正義と、大義と。   作:新田良

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第二十二話 篠ノ之箒は友人である

 

 

 

 

 

 織斑一夏の計画は出鼻をくじかれた。

 当初の予定ならば、ここで櫻井や弾の話を聞き大方の検討をつけ実物を吟味しよう、程度のたしかに拙いものであったがまさかここまで吹けば飛ぶものだとは思わなかった。

 

 現在、三人は元居た喫茶店ではなく繁華街の街路地に設置されたベンチに座っていた。マスターに「そんな陰気出されてると不幸が感染っちゃうから」と言われて喫茶店からは追い出されてしまったのだ。

 

 街路樹が作り出す木陰は真夏日の頬には心地よく、木漏れ日は程よく冷めすぎた身体を暖める。

 喫茶店での満腹感と疲労感が程よい眠気を誘う。このまま目を閉じればいい感じに昼寝でも出来そう――――――こんな呑気にしている場合ではなかった。

 

 時間がない。箒の誕生日は今日なのだ。手ぶらでIS学園に帰れるわけがない。

 

 心には火を灯し、足を叱咤し立ち上がる。

 障害はあれど問題はない。一夏には頼れる味方がいる。

 

 「よし! 適当に歩き回って探すぞ!」

 

 「「帰りたい」」

 

 「おいこら」

 

 一夏はやる気を見せたが、項垂れている同行者たちの返事は芳しくない。むしろ否定的だ。

 

 「この雑踏の中で歩き回るとか正気か? この駅周辺だけでいったいどれだけ店があると思うんだ。それに適当に歩き回るなんて非効率的だ。まずはある程度の狙いを絞ってから。買うのはそれからでも遅くない」

 

 なんて櫻井らしい返答がダレ気味に飛んでくる。

 

 「もう嫌だ……。こんなとこ居たくねぇよ……。右見ても左見てもカップルばっか……滅びろ学生の性分を忘れたバカップル共よ」

 

 ……なんて弾らしい返答も投げやりに飛んできた。と言うものの、同じ学生である弾の成績もなかなかにヤバイのであるが……。

 

 あまりにも悲壮的なその姿。ほぼ男子校の藍越学園はよほど絶望的らしい。

 なんだか可哀想になってきた。

 ふっ、と慈愛のほほ笑みを浮かべて一夏が弾の肩に優しく手を置いた。

 

 「大丈夫だ、弾。俺らの青春は始まったばっかりだろ? お前は顔だけは結構まともだから彼女なんてすぐできるって」

 

 「なんか突然ディスられたけどありがとよ、一夏」

 

 そんな二人の美しき友情を傍から眺めながら、櫻井が近くの自販機で購入したペットボトルのお茶を飲みながら見下して言う。

 

 「さすが学校で美少女五人を日常的にはべらせてる奴は言うコトが違う。余裕だな」

 

 無表情になった弾は、無言で握りこぶしを固めて殴りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 私コト篠ノ之箒の人生はちょっと複雑だ。

 べつに、生まれが凄いとか最低だったとかそういう訳じゃない。ごく普通の、だけどちょっと他とは違うような神社と道場の娘。

 ――――――問題は、生まれた後が狂っていただけで。

 

 わたしには姉がいる。名前は篠ノ之束(しのののたばね)。いつも部屋に引きこもっていて何をしているのかよくわからないと評判。近所で陰口を叩かれているのをたまに聞いたコトがある。

 

 箒も心配はしてた。大丈夫なのかと。

 だけど、とっても美人で頭が良くて、いつも楽しそうで。毎日をくるくる踊るように。まるで一人舞台の主役のように。

 

 自慢だった。自慢、だった。

 

 姉が、お姉ちゃんが頭の良さで有名な賞を取るたびに喜んだ。

 わたしは勉強が苦手で、でもお母さんは箒は運動が得意だもんねなんて褒めてくれても、わたしは知っていた。

 お姉ちゃんは引きこもりだけど本当は誰よりも運動が得意なコトを。誰よりも速く走れて、誰よりも高く飛べて。

 

 それを知っているのはわたしだけなのも自慢だった。

 

 いつから、わたしは姉のコトを忌避するようになったのだろうか。

 私はよく覚えている。

 

 わたしは昔、川で溺れた。

 普段は子どもでも足が届くのだけれど、その日は山の方で雨が降っていたらしくて、急に増水して気がつけば溺れていた。

 足元の石はつるつるとしていて、とてもだが踏ん張れない。途中にあった大きな岩になんとかしがみついたが長くは持たない。まわりには、誰もいない。

 

 そんな時、お姉ちゃんはわたしを助けに来た。 

 

 歩いて。

 

 荒れ狂う濁流も、うねる波も、すべてを無視して。軽やかに、楽しげに、川の上を歩いてわたしを助けに来た。

 

 わたしはいつかお姉ちゃんのようになりたい。そんなコトをずっと思っていたけれど、悟ってしまった。

 

 これは、違う。”コレにはなれない”、と。助けに来た姉を見て、悟った。

 

 あの日のアレが何だったのかわからない。ただ、”私達”には理解の出来ないコトだとはわかった。

 助けに来た姉に、お礼すらも言えなかった。

 

 小学校に入学した頃には、明確に私は姉を避けていた。束のほうも何事もなく毎日を過ごしていた。

 

 『苦手』から明確に『忌避』に変わったのは十年前。

 姉がISを開発した。

 

 世界を席巻したIS。まだ子どもの私には、なんの関わりもないと思っていた。

 

 しかし、現実は冷たく厳しくて。

 私は学校を転校するコトになって、家族と離れ離れになって、大切な幼馴染からは引き離された。

 

 私は、明確に姉のコトを嫌いになった。

 

 私は面倒くさくて惨めな女だ、と篠ノ之箒は思っている。

 言いたいことはたくさんあるのに自分の気持ちを素直に表せない、ああしたいこうしたいと野心的なくせに肝心なところで保身に走る、普段は偉そうなコトを言うくせに自分はなんの力にもなれない。

 

 ――――――そして、今も、その嫌いな姉に頼んで『力』を欲している。

 自分の力ではなく、文字通りの他力本願。

 澄ました顔して心の中はこんなにも濁っている。

 

 だから私は、自分のコトが嫌いだ。

 

 「ホーキ、大丈夫っスか?」

 

 このまま死んでしまいたいぐらいの沈んだ気持ちになっていると、対面の席に座っていたエレナが心配そうに顔をのぞき込んでくる。

 お日様の色をした髪と眼は輝いていて、それに似合う表情はどこまでも純粋で眩しい。

 

 箒は思わず呻いた。この少女は卑屈な自分が付き合っていて気持ちの良いが、たまに毒である。例えるならば清涼飲料水、ただし微炭酸。

 淀んだ気分が思わず浄化されかけるが、なんとか踏みとどまる。

 おそらく、この感情は私がなくしてはいけない感情なのだ。決着を点けるなら自分で。誰かのおかげなんてありえない。

 

 「だ、大丈夫だ。ちょっと嫌なコトを思い出していただけだ」

 

 箒が手を振ると、エレナは素直に引き下がった。大雑把のように見えてエレナは人の感情を機敏に読むことができる。正直、ちょっとだけ箒は羨ましいと思う。

 

 二人はIS学園から最寄りの大きな駅周辺の繁華街に出かけていた。今は駅からほど近いオープンカフェで休憩と昼食を兼ねている。

 箒は外を出歩くのは好きじゃない。正確には大勢の人間が密集しているところに居たくない。

 ではなぜ二人がこんなところにいるのかというと、今日は箒の誕生日なのだった。

 誰かに言うつもりはなかったのだが、ついカレンダーの日付を凝視していた際にエレナに問いつめられ、仕方なく今日は自分の誕生日なのだと伝えると、あっという間に外に連れ出されてしまったのだ。

 

 エレナは食後のデザートを食べているスプーンを振り回しながら憤然と箒に文句を連ねる。

 

 「どーしてホーキは誕生日とか大事なコトを言わないっスかねー!?」

 

 「い、いや、自分から言うコトでもないだろう」

 

 「はあ? 自分から言わないとわかるわけないじゃないっスか?」

 

 箒はたじろいだ。確かにその通りであるのだが、自分で明日が誕生日なのだと公言するのは、まるで誕生日プレゼントをねだっているようで恥ずかしい。……それに、誰も祝ってくれなかったら哀しいではないか。

 

 なんて理屈がエレナ相手に通じるわけもなくこうして連れ出されたのだった。

 

 「しかし、どうして当人である私がついていくのだ?」

 

 「えー、だって失敗したくないじゃないっスかー。嫌なものとかいらないものプレゼントしたくないっス」

 

 「そ、そうか。でもエレナからなら何をもらっても嬉しいがな」

 

 この数年、政府重要人保護プログラム下にいた箒は全国の学校を転々としていたので、家族以外の誰かからプレゼントをもらった記憶がない。

 顔には出していないが内心ではそわそわと心が落ち着かない。

 

 エレナは笑ってありがとーと言う。

 

 「それは嬉しいっスけど今年は失敗したくないっス」

 

 箒はエレナの言葉に僅かな引っ掛かりを覚えるが、不意にエレナが浮かべるニヤケ顔にそんな些細な疑問を忘れてしまう。

 

 エレナはにまにまと嫌なニヤケ顔を箒に見せる。

 

 「な、なんなのだ」

 

 「いやー、愛しのイチカくんはホーキに何をあげるっスかねー?」

 

 「ぶふっ!? な、なんのコトだっ!?」

 

 危うく飲んでいたオレンジティーを吹き零すところだった。

 箒は僅かに口元を濡らしたオレンジティーを構わず袖口でごしごしと拭うと顔を真っ赤にして身を乗り出す。突然コイツはなんてコトを言い出すんだ。

 あいかわらずにまにまとエレナは組んだ手に顎を乗せて痴態を眺めている。

 

 「おやおやー図星っスかー。お二人は最近仲がよろしいよですからなー。夜は同じ部屋に何時間も――――――」

 

 「勉強しているだけだろ! っというか、エレナも一緒じゃないか!? それに、な、何が図星だ! だ、だいたい、私と一夏が仲が良いというか私はただ幼馴染としてダメ男になってしまったアイツを教育しているのであって、それを理由に一緒にいようとかそんな邪な思惑はなくってだな! あいかわらずアイツはバカだし、なんか剣道はぜんぜんダメになってるしっ、何考えてるのかわかんないし……、ああでもなんか大人っぽくはなってきてかっこ……じゃなくて! 中身は餓鬼だし、ほっといたら危なっかしいというかでもそこが保護欲を掻き立てられるというか、だいだいだいたいだいたい―――――――ッ」

 

 そこまでイスから立ち上がり顔を真っ赤な風船のようにしてまくし立てていた箒だったが、ぷしゅんと空気が抜けるように身体をしぼめてテーブルに突っ伏して震えている。

 

 エレナは笑顔が止まらない。どうしようかこのカワイイ生物。

 

 それからしばらくしてようやく落ち着いた箒。ただし顔はまだ赤いままだが。

 箒はテーブルから顔を引きずり起こして、恨めしそうにエレナを睨む。ただし顔はそらしながら睨むという器用な真似をしている。

 

 「そ、そういうエレナはどうなのだ! 櫻井っ、エレナは櫻井のコトを、……その、どう思っているのだ!」

 

 現在、IS学園で男子である一夏を除いてもっとも櫻井と親しいといえばエレナだ。男女というよりはじゃれるイヌとじゃれられた飼い主といった二人であるが、エレナは櫻井のコトをどう思っているのか? IS学園でも噂は絶えない。

 

 意外にも男女の友情はないと考えている箒はエレナは櫻井のコトを好きなのではないかと考えている。そうでなければアレだけ無視されても突撃を敢行しないだろう。ただ、好きに至った理由は知らないが。

 

 少しだけ訊くのに躊躇した箒は言い切ったあとにおずおずとエレナの顔を伺う。

 

 エレナは、箒の問いがよほど意外だったのか、パフェのスプーンをくわえながらきょとんとしていた。

 

 「ワタシが、……センナくんをっスか?」

 

 「そ、そうだ」

 

 想ってもいなかった反応に箒は僅かに焦った。何かおかしなコトを言っただろうか。

 

 「そんなふうに見えるっスか……?」

 

 「え、いやまあ……、うん……」

 

 「あー……」

 

 エレナはぎこちない苦笑いを浮かべて、ティーカップを持ち上げてコーヒーを飲む。

 

 「ワタシは、そういうコトは考えてないっス。ワタシには、……そういうのはムリっスから」

 

 「エレナ……?」

 

 その笑みには諦念が入り混じっていて、なんだか泣き笑いのように見えた。いつもの彼女の大胆不敵で、明朗快活とした彼女には似合わぬ儚い笑顔。

 

 恐る恐る声をかけるが、エレナはサッと元のいつもの笑顔でニッコリ笑うと。

 

 「でもホーキはヤバイっスよね。手強いライバルがいっぱいで。しかもイチカくんの性格を考えるとこれからもヒロインがザックザク! 最後に立ちはだかるはイチカくんをシスコンとたらしめる史上最強のブリュンヒルデ! 挙句の果てには当の本人がキングオブ鈍感!! なんかもう姉弟そろって強すぎっス!」

 

 「うぐっ……!」

 

 忘れがたき事実に箒は思わず目眩を覚える。

 そう、そうなのだ。なんかもう、箒自身が恋を自覚するとかしないとかの問題ではなく。好意をすべて友情に変換する素敵な化学反応式を持っているあの野郎をどうにかせねば恋も始まらないのである――――――!

 

 最近では本当に哺乳類ヒト科オスなのかも疑われてきている一夏。はたしてあのはた迷惑な新人類にはどう立ち向かえば良いのだろうか。新手の地球外からの侵略なのかもしれない。

 

 「アレっス。実はイチカくんには恋のトラウマがあって恋を出来ないとか!」

 

 「いや、それはない。昔からだ」

 

 タイムラグコンマ数秒の即答だった。

 それはそれで大問題で。もはやアレは病気のたぐいなのである。

 だんだんエレナはいたたまれない気持ちになってきた。

 

 「まあ、その、ホーキも大変っスね……」

 

 「そう、大変なんだ……! アイツいつもは頼りないくせにいざって時はすごくカッコよくてどこか遠くに遊びに行くたびに女と知り合って友達になるんだ……!」

 

 「うーん、こっちもこっちでめんどくさいツンデレ子さんっスね」

 

 頭を抱える箒を見て、やれやれとエレナはため息を吐いた。

 

 すでに昼過ぎの午後。日差しはどこまでも高く、日曜日の繁華街の賑わいは最高潮を迎えている。

 さてそろそろ私たちも動こうと、二人は伝票を手に立ち上がったその時。

 

 「んー、あれー?」

 

 秩序正しくも騒がしく往来する雑踏のなか、エレナは見覚えのある人影を探し当てた。……目的は明白だが、なんとも間の悪いと思う。

 

 「ん? どうしたのだエレナ」

 

 同じく間の悪い彼女も、僅かに立ち止まってしまったエレナに気がついてしまう。

 言うか言うまいか僅かに悩んで、エレナは件の人物を指し示した。僅かに、期待も込めて。

 

 「あそこにほら、イチカくんが」

 

 え?、と箒が驚いて見れば――――――

 

 ――― そこには織斑一夏がいた。一人だ。

 

 一夏は箒を見て。

 

 「げっ、箒!?」

 

 なんて自爆テロを起こした。

 

 ピキリ、と箒のこめかみで青筋が音を立てる。コイツ、マジでありえない、と表現しようのない怒りを込めて。

 

 その後ろではエレナがよそ見をしていた。ホントにやっちゃったよこのヒト、と尊敬を込めて。

 

 想い人(仮)に休日偶然であった最初にかけられた一言が「げっ、箒!?」。なんだそれは喧嘩売ってんのか。売値で買ってやる。

 

 ズカズカと肩を怒らせて箒が一夏に詰め寄った。エレナはもうお見送り体制に入って手を振っている。

 

 逃げるコトもできずガタガタ震えるコトしかできない哀れな子羊は胸ぐらを掴まれ宙吊りになった。

 

 「はいそうです篠ノ之箒ですが、私が休日に外を出歩いているのがそんなにいけないのか?」

 

 「ごごごごめんなさい! ついうっかりなんだ!」

 

 「本音なのか貴様!」

 

 乙女とか物理法則とか無視してぶんぶん振り回す箒。一夏の顔色は赤へと変わる。

 

 「吐け! いったい私が何をした!?」

 

 「コロンボ刑事びっくりの取り調べっスね」

 

 一夏の顔色が赤から青へ。天国へのゴーサインが出されたところでエレナに救助される。一夏の対応は落第点であるが、ここにいる理由とさきほどの反応のわけを知っているので今日は助けておこう。

 

 九死に一生を得た一夏は青い顔を露骨にそむけながらぎこちなく挨拶をした。

 

 「よ、よう箒とエレナ。久しぶりだな」

 

 「けさ会ったっスよ」

 

 「それじゃ!」

 

 シュタッ、と手を上げると一夏はそそくさに立ち去ろうとする。が、それをエレナが足払いで引き止めた。ここで今更逃げ出すのは不自然すぎるだろうが。

 

 お残しは許しません的なエレナの無言の圧力にあっさりと屈して一夏は腹をくくった。

 

 「ところで、イチカくんは一人っスか?」

 

 たしか、エレナの記憶が正しければ一夏は櫻井に助言を請いに行くと言って箒に内緒の形で街に出かけたはずだ。ちなみに、一夏が櫻井と待ち合わせをしなかった理由は、櫻井が携帯電話を所持していないからだ。そんな彼は現代では風変わりなのかもしれない。

 

 問われて一夏は困ったという表情をする。なぜなら彼にもどうしてこうなったのかわからないのだ

 

 

 

 

 

 

 

 コトの始まりは遡ること三十分。

 

 嫉妬に怒り狂った弾をなんとかなだめて、近場のジャンクフードで腹を満たしてとりあえず繁華街を出歩くコトにしたのだ。

 

 誕生日プレゼントの目標は小物。これは一夏が箒のサイズを知らないので、残りの候補で無難にいらないものにならないプレゼントを選定した結果、消去法的に小物というコトになったのだった。

 

 「服を買うにしても好みとか流行とか男にはわからん分野があるから良かったんじゃねぇの?」

 

 決まった方針を弾がそう評した。

 櫻井も同意に頷いた。

 

 「篠ノ之箒とは八年以来なんだろ? それだけ長く合わなければ趣味思考が変わっててもおかしくない。それにあれだけ胸もわがままに成長してるしな」

 

 「ままマジで!? いい、一夏! 俺にもその子紹介しろよ!?」

 

 「いやー、弾じゃだぶん手に余るぞ……?」

 

 「わっかんないぜー? 意外にも俺みたいな手のかかる男が好きかもしれないぜ? そして俺のトーク術なら……!」

 

 「自分で手がかかるって言っちゃってるしよ。ていうか落ち着け弾。お前のテンションがすでに失敗フラグだ。あとお前の髪色見たら百パー黒染めされるぞ」

 

 弾は限りなく赤に近い茶髪であるが、正真正銘の地毛である。その特殊な髪色が災いして敬遠された過去もあるが、本人は一度も染めたコトはない。

 

 ただし、箒には問答無用で黒染めされそうだと思った。

 

 「ていうか気になってたんだが一夏? お前ってその子のコトが好きだったりするのか?」

 

 「え? 好きだけど?」

 

 付き合いの長い弾はその好きが『LOVE』ではなく『LIKE』であるコトをわかっている。ここで一瞬でも迷えば別な解釈があるというものを……。

 

 「なあ一夏。お前の好みのタイプって何なんだ?」

 

 いい加減IS学園にいる鈴のコトも可哀想になってくる。今時、あれだけ健気な女もいまい。

 

 「好みのタイプか……。そうだな―――って、弾? どうかしたか?」

 

 「ヤバイ、女神がいる……」

 

 突然、弾がある一点を見つめながらアホなコトを言う。中学時代から可愛らしい女の子を見ればいつもそんなコトを言っているのでまたかと思った。

 

 「弾、お前いつもそんなコト言っているけど……―――ッ!!」

 

 一夏も釣られてそちらを見やり、目を見張った。絶句とはこのコトか。

 

 二人の視線の先には一人の少女がいた。ただ問題なのがとんでもない美人だというコト。

 

 細い顔立ちに刃の切っ先のような鋭い涼やかな目元。陶器のように白い肌。腰元まで長い流麗な黒髪は強烈なアクセントとなっている。可愛らしいなどの形容詞をすべて捨て、綺麗や美しいなどといった言葉でのみ全身を着飾っている。

 まるで日本刀を生き写しにしたような、背筋の伸びた美しい少女だった。

 

 美人揃いのIS学園で無意識に目が肥えていた一夏であったが、IS学園の仲間たちとはベクトルが違う。どちらかというと、千冬にちかい印象を受ける。

 

 どこまでも真っ直ぐな眼差しと水の中を泳ぐ魚のような所作は大人びていたが、やや幼げな残り香を残した顔立ちはおそらく同年代だろう。

 一夏はおもわず昔の千冬を鮮明に思い出した。

 

 テレビで踊って歌っているアイドルよりも、ただ歩いているだけで道行く衆目を集めている。

 

 少女は慣れているのか気がついていないのか、はたまた迷惑がっているのか。それらすべてを無視してただひたすら歩いている。

 Yシャツにジーンズという出で立ちなので意外と行動派なのかもしれない。

 

 弾は興奮した様子で一夏の肩を叩く。

 

 「なあ! なあ! なあ! あの子良くないか!?」

 

 「ああ。なんか声をかけるのが怖いぐらいの美人だな」

 

 「ヤバイ。あの子ぐらいフラれて当然の相手なら逆に気安くナンパできる気がする」

 

 「たしかにな。当たり前すぎて逆にダメージが少ない気がする」

 

 近寄り難過ぎて誰も言い寄らない少女へ弾が決意を固める。

 

 しかし、突然櫻井に尻を蹴り上げられた。

 

 「あだっ!?」

 

 「イテッ! ――― 急になにすんだよ櫻井!」

 

 「……、」

 

 尻を抑えて騒ぐ二人を櫻井は冷たい目でひと睨み。そして、彼は無言のまま歩きだした。少女のもとへと。

 するとあろうコトか少女と櫻井は親しそうに会話をしだしたではないか。

 

 「うわあああ!? 櫻井がっ、”あの”櫻井が見知らぬ女の子と会話してる!?」

 

 「あと二三百年早く生まれてたら俺は名言を遺してたね! 神は死んだ!!」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人のもとへ櫻井が件の少女を連れて帰ってきた。

 

 「帰ってくんな裏切り者! お前なんか自分の星に帰れ!」

 

 櫻井が無言でグーを握ると弾が土下座した。チャラけて見えて根は小心者なのだ。

 

 少女と櫻井は呆れた顔をしている。……こうして見ると、なんだかこの二人は雰囲気が似ている気がする。

 

 いち早くなにかに気がついた一夏がおずおずと訊ねた。

 

 「ところで、誰なんだその人?」

 

 「僕の妹の大和織江」

 

 「おお、なるほど」

 

 「わたしは貴方の妹じゃない」

 

 反応に困るぐらい清々しい即答だった。

 

 「……なるほど。複雑な家庭環境は透けて見えた。櫻井、涙拭けよ」

 

 意外とメンタルの弱い男だった。なんだか櫻井とはもっと友達になれそうな気がしてくる。

 

 簡単に自己紹介を済ませたところで櫻井が織江に首を傾げて訊ねた。

 

 「ところで、織江はなんでこの街にいるの? 見舞いなら昨日来たのに」

 

 櫻井の口調が一夏たちへ普段向けているものと明らかに違う。身内にはよほど甘いのか。

 

 織江は呆れた顔で櫻井を見上げた。

 

 「それはわたしのセリフ。絶対安静の千奈がなんでここにいるの?」

 

 「コイツのせいです」

 

 たしかにその通りなのだが、この子の表情が怖いのでやめて欲しい一夏。ところでスケープゴートにされたあの人は大丈夫だろうか?、と考えた。

 

 「それで織江はどうして?」

 

 「買い物」

 

 織江らしい端的な言い方はわかりやすい。しかし、意味がわからない。

 

 「いやいや、織江今日は仕事でしょ。それに買い物ぐらい……」

 

 「IS学園の制服の手続きはここじゃないとできない」

 

 「……、」

 

 櫻井の表情が固まった。

 一夏は櫻井の顔って面白いなーと考えていた。

 弾はもはや空気扱い。

 

 いち早く立ち直った、というよりも会話を先に進められる櫻井がようやく立ち直った。

 

 「IS、学園……? ……藤井三尉の母校の?」

 

 「たしか藍越学園じゃなかったかしらそれ? 噂だとホモが量産されてるって」

 

 「わあ……、その噂ガチだったんだ……。今からでも転校できねぇかな俺……!」

 

 弾に非情な現実が突きつけられたが、誰も気にしない。

 

 櫻井はようやく言葉を正確に呑み込んだ。納得できたかはさておいてであるが。

 

 「なんで? まさか織江の意思? それはお兄ちゃん的にうれ―――」

 

 「上からの指示」

 

 櫻井は落ち込んだが、そういうコトではない。

 

 なぜ織江が上からIS学園への入学を指示されたのかだ。彼女は代表候補生ではないのでIS学園に入学する必要がない。

 

 “もしかしてさすがにだらけすぎてたのか?”

 

 織江はテストパイロットであるが、軍とは違ってあくまでテストパイロットなので訓練など最低限しかなく、基本的に一日の殆どは暇なコトが多々ある。

 なぜ織江がいままで学校にもいかず、日本のIS開発機関に籍をおいて悠々自適な生活をしているかというと、織江はISの適正A+と高い戦闘技術を持っているからだ。適性はA+もあればISに装備する新装備が馴染むのも早くなる。高い操縦技術を持っていれば、それだけ早くテストも終わり結果も正確になる。

 

 しかし、いくら高い適性を持っていようが織江はまだ中学を卒業したばかりなので、倉持技研の上層部からもIS学園に通わせるべきじゃないかと話が持ち上がっていたのだ。

 

 本人は断固拒否していたが、とうとう無理やり入学させられたか、と櫻井は推測したのだったが―――

 

 「なんか今回の襲撃事件で千奈の力不足が問題視されたみたい」

 

 「IS相手に生身だぞ……! だったら最初から戦車旅団でも配備しとけよ……!」

 

 先日の無人機襲来事件で肋骨を数本折る怪我をした櫻井は怒りに打ち震えた。仮に戦車旅団を持ってきたとしても蹴散らされるのがオチだろう。

 櫻井の頑張りを知っている一夏は同情の眼差しを送る。

 

 「千奈が真面目にやらないから」

 

 「本気で死にかけたんだけど……」

 

 「『全力』で頑張らないのが悪い」

 

 そう言われてしまうと櫻井も何とも言えないのだが、櫻井の『全力』はほいほい簡単に扱えるものでもないのだ。

 

 ここで話は一旦打ち切りになった。無関係な弾がいるからだ。

 本人は立ち入ってはいけない話題だと本能的に悟っているのか聞き流しているが、それでも進んでするものでもない。

 

 「まあ、IS学園に入学するならまた会うな。じゃあな織江」

 

 「さようなら織斑」

 

 「初対面の女子相手をいきなり呼び捨てるお前ってやっぱスゲー」

 

 「織斑一夏、お前本当にそのうち刺されるぞ?」

 

 織江ほどの近づき難い女子相手にも物怖じしない一夏に櫻井は慄いていた。

 

 織江と別れ、歩きながら一夏は元の目的であるプレゼントの算段を立てる。

 服は諸事情により断念した。となれば数少ない選択肢のなかではやはりさきほど目星をつけた小物類が良いだろう。

 篠ノ之箒はシンプルでストイックだから、ただカワイイ物よりも機能性があるもののほうが喜ぶ。昔も人形よりもホームセンターの便利グッズに目を輝かせていたほどだ。

 

 そんなコトを思い出しながら、プレゼントを頭の中で選んでいくのはなかなか面白い。せっかく数年ぶりに再会したのだ。絶対に喜んでもらおう。

 

 気がつけば交差点をいくつも過ぎた。大型デパートには目もくれない。あんな場所にはありふれた万人受けのものしか売っていない。個性を出すには個別の店が良い。

 

 さっきの馬鹿騒ぎのせいか足取りは軽く、織江と櫻井の中の良さを見たせいかプレゼントへの意欲は高い。

 一夏は勇み足で小規模な小売店が立ち並ぶ界隈へと足を踏み出した。

 

 「ところで一夏」

 

 「どうした?」

 

 「櫻井が妹さんについていったけどいいの?」 

 

 「あいつ……! 仕事より妹を選んだか……!」

 

 「俺も帰っていい? 喫茶店でパフェ食べ過ぎてお腹イタい」

 

 「もういいよお前ら!」 

 

 こうして一人となった一夏だったが、数分後に箒とエレナに見つかってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 誕生日編はこれで終わりのはずが予想以上に延びました……
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