の通り妙な腐れ縁を感じてしまったと云うか。
それが不満で鈴はぞんざいな口調となってしまう。
「そのエレナとか一夏とかラウラとかを打ち負かしてぎゃふんと言わせたかったのに。……なんであんた?」
「く、屈辱ですわ……っ! 鈴さん! もしかしてもなくわたくしのコトを侮っていますのっ!?」
「ええ、そりゃあもうー」
「あ、あとで吠え面でもかいたって知りませんわっ!!」
「吠え面って……、あんた意外と難しい日本語知ってるわね……」
憤然やるかたないと云った様子で身体を震わせているセシリア。怒りのあまり顔が真っ赤である。ちなみに、吠え面とは泣きそうな顔のコトである。
「勝率三割超えてから泣かすなんて言いなさいよ」
「―――ッ!」
図らずも、鈴の何気ない一言は、セシリアのコンプレックスを見事に撃ち抜いたのだった。
犬猿の仲であるこの二人。互いにISの操縦技術を磨く中で自主練で出くわさないわけがない。それに至った理由はいろいろあれど、この二人は出くわすたびに口論が戦争となっていたのだった。
今のところセシリアの勝率は二割六分。お世辞にも良いとは云い難い。
だがしかし、これは何もセシリアが代表候補生として力量が劣っていると云うわけではなかった。
まず、セシリアは射撃センスは一際抜き出ていた。シャルロットのような器用さは無いものの、単純な技能ではセシリアが一枚上手であった。そういう理由で、セシリアのもっとも得意な距離は遠距離であると云えよう。その反面、セシリアは近接格闘の技量が大分劣っていた。近接格闘戦が大の得意である鈴とは相性が悪い。
ならば距離を取り続ければいい、と単純な話でもない。ISは戦争ではなく競技である。一般的なアリーナの競技場の直径は五百m級である。人が持つアサルトライフルですら有効射程が四百mほど。サブマシンガンですら大型口径に分類される7.62mm弾を標準化しているISでは言わずもがな。遠距離において最も真価を発揮するセシリアが限定空間で撃ちあいをするには圧倒的に距離が足りなかった。
最後に、これが最たる理由であるのだが、セシリアの専用機―――ブルーティアーズは先行技術試作実験機である事だった。先行技術試作実験機とは読んで字のごとく、全く新しい技術を搭載した機体を試作し実験する機体の事だ。
ブルーティアーズの最大の特徴は、機体名である、いや、その技術が機体名となったBT(ブルーティアーズ)と呼ばれる自立機動兵器にある。簡単に言ってしまえば懐かしのアニメに出てきたファンネルである。
ブルーティアーズはこのBTを積むための試験機であるため、大きく完成度が劣っていた。エンジン出力が高いわけでも、火力が高いわけでもなく、本来ならば模擬戦にすら耐える事も出来ない。バリバリの実践を意識し地味ながら堅実にまとめあげた甲龍とも相性が悪かったのだ。
今までも模擬戦も、そこを当然のように突かれ何度も敗北の土を噛まされていたのだ。
自分でも薄らと、一年代表候補生でも見劣っていると自覚している。いくらセシリア自身の技量が高かろうと、これはどうにもならない。弘法筆を選ばずと云うが筆先がなければ字は書けない。
近接格闘をすればあっさりと弾かれる貧弱なマシントルク。振り切ることもできない、明らかに劣っていると分かるエンジン出力。敵を圧倒することもかなわない脆弱な火力。
このような機体で、最新鋭の第三世代機―――白式を自爆とはいえ引き分けに近い形に持ち込めただけセシリアの技量を賞賛するべきなのかもしれない。
いつ爆発するかもしれないと云った様子だったセシリアの震えが止まった。その顔には輝くような笑顔が張り付いている。鈴にはガムテープで張り付けられているように見えた。
「ええいいですわ。これはスクランブルエッグにでもして一夏さんに食べさせましょうそうしましょう。わたくしの教練の成果を見せてあげますわ」
うんうんと頷くセシリア。怒りが一周回って壊れてしまったらしい。純粋すぎる笑顔が謎の威圧感を放っている。
お、怒らせすぎたか……、とさすがに鈴も反省するがそれは後の祭りと云うもの。もとはセシリアの冷静さを失わせて射撃精度を落とさせようと云う魂胆だったのだが裏目に出たか。
とはいえ、喧嘩を売られたなら買う主義だ。わずかに抱いた後悔と怖れを何処かに蹴飛ばして、少なくとも表向きにはいつもの不敵な笑みを浮かべて見返してやった。
「はんっ、あんたは刻んで塩辛にして海にでも流してやるわ。一夏に食べさせるまでもないわよ」
「あら、鈴さんは酢豚以外に料理を作れないからではありませんコト?」
「ばっか―――っ! んなわけないでしょっ! つーか、あんただけには料理に関してとやかく言われたかないわよ!」
思わぬ意趣返しに堪らず鈴も感情的に言い返す。生体兵器製造器のセシリアに馬鹿にされてはプライドがズタズタだ。
メラメラと闘志を炎上させる二人の空気を読んだのか、それともその恐ろしい空気に我慢が出来なくなったのか。開始より二分ほど早く模擬戦開始のカウントダウンが始まった。
「なあ、櫻井。この二人、どっちが勝つと思う?」
一夏が覚悟を決める一時間前。普段ならば一介の生徒が使用できないが特別にと云うか櫻井が勝手に踏み入った管制室で一夏は傍らの護衛に訊ねてみる。
しかし、椅子に深々と腰を下ろして呑気にカフェオレを飲んでいる櫻井の返答は、さあ、と気のないもの。
千冬は書類仕事を片手間にモニターの監視もしながら呆れたように櫻井を横目で見た。
「お前はホントに他人に無頓着だな。それで護衛が務まるのか?」
「務まるかどうかは別として。僕はもともと人見知りなんですよ?」
「いや、お前は人見知りというより『人見切り』だろ」
面白がるような千冬の物言い。これは以前櫻井が校則違反をする際に一夏をスケープゴートにしたコトを揶揄した冗談の類であったが、彼の反応は絶対零度の無言だった。その眼はシベリアの凍土よりもなお寒く、夜の森よりも暗い。
まさかの予想外の反応。さしもの千冬も慌てた。何か地雷を踏んだとはわかったが、どこで踏んづけたのかがわからない。櫻井も冗談はよく言うし、一夏以外の、とくにエレナが言う冗談に言い返しはするも怒るコトはなかった。真耶は泣きそうになっている。
「え、……さ、櫻井?」
「すいません、考え事をしてました。どっちが勝つかなんて五分じゃないですか?」
「そ、そうなのか?」
櫻井の調子が突然戻ったコトに驚いた。まるで硬貨を裏返したかのような変わり身の早さだった。千冬はほっと息をついている。
一夏は勝率が五分だと言ったことにも驚いた。一夏な鈴から自慢げに何度もセシリアの模擬戦に勝ったと聞いていたのだ。機体の相性から鈴のほうが分があると思っている。
「普通に考えればセシリア・オルコットの惨敗だろうけど、窮鼠猫を噛むなんて言葉もある。その"可能性"があるコトも織斑一夏は知っているだろ?」
「たしかに、そうだけど……」
セシリアが代表候補生として相応の力量を持っているコトも、そしてそれ相応の頑張りがあるコトも知っている。しかし、初心者であった自分にすら引き分けられたブルーティアーズのクセの強さを考えると、セシリアには悪いが彼女に勝機があるかと問われると薄い気がする。
「……。織斑一夏が信じなくてどうする」
「と言ってもな。かと言ってセシリアの勝利だけを信じても……、後から鈴が怖いんだ…」
「……難儀だな織斑一夏」
「女子は難しんだ……」
肩を落としてうつむいた一夏に、櫻井は静かに同意する。現在進行形で彼も二つ年下の妹分の扱いに難儀している。
なので、妙な生真面目さと云うか、妙に臆病と云うか、とにかく自分に正直だった一夏はどっちを応援することもできずにいる。一夏の近くにいる女子は暴力的、肉体言語が共通語の人間が多いので先が安泰ではなかった。最近では『平穏とは何か』と云う胡散臭い本がマイベストだ。
櫻井が新しいカフェオレを淹れなおした。
「セシリア・オルコットはああ見えて優秀だ。努力家でもあるしね」
む、と一夏は口を紡いだ。管制室にいた真耶は目を丸くしている。千冬は珍風景でも見るかのように、ほう、と短くもらす。
一夏はなんだか納得がいかないような、悔しいような複雑な気分になった。
「鈴のときもだったけど、お前って意外と人を褒めるよな」
「織斑一夏のなかじゃ僕がいったいどういう人間なのか気になるが……、褒められるところは褒めるけど」
むむむ、と一夏は食い縛る。なんだそれは。では褒められたコトがない自分は、櫻井から見てそれほどまでに先がないと言いたいのか。
それが一夏の嫉妬だと自覚する前に、櫻井が馬鹿を見るような目で一夏を見た。
「ISをライダーキックで撃ち落とす奴を褒めるわけないだろ」
「うっ、まだ根に持ってたか」
先の模擬戦で鈴を飛び蹴りで撃墜した一夏はその後当然櫻井からお説教を受けていたのだ。無論、櫻井も鉄拳制裁の肉体言語での説教である。あんな下らない内容で脚部補助スラスターを壊されたら多少は怒られるのも仕方がない。
さすがに分が悪く目を逸らしてみるが櫻井の険呑な視線が止むことはない。エアコンのスイッチに誰も触れていないと云うのに室温が数度下がった気がする。
「オーダーメイドなんだから丁重に扱ってくれ。今度あんなフザケタ理由でぶっ壊したら遠隔でパワーアシスト切るから」
そんなコトが可能なのかは置いといて、もしされたら重さ三百㎏近い重量の手枷が付くことになるので間違いなく昔の拷問みたいに手足がぷっちんと裂かれる。櫻井が正論を言っているコトを差し引いても頷くしかあるまい。
「セーギの味方でも目指してるのか」
「なれるならなってみたいよな。カッコイイし」
「……バッタと掛け合わしてやろうか」
「ヤメロっ! しかも改造じゃなくて交配なのかよ!?」
空恐ろしいコトを言う護衛に一夏は背筋が寒くなるのだった。
試合が始まる。青空に色が躍る。
セシリアはまず距離を取った。当然の選択。彼女が、彼女の機体がもっとも得意とする距離だからだ。
鈴が距離を詰める。前に。これも定石。遠距離からちまちまと攻撃など彼女の性に合わない。彼女の噴き出す興奮を汲み取るように、愛機はエンジンに火を入れ猛りを上げる。
熱い頬が風を切る。激動する大気が腹を震わす。乾いた唇を舐めて濡らした。
鈴は努めて心を鎮めようとする。冷静であれ冷静であれと。
ああ言ったが鈴はセシリアを侮ってはいない。セシリアの勝率は先述の通り二割五分とちょっと。つまりは、セシリアは何度か鈴に勝っているのだ。あれだけ不利な機体と状況で勝利をもぎ取ったのは彼女の確かな技量と執念。代表候補生としてのプライドの差だったとも云える。
鈴にとって代表候補生は突然別れ離れになってしまった一夏にまた会う可能性があるかもしれない、一夏を見返してやりたいという理由でなったのであって、あくまで手段としか捉えていない。事実、それが見事に実を結んだ今は他の代表候補生として必要最低限程度の自負しかない。
鈴から見てセシリアは上手い。一度だけクレー射撃をしているところを見たが、トリプルトラップ―――三連射された標的をライフルで撃ち落としていた。普通、クレー射撃は散弾銃で行われているコトを考えればどれだけ凄いかがわかるだろう。
そしてなにより――――――
「くそっ、ちょこまかと器用ねっ!」
無駄がない。まるで推進力のひとかけらでも無駄にしないかのような計算された機動をとる。
PICが標準装備されているISは他の兵器と違い慣性を大きく考えなくていい利点がある。しかし、逆に言えば単調になってしまうのだ。たとえば、紐の先についたボールを回したければ初速さえつければあとは遠心力を利用して小さい力でぐるんぐるん回る。だが、慣性を停止すればそれができなくなってしまうのだ。
それゆえに、ISの機動戦術ではオートバランサーを切らない限りはオンオフの切り替えが大切になる。セシリアはオートバランサーの完全オフはまだできないようだが切り替えが上手かった。非力なエンジン馬力を補うように、ついた速度を殺さないように、PICの特性をしっかりと勉強したうえでの複雑怪奇、それでいて優雅な機動。近接格闘がてんでダメな彼女がイギリス代表候補生に選ばれた一端を垣間見たようだ。
だが、鈴とて今に胡坐をかいていたわけではないのだ。
「――― そこッ!!」
風と遊ぶ蝶のような難解な機動を読み取り、鈴は活眼した。
思考を奔らせる。イメージは爆発と直線に伸びるライン。発動した超加速――――――瞬時加速(イグニッション・ブースト)。出来は自己評価七十点。それでもまだやったほうだ。
そして今はそれで充分で十全。加速の遅い鈍重な甲龍が引き絞った矢のように弾かれた。
「――――――ッ」
セシリアが括目する。瞬時加速はISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部に一度取り込み、圧縮して放出、その際に得られる慣性エネルギーをして爆発的に加速する。誰でもできると云うわけではない。だが、国家代表、またはそれに近い人間は平然とやってのける。故に、瞬時加速が代表候補生のなかでも優れているのか劣っているのかを見定める境界となっていた。
だが、ぐるんと半回転するかのような軌道を描いて、鈴が突っ込んだ反対方向へと逃げおおせた。
鈴は思わず自分のイノシシっぷりに眩暈がした。そうだ、これはセシリアが得意としている機動ではないか。
"く、三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)……ッ!"
PICを一部分にだけ重点的に作動させ、遠心力を利用し速度を殺さず急旋回する機動だ。 セシリアは小刻みにそれをする事で先ほどから減速せずに自分を突き放そうとしていたではないか!、と自分を叱咤する。
瞬時加速の影響で、減速する事もできずに離れる青い機影を視界の端に、鈴は歯ぎしりをする。セシリアは自分が直線機動で突っ込むのを待っていたのだ。さしものセシリアも鈴が瞬時加速をするとは思っていなかっただろう。だが、劣勢とチャンスに変えた頭の回転の良さをセシリアは持っていた。
鈴は思考を急速冷却する。
"それはまだいい。問題は、離されたことだ……! アレがくる――――――!"
そう思っているうちに、ブルーティアーズの背から四基の翼が分離した。
"―――きたッ!"
四つの青い機影はしばらくふらふらと漂っていたが、瞬間、電流が奔ったかのような機敏さで鈴を囲み始めた。
「BT(ブルーティアーズ)……ッ!!」
そう、これがイギリス第三世代機たる所以――――――操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器。
ブルーティアーズから分離した四基のBTは緩やかな弧を描いて鈴の側面を突いた。とたん、先端から光が迸る。
鈴は機体を懸命に捻る。一撃目は躱した。二撃目は腕に中る。三撃目は掠れる。四撃目は旋回させた双天牙月で弾いた。
それだけでは終わらない。五撃、六撃と次々と位置を変え順番を替え雨のように青い矢を放つ。さながら夏の空に降る雨のようだ。
一撃はそう重くはない。だが、数が中れば無視はできないダメージになる。一撃が中れば服が雨水を吸うように動きが鈍る。躱せばいい。だが、前後上下左右から矢継ぎ早に放たれるレーザーを躱すのは至難の業だ。
"でも、――― 勝機はあるッ!"
鈴は闘志を燃やす。甲龍がそれに応える。
被弾覚悟の特攻作戦。それは、BT起動中はBTの操作のためセシリア本人の動きが止まる事を知っているからこそできる決死の覚悟。安定性を追求した重量級を存分に活かして、鈴は果敢に突撃する。
BTから射撃が止まる。BTは複点射撃(マルチポイント・ショット)が利点であるがその分だけ火力は下がるしレーザーは打撃力がない。BTでは甲龍の突破を阻止することができない。
だから手持ちの最大の火砲。六七口径特殊レーザーライフル――――――スターライトmkⅢで撃ち落とすしかない。打撃力のないレーザーライフルだが、大出力でエネルギーシールドに接触すれば弾くことは可能だ。
"減速はしない! セシリアもいまさら逃げようと加速してももう遅い。のろのろ動き出したところを龍咆で落とされる。
――― だったらッ、どっちが先に逃げるか勝つかのチキンレースよッ!!"
湧きあがる興奮に鈴は思わず頬がニヤける。セシリアも唇の端が上がっている。鈴の意図を読み取り受けて立つようだ。そうこなくっちゃ困る。
スロットルを最大に固定する。エンジンが轟然と回転数を跳ね上げる。ジェット炎が朱線を描く。
鈴はハイパーセンサーの感度を最大に上げる。本当は人間の視覚から得られる情報以上のオーバースペックだが、レーザーライフルの引き金が引かれるのを見て避けるなんて無理を通すにはこれしかない!
セシリアからレーザーライフルが撃たれる。一撃目、オートバランサーを切ったPICを慎重に操作して青い軌跡を掻い潜る。問題なし、完全に避けた。
二撃目、鈴は曲芸まがいのバレルロールで強引に射線軸から自分を弾きだす。危うくバランスを崩しかけたが根性と信じ続けた直感でなんとか持ち直す。
さあこっからが本番、待ったなしの大博打。
セシリアも同じ間隔で撃つなんて愚の骨頂は犯さない。連射速度からしてラストチャンス。これさえ避けてしまえば鈴が勝つ。中ればハリウッドスタントカーみたいに空中でバランスを崩して派手に大クラッシュ。
今か今かと待ち続け、ふと、鈴はいつものクセで観客席を見てしまう。一瞬で探せるはずもないが、いいところを想い人には見てもらいたいと云う抗えない誘惑からだ。
ほんの一瞬のスキ。時間にしてコンマ五秒。それでも青い狙撃手には十分な時間だった。
「よそ見とは余裕ですわね―――ッ!」
再度、スターライトmkⅢが怒号する。機体を操作する程度で躱せるタイミングではない。必中した、と撃った瞬間にセシリアは細く微笑んだ。
だが、――――――
「だからこのあたしをナメんじゃないわよッ!!」
鈴は機体の慣性を打ち消すPICのオートバランサーを日常的に切っている。と云うコトは、今の甲龍には慣性が働くというコトだ。
鈴は先ほどバレルロールをした。その慣性をまだつま先に感じている。そこで、――――――鈴は双天牙月の青龍刀の合体を解いた。片方の青龍刀がどこかに飛んでいく。
重量バランスの突然の変化に軸が狂って不規則な回転になる。そして紙一重に。鈴はレーザーライフルの射線から紙一重に自分の身体を引っ張り出した。
躱されてセシリアが目をまん丸に見開いた。
その痛快な表情を見て鈴は、手元に残った最後の一刀を振りかざした。重量級、速度を生かした分厚い青龍刀の一撃。振り下ろせば二百キロの鉄塊は爆弾となって爆ぜるだろう。
「あたしのッ、勝ちね―――ッ!」
必勝の勝鬨を上げて、この勝負の行方を宣言して、鈴はまさに青龍刀を振り下ろそうとした。―――――― 振り下ろそうとした。
その眼下で、負けたはずのセシリアは微笑んでいる。チキンレースに勝った鈴への賞賛と、"罠"にかかった彼女の迂闊さに、優雅に静かにセシリアはにこりと笑った。
「まだ勝ちを宣言するには尚早ではなくって?」
その言葉の直後に鈴の背後で光が弾けた。
スリップしたレーシングカーのようにくるくる回りながらセシリアの隣を通り過ぎる。セシリアはすかさず追撃する。一撃二撃、三撃目は体勢を立て直した鈴に青龍刀で防がれた。
鈴の顔には驚愕と混乱が浮かんでいた。確かにアレは自分の勝ちだった。レーザーライフルの射撃を避け切り、セシリアに致命打を与えようとした瞬間、――――――
"撃たれたッ!? それも背後から、誰が? いや、そんなのわかりきっている! 対戦相手はセシリアしかいないんだから!"
すれ違ったセシリアの背後を見る。そこには、予想通りの犯人がいる。
"BT! でも、なんで――――――!? セシリアは手元のレーザーライフルの射撃でBTの操作をする余裕もなかったはずでしょ!?"
四基の火力が集中した一撃は確実に鈴の背中に直撃した。それは、つまり――――――
鈴は悔しさに身体を震わせ、歯ぎしりをした。一瞬だけ泣きそうにもなった。
"――― 読まれてた! 最後の一撃は出し惜しみしてたんじゃない。あの場所を射撃するように照準をあらかじめ固定したBTの前に誘き出すために、ずっと待ってた!"
もし空ではなく地上なら地団駄を踏んでいたぐらいに悔しかった。
「こ、のぉ――――――ッ!」
怒りに身を任せて、鈴は甲龍を駆る。スラスラーを全開にしたままバランスを崩して回転したので急激に失速した。セシリアとはそれほど離れていない。
この距離なら、セシリアが逃げる前に叩ける!
セシリアも動かない。逃げられないコトもわかっている。鈴の気迫はレーザーライフルの一撃も跳ね除けるだろう。
鈴は、それでもセシリアがブルーティアーズの唯一の近接格闘武装であるショートブレード――――――インターセプターを展開したいのが気がかりだったが、それよりも今の怒りを発散するのが先決だった。どうせ、インターセプターを展開したところで甲龍のマシントルクの前には小枝のように弾け砕けるのが関の山。
鈴が木こりのようなぞんざいさで、それでいて年輪を刻んだ大木すら薙ぎ倒す一撃をセシリアにぶつける。
セシリアは素早くスターライトmkⅢを横にした。
"セシリア! あんたまさか受けるつもり――――――!?"
思わぬ暴挙に鈴の思考がいくらか冷静になる。遠距離射撃用のレーザーライフルで重量の青龍刀など受け止めれば結果は自明の理。見るも無残に砕け散るだけだ。
しかし、セシリアは青龍刀が長い銃身に折衝した瞬間、くん、と横に倒した。逸らされて青龍刀が軌道をズラす。
鈴は驚く前に、反射的に回転を加えた二撃目を放っていた。結果は同じ。青龍刀はスターライトmkⅢの銃身を火花を散らしながら滑って逸れていった。
重い一撃を逸らしきったセシリアが一回転。レーザーライフルの銃口を驚く鈴の横っ腹に押し付け、親指で引き金を引き絞った。
「あぐっ―――――!」
鈴の肺から苦痛の声が零れる。もろにレーザーライフルの一撃を喰らった鈴はエネルギーシールドの反発力に弾かれた。
またくるくると回転して、そこから立て直した鈴は俯いて怒りに震えだした。
負けた。いくら逆上していたとはいえ遠距離射撃型の機体に、それも近接格闘が苦手なセシリアに接近戦で負けた。悔しさはさっきの比ではない。
何かがおかしい。自分はもっと強いはずだ。セシリアにこれほどいいようにあしらわれるはずがない。
「……、……あ」
そこで、"とある理由に"思い当って、鈴の震えはまったく違うベクトルに変わってしまった。
ふっふっふっ、と肩で薄ら笑いを浮かべ、イラついた鈴は猛然と顔を上げてセシリアに怒鳴り込んだ。
「あ・ん・たッ!! いつのまに櫻井を取り入ったのよッッ!!」
鈴の怒号に会場がきょとんする中、当の本人は不思議そうに首を傾げていた。それが尚更鈴の怒りを掻きたてる。
「あら鈴さん。どうしておわかりになさったのですか?」
「まず戦術! BTで敵をかく乱しレーザーライフルで狙撃、教科書みたいな基本に忠実なあんたがこんなコト考え付かない! その次、あんた最近ちょくちょく姿消してたけど、自主練かこつけて一夏と一緒にいたでしょ!!」
きーっ!、と憤慨する鈴。彼女にとってその事実がもっとも憎たらしかった。
セシリアは勝ち誇ったようにおほほほっと笑った。
涙目で鈴が、ズビシッ!、とセシリアを指さす。
「その三、さっきのバヨネット! 今時バヨネットでの格闘訓練クソ真面目にしてんのは日本とイギリスよ!! そして最後、あんたさっき『わたくしの教練の成果を見せてあげますわ』って言ったけど! 基本お嬢様思考のあんたが教練なんて言葉は使わないし、教練ってコトは誰か教えた人間がいたってコト! 櫻井に釣られて思わず使ったんでしょうが!!」
鈴は怒鳴り散らして肩で息をする。セシリアがぱちぱちと拍手をした。
「すごいですわ鈴さん。そこまで見抜くなんて。成長しましたわね」
ぶちっ!、と鈴は堪忍袋の緒がまとめて弾け飛んだ音を確かに聞いた。高笑いがウザったらしくて堪らない。
「もういいっ! もうぶっ飛ばす! 泣いて逆立ちしても土下座しても許してやんないわ! 火星とか水星とか、宇宙の最果てまで流れ星みたいにぶっ飛ばしてやるわーーーーーッ!!」
「おほほほほっ! できるものならやって御覧なさい! さきほどのように、ぎゃふんと返り討ちにして差し上げますわッ!!」
乙女が躍る。夏の空を赤と青に彩る。
こうして騒がしくも週末トーナメントの記念すべき第一回戦は、波乱万丈の荒れ模様。最後の最後は矢尽き矢折れ、なんとISでの取っ組み合いにまで発展した。
国の命運を託した最新鋭をこのように扱われ、彼女たちの祖国の偉い人はいまさらのように後悔したかもしれないが後の祭りである。
やっと戦闘シーンが書けました。重要なのになかなか書かないもんだから待っていた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
初めて書いたのですがこんなもんでどうでしょう、おかしな点がございましたらご連絡を。
そして、セシリアと鈴のスペックが若干上がってしまった……。
注意、銃剣の格闘訓練はいろんな国で行われていますが、大体的に行っているのは日本とイギリスらしいです。
アメリカ海兵隊でもバヨネットの生産と格闘訓練をしているようですが、現在では陸軍新兵へは銃剣格闘訓練は行われていないそうです。
余談、イギリス軍は雨のように銃弾が飛ぶ二十一世紀にもなってイラク戦争とアフガニスタンで二回も銃剣突撃をしたそうです。(いや、イギリス軍の正式小銃は鈍器だと聞いたことあるけども……)さすがイギリス
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