正義と、大義と。   作:新田良

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第十八話 正義と、大義と。

 

 

 

 

 

 

 IS学園恒例の日常、もとい問題はまるでにわか雨のように気まぐれに降ってきた。だがその迷惑度で言えばこちらは断然にタチが悪い。

 

 真っ黒い、大きな巨躯は見るものを圧倒する。右腕が異常に巨大な人形は不気味であった。

 

 暗鬱とした気持ちで櫻井はモニターから目を逸らした。何か行事をするたびに何かしらの問題が起きる。IS学園にまさかこんなジンクスがあったとは思いもしなかったのであった。

 なにはともあれ、問題が起きてしまったのなら仕方がない。いろいろと言いたい文句は数あれど、それを言っても始まらない。しかし、少しぐらいは愚痴ってもいいのではないだろうか。

 

 「織斑教諭、あれは資料にあった……」

 

 「同列機と扱ってもいいだろう」

 

 櫻井はIS学園に直接雇われた人間であるので一般教師が知り得ないような重要機密についての資料を与えられている。以前に楯無から提供された資料にも先日の無人機襲来事件の詳細な資料があった。彼の問いに千冬はあっさりと肯定する。そんな他人事みたいに、と櫻井が目で批判するが千冬は意を介さない。

 

 いや、正確には彼女は別のことでこめかみを揉んでいた。櫻井はそれを的確に察した。彼も彼で偏頭痛に襲われながら小声で問うた。

 

 「……その人、ホントどうにかならないんですか?」

 

 「ならないんだよな。残念ながら」

 

 「友達、なんですよね?」

 

 「……」

 

 ”無言だ……!”

 

 櫻井は少し唖然としてしまう。

 噂がすべて本当ならば、旧世界の終わりを告げたかの『白騎士事件』の白騎士とは千冬のはずだ。ならば千冬は現行ISを遥かに凌駕する性能を示した白騎士を束から任されたというコトなのだろう。それなのに片やIS学園を守護する側、片やどういうわけかIS学園を襲撃する側。櫻井は奇妙な友情に疑問を憶えてしまう。

 

 世界最強兵器であるISを運営する国際機関に喧嘩を売る大天才。付き合いは長いが千冬も束が何をしたいのか昔から意味不明なところがある。今回の襲撃もいったい何を狙っているのやら。束が何か行動する、と云うコトは何かしらの意味があるのだろうが。

 

 親友である千冬でさえも束の行動原理を読むことができないのだ。篠ノ之束と云う人間を知らない櫻井にその意味が分かるはずもない。

 

 あまりの厄介さに櫻井は悪態の一つも吐きたくなった。

 

 モニターを睨みつける櫻井の肩越しからひょっこりとエレナが顔を出した。

 

 「うわー、なんかすごいの来ちゃったっスけどアレなんスか?」

 

 「さあ、知らない」

 

 「さっきまでメチャクチャ知った顔で話してたじゃないっスか!?」

 

 「察してくれないか」

 

 「……ホーキも知っているみたいなのにワタシだけー」

 

 アメリカ代表候補生のエレナはそう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。エレナが、うー、と不満の唸り声をあげる。教えられないと云う事実よりも自分だけ蚊帳の外に置かれている方が彼女にとって不満らしい。

 

 仕方がないと櫻井が溜め息をついて簡単に説明した。

 

 「謎の敵、強い、めっちゃ動く、あと黒い。……説明終了」

 

 「なんスかその検索ワードみたいな説明はっ!? しかもなんの役にも立たないしっ!」

 

 金髪を振ってエレナが憤慨するが櫻井からできる説明はこれぐらいだ。そも、櫻井も資料を見ただけで彼自身も実物を見たのは初めてなのだ。さらに資料で見た画像データと眼前の黒い影とは似ても似つかない形状をしている。右腕だけが異常に大きい、あの異形の人形にはいったいどれほどの戦闘力があるのやら。

 

 情報。それは刀剣で殴り合いをしていた古代からボタン一つで都市を吹っ飛ばす現代に至るまで戦争において最も重要な事であった。情報があるのとないのとでは戦力がまるで違う。情報の一つの有無が数千の味方を救い、また数千の敵を打滅ぼすこともある。

 

 では今の状況は、と問われればいささか不利な状況だ。何と言っても情報がない。形状は違えどその特異なフォルムを見れば同列機であるコトを推察することができる。しかし、あれだけ姿かたちが変わっているとコンセプト事態が変わってしまったと捉えるのが自然だ。さらには製造者がかのISを開発した大天才となればいったいどんな機構が取り入れられているのやら想像もできない。

 

 千冬が椅子に座ったまま動かない櫻井を見て、

 

 「櫻井、お前はどうする?」

 

 「僕は自分の仕事をします」

 

 「それだけか?」

 

 「それ以上は任務でも学生の領分でもありませんので分をわきまえます」

 

 千冬は、なるほどな、と感心する。このブレなさはさすが軍人と言ったところか。やはり、櫻井千奈と云う人物は彼女の弟とは相いれない関係なのだった。

 

 櫻井がティーカップを飲み干して言った。

 

 「ところで織斑教諭。織斑一夏はこの場合はどうしますか?」

 

 「……そうだな、お前の想像どおりだな」

 

 櫻井が目だけで千冬を見上げる。その眼には呆れが多分に含まれている。それから数秒して、そうですか、と言ってまたモニターを見る。

 

 アリーナ管制室にまでも響く爆音がどこか遠くに聞こえる。時間切れの合図だ。そろそろこちらも動きださなければならない。

 

 千冬が管制モニターの前で待機している真耶に指示を飛ばす。

 

 「山田先生。IS学園の外敵警戒レベルをレベル4に設定。観客席の生徒は速やかに避難。その他アリーナに生徒を収容し、アリーナ外周シールドを張れ。その他アリーナに待機している訓練機に教師を搭乗させ生徒の誘導とアリーナ護衛にあたらせろ。基よりアリーナは仮シェルターなんだからな、誰も外に置き去りにするなよ。アリーナ観客席、通路の装甲壁を下ろして内部と遮断しろ。待機している教師部隊を二分し編成後一つを外周警戒にまわして残りをIS学園内の重要施設に割り振ってくれ。アリーナに侵入した敵をエネミー1と仮称する」

 

 「……え、しかしそれではアリーナ内のエネミー1には……」

 

 「アリーナで待機している訓練機に教師を向かわせて鎮圧にあたらせて時間を稼がせろ。エネミー1には―――エドワースを向かわせる」

 

 「―――ッ! わ、わかりました」

 

 真耶が慌ただしく動き始める。いつものドジな姿とは似ても似つかない機敏な動きで正確に千冬の指示を細分化し伝えていく。

 

 櫻井が椅子を傾けて天井を見上げている。

 

 「上、か」

 

 「そうだな。コレでハッキリした。侵入経路はおそらく真上だ」

 

 千冬も暗い天井を、正確にはその先にある空を見上げて言う。

 

 先日の無人機襲来事件。疑問点は多くあれど、そのはじめのところは『敵はどうやってIS学園の索敵網を抜いてきたか』である。

 IS学園は自衛隊の防衛範囲内にあるため独自の防衛兵器を外に展開することができないが、その国際的に重要拠点であることには変わりないため自衛隊と共同している。先の大戦の反動から平和ボケしてきた日本であるがその防衛網自体はザルではない。特殊な立場であるがどちらかと言うと陸自に籍を置いている櫻井。しかし海自の索敵能力がどれほどのものなのか知っている。ラジコン程度の無人機ですらその網には絡まる。

 

 ならば、敵はいったいどうやって海自の索敵網を抜いた? 

 

 その答えは、いま出た。

 

 「大気圏外からの侵入。さすがに陸空海全部協力しても補足できないわけだ」

 

 さしもの櫻井もこれには呆れ果てた。脱帽したと云ってもいい。彼も自分が手段を選ばない性格であると思っていたが、まさかこんな手まで使ってくるとは思わなかったのだ。あの稀代の天才はいったいどこからそんな手段を持ってきたのやら。

 

 確かにこの方法ならばいつあるはずもない。なぜなら宇宙から敵が侵入してくるなんて、アメリカでさえも対処できないであろう。

 謎がいくつか解けたと同時に、危険度が跳ね上がった。最も硬度を誇る、おそらくは世界で一番硬いと云える外周区の一式斥力防護障壁が破られた。原因は無人機の宇宙からの自由落下。それなりに減速はするだろうがエネルギーシールドと激突した時に発生するエネルギーは埒外だろう。

 管制室の一面いっぱいに設置されたモニターの世界では、すでに戦闘が始まっている。異形の人形は、その不気味で不釣り合いな形(なり)の期待に応えるように一夏たちを圧倒している。そのあまりの仕事っぷりに自重しろよと文句の一つ言いたくなる。

 

 ただ見ているだけの箒は爪が食い込むぐらいに拳を握りしめている。専用機も持たない彼女はこの戦闘に参加できない。それが、悔しい。

 

 モニターの一連の戦闘を見て、櫻井が口元に手を当てて思案している。資料では判断の付かない実際の戦闘力を見て何か思うことがあるようだ。

 

 一通りの指示を出し終えて千冬が訊ねた。

 

 「櫻井、お前はどう思った?」

 

 「……そうですね。こちらが何かしらの対応をするにしても一手不足しますね。織斑教諭、あの二人は専用機持ちだ。このトーナメントBのアリーナには訓練機があと二機あるはずだが誰が乗るつもりです?」

 

 千冬がある二人の教師の名を出した。櫻井が眉を顰める。千冬には櫻井が言いたいことが分かった。その二人は各国がIS学園に派遣した教師であり、教師でありIS乗りと云うよりはどちらかと兵士で諜報員の意味合いが強い。櫻井ならば手駒にすら考えないほど信用できない人材だ。

 

 「その二人には連絡しましたか?」

 

 「それがこれからなんだ」

 

 それを聞いて櫻井がにたりと笑った。千冬もまったく同じ笑みを返した。なかなかに気の合う二人である、どうやら考えは同じらしい。

 

 「その二人に鎮圧を当たらせるのが筋だが、――――――」

 

 「誰かが乗ってしまえば緊急時だから仕方がない」

 

 この場ですぐに動け、そして一番信用がある相手と云えば――――――

 

 「篠ノ之。ただちに一番ピットに向かい打鉄に乗れ」

 

 「え、あ、はい?」

 

 突然の指名に箒は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 櫻井が椅子を回して振り返る。

 

 「倒そうなんて考えなくていいから時間を稼げばいい。あの図体なら極接近戦はさすがに不得意なはずだ。打鉄の防御力と篠ノ之箒の反応速度ならつかず離れず――――――行けるか?」

 

 「あ、…ああ。ああ! もちろんだ、任せろ!!」

 

 力強く頷いて、返事をするや否や箒は弾かれたように駆けだした。長い黒髪が流麗な軌跡を描く。

 

 一人取り残されて、背後の空圧開閉式ドアが閉まる音を聞いて、エレナが寂しそうに拗ねたような顔を逸らす。

 

 「……またわたしだけ仲間外れっスかー。いちおー専用機持ちなんっスけど……」

 

 「自分のほうが篠ノ之箒よりも役に立つって?」

 

 「それイジワルな言い方っスね。でもわたしだって代表候補生なんっスよ……」

 

 「エレナ・クロスフォード。僕は赤の他人を使えるとか使えないとかで、判断するつもりはない。役に立とうが立つまいが僕の基準にはならない。ただ使ってもいいって思ったから篠ノ之箒に行かせたんだ」

 

 「……つまりわたしのコトは信用してないってコトっスか?」

 

 「違う。キミが僕のコトを信用しちゃいけない。それができるほど僕は誠実な人間でもない。僕はね、秤が傾きさえすれば、誰だって切り捨てられる人間だ。だから、こんな状況で飛び込もうとするのはやめたほうがいい」

 

 カフェオレを飲みながら櫻井が言う。エレナはそれを否定しなかった。

 

 いつの間にかのっそりとした動きで、櫻井が真耶の隣の通信機に手を伸ばしていた。

 

 「さてと、僕も僕の仕事をやろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏はしばらく何が起こったのか把握できずに轟々とできたクレーターを見下ろしていた。舞い上がった土煙に遮られ何が起きたかわからなかったが、すぐさまコトの深刻さを肌で理解した。

 

 これは以前のアレと同じだ。知らず一夏は静かな怒りに奥歯を噛み締めていた。

 

 ハイパーセンサーが自動で視界をクリアにする。そこにいるのは予想通りであり、また予想とは違った敵であった。

 

 その敵は以前と同じく黒い影だった。ただ、黒い偉丈夫のような巨人の姿は見る影もない。本体とも言える身体の大きさは生身の人間とさして遜色のない二mほど。ただ、細長いのではなく、人間の寸法をそのまま二mまで引き延ばしたような印象を受ける。ISのような外殻装甲を纏っていない。明らかに人ではない。

 

 問題なのは、その右腕だ。巨大だった。まるでスケールの違う巨人の腕をそのまま嵌め込んだような。腕の長さは本体の二倍近い五mほどもあった。腕の太さもそれに準じて太く圧巻だ。逆トゲのような穴から絶えず熱風を呼吸のように吹いている。

 

 地獄の門番。まるでそんな妄想が現実に現れたかのような光景だった。人形の足元では小さな輝きがあった。土塊に含まれていた煉瓦質が高温でガラスに変質したのだ、それだけでどれだけの衝撃が加わったのかが理解できよう。

 

 黒い光沢のある人形が、赤い、機械だからこそ彩るコトのできる無機質な赤い複眼を向け、一夏をまっすぐに見上げた。

 

 一夏は眉を不快に寄せた。業腹なコトに、一瞬だけ一夏は射竦められてしまったのだ。それが許せない。

 

 突如、世界が光った。一夏は一瞬その眩しさに目を細める。圧縮空気を破裂させたような音とともに人形の周囲の土煙が一掃された事により、ハイパーセンサーが多くの視覚情報を取り込みすぎて"見え過ぎた"のだ。

 

 その一瞬が、開戦の合図だった。

 

 だらりと垂れ落ちていた人形の巨大な右腕が跳ね上がる。その慣性を感じさせぬ素早い挙動。明らかに重量バランスが狂っているのにも関わらず、まるで重量が等分布しているかのような一連の動作。一夏はこの機械人形がISで、その動きにPICを使用しているコトを看破した。

 

 眩んだ視界に気を取られた隙に、人形はすでにチャージを終えていた。掌底にぽっかりと空いた地獄の窯から赤い光が漏れ出した。

 

 避けられない。そう瞬時に判断した一夏は、気が付けばこれまでにないほどの手際の良さで零落白夜を展開させていた。

 刃が折りたたまれた柄から光の刀剣が伸びる。光学兵装に分類されるあらゆるモノを無に帰す諸刃の剣は、一夏を串刺しにせんと矢のように疾駆する赤いビームを何の不思議もなく消し飛ばした。加速された荷電子粒子が淡い塵となって消え、あるいは逸れたモノが背後のアリーナ外縁に当たり圧縮されていたビームが爆裂した。

 

 目を焼く光と、腹の底に轟く爆音。

 

 突然の襲撃、異形の戦闘人形、そしてその敵対行動と問答無用にそれを消し飛ばした一夏の零落白夜にまったくついていけずに息をのんでいたシャルロットが距離を離そうと彼女のの位置まで後退してきた一夏に恐る恐ると云った様子で訊ねた。

 

 「え、ええと。一夏? アレは何?」

 

 「シャルロット、気を付けろよ。あれはISなんだ」

 

 「えっ……? えっ……!?」

 

 シャルロットは思わず、突然そんなコトを言い出した一夏と勝手に無人機だと断定していた人形とを忙しなく交互に見比べて、目と耳との両方を疑ってしまう。ISは人と機械が高い同調率を見せるのが最大の特徴と云えた。シフト移行も単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)もIS特有の能力と云えよう。そも、"機械に経験を積ませる"、それこそがISとIS学園の存在意義と云えた。だからこそ、彼女の困惑は当然と云えた。

 

 シャルロットは混乱するが、事態はそんなことをお構いなしに進んでいく。

 

 一夏の視界に空間投影ウィンドウが開いた。映像はでない。画面は『Sound Only』と表示されていた。一夏の耳に聞きなれた声が聞こえる。

 

 「織斑一夏、聞こえるか?」

 

 「櫻井かッ!? アイツは――――――ッ」

 

 「こちらでも確認した。おそらく前の同列機だと判断したがどう思う?」

 

 「どう思うって……」

 

 返答に困って一夏は眼前の敵を見据えた。なんとなく機体の意匠から前の無人機と同じ系列の機体だと判断できたが、いかせん、以前とは姿かたちが大きく変わり過ぎている。同列機と扱うのはどうなのだろうか。

 

 「前回の改修機と判断するのが妥当だろうと考えるが?」

 

 「改修機……? なんか細くなったし前より弱そうに見えるぞ」

 

 「弱そうに見えるは、死亡フラグだから口には出さないほうがいい。それよりも、モニターでは判断が付かないんだが、あの右腕はどうだ?」

 

 「デカい」

 

 「しね」

 

 偽りなき正直な感想を述べたのだが、辛辣な罵倒が返ってきた。稚拙なりに正直に分かりやすく伝えようと思ったのだが、櫻井からの評価はひどい。

 

 「誰がそんな小学生みたいな感想を述べろと言った。考察を言えと言ったんだ。……これだから五段階評価国語2は」

 

 「おい、それは関係ないだろ!」

 

 「そっか2かぁ……」

 

 「シャル……、そんな可哀そうな人を見る目で見ないでくれないか?」

 

 「漫談なんかしてないで、真面目に答えろ」

 

 一夏は反論したかったが、客観的に見て言い返せなかった。不謹慎だったと気まずげに眼を逸らす。 

 

 「右腕か……。いまのところビーム砲ぐらいしか確認できないな」

 

 「あの巨大さで武装ひとつってわけにもいかないだろ。この前のは?」

 

 「うーん、クラス代表トーナメントの時も武装はビーム砲ぐらいしかわかんなかった。あとは重量に任せた拳ぐらい」

 

 自分で言ってみて、機体に使われている技術に反して随分と大雑把な代物だ、と一夏は感じた。ISを無人機化するぐらいなのだ。もう少しエグい技術が使われていても不思議はない。

 

 「いや、そんな率先して使ってくれってわけじゃねぇんだけどな」

 

 と、彼は数分後にこの疑問に悲鳴をあげるコトになるがまだそれを知る余地もなかった。

 素人の見解ではこれが限界だ、と一夏はシャルロットにも意見を求めてみた。まだ混乱から抜け切れないシャルロットはしろどもどろになりながらも懸命に眼下の機械人形を観察する。

 

 「ええっと。あの右腕以外は非武装、かな……。それにPICも右腕と本体とが独立してる気がする。あれだけ非対称の重量を支えるとなると右腕に慣性停止用のPICを独立して載せててもおかしくはないし。……、あとはあの右腕、なんかはめ込んでるって言うか、差し込んでる感じに見えるよ。もしかしたら外付けのパーツなのかも。もしかしたらあの右腕はパッケージなのかもね」

 

 通信機の向こうで櫻井が頷いた気配がした。

 

 「さすがフランスの代表候補生。五段階評価数学2とは格が違う」

 

 「え、いまの暴露の意味は何? いまってそういう時間なの? 緊張感ねぇの?」

 

 「そっか2かぁ……」

 

 「見るなよ、そんな目で俺を見るなよ……」

 

 「落ち込むなよ。五段階評価保健体育5だろ?」

 

 「そっか5……――――――えっ!? 一夏、保健体育だけは5なの!?」

 

 「"だけ"ってなんだよ! っていうか違ぇよ!!」

 

 「織斑一夏は基本ができてるからな」

 

 「お前はもう黙ってろっ!!!」

 

 今はとても緊迫した場面であるはずだ。それなのにどうして俺は恥ずかしい成績を暴露されなければならないのか、と憤りに身体を震わせる。

 

 「とまあ、冗談は置いとくとしよう」

 

 一生置いとけ掘り返すな、と一夏はぐるぐると喉を震わせた。

 

 しかし、そこで新たな疑問が芽生える。

 

 どうして、櫻井はこの状況で冗談を言った?

 

 櫻井はなにかと冗談を言う性質であるが、真面目と不真面目の区別ぐらいはついているはずだ。ならば、今が冗談など言っている状況ではないとわかっているだろう。

 

 では、何故櫻井が場違いとも云える冗談を言ったのか。

 

 その答えは、次の指示で明らかになった。

 

 「織斑一夏、今すぐ離脱しろ」

 

 「……それは、どういう意味だよ」

 

 「どういう意味も何もない。そのままの意味だ。その場から離脱しろ。下はは地面、横は特殊装甲板、上はシールド。そのアリーナは現在隔離されている。だから零落白夜で上のシールドを切り裂いて離脱するんだ。相手は大気圏外からの自由落下の運動エネルギーで外縁部のシールドを抜いている。袋の鼠だ」

 

 「それは、どういう意味だよ」

 

 「たったいま言った通りだけど」

 

 一夏は首を振って、姿が見えぬ護衛自衛官を睨みつけた。

 

 「違うだろ。いまお前は零落白夜で離脱しろって言ったな。倒すわけでもない、時間を稼ぐわけでもない。お前は護衛対象である俺の安全を最優先に考えているはずだ。それならあの無人機の目的は、俺だ」

 

 「ああそうだ。この実行犯への推察。アリーナは複数あるのにもかかわらずこのアリーナを選んだ理由。そして一番最初に織斑一夏を攻撃した目標のアルゴリズム。これらから無人機の最優先は織斑一夏だと僕は推測している」

 

 櫻井は否定することも誤魔化しもしなかった。今の一夏にはそのどちらも無駄であると悟ったのだろう。

 

 だからこそ、一夏は感情に火が燈るのを感じた。彼の言っているコトはおそらく正しいのだろう。素人である一夏などよりもより多くのコトを見てとり考えて判断している。普通ならば、一夏程度が口を挟むなどもってのほか。沙汰の限りもなく櫻井の判断に任せるのが合理的判断。

 

 人形に射竦められたあの瞬間。一夏は、コイツの狙いは俺なのだ、と本能で悟ったではないか。

 理性が、ここはおとなしく従えばいい、と囁いている。

 

 「お前の言いたいことはわかる。俺がここにいたってプラスになるかわかんねぇよ。もしかしたらそれどころかマイナスにすらなるかもしれねぇ。この前だって、結局は鈴たちにおんぶにだっこでなんとか上手く言ったようなもんだしな。でもよ、"ここで俺が逃げ出したら、コイツはどうなる?"」

 

 合理的に逃げ出せと言う理性と、自分はいち早く安全なところに逃げ出せと言う本能と。保身に背を押す人の行動原理を一夏は怒りで沈めた。

 

 「お前は逃げろって言った。俺が目的なら俺がここを離れればいい。でも、お前は"袋の鼠"って言ったよな。じゃあ、俺って目的がいなくなったコイツは、いったいどうなるんだ?」

 

 「そんなことは僕の管轄じゃない。僕の任務は織斑一夏の安全だ。それ以上のことはIS学園に任せる」

 

 つまるところ、櫻井は今、この場にいるシャルロットや逃げ遅れている生徒を囮にしようと言っているのだ。一夏は鳥かごを悠々と抜けることができる。しかし、隔離障壁が降りた今、この場にいるシャルロットが逃げる術がない。ピット脇にある通用門を使えば逃げられるだろうが、その隙をこの機械人形が許すだろうか。

 

 一夏は背後を振り返った。先ほど流れたビームはアリーナの外縁部に直撃している。特殊な装甲板で覆われているはずのそこは溶解して見る影もない。これでも、観客席保護用のエネルギーシールドに遮られた結果なのだ。零落白夜で削減されていなければ、そう思うとぞっとしない光景だ。

 

 「はっきり言う。櫻井、お前のやってることは卑怯だと思うぜ」

 

 「なんとでも、言えばいい。僕は織斑一夏の護衛であってIS学園の職員じゃないんだ」

 

 「俺の護衛をお前ができるのかよ」

 

 気まずい、重い沈黙が落ちた。普段の一夏ならば絶対に言わない、意味のない挑発。それは正論を云う櫻井に対しての無意味な八つ当たりだとしても、今の一夏なそれほどまでに内心怒っていた。

 

 ここはすでに戦場であるはずなのに、不気味なほど静けさが降りていた。

 

 見えないはずなのに、一夏には通信機の向こう側で黒い闇が広がっているのを錯覚した。

 

 「イカれたか、織斑一夏」

 

 「イカれているのはお前だろ自称自衛官」

 

 「そういうのは、『正義の味方』に任せるもんだ」

 

 「日本を守る尊い自衛官は利己主義だったのかよ」

 

 「織斑一夏、何を勘違いしているのか知らないが、自衛隊っていうのは『正義の味方』じゃないんだ。自衛官ってのは正義のために戦うんじゃない。正義なんて"動機"のために戦うわけじゃない。自衛官は『大義』という"秩序"のために戦ってるんだ」

 

 一夏は大義と言う言葉の意味を思い出す。確か辞書には人として守るべき道義。国家・君主への忠義などと云った意味が書かれていたはずだ。

 

 奥歯が鳴る。

 なるほど、櫻井は今の状況なんて見ていない。その先、この事件後のコトを見てモノを言っている。この事件はおそらくは一夏がここで戦う道を選ばなくとも解決する。結果は同じ。だから櫻井は一夏に戦うなと言っている。

 

 もし、これで一夏が死ねばどうなるか。自分が死んだらどうなるかなんて考えたくもない。しかし、何かは変わってしまうのだろう。だから櫻井がここにいる。

 

 櫻井の言っているコトはどうしようもなく正しい。プラスマイナス、そして一夏自身のコトを考えれば従うのが当然のコト。

 そして、この場で櫻井の言っている事を否定すればそれは"櫻井の存在意義"までも否定することになる。

 

 「……俺が逃げれば俺は助かるかもしれないが、目的を失ったコイツが暴れて誰かが死ぬかもしれない。俺が立ち向かえば俺は死ぬかもしれないが、誰も死なないかもしれない。それって"どっちにしろ結果は同じ"だよな?」

 

 「織斑一夏、――――――」

 

 「自分で言うのもなんだが、俺は弱いぞ。今までクラスのチンピラみてーのとぐらいしか喧嘩したコトねぇし相手が五人いればきっと逃げるレベルだ。箒には一度も剣道で面を取れない。IS動かせるって言っても強くなったわけじゃねぇ。情けないことに女子に手取り足取り懇切丁寧に教えてもらってる。勉強だってここじゃ平均も取れないしお前に補講してもらっても時間と成果はまったくつりあわねぇよ。負けたって悔しいけど俺が弱いのは事実。模擬戦のたびに歯が鳴って足が震えやがるし、それで実際戦えたのはきっと俺がそんなこともすぐ忘れるぐらいに能天気で馬鹿だからだな。

 ―――――― そんな、そんな簡単なことを忘れてお前の言ってることに歯向かうぐらいに俺は大間抜けだ。おまけにどうやら、俺には自分の力量を図る脳も無いらしい。

 でもさ、いないなら、そりゃしょうがないだろ。

 そういうのは『正義の味方』に任せるしかないってもんなら、―――――― "俺は『正義の味方』になるしかないんだ"。

 俺は戦うぞ、櫻井」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ……ヤバい、常識人として書こうと思っていた一夏が厨二病をこじらせてしまった。名言でも言ってるようだが冷静に見れば痛い人ですね……


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