正義と、大義と。   作:新田良

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第二十一話 烏合の衆

 哀れな子羊(坂井和義一等陸曹)を生け贄に、病院を脱出した一夏と櫻井はIS学園から最寄の繁華街へと歩を進める。櫻井の入院していた病院から数駅。駅ビルを連ねて一体化したデパートを中心に、この街一番の発展を遂げている繁華街は日曜日という日柄も手伝って活気に満ち溢れている。

 

 「ところで櫻井。気になってたんだがちょっと訊いていいか?」

 

 怪訝そうな目を数秒。繁華街の中心へと縫うように走る電車は地下に入った。

 途端、圧迫された空気とともに線路の音で騒がしくなる。

 

 「前置きをしたというコトは答えられる質問と答えられない質問があるけど」

 

 「ああ、あんまり大したことないんだけど一応な」

 

 「気遣いはできるようで何よりだな。それで?」

 

 「さっき病院にいた人って誰なんだ? なんかプライベートな知り合いって感じじゃなかったけど」

 

 「なんだ、そんなコトか。あの人は僕の部下だよ」

 

 「櫻井の部下……」

 

 一夏は微妙な顔になる。年下である櫻井の部下であるコトに同情と、この鬼畜のような男の部下であるコトに哀れみを覚える。

 できるだけ顔に出さなかったつもりだったが、櫻井にはしっかりと伝わっていた。

 わりと洒落にならないレベルのデコピンを一発。思わずその威力に仰け反った。

 

 「そ、そういうコトするからだろうが」

 

 「失礼だな。僕より優しい上官はいないぞ。仕事はするし、部下は脅さないし、酒を飲んでも絡まないし仕事場でAV収集もしない」

 

 「……それ当たり前だろ」

 

 特に最後。

 しかし、櫻井は疲れたように笑って地下なのに遠い目をする。目の先は真っ暗。

 

 「僕の上官は全部するんだよ……」

 

 「お前も大変なんだな」

 

 「大変なんだ……」

 

 一夏はちょっと櫻井と友達になれた気がした。

 しかし、病院で出会った明らかに年配の自衛官が櫻井の部下となると、櫻井はいったいどれほどのものなのだろうか、という疑問が湧いてくる。

 先ほど病院では櫻井は『特尉』と呼ばれていたが、そんな階級があっただろうか。

 

 「櫻井って『特尉』とか言われてたけど実は偉い人?」

 

 「いや、偉くないわけじゃないけど偉くもない。だけど、いざというときは偉くなるというか偉そうになる」

 

 「意味わかんねぇよ……。どっちだ」

 

 「そもそも『特尉』という階級自体が暫定的で実態がない。もともとは立場が特殊すぎて階級がなかったんだけどそれだとさすがに困るってことで『特務尉官』ってコトになっている。自衛隊でいうと三等陸尉――――――つまりは少尉権限なんだが、有事の際には一等陸尉の行動権が与えられる」

 

 自衛隊に関してろくな知識のない一夏であるが、先ほどの説明から櫻井は最大で大尉相当であるとわかった。

 映画の中で大尉といえばそれなりの部隊を率いていることが多い。責任のほどは想像もできない。

 一人で慄いている一夏に、櫻井はため息を一つ吐いた。

 

 「織斑一夏が思っているほど大層な身分でもないぞ。僕が与えられているのはあくまで一等陸尉の行動権であって指揮権はない。現場でともにしている一等陸尉以下の命令を受け付けないだけで部隊を率いたりするコトはほぼない。さっきの坂井一等陸曹だって付き合いはそれなりだが情報二科から貸し付けられた部下だ」

 

 「へぇ、なんかいろいろと縛りとか多そうだな」

 

 「そのとおり。なにせ僕の経歴が自称平和主義者とか市民団体とかに知られたら間違いなく総理大臣とか防衛大臣とかの首が飛ぶし」

 

 「うわ、なんだそれ。……怖っ」

 

 それを聞いて一夏は顔を引きつらせた。いつもの冗談ともとれないコトもないが、櫻井が否定しないし有り得そうな話でもあった。今の話にもさらっと『現場』なんて単語も聞こえたし、櫻井はいろいろと若すぎる。

 

 「……なんだかこれ以上は訊かないほうが良さそうだな」

 

 一夏が嫌な汗をかきながら言う。

 少しは成長しているようで何よりだ、と櫻井は不安になる素敵な微笑を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車を降りた一夏は櫻井を伴って繁華街の一角にある喫茶店に入った。

 

 「ふふふ、ここは俺の行きつけのお店なんだ」

 

 「なるほど、ここで大人ぶってコーヒーのブラックを飲んていたと」

 

 「そこまで言ってねぇよ! 飲んでたけれども……!」

 

 ませ餓鬼と言われて腹が立ったが実際そのとおりなので言い返せないのが哀しい。

 だが、この喫茶店が一夏のお気に入りであり、自慢の一店であるのは揺るぎがない。

 やや重々しい厚ガラスのドアを一夏が押し開くと、その後ろでほうと軽く息を吐く音がする。それだけで先ほどの怒りを忘れるコトが出来た。

 店内はクラシックな雰囲気だ。少々明かりの数が少ないように思えるがそこがまたどこか忘れられた遺跡のような荘厳な雰囲気を出している。

 二人が店内に入ると、カウンターでカップを布拭きしていた壮年の男性が顔を上げ、一夏の顔を見て微笑む。痩せているのに古びた大木を思わせる。

 

 「おや、一夏くん。いらっしゃい。彼はもう来ているよ?」

 

 「こんにちは、マスター。ってアイツもう来てるんですか? いつもは約束の時間を過ぎて来るくせに」

 

 「なんでもキミの土産話でも聞きたいらしいよ。ほら、彼今、彼女募集中らしいし」

 

 「それ中学の時から言ってませんでしたっけ?」

 

 「キミは女性との縁があるからね。連絡先の一つでも教えてやったらどうかな?」

 

 「……それはどういう意味ですマスター」

 

 「そろそろいたたまれない」

 

 柔和な笑みを浮かべているが言っていることは非情だった。顔だけなら良いんだけどねー、とカップの磨き具合を暗い灯りにかざしている。

 そこで一夏の背後に隠れたままだった櫻井を見てふと尋ねる。

 

 「おや、見慣れぬ彼は友達かい?」

 

 「いいや、違いますよ喫茶店のマスター」

 

 「おおう……」

 

 一夏より先んじて櫻井が否定した。

 呻く一夏の尻を軽く蹴飛ばして櫻井は先を促した。

 さっさと要件を済ましておきたい櫻井に喫茶店のマスターは微笑んだ。

 

 「おやおや、友達はいらないのかい?」

 

 「生憎、現状で手がいっぱいですので」

 

 「友達は大切にね」

 

 「人の話を聞きましょうかマスター。会話をしましょう」

 

 櫻井が苦言を漏らすがマスターは笑みを浮かべるばかりで、それっきりグラス磨きに入念してしまった。その一心さに新参者が入り込む余地もない。

 櫻井は言い足りない文句に口を開いたが、代わりに一夏のほうを向いた。

 

 「この人は織斑一夏の知り合いと見た。それもかなり親しい」

 

 「……その心は?」

 

 「どっちも人の話を聞かない。会話ができない」

 

 「本人たちの目の前で失礼だなおい」

 

 咎められても櫻井は肩を竦めただけ。そも、櫻井だけが悪いわけでもない。

 櫻井の言うとおりというわけではないが、一夏とこの喫茶店のマスターは懇意の仲だ。

 千冬との平均よりも低いぐらいに貧しいなかで一夏はバイトを決心するが中学生を雇うような店はない。何件もの店で門前払いを食らうそんななか、この喫茶店を見つけたとき、一夏はここならいけるかもしれないと何とも言えない直感に従った。優しいマスターに付け入るようなゴリ押しだったが、なんとか雇ってもらえるコトになったのだ。わずかながらも生活の質は向上したし、マスターからは空いた時間に料理や勉強も教えてもらっていた。

 マスターには感謝しても仕切れない恩がある。

 IS学園に通ってからはもう顔は出せなくなってしまったが、こうして休みで街に行けば必ず顔を出すコトにしている。

 

 「ところで、織斑一夏はここに何しに来たんだ? てっきりプレゼント選びの穴場かなんかに行くのかと思ってたんだが。まさかケーキセットのお持ち帰り……?」

 

 「―――をしにわざわざ足を運ぶわけないだろ。てか、今日櫻井を呼んだのは相談だっての」

 

 「で、ここでコーヒーを飲みながら優雅に作戦会議ってわけか。検討つけて実物を拝みに行ったほうが良くないか?」

 

 「まさに検討もつかないから話し合うんだろ? だいたい箒に何やれば喜ぶんだよ」

 

 「勝負下着とか?」

 

 「俺が渡すのか……?」

 

 やあ箒、誕生日おめでとう。はい、プレゼントだよ。

 

 一夏ありがとう。ところで中身はなんだ?

 

 勝負下着だ。透け透けだよ。さあ履いてごらん。

 

 ありがとう一夏! これからお前のことを想って毎日履くからな!

 

 「――――――みたいな?」

 

 「三行目で死ぬわ! そして誰だこの変態!」

 

 斬新すぎて勝負下着を履くまえに吐き気がする。もしも現実にそんなプレゼントをした日には問答無用で斬り殺される。

 

 「バカだな。下着をぶん投げて抱きつけば一発だ」

 

 「なんの話!? っていうか、男に女性もんの勝負下着投げつけられてどうすんだよ!」

 

 「変態と叫んで通報する」

 

 「だよね!」

 

 もはや何をしていたのやら。一夏はぐったりとしてしまった。

 そこへ奥の席から遠慮気味に声がかかる。

 

 「おーい、そこの二人。めっちゃうるさいぞ。マスターに追い出されても知らねーぞ?」

 

 一夏と櫻井が声のした方を見れば一人の男子がテーブル席に肘をつけて手を振っている。

 赤髪にちかいほど濃い茶髪にバンダナを巻いている軽薄そうな男だ。ギターを手にするかダンスでも踊っていれば様になるだろう。

 櫻井はこの男子を知らない。そして、男子のほうも櫻井のコトを知らない。互いに目があって怪訝そうな顔をする。

 一夏は赤髪の男子に笑いかけて手を振り返す。

 

 「よう弾。待ったか?」

 

 「いいや、そんなに待ってねぇよ。時間どおりだしな。……ところで、後ろのその人、どちらさま?」

 

 櫻井と目が合い、必然的にメンチを切り合うコトになったが一般人であるこの少年が櫻井に勝てるわけがなかった。そうそうに、顔を引きつらせて逸らす。

 

 「そうだ織斑一夏。先客がいるなんて聞いてないぞ」

 

 櫻井からも催促が飛ぶ。その間、弾のコトを凝視している。

 弾が怖がるからやめて欲しい一夏。

 

 「こっち赤いのが俺の中学校からの友達の五反田弾。こっちの目つきが悪いのがIS学園の友人の櫻井千奈だ」

 

 「赤いの言うな!」

 

 「友達じゃない」

 

 紹介はしたがどちらからも非難が飛ぶ。正直に言ったつもりだったのだが。

 

 「え、ええっと、五反田弾……です? 年上ですよね……?」

 

 「櫻井だ。年上だが敬語じゃなくていい」

 

 言われて弾はホッとする。

 弾の正面に座る形で一夏と櫻井が席についた。マスターにそれぞれコーヒーと軽食を頼む。

 

 「―――って、軽く流したけど櫻井はIS学園の生徒なのかっ?」

 

 IS学園といえば比率ほぼ十割女子の事実上の女子校。男子をいれてはいけないという決まりはないが、ISが女性しか扱えないという特性上、女子しかいない。しかも、顔の造形で生徒を選んでいるんじゃないかと言われるぐらい綺麗どころが集まっている。

 対して、弾が一夏と入学する予定だった藍越学園は面の造形で選んでるんじゃないかと言われるぐらい野郎どもしか集まらない。この差はなんだと泣きたい。

 一夏がISを起動させてIS学園に入学したと聞いた時には血涙を流していた弾。

 憧れの高校生活が土色の彼には敏感に反応してしまうのだった。

 そんな必死さが伝わってきて櫻井は引き気味だ。

 

 「あ、ああ、そうだが……」

 

 「じゃあIS動かせんの!?」

 

 「いや」

 

 「え!? IS動かせないのにIS学園に行ってんの? 動かせなくても入れる裏技が!?」

 

 さっきまであれほどビビっていたのに今は逆に櫻井の方を引かせている弾に一夏は必死だなーと他人事のようにコーヒーを飲んでいる。……あいかわらずここのコーヒーは素人でも旨いとわかる。

 どうやら櫻井はIS学園にたった一人男子で入学することになってしまった一夏のために特例で入学させた男子生徒、という設定でいるらしい。確かに納得の行く理由でもあるし、無関係で一般人である弾に自衛官と名乗るわけにもいかない。

 いいなー、とある種羨望にも近い眼差しを受けている櫻井がそろそろ可哀想になってきたので一夏は二人を呼び出した理由を説明する。とはいっても櫻井にはすでに説明済みであるが。

 

 「お前は女子か」

 

 「実はISを動かせる理由がここにあり。ヘタレめ」

 

 「なんでそこまで言われなきゃなんねぇんだよ!」

 

 と、結果はこの通り。

 弾には呆れられ、櫻井からは言われもないデマでイジられる。

 

 「頼むって。お前ら二人共妹がいるだろ? 何あげれば良いのかわかんねぇんだよ。それにことわざで言うだろ? 三人寄れば文殊の知恵って」

 

 21世紀の世の中で古臭いことを言う。

 情けないが頭を下げて頼み込むしかない。どうせプレゼントを渡すなら喜んでもらえる物を渡したい。しかし、八年近い歳月が経って再会した幼なじみに何をあげれば良いのかわからないのだ。

 

 「うん、だからさっき僕が言った――――――」

 

 「それは却下だ。殺す気か」

 

 箒も再会した幼なじみが変態になっていたら驚くだろう。いや、彼女のコトだからその性根を木刀で叩き直すだろう。脳天をかち割られる運命しか見えない。

 コイツ役に立たねぇなと仕方なくわりと真面目に考えてくれている弾を見る。

 

 「なんかスイーツとかはどうだ? 服とかバッグとかはサイズとか好みがあるけど菓子なら女子はみんな好きだろ」

 

 男はみんな巨乳好きと同じぐらい偏見にあふれた意見だったが、意外にもまっとうな意見だ。

 

 「菓子はなぁ。櫻井の菓子ばっか食ってるから効果が薄いな」

 

 洋菓子和菓子どちらも得手としている櫻井が暇つぶしと称して夜毎に菓子や夜食を作っているのだ。

 はっきり言ってそこらの甘味亭ぐたいに本格的な物を作り出すので食べ物という線は消しておきたい。

 

 「予算はどのぐらいあるんだ?」

 

 と櫻井。

 

 「二万ありゃ足りるだろ」

 

 「足り過ぎだ。お前は恋人でもない幼なじみにいったい何をプレゼントする気だ。あんまり高いものをもらっても引かれるぞ」

 

 「そ、そうか……?」

 

 一応、何を買うのか決まっても不足がないように使いみちのない貯金の一部を崩したのだが、櫻井から咎められる。弾も頷いて同意している。

 

 「じゃあお前らなら何買うんだよ。妹がいるだろ? はい、まず櫻井から」

 

 「去年は日本刀だった」

 

 のっけから爆弾を放られた。出鼻をくじかれ躓いたどころか地雷を踏んだ感じだ。

 

 「なんで十代の妹に日本刀なんかプレゼントしてんだよお前! いまから退魔にでも行かせる気か!」

 

 「誕生日プレゼント何が良い? って訊いたら日本刀か日本一周食い倒れの旅のどっちかって言われた。日本刀買ったほうが破産しないで済む」

 

 「妹に破産させられるのかお前は……」

 

 結構大変そうな櫻井に二人は同情する。彼らも身内に苦労しているのだ。

 

 「もう一人の小さい方の妹には期間限定の熊の人形をねだられた」

 

 「へぇ、いいじゃんか」

 

 「ほう櫻井には二人も妹がいるのか。優しいお兄ちゃんだなー」

 

 「―――12月のベルギーの早朝、マイナス七度の雪が降るなか四時間並ばされた。手持ちの予算以上にかさんで買ったテディベアといっしょにフランダースの犬になるとこだった」

 

 「「…………、」」

 

 茶化していた二人もあまりに悲惨な様にほろりと涙が出る。

 そのまま最低のテンションで次に移る。

 

 「……はい次は弾。蘭には何をあげたんだ?」 

 

 「現金」

 

 「身も蓋もない!」

 

 心がない!、と憤る一夏だが弾は困る。この事実は弾も後ろめたいのだ。

 

 「他にねぇのかよお前! なんだ現金って!」

 

 「だって、アイツ俺が誕生日になんか欲しいもんがあるか? って訊いたら――――――」

 

 ――― 兄(にい)のセンス最悪だから現金頂戴

 

 「―――って言うんだもん!」

 

 「バカな! 蘭はそんなやつじゃねぇ! 野に咲く花みたいにもっとお淑やかなお嬢様だったじゃねぇか!?」

 

 「お前人の妹にどんな幻想抱いてんだよっ!?!?」

 

 うちの店に集まる変態と変わんねぇな!、と涙を流した弾が一夏の胸ぐらを掴み上げる。

 あまりの哀しさに櫻井もいたたまれない。もし櫻井が言われたらうっかり死にかねない。思わずパフェを弾に奢ってしまった。

 作戦会議をしているテーブル席のテンションは地をはうレベルとなっている。

 

 「それで、織斑一夏は織斑教諭には何をあげたんだ?」

 

 「ここ三年はずっと地酒の銘酒とおつまみセット」

 

 「…………、」

 

 「…………、」

 

 「…………、」

 

 長い長い沈黙が落ちる。

 やがて櫻井が重い深刻な口調でこんなコトを言い出した。

 

 「織斑一夏、こんなことわざを知っているか? ―――烏合の衆」

 

 誰にも否定できない。

 全く持ってその通りで。この場にいる男三人はそろって役立たずだったのである。

 まあ、この三人だけのせいではないのだが。

 

 

 

 

 




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